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第4章 菜月、幽体離脱を試みる
4 菜月が幽体離脱!
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綴木は、菜月のお父さんの帰りが遅くなることを知っていた。
家で一人きりの菜月を狙うには、絶好の機会ではないか。
だが、なぜ?
頭の整理が追いつかない。
「翔流くんに電話をした後、もう一度菜月を探してみようと家を出たら、庭の隅で綴木が気を失い倒れているのを見つけたんだ。草木に埋もれていたせいで、最初は気づかなかった。どうやら、背後から頭を殴られたらしい。綴木を起こして話を聞いてみると、あっさり自分が通り魔犯だと白状した」
「その綴木も、何者かに襲われたってことですよね?」
征樹はうなずく。
「翔流くんが、菜月を家まで送ってくれたと言った時間帯に見かけない不審な車が停まっていたという証言もとれている。黒いワゴン車だ。今、この辺りに設置されている防犯カメラのデータ検証も進めてもらっている」
「菜月はその人物にさらわれた」
「可能性は大きい」
大の男を殴って気絶させる程の者だ。
女の子を連れ去るなど、わけもないだろう。
征樹の手が翔流の肩に置かれた。
「翔流くん、菜月を心配して駆けつけてくれたんだね。ありがとう。でも、もう遅い時間だ。誰かに君を家まで送るようお願いしよう」
しかし、翔流は帰らないと首を振った。
ダンっと、側の塀にこぶしを叩きつける。
「翔流くん?」
「僕が……僕がちゃんと最後まで菜月が家の中に入っていくのを見届けていたら! こんなことにならなかった!」
翔流の口から振り絞るような声がもれる。
悔しさと後悔と怒りで、頭の中がぐちゃぐちゃであった。
「僕のせいです! ごめんなさい」
「どうして君のせいなんだい? そんなこと俺は少しも思っていないよ。それどころかこうして菜月のことを心配してくれて嬉しく思っている。ありがとう、翔流くん。あとは俺たちに任せて」
翔流は首を横に振る。
僕も一緒に菜月を探します、と言いたかったのに言えなかった。
胸が痛い。
泣きたくなった。
征樹の言葉も口調も優しくて、やるせない気持ちになる。
その時、視界の隅に入った何者かの気配に翔流は視線をやる。
門の横に誰かが立っていた。
その姿は――。
「菜月!」
泣きそうな顔で、菜月がそこに立っていた。
「どうした、翔流くん?」
「菜月がそこに、門の横に立っています」
「菜月が?」
翔流はごくりと唾を飲み込んだ。
征樹には菜月の姿が見えない。
当然だ。
そこに立っている菜月は幽体だから。
「やっぱり僕も菜月を探します。いえ、これは僕にしかできないこと!」
翔流は上着のポケットから数珠を取り出した。
「僕が霊能者だということは、菜月から聞いていますか?」
「あ、ああ……特別な力があると聞いたよ」
「そこに」
と言って、翔流は門の辺りを指さす。
「菜月が立っています。幽体です」
翔流の言葉に征樹は顔色を失う。
「幽体……それは、つまり……娘はもう……」
翔流は慌てて首を振った。
「あ、いや……違います。言い方がよくなかったですね、ええと、生霊のようなものかな。本体から抜けた菜月の幽体が、僕に助けを求めているんです」
翔流は菜月に向き直る。
「菜月、よくこのことを思いついたね。上出来だ。話ができる? 焦らなくていい、ゆっくり喋ってごらん。いや、それが無理なら心の中で思うだけでいい。僕が読み取る」
『翔流くん、助けて……怖いよ』
「菜月、今どこにいる?」
幽体が見えない征樹から見れば、翔流が何もない虚空に向かって話しかけているとしか思えない状況だ。
菜月が首を振る。
『分からない。たぶん、どこかの家。狭い部屋。アパートかも』
「狭い部屋。アパートかもしれないってことだね」
菜月の状況が征樹にもわかるように翔流は繰り返す。
「翔流くん、その部屋の窓から何が見えるか聞いてみてくれ!」
「菜月安心して。今ここに、菜月のお父さんもいる。窓から何か見える?」
『カーテンがかかっていて、何も見えない』
「音は! 何か音はしないか!」
「菜月、音はする?」
『何も聞こえない……私、殺されるかも。犯人がナイフみたいの持ってる』
幽体の菜月は弱々しく首を振った。
『翔流くん、助けて……もう無理。意識が飛びそう……』
幽体を飛ばすためのエネルギーを、本体が使い果たそうとしているのだ。
その証拠に、菜月の身体が今にも消えそうになり、周りの景色と溶け込んでいく。
「菜月、必ず探す。慌てずに自分の身体に戻るんだ」
『翔流くん、待ってる』
「ああ、僕を信じろ」
泣きそうな顔をしながらも、菜月は笑みを浮かべ、そして消えた。
家で一人きりの菜月を狙うには、絶好の機会ではないか。
だが、なぜ?
