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第4章 菜月、幽体離脱を試みる
7 大切な存在
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絶望する菜月の目に、どこから現れたのか、淡く光る発光体がふわりと横切っていくのが見えた。
蝶?
それは藤白の目の前でひらひらと舞い、次の瞬間、ぼっと音をたて、蒼白い炎となって勢いよく燃え上がった。
「ひ!」
驚いた藤白は菜月から離れ、後方へと尻をついて転がる。
転んだ衝撃で藤白の手からナイフが落ちる。
菜月は唇を震わせた。
目の奥が熱くなる。
翔流が助けに来たのだと確信する。
「翔流くん……来てくれた」
菜月の呟く声とともに、派手な音をたて玄関の扉が開け放たれた。
「菜月!」
征樹と翔流が同時に響く。
「うじゃうじゃいる! 悪霊のたまり場かよ!」
翔流は数珠を持った手を合わせ、何かを唱えると、散れ! と声を放ち数珠で空気を裂いた。
征樹は靴のまま部屋の中へと飛び込み、藤白を殴り飛ばす。
「俺の菜月から離れろ!」
蹴られた勢いで藤白の身体が後方の壁まで飛ぶ。
そのまま崩れるように落ちた。
ぐったりした藤白の口から、黒いもやが吐き出された。
力なく座り込む藤白の胸ぐらを掴み、征樹はさらにこぶしを振り上げた。
「パパ、だめ! その人、藤白桜花さんのお父さんなの!」
「なに?」
菜月の声に、征樹は振り上げた手を虚空で止めた。
「そうなのか?」
藤白はうなずく。
「最初は、娘をあんな目にあわせた奴を探して、謝ってもらいたいと思っただけだった……なのに……」
ぐったりと壁に背をもたれながら、藤白は弱々しい声で言う。
先ほどまでの凶暴さは、嘘のように消えていた。
憑いていた悪霊が身体から離れたことにより、落ち着きを取り戻したのだ。
「だいじょうぶか、菜月。今、縄を解く」
翔流くんに縄を外してもらい、ようやく自由になれた。
「僕に助けを求めに来てくれただろ?」
菜月は唇を震わせながらうなずいた。
「よく思いついたね。上出来だ、菜月」
「翔流くんなら気づいてくれると思った。あのきれいな蝶は翔流くんだよね?」
「ああ、菜月を見つけだしてもらうよう指導霊の力を借りた」
「指導霊?」
また、知らない言葉を聞いた。
「霊能者として僕を導き指導してくれる、うーん、守護霊とも違うんだけど、それに近い存在かな」
「その指導霊さんにもお礼を言わなければだね。助けてくれてありがとう」
菜月はぺこりとお辞儀をする。
「とにかく間に合ってよかった。立てる?」
翔流に支えられ、菜月は身を起こした。
遠くから、パトカーのサイレンが聞こえてくる。
「詳しい話は署で聞こう」
うなだれている藤白の腕を征樹は取り立たせる。
去り際、藤白は菜月に向かって頭を下げた。
「勘違いをしたあげく、本当に申し訳ないことをした……いや、謝って済むことではないけれど……本当にすまない」
気落ちした声で言う藤白に、菜月はいいえ、と首を振る。
亡くなった桜花のことを思うと、彼を責める気にはとうていなれない。
パトカーが到着し、数名の警察官がやってきた。
「藤白の身柄はこちらにお任せください。神埜さんはお嬢さんの側についてあげてください」
警察官の言葉に、いや、と言って征樹は翔流をかえりみる。
「菜月のことを、頼んでもいいだろうか」
征樹の頼みに翔流は深く、そしてしっかりとうなずいた。
「任せてください」
「パパ、助けに来てくれてありがとう」
征樹の元に駆け寄った菜月は、ぎゅっとしがみつく。
征樹は切なそうな表情で菜月の頭をなでた。
「もし、菜月の身に万が一のことがあれば、俺はあいつを許さなかっただろう。そう思うと藤白の気持ちもわからないことはないがな」
「パパ……」
「そのくらい、俺にとって菜月は大切な存在だってことだ」
「うん」
征樹の腕にきつく抱きしめられ、菜月はほっと息をつく。
ふと、視線の先に桜花が立っていることに気づく。
桜花はまるで謝罪するように、深く頭を下げていた。
桜花の姿が少しずつ周りに溶け込み消えていこうとする。
「待って! どこに行くの桜花さん。行っちゃだめ!」
消えて行く桜花を菜月は呼び止める。
翔流が桜花の腕をつかんで引き止めた。
もっとも、相手に実態はないが。
「藤白さん、君の向かう場所はそっちではない」
と言って、翔流は東の方を指さした。
「光がみえるだろう? 本来君が行くべき場所だ。迷うことはないはず」
桜花の目に涙があふれる。
その涙が頬を伝い、床に落ちたと同時に、桜花の姿がこの場から消えた。
「桜花さん、ちゃんと成仏できたかな?」
「え?」
翔流が何故か目を丸くしながら菜月を見る。
「だって、事故現場で地縛霊となって動けなかったんでしょう? これで天国に行けたかなと思って」
目の縁に浮かぶ涙を指先で拭い、菜月は窓の外、暗い夜空を仰いだ。
その横で翔流は首を傾げながら、じっと菜月を見つめていた。
とある病院の一室。
意識不明の重体で目を覚まさず、ベッドで眠る少女の様態を診ていた看護師が目を見開いた。
「先生を呼んで! 藤白桜花さんが目を覚ましたわ!」
蝶?
