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第2章 さまよう心
5 君のためならどんなことでも
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息をするのも辛いほどに走った。
心臓があり得ない音をたてて鳴っている。
窓辺に近寄ったクレイは、そっとカーテンをめくり外の様子をうかがう。
「追っ手はないようだ」
ファンローゼは膝の上に置いた手を握りしめた。
何も考えずにクレイについてきたことを、今頃になって後悔する。
彼を巻き込むことになるから。
「びっくりしたよ。花の仕入れに出かけたところで偶然君を見かけたんだ。慌てた様子でどうしたのだろうと思って。そうしたら男たちが君を追いかけているから」
「助けてくださって、ありがとうございます」
ファンローゼは小声で呟いた。
「彼らは?」
「警察だと言っていました」
「警察? なぜ、警察が君を……」
「それは……」
問いかけられても何も答えられなかった。
そう、なぜ自分が追われているのか、それすら分からないのだから。
「いや、ごめん……」
ファンローゼに記憶がないことを思いだしたのか、クレイはばつの悪そうな表情を浮かべて頭をかいた。
「紅茶をいれるよ。気分を落ち着けてから話をしよう」
クレイはお湯をわかし、ファンローゼと自分の分の紅茶をいれた。
「熱いから気をつけて」
震える手でカップを受け取り、紅茶を口に運ぶ。
ほっと一息つき、クレイを見上げる。
「ありがとうございます、クレイ?」
しかし、クレイが難しい顔をしているのを見てファンローゼは首を傾げた。
「もし、その紅茶に僕が薬をいれていたらどうする? たとえば、睡眠薬とか」
何を言われたのか分からなかった。
「僕が裏切り者ではないと言える? そう簡単に、僕を信じていいの?」
ようやく、ファンローゼははっとした顔で、クレイを見上げた。
クレイを疑うなど、そんなことは考えたりはしなかった。が、すぐにクレイは表情を崩す。
「ごめん。冗談だよ。脅かして悪かった。だけどファンローゼ、君はもう少し警戒するべきだ。他人を信用しすぎる」
「私……」
と、声を落としうつむくファンローゼの頬に、クレイの手が添えられた。
「ごめん。こんな意地悪を言うつもりはなかった。本当にごめん。許して欲しい」
ファンローゼは声を押し殺して泣いた。
そう簡単に人を信じてはいけない。
分かっていた筈なのに。
分かっていた筈……? 何を?
「クレイのことを疑うなんて考えもしなかったから」
クレイはふっと笑い、ファンローゼの頭を優しくなでる。
「僕のことを信用してくれて嬉しいよ。お願いだからもう泣かないで」
クレイのしなやかな手が頬へと落ちる。
「君は本当に心の優しい、素直な子だね」
ファンローゼは立ち上がった。
「本当にありがとうございました」
もう一度礼を言ってクレイに頭を下げ、ファンローゼは扉に向かって歩き出す。
「待って! どこに」
振り返ったファンローゼの目には涙が浮かんでいた。
「これ以上、クレイに迷惑をかけられない」
クレイは優しい。
でも彼の優しさに甘えるわけにはいかない。
「ここを出てどうするつもり」
ファンローゼは分からないと、緩やかに首を振った。
正直、これからどうしたらいいのか、本当に分からなかった。
「外に出ればあいつらに捕まる。いや、そもそも奴らが警察だというのも怪しい気がするな。彼らは反エスツェリアが云々と言っていた。その会話から察するに、もしかしたらスヴェリアの警察と偽った、エスツェリア軍ではないかと」
クレイはファンローゼの肩に手を置いた。
「とにかく、これからどうするかを考えよう。きっと逃げ道はあるはず。僕も協力するよ」
「それはだめ!」
ファンローゼは慌てて首を振る。
これ以上、クレイに迷惑をかけることなどできない。
「僕、君のためならどんなことでもしたいと思っている。僕を頼って欲しい」
