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第3章 思いがけない再会

13 信じているから

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 計画の話を聞かされたその夜遅く、そろそろベッドに入ろうと思っていた矢先、アニタが部屋にやってきた。
 アニタの様子からして、心配して様子を見に来たというわけでもないことは察せられた。
「まさか、あの提案を本当に引き受けるとは思わなかったわ」
 腕を組んであごをそらし、アニタは冷ややかな眼差しと嘲笑を口元に浮かべ言う。
 ファンローゼにこの仕事を与えたらと言い出したのはアニタだ。なのに、ずいぶんな言いようである。
「私でも何か役に立てるのならと思ったの」
「ふーん、健気ね。そうやっていつもクレイの気を引いているのかしら」
「そんなつもりは……」
 ファンローゼは戸惑いの表情を浮かべる。
 アニタはすっと目を細め、顔をのぞき込んできた。
「無自覚だっていうなら、なおさらたちが悪いわ。でもね、そんなことをしてクレイに好かれようと思っても無駄。あんたは都合よく使われているだけ。クレイにとってあんたは、組織の駒の一つだということを覚えておくことね」
「駒?」
「そのためにクレイはあんたをここに連れてきたの。愛されていると思ったら大間違い。勘違いしないことね」
「勘違いなんか……」
 アニタは口の端をつり上げた。
「ねえ、そもそも大佐の部屋からどうやって牢の鍵を盗むつもりでいるわけ?」
 ファンローゼは首を傾げた。
「部屋に忍び込んで……」
 アニタは、小バカにしたように鼻で嗤う。
「あんたバカじゃないの! エスツェリア軍がたくさんいる屋敷内をうろついて、どうやって大佐の部屋に忍び込むっていうのよ。部屋に鍵がかかっていたらどうするの? いいえ、間違いなく鍵はかかっているでしょうね」
「それは……」
 アニタはやれやれといったように、肩をすくめた。
「だから何も知らないお嬢様は困るのよ」
 アニタはにっと意味ありげな笑いを浮かべ、ファンローゼの胸元に指を突きつけた。
「いいわ、だったら教えてあげる。難しいことじゃないわ。大佐に気に入られるの」
「気に入られる?」
 分からない、というようにファンローゼは首を傾げる。
「そうよ、気に入られるの。まさか単純に気に入られればいいと思っているわけじゃないでしょうね。大佐に色目を使って気に入られ部屋へ行く。その後は、言わなくても分かるわね」
 そこで、ようやくファンローゼはアニタの言っている意味を理解し、息を飲む。
「あら、クレイは何も言わなかったの? そうよね、言えるわけがないわよね。あんたみたいなお嬢様に、敵軍の男といい関係になれなんて」
 表情を強張らせるファンローゼの様子を見て、アニタは楽しそうだ。
「ねえ、まさか男の人とそういう関係になるのは、初めてとか言わないわよね」
 ファンローゼは頬を赤らめた。
「うそ! 冗談で言ったのに本当だったの? あらあら、だとしたら、クレイもほんと意地悪だわ。ああ、でもなるほどね。あんたみたいな何にも知らない娘なら敵も油断するだろうし喜ぶとクレイは思ったのね。だから、内緒にしていた。ねえ、これで分かったでしょう? クレイはあんたのことなんて好きでもなんでもない、ただ使える、利用できると思ったからここに連れてきただけということを。それと」
 アニタはファンローゼの眼前にガラスの小瓶を差しだした。
「あんたの仕事は鍵を盗み出すだけじゃない。大佐にこの瓶の中身を飲ませるの」
「これは?」
 小瓶の中に揺れる液体とアニタを、ファンローゼは交互にみやる。
「これは毒。大佐を殺すのよ」
 アニタは手に持っていた小瓶をファンローゼの手の中に押し込んだ。
「ころ……」
「言われた仕事をただこなせばいいってわけじゃないの。皆が望んでいる以上の仕事をする。あたりまえでしょう? 小さな子だって分かるわ」
 アニタは腰に手をあて、見下すようにファンローゼに視線を落とす。
「この毒の使い道はもう一つあるわ。もし任務に失敗して敵に捕らえられたら、その毒をあんたが飲みなさい。拷問されてあたしたちのことを喋られたら困るでしょう。その毒を飲んで潔く自決なさい」
「そんな……」
 ファンローゼは唇を震わせた。
「そうよ、死ぬの。まあ、そうならないようにせいぜい頑張ってね。期待しているわ」
 と、突き放すように言い、アニタはくるりと背を向け扉に向かって歩き出す。が、ふと扉の前でこちらを振り返る。
「そうそう、噂ではね。大佐はかなりの変態らしいって。いったい、何をされるのかしら。あんた覚悟することね。あははは!」
 笑いながらアニタは部屋から出て行った。
 ファンローゼは震える手で握りしめた小瓶に視線を落とし、唇を噛みしめた。
 クレイが私を利用しようとしている。
 私が使えそうだと思ったからここに連れてきた。
 いいえ、とファンローゼは首を振る。
 そんな筈はない。
 クレイはずっと私のことを気にかけてくれた。
 いろいろよくしてくれた。
 優しいクレイが、そんなことを考えるわけがない。
 私、クレイのことを信じている。信じているわ。
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