この裏切りは、君を守るため

島崎 紗都子

文字の大きさ
47 / 74
第5章 すべては君を手に入れるための嘘

3 欲望のままに

しおりを挟む
 その晩、ベッドに入ったものの眠れなかった。はからずもアニタの裏切りを知り、どうするべきか思い悩んでいたのだ。
 誰にも言えない。けれど、このまま黙っていれば、ここにいるみんなが、いつかアニタの裏切りによってエスツェリア軍に捕らえられる可能性がある。
 自分の胸にしまい込むには問題が重すぎた。
 クレイに相談してみたらどうだろう。彼ならきっと、よい方法を考えてくれるはず。アニタのことも、ここにいる組織のみんなのことも。
 ファンローゼはベッドからおりると、上着を肩に羽織り、クレイの元へ向かうべく部屋を出た。
 すでに深夜。
 あたりはしんと静まりかえり、物音ひとつしない。
 どうやら、みな眠っているようだ。
 ファンローゼは足音を忍ばせ、クレイの部屋へと歩いて行く。
 部屋の前で立ち止まると、扉の下の隙間から薄く明かりがもれていた。まだ起きているのなら、話をするのに都合がよい。しかし、ノックをしようとして扉が薄く開いていることに気づき手をとめた。
「さっきは、なぜあんなことを言った」
 クレイの声。そして、部屋には他に誰かいる。
「本当のことだわ。それにあの子、エスツェリア軍から追われているのでしょう? だったらちょうどいいじゃない」
 会話の相手はアニタだった。
 アニタの言うあの子とは、間違いなく自分のことを指しているのだろう。
 その場から動けなかった。
 ファンローゼはいけないと思いつつも、開かれている扉の隙間から中をのぞき込む。二人は部屋の中央で立った状態で話し合っていた。
「クレイはあの女に騙されているのよ。あたし、見たんだから。あの女がコンツェットとかいうエスツェリア軍の男と親しげに会話をしていたのを。あの子はその男と一緒に部屋から出てきた。いいえ、その前からあの女の艶めかしい声が部屋から聞こえてきたわ。任務を放ってコンツェットという男とやっていたのよ! あの女、私は何も知りませんという可愛い顔をして、淫乱女よ。きっと、私たち組織のことも喋ったに違いない。汚らわしいあの売女! 雌犬!」
「アニタ」
 クレイの静かな声にアニタは口を噤む。
「なぜ、それをおまえが知っている?」
 クレイは目の前のアニタを見据えた。
 厳しい声であった。
 クレイの冷えた声にアニタも動揺しているようだ。
「だって……あたし、あの場にいたから」
「あの場におまえが? なぜ?」
「それは……」
「どういうことだ?」
 一瞬の沈黙。
 返答次第では、クレイを怒らせると怯えているのだ。
「あの女をエスツェリア軍に渡してしまえば多額の報奨金がもらえると思ったのよ。お金があれば敵と戦うための武器だって手に入れられる。あたしはクレイのためにと思ってやったわ! 本当よ!」
 必死に言いつくろうアニタの声に、あきらかな焦燥がにじむ。
 裏切ったのではない。すべてあなたのためだと。
「僕のため?」
「そうよ。あなたを愛しているの。あたしの気持ち、知っているでしょう」
 アニタが甘えた声でクレイの首に両腕を絡ませた。
「あたし、クレイのために頑張ったわ」
「そうだね。おまえはよくやってくれた」
「これからだって、クレイのためならどんなことでもする。本当よ」
 クレイの前ではアニタは健気だ。
 絡みつくアニタの背に手を回し、もう片方の手でクレイはそっとアニタの頭をなでた。
 まるでキスをねだるように、アニタは顔を上向かせ、潤んだ目でクレイを見上げた。
 ふっと微笑んだクレイの手が、アニタのあごにかかる。
「ああ……愛しているわ。クレイ……」
 ファンローゼは手を震わせた。
 時折聞こえる、アニタの悦びに満ちた、ため息。
 耳をふさぎ、後ずさりながら、ファンローゼはなかば逃げるように自室へと戻っていった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

彼女が望むなら

mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。 リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。

元婚約者からの嫌がらせでわたくしと結婚させられた彼が、ざまぁしたら優しくなりました。ですが新婚時代に受けた扱いを忘れてはおりませんよ?

3333(トリささみ)
恋愛
貴族令嬢だが自他ともに認める醜女のマルフィナは、あるとき王命により結婚することになった。 相手は王女エンジェに婚約破棄をされたことで有名な、若き公爵テオバルト。 あまりにも不釣り合いなその結婚は、エンジェによるテオバルトへの嫌がらせだった。 それを知ったマルフィナはテオバルトに同情し、少しでも彼が報われるよう努力する。 だがテオバルトはそんなマルフィナを、徹底的に冷たくあしらった。 その後あるキッカケで美しくなったマルフィナによりエンジェは自滅。 その日からテオバルトは手のひらを返したように優しくなる。 だがマルフィナが新婚時代に受けた仕打ちを、忘れることはなかった。

処理中です...