頭の整理が追いつかない。
「翔流くんに電話をした後、もう一度菜月を探してみようと家を出たら、庭の隅で綴木が気を失い倒れているのを見つけたんだ。草木に埋もれていたせいで、最初は気づかなかった。どうやら、背後から頭を殴られたらしい。綴木を起こして話を聞いてみると、あっさり自分が通り魔犯だと白状した」
「その綴木も、何者かに襲われたってことですよね?」
征樹はうなずく。
「翔流くんが、菜月を家まで送ってくれたと言った時間帯に見かけない不審な車が停まっていたという証言もとれている。黒いワゴン車だ。今、この辺りに設置されている防犯カメラのデータ検証も進めてもらっている」
「菜月はその人物にさらわれた」
「可能性は大きい」
大の男を殴って気絶させる程の者だ。
女の子を連れ去るなど、わけもないだろう。
征樹の手が翔流の肩に置かれた。
「翔流くん、菜月を心配して駆けつけてくれたんだね。ありがとう。でも、もう遅い時間だ。誰かに君を家まで送るようお願いしよう」
しかし、翔流は帰らないと首を振った。
ダンっと、側の塀にこぶしを叩きつける。
「翔流くん?」
「僕が……僕がちゃんと最後まで菜月が家の中に入っていくのを見届けていたら! こんなことにならなかった!」
翔流の口から振り絞るような声がもれる。
悔しさと後悔と怒りで、頭の中がぐちゃぐちゃであった。
「僕のせいです! ごめんなさい」
「どうして君のせいなんだい? そんなこと俺は少しも思っていないよ。それどころかこうして菜月のことを心配してくれて嬉しく思っている。ありがとう、翔流くん。あとは俺たちに任せて」
翔流は首を横に振る。
僕も一緒に菜月を探します、と言いたかったのに言えなかった。
胸が痛い。
泣きたくなった。
征樹の言葉も口調も優しくて、やるせない気持ちになる。
その時、視界の隅に入った何者かの気配に翔流は視線をやる。
門の横に誰かが立っていた。
その姿は――。
「菜月!」
泣きそうな顔で、菜月がそこに立っていた。
「どうした、翔流くん?」
「菜月がそこに、門の横に立っています」
「菜月が?」
翔流はごくりと唾を飲み込んだ。
征樹には菜月の姿が見えない。
当然だ。
そこに立っている菜月は幽体だから。
「やっぱり僕も菜月を探します。いえ、これは僕にしかできないこと!」
翔流は上着のポケットから数珠を取り出した。
「僕が霊能者だということは、菜月から聞いていますか?」
「あ、ああ……特別な力があると聞いたよ」
「そこに」
と言って、翔流は門の辺りを指さす。
「菜月が立っています。幽体です」
翔流の言葉に征樹は顔色を失う。
「幽体……それは、つまり……娘はもう……」
翔流は慌てて首を振った。
「あ、いや……違います。言い方がよくなかったですね、ええと、生霊のようなものかな。本体から抜けた菜月の幽体が、僕に助けを求めているんです」
翔流は菜月に向き直る。
「菜月、よくこのことを思いついたね。上出来だ。話ができる? 焦らなくていい、ゆっくり喋ってごらん。いや、それが無理なら心の中で思うだけでいい。僕が読み取る」
『翔流くん、助けて……怖いよ』
「菜月、今どこにいる?」
幽体が見えない征樹から見れば、翔流が何もない虚空に向かって話しかけているとしか思えない状況だ。
菜月が首を振る。
『分からない。たぶん、どこかの家。狭い部屋。アパートかも』
「狭い部屋。アパートかもしれないってことだね」
菜月の状況が征樹にもわかるように翔流は繰り返す。
「翔流くん、その部屋の窓から何が見えるか聞いてみてくれ!」
「菜月安心して。今ここに、菜月のお父さんもいる。窓から何か見える?」
『カーテンがかかっていて、何も見えない』
「音は! 何か音はしないか!」
「菜月、音はする?」
『何も聞こえない……私、殺されるかも。犯人がナイフみたいの持ってる』
幽体の菜月は弱々しく首を振った。
『翔流くん、助けて……もう無理。意識が飛びそう……』
幽体を飛ばすためのエネルギーを、本体が使い果たそうとしているのだ。
その証拠に、菜月の身体が今にも消えそうになり、周りの景色と溶け込んでいく。
「菜月、必ず探す。慌てずに自分の身体に戻るんだ」
『翔流くん、待ってる』
「ああ、僕を信じろ」
泣きそうな顔をしながらも、菜月は笑みを浮かべ、そして消えた。
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