「クレイ……」
真剣なクレイの目に見つめられファンローゼは躊躇する。
心臓があり得ない音をたてて鳴っている。
窓辺に近寄ったクレイは、そっとカーテンをめくり外の様子をうかがう。
「追っ手はないようだ」
ファンローゼは膝の上に置いた手を握りしめた。
何も考えずにクレイについてきたことを、今頃になって後悔する。
彼を巻き込むことになるから。
「びっくりしたよ。花の仕入れに出かけたところで偶然君を見かけたんだ。慌てた様子でどうしたのだろうと思って。そうしたら男たちが君を追いかけているから」
「助けてくださって、ありがとうございます」
ファンローゼは小声で呟いた。
「彼らは?」
「警察だと言っていました」
「警察? なぜ、警察が君を……」
「それは……」
問いかけられても何も答えられなかった。
そう、なぜ自分が追われているのか、それすら分からないのだから。
「いや、ごめん……」
ファンローゼに記憶がないことを思いだしたのか、クレイはばつの悪そうな表情を浮かべて頭をかいた。
「紅茶をいれるよ。気分を落ち着けてから話をしよう」
クレイはお湯をわかし、ファンローゼと自分の分の紅茶をいれた。
「熱いから気をつけて」
震える手でカップを受け取り、紅茶を口に運ぶ。
ほっと一息つき、クレイを見上げる。
「ありがとうございます、クレイ?」
しかし、クレイが難しい顔をしているのを見てファンローゼは首を傾げた。
「もし、その紅茶に僕が薬をいれていたらどうする? たとえば、睡眠薬とか」
何を言われたのか分からなかった。
「僕が裏切り者ではないと言える? そう簡単に、僕を信じていいの?」
ようやく、ファンローゼははっとした顔で、クレイを見上げた。
クレイを疑うなど、そんなことは考えたりはしなかった。が、すぐにクレイは表情を崩す。
「ごめん。冗談だよ。脅かして悪かった。だけどファンローゼ、君はもう少し警戒するべきだ。他人を信用しすぎる」
「私……」
と、声を落としうつむくファンローゼの頬に、クレイの手が添えられた。
「ごめん。こんな意地悪を言うつもりはなかった。本当にごめん。許して欲しい」
ファンローゼは声を押し殺して泣いた。
そう簡単に人を信じてはいけない。
分かっていた筈なのに。
分かっていた筈……? 何を?
「クレイのことを疑うなんて考えもしなかったから」
クレイはふっと笑い、ファンローゼの頭を優しくなでる。
「僕のことを信用してくれて嬉しいよ。お願いだからもう泣かないで」
クレイのしなやかな手が頬へと落ちる。
「君は本当に心の優しい、素直な子だね」
ファンローゼは立ち上がった。
「本当にありがとうございました」
もう一度礼を言ってクレイに頭を下げ、ファンローゼは扉に向かって歩き出す。
「待って! どこに」
振り返ったファンローゼの目には涙が浮かんでいた。
「これ以上、クレイに迷惑をかけられない」
クレイは優しい。
でも彼の優しさに甘えるわけにはいかない。
「ここを出てどうするつもり」
ファンローゼは分からないと、緩やかに首を振った。
正直、これからどうしたらいいのか、本当に分からなかった。
「外に出ればあいつらに捕まる。いや、そもそも奴らが警察だというのも怪しい気がするな。彼らは反エスツェリアが云々と言っていた。その会話から察するに、もしかしたらスヴェリアの警察と偽った、エスツェリア軍ではないかと」
クレイはファンローゼの肩に手を置いた。
「とにかく、これからどうするかを考えよう。きっと逃げ道はあるはず。僕も協力するよ」
「それはだめ!」
ファンローゼは慌てて首を振る。
これ以上、クレイに迷惑をかけることなどできない。
「僕、君のためならどんなことでもしたいと思っている。僕を頼って欲しい」
「クレイ……」
真剣なクレイの目に見つめられファンローゼは躊躇する。
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