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第2章 翔流、悪霊に挑む

8 生霊にとりつかれる

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「さて、小山佳珠子……なぜ、おまえは菜月に取り憑く?」
 翔流は菜月の右肩にいる小山佳珠子に話しかける。

『菜月が憎い。羨ましい。大好きな翔流くんと仲良くしている』

「それで菜月に逆恨みか?」

『本当は、翔流くんに告白するつもりはなかった。遠くから見ているだけでよかった。だって、あたしなんかが翔流くんと釣り合うわけがないってわかっていたもの。でも、あたしが翔流くんに思いを寄せていることをまどかに知られ、まどかに命令された』

「山城まどかに命令された?」

『翔流くんに告白しろって。もちろん、断った。だって、振られるとわかっていて告白するわけがない。でも、そうしなければ仲間外れにするとまどかに言われた』

「そんな嫌な思いまでして、まどかって子のグループにいたかったのか?」

『あたしみたいな地味で目立たない子でも、まどかと一緒にいれば、他の子たちから一目おかれるもの!』

 やれやれと翔流はため息をつく。
「だからって、それで菜月を恨むのは筋違いではないか? 悪いけど、あんたに同情はできない」
 好きな男の子に否定され、佳珠子は怒りで顔をゆがめた。

『うるさい! あたしを振ったくせに偉そうなことを言うな! この女を恨んで恨んで、呪い殺してやる』

 呪い殺すと言った佳珠子の言葉に、翔流は不快な顔をする。
「霊能者として今の言葉は許せない。見逃せない」

『「黙れ!』

 ニタリと笑い、佳珠子は菜月の首を絞めようと手を伸ばす。
「できることなら穏便に片付けようと思ったけれど、君がそういう態度にでるなら、こちらにも考えがある」
 穏便に本体に戻ってもらおうと思ったが、佳珠子の生霊は納得してくれない。
 もっとも、菜月の言う通り、簡単に離れていく程度なら、最初から生霊を飛ばしてくることはないのだ。
「菜月から離れろ。二度と近づくな。言っておくが、これは君のためでもある」

『あたしのためだと?』

「小山さんだって無事ではすまない」
 佳珠子はケタケタと笑った。

『あはは、この女が苦しめばそれでいいんだよ。ざまあみろ!』

 翔流は眉根を寄せた。
「本当にこれが最後の忠告だ。菜月から離れろ!」

『いやだ!』

 翔流はぎりっと奥歯を噛む。
 そして、目を閉じ何かを唱え始めた。
 佳珠子の生霊の顔が苦痛に歪み、いやだいやだと激しく首を振る。

『あたしはこの女から離れない。翔流くんを奪ったこの女が許せない。この女を苦しめなければ気が済まない』

 しかし、翔流が経のようなものを唱え続けていくうちに、相手の顔色が変わっていく。
 抵抗できないとわかったのだろう。

『やめろ! そんなもの唱えるな!』

 翔流は閉じていた目を開き、数珠を振り払った。
「去れ!」
 翔流の鋭い一言で、佳珠子の生霊はあっけなく消えていった。

 しんとした空気の中、時計の秒針がこちこちと鳴る音が響いた。
 気をしっかりと持てと翔流に言われ、菜月は目を閉じ、佳珠子の生霊が離れていくのをひたすら願った。

「終わったよ、どう調子は?」
 菜月はそっと肩のあたりをなでた。
「軽くなった気がする。小山さんが離れてくれたの」
「強引なやり方だったけれど引き剥がした。さらに、二度と彼女の生霊が菜月の元へ来られないようにした」

「ありがとう」
 菜月はほっと息を吐き、ソファに深く背をもたれかけた。
「翔流くん具合は?」
 この間、悪霊の瘴気にやられて翔流は体調を崩した。

「だいじょうぶ」
「よかった。ほんと翔流くんって、すごいんだね。あたしたちとは別世界の人みたい」
「なにそれ」
「それで、小山さんはどうなったの?」

 佳珠子は菜月を呪うと言った。
 それは許されないことだと翔流は言っていた。
「人を呪わば穴二つと言うだろう。報いは必ず、自分に跳ね返る」

「でも、生霊を飛ばしたのは、本人の意思とは関係ないんでしょう?」
 翔流は静かにまぶたを伏せた。
 差し込む夕暮れが翔流の顔を照らす。
 長いまつげが、目の下に影を作る。

 ほんと、男の子なのにきれいな顔だな、と菜月は思った。

「だから霊(こ)の世界は、常識では考えられないことが起こるから不思議なんだ」
「私も、誰かを妬んだり、羨んだり、傷つけたりしないように気をつけなきゃだね」
 翔流は笑っただけであった。

「じゃあ、僕は帰るよ」
「え、クッキー食べていってよ」
「いいよ、帰る。今日ここに来たのは、菜月に取り憑いたものを祓うのが目的だったから。それに、あまり長居をすると、菜月のお父さんに睨まれそうだ」
「パパは、睨んだりしないよ」
 そこへ、玄関の鍵が開く音がした。
 菜月と翔流は顔を見合わせる。

「帰ったぞ菜月、具合はどうだ。食欲はあるか? 菜月の好きなプリンを買ってきたぞ」
 リビングの扉が開いたと同時に、征樹がプリンの入ったお土産の箱を高く持ち上げ顔をのぞかせた。
「お邪魔してます」
 翔流は頭を下げ、現れた征樹に丁寧に挨拶をする。

 一瞬、鋭い目を翔流に向けた征樹だが、すぐににこりと笑った。
「こんにちは、翔流くん。来てたんだね」
「私のことを心配して様子を見に来てくれたの。それと、ノートのコピーも届けてくれて」
「わざわざありがとう。ちょうどいい、翔流くんも一緒にプリンを食べないか」
「いえ、今日はもうこれで」
「急いでるのかな? だったら送ってあげよう」
「いえ……」
「それとも、甘いものは嫌い?」
「そういうわけでは……」
「だったら、食べていきなさい」
 征樹に押し切られ、断ることもできず、翔流はプリンを食べる。

 小山佳珠子の生霊のことは、もちろん征樹には話さなかった。
 征樹は現職の刑事で、そんな話は信じないと思ったから。
 リビングでプリンを食べながら、一時間ほど学校の話で盛り上がり、翔流は祖母が待っているからと言って家に帰った。
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