それは藤白の目の前でひらひらと舞い、次の瞬間、ぼっと音をたて、蒼白い炎となって勢いよく燃え上がった。
「ひ!」
驚いた藤白は菜月から離れ、後方へと尻をついて転がる。
転んだ衝撃で藤白の手からナイフが落ちる。
菜月は唇を震わせた。
目の奥が熱くなる。
翔流が助けに来たのだと確信する。
「翔流くん……来てくれた」
菜月の呟く声とともに、派手な音をたて玄関の扉が開け放たれた。
「菜月!」
征樹と翔流が同時に響く。
「うじゃうじゃいる! 悪霊のたまり場かよ!」
翔流は数珠を持った手を合わせ、何かを唱えると、散れ! と声を放ち数珠で空気を裂いた。
征樹は靴のまま部屋の中へと飛び込み、藤白を殴り飛ばす。
「俺の菜月から離れろ!」
蹴られた勢いで藤白の身体が後方の壁まで飛ぶ。
そのまま崩れるように落ちた。
ぐったりした藤白の口から、黒いもやが吐き出された。
力なく座り込む藤白の胸ぐらを掴み、征樹はさらにこぶしを振り上げた。
「パパ、だめ! その人、藤白桜花さんのお父さんなの!」
「なに?」
菜月の声に、征樹は振り上げた手を虚空で止めた。
「そうなのか?」
藤白はうなずく。
「最初は、娘をあんな目にあわせた奴を探して、謝ってもらいたいと思っただけだった……なのに……」
ぐったりと壁に背をもたれながら、藤白は弱々しい声で言う。
先ほどまでの凶暴さは、嘘のように消えていた。
憑いていた悪霊が身体から離れたことにより、落ち着きを取り戻したのだ。
「だいじょうぶか、菜月。今、縄を解く」
翔流くんに縄を外してもらい、ようやく自由になれた。
「僕に助けを求めに来てくれただろ?」
菜月は唇を震わせながらうなずいた。
「よく思いついたね。上出来だ、菜月」
「翔流くんなら気づいてくれると思った。あのきれいな蝶は翔流くんだよね?」
「ああ、菜月を見つけだしてもらうよう指導霊の力を借りた」
「指導霊?」
また、知らない言葉を聞いた。
「霊能者として僕を導き指導してくれる、うーん、守護霊とも違うんだけど、それに近い存在かな」
「その指導霊さんにもお礼を言わなければだね。助けてくれてありがとう」
菜月はぺこりとお辞儀をする。
「とにかく間に合ってよかった。立てる?」
翔流に支えられ、菜月は身を起こした。
遠くから、パトカーのサイレンが聞こえてくる。
「詳しい話は署で聞こう」
うなだれている藤白の腕を征樹は取り立たせる。
去り際、藤白は菜月に向かって頭を下げた。
「勘違いをしたあげく、本当に申し訳ないことをした……いや、謝って済むことではないけれど……本当にすまない」
気落ちした声で言う藤白に、菜月はいいえ、と首を振る。
亡くなった桜花のことを思うと、彼を責める気にはとうていなれない。
パトカーが到着し、数名の警察官がやってきた。
「藤白の身柄はこちらにお任せください。神埜さんはお嬢さんの側についてあげてください」
警察官の言葉に、いや、と言って征樹は翔流をかえりみる。
「菜月のことを、頼んでもいいだろうか」
征樹の頼みに翔流は深く、そしてしっかりとうなずいた。
「任せてください」
「パパ、助けに来てくれてありがとう」
征樹の元に駆け寄った菜月は、ぎゅっとしがみつく。
征樹は切なそうな表情で菜月の頭をなでた。
「もし、菜月の身に万が一のことがあれば、俺はあいつを許さなかっただろう。そう思うと藤白の気持ちもわからないことはないがな」
「パパ……」
「そのくらい、俺にとって菜月は大切な存在だってことだ」
「うん」
征樹の腕にきつく抱きしめられ、菜月はほっと息をつく。
ふと、視線の先に桜花が立っていることに気づく。
桜花はまるで謝罪するように、深く頭を下げていた。
桜花の姿が少しずつ周りに溶け込み消えていこうとする。
「待って! どこに行くの桜花さん。行っちゃだめ!」
消えて行く桜花を菜月は呼び止める。
翔流が桜花の腕をつかんで引き止めた。
もっとも、相手に実態はないが。
「藤白さん、君の向かう場所はそっちではない」
と言って、翔流は東の方を指さした。
「光がみえるだろう? 本来君が行くべき場所だ。迷うことはないはず」
桜花の目に涙があふれる。
その涙が頬を伝い、床に落ちたと同時に、桜花の姿がこの場から消えた。
「桜花さん、ちゃんと成仏できたかな?」
「え?」
翔流が何故か目を丸くしながら菜月を見る。
「だって、事故現場で地縛霊となって動けなかったんでしょう? これで天国に行けたかなと思って」
目の縁に浮かぶ涙を指先で拭い、菜月は窓の外、暗い夜空を仰いだ。
その横で翔流は首を傾げながら、じっと菜月を見つめていた。
とある病院の一室。
意識不明の重体で目を覚まさず、ベッドで眠る少女の様態を診ていた看護師が目を見開いた。
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