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第3章 思いがけない再会

7 隠れ家とクレイの恋人

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 クレイの組織があるという隠れ家は、ラスタットの町からさらに北へ移動したノーザスレイという町にあった。
 元はアパートだったが、押し寄せてきたエスツェリア軍に怯え逃げ出したのか、あるいは軍に捕らえられたのか、現在は住人すべてが退去した。
 住人のいなくなったそこを、組織はアジトとしていた。
 ファンローゼは、そのアパートの一室に連れていかれた。
 部屋の中には大勢の人がいた。
 大人もいれば子どももいる。
 もちろん女性の姿も。
 クレイの後ろに控えるファンローゼに、その場にいた全員の視線がいっせいに向けられた。
「誰だその女は?」
 訝しむ仲間の声と、突き刺さる視線。
 歓迎されているという雰囲気ではない。しかし、クレイの次の言葉で、みなの態度が一変する。
「紹介しよう。彼女はファンローゼ。あの大作家クルト・ウェンデル氏のご息女だ」
 辺りからおお、と歓声があがった。
「何だって! あのクルト・ウェンデルの娘だって! ほんとうか?」
「俺、彼の作品の大ファンなんだ!」
「クルトさんは無事なのか?」
「いや、そのクルト氏だが……」
 クレイは今朝の出来事と、クルトの死をこの場にいる皆に告げた。
 最初はファンローゼに対して訝しむ目で見ていた皆の目と態度が、エティカリアの大作家クルト・ウェンデルの娘であることを告げた途端、明らかに変わった。
「かわいそうに、辛かったね」
「だけど、ここにいれば大丈夫さ」
「君のお父さんの仇は、必ず僕たちがとってあげるから」
「そうさ! この国を、エスツェリア人どもの好き勝手にさせておくものか!」
「何よりクレイが戻ってきてくれた!」
 皆がファンローゼの周りに集まり、慰めの言葉を交互にかけてくれた。さらに、クレイの肩に手を回し、仲間たちは嬉しそうにはしゃいでいる。
 ファンローゼはそっと隣に並び立つクレイに視線を向けた。
 クレイは周りからずいぶん慕われているようだ。
 それにしても、クレイが反エスツェリア組織の一員だったことには驚いた。
 スヴェリアにいた時は、そんな素振りなど微塵も感じさせなかったのに。
「クレイ!」
 突如一人の女がファンローゼを押しやり、クレイの元に駆け寄り抱きついた。
 赤茶色のショートカットに、きつい猫目。背の高いスレンダーな美女だ。
「しばらく見かけなかったから心配したのよ。三ヶ月ぶり? 元気そうでよかったわ」
「アニタも元気そうだね」
「ねえ、クレイ。当分こっちにいるのよね? まさか、またスヴェリアに戻るなんて言わないよね?」
「ああ、当分こっちにいるつもりだ」
「ほんとう! 嬉しい」
 アニタは甘えた声でクレイの肩口に顔をうずめた。
「はは、クレイ。おまえが留守の間、アニタはずっとおまえのことばかり心配していたんだぞ」
「毎日毎日、クレイクレイって、しまいには、クレイの後を追って、自分もスヴェリアに行くって言い出すし」
 肩をすくめ周りの者は困ったもんだよ、と顔を見合わせる。
「だって、ずっとクレイに会えなかったんですもの」
 はやしたてる周りを睨みつけ、アニタと呼ばれた女性は唇を尖らせた。
「アニタはクレイに夢中だからな」
 うふふ、と笑ってアニタはクレイの首筋に両腕を絡ませた。ねっとりとしたアニタの目がクレイを見上げる。
「ねえ、今夜はあたしの部屋に来てくれるわよね。いつものように一緒にいてくれる? ずっと寂しい思いをしてたんだから、いいでしょう?」
 甘い声を落とし、アニタはクレイに抱きつく。
 今夜?
 いつのもように?
 それに、アニタという女性はクレイと会うのは三ヶ月ぶりだと言った。
 それはつまり、花屋の仕事をしながら、クレイはスヴェリアとこの組織を、行き来していたということになる。
 ファンローゼははっとなって顔をあげ、クレイとアニタを交互に視線を走らせる。
 もしかして、二人はそういう関係。
 恋人同士?
 でも、クレイは私のことを好きだと言った。
 クレイは笑って、アニタの肩に両手をかけ、その身体を引きはがした。
「そうだね。だけど、帰ってきたばかりだし、また別の日にゆっくりと話をしよう」
 やんわりと、だが、はっきりと誘いを断られ、アニタはあからさまにがっかりとした顔をする。そして、クレイの背後に立つファンローゼの存在に、今さらながらに気づいたというように、鋭い視線を向けてきた。
「その子は誰?」
 アニタの険のある口調と鋭い目に、ファンローゼはうろたえる。
「アニタ聞いて驚くなよ、何と! 彼女は大作家クルト・ウェンデル氏の娘さんだよ」
 クレイが口を開くよりも早く、別の男が横からアニタにそう答えた。
「クルト・ウェンデルの娘。ふーん、この子があの大作家先生の……」
 アニタは目を細め、ファンローゼのつま先から頭のてっぺんまで視線を這わせ、含むような嗤いを口元に刻んだ。
 あまり好意的とは言いがたい笑みであった。
「すごいだろ!」
「別に」
「何だよアニタ、その反応。つまんねえな」
 アニタの冷めた物言いに、周りの者は拍子抜けという様子であった。
「だって、すごいのは大作家クルト自身であって、この子は何でもないわ。それとも、この子にも父親同様、価値のある何かがあるわけ?」
 確かにそれはそうだけど……と、アニタに反論できず、その場にいた全員が口ごもる。
「だったら、この子はただのお荷物。そのお荷物が、どうしてここにいるのよ」
「クレイが連れて来たんだ」
「クレイが?」
 言って、アニタはどういうこと? という目でクレイを見上げる。
「悪いみんな。彼女と僕の出会いは話せば長くなる。だが、今日は彼女も疲れていると思うから、もう休ませてあげたい」
 クレイの発言に、ぎくしゃくし始めたこの場の雰囲気がふっと緩む。
 皆もどこかほっとした顔をしていた。
「そ、そうだな。クレイも疲れただろう。今日は休め。また、明日からいろいろ大変になるぞ」
「ああ、すまない。その言葉に甘えさせてもらうよ」
 突き刺すアニタの視線をさらりとかわし、クレイはファンローゼの背に手を添え、別の部屋へと導いた。
 察するに、クレイはこの組織のリーダー格。
 ファンローゼはもう一度部屋にいる皆に視線を向け、軽く会釈した。
 ふと、強い視線に引っ張られアニタを見ると、彼女は何か問いつめたそうな目でこちらを見ていた。
 その突き刺すような視線に背筋が凍った。
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