上 下
30 / 34
第4章 菜月、幽体離脱を試みる

5 不審者の正体は

しおりを挟む
「奥の手を使うしかないか」
 翔流は目を閉じ、なにか呟やきながら右手を持ち上げる。
 その指先に、折り紙で折ったような蝶がすう、と現れた。

「指導霊よ、どうか僕に力を貸してください」
 指先にとまっていた蝶がゆっくりと羽を動かした。

「菜月の幽体を追って。彼女を守って!」
 翔流の言葉とともに、蝶はひらひらと虚空を舞い、はばたきながら飛んでいく。
 もちろん、蝶の姿は征樹には見えない。

「神埜さん、菜月の居場所を突き止められます。僕を信じてくれるなら、ついてきてください」
「わかった」
 菜月、いますぐ助けにいく。
 だから、もう少しだけ待って!




 時刻は数十分ほど前にさかのぼる。
「あなたは……!」
 菜月は目の前に立つ人物を見上げ、驚きの声を上げた。
 何者かに襲われた時の記憶がよみがえる。

 翔流くんに家まで送ってもらい、玄関の鍵を開けようとして、背後から近づいてくる気配に気づき振り返る。
 心臓が跳ね上がった。

 背後に、赤いレインコートを着た女が立っていたからだ。
 学校で噂になった交差点で亡くなった幽霊の話を思い出し、顔を引きつらせた。
 だが、幽霊にしてははっきりと視える。

 生者と死者の区別もつかないくらい、視えるようになったのかと衝撃を受けたが、その女の手に、カッターナイフが握られていることに気づき、血の気が引いた。

 もしかして、幽霊ではなく通り魔?
 だって、赤いレインコートの幽霊は、翔流くんが封じたから動けないはず。

 身の危険を感じ、逃げ出そうとした菜月はさらに悲鳴を上げた。
 赤いレインコートを着た女が突然、前のめりに倒れたからだ。
 倒れた女の背後に、もう一人別の人物が立っていた。

 その人物こそ、今まさに目の前にいる男であった。
 汚れてくたびれた上着に、すりきれたズボン。
 ボサボサの伸びきった髪とひげ。

 その人物は、学校近くの交差点の隅に座り込んでいた不審者であった。
 不審者は生気のない目でこちらを見下ろしている。
「どうして私を……うっ」
 魚の腐ったような臭いに胸をつかえさせた。

 何日もお風呂に入っていないとか、そういう臭いではない。
 そう、まどかの身体から漂ってきた腐臭と似た臭いであった。
 相手の男の濁った目が揺らぐ。

「どうしてだと? それは、自分の胸に聞いてみるべきだろう」
 何を言われているのか、さっぱりわからなかった。

「忘れたとは言わせない」
「忘れるもなにも、本当に、何のことか……」
「黙れっ!」
 怒鳴り声を発した男の身体に、黒いもやがまとわりついているのが視えた。
「ひっ!」
 恐ろしさに悲鳴が喉にはりついた。

 この人、悪い霊に取り憑かれている。

「おまえが学校で娘をいじめ、自殺に追いやった張本人だろ!」
「自殺?」
「娘は学校でいじめられていた。あの日も、同級生に呼び出された娘は、陰湿ないじめを受け、水をかけられた。娘は泣きながら学校を飛び出し……交差点で車にはねられた」
 菜月は唇を震わせた。

「あなたは、藤白桜花さんの」
「父親だ」
 不審者、いや、藤白は低い声で言う。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

二十歳の同人女子と十七歳の女装男子

クナリ
恋愛
同人誌でマンガを描いている三織は、二十歳の大学生。 ある日、一人の男子高校生と出会い、危ないところを助けられる。 後日、友人と一緒にある女装コンカフェに行ってみると、そこにはあの男子高校生、壮弥が女装して働いていた。 しかも彼は、三織のマンガのファンだという。 思わぬ出会いをした同人作家と読者だったが、三織を大切にしながら世話を焼いてくれる壮弥に、「女装していても男は男。安全のため、警戒を緩めてはいけません」と忠告されつつも、だんだんと三織は心を惹かれていく。 自己評価の低い三織は、壮弥の迷惑になるからと具体的な行動まではなかなか起こせずにいたが、やがて二人の関係はただの作家と読者のものとは変わっていった。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

真夏の温泉物語

矢木羽研
青春
山奥の温泉にのんびり浸かっていた俺の前に現れた謎の少女は何者……?ちょっとエッチ(R15)で切ない、真夏の白昼夢。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

処理中です...