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第1章 学校一のイケメン 鴻巣翔流の正体は!

8 翔流くんは視える系?

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「もしかして、翔流くんって、幽霊が見える系?」
「系じゃなくて、える」
「昨日、私を助けてくれた時に、こんなことをしてどういうつもりだ。許さないぞ、って暴言を吐いたのは、その悪霊に向けてだったの?」
「暴言か……ごめん。神埜さん、信号が赤なのに横断歩道を渡ろうとしただろう? 車が突っ込んできたとき、逃げられず、その場から動けなかった」
 その通り、と菜月はうなずく。

「地面から伸びた地縛霊の手が、神埜さんの足首をつかんでいた。だから足を動かせなかった」
 たちまち菜月の顔が青ざめる。
 背筋に悪寒が走る。
 唇が震えた。

「あのね、足首にアザができていたの。看護師さんは、転んだせいだって言ってたけど、でも、どう見てもそのアザ、人の指みたいな跡だったのがついていたの」
 翔流は肩をすくめた。
「霊障だ」
「霊障?」
さわりが身体に出たんだ」

「私、呪われるの?」
「安心しろ。神埜さんに取り憑いた霊は僕が祓った。そのアザもそのうち消える」
「ほんと?」
 ああ、と翔流はうなずく。

「これでわかっただろ。事故現場でむやみに手を合わせることが、どれほど危険だってことを。神埜さんの優しさに、霊たちがこの人なら自分たちを救ってくれると思って寄ってくることもある。あるいは、あちらの世界に引きずり込もうと」
「だから、ここは事故が多いってことなのね」
 翔流の言った意味がようやく理解できた気がする。

「ありがとう、翔流くん」
 素直に謝る菜月に、翔流は苦笑をこぼしながらその場に片膝をつく。
「泣かないで。もうだいじょうぶだたから。悪い奴は動けないようにしたよ。これで上に行けるよね?」
 まるで、そこに誰かがいるように、みえない何者かに話しかけているようだ。
 いや、翔流には視えているのだろうが。

「翔流くん、そこに誰かいるの?」
「子どもがいる」
 翔流はガードレールに添えられた花束をみやる。
「車にひかれた子がそこにいるのね」
「そう。自分が死んだことを理解できていない」
 無関係な者にあまり同情心を抱くなと、翔流に注意されたばかりだけれど、やはり気の毒だと思ってしまう。

 翔流の手が少年の頭に触れた。
 触れたといっても、相手は実体のない幽霊だが。
 翔流は静かにまぶたを閉じ、ゆっくりと息を吸い吐き出した。

 ふっ、と翔流の意識が遠のく。
 次の瞬間、翔流の頭に映像が浮かび上がった。
 それは、事故が起きた瞬間の、少年の記憶であった。
 霊視をするのだ。






 夕暮れ時、激しい雨が降る交差点。
 傘をさしながら、横断歩道を渡る幼い子。
 その横には、ベビーカーを押す母親らしき人物がいる。
 変わり始めた信号に気づき、母親は横断歩道を渡りきろうと早足になる。
 母親の歩く速度に追いつけずに、少年は横断歩道の半ばで取り残された。
『ママ、まって』
 無数の手が横断歩道から伸び、少年の身体に絡みつく。



 コッチ ニ オイデヨ



『ママ!』
 少年の呼び声に、母親が振り返る。
 そこへ、雨でスリップした一台の車が――。







 早送りしたように映像が流れていく。
 最後に血にまみれ地面に横たわる少年の姿。
 そこで映像は切れた。


 翔流はゆっくりと目を開け、優しい眼差しと口調で少年に問いかける。
「君の名前は?」
勇人ゆうと
 翔流は数珠を握り、よし、と小声で呟く。
「なにがよし、なの?」
「自分の名前が言えて、自我があれば、言い聞かせて浄化させることができる」

 じょうかって何? と聞きたかったが、もはやあれこれ質問する雰囲気ではない。

 翔流は再び少年に向き直る。
「勇人くん、苦しい思いをしたね」
『うん、お家に帰りたいのに、足が動かないんだ』
 涙目になる勇人に、翔流は手を差し出した。

「歩いてごらん。君をここに縛りつけていた悪い奴は、僕が追い払ったから」
 翔流に言われ、勇人は涙を拭い足を一歩前に踏み出した。
『ほんとだ、歩けた!』
「頑張ったね。えらい。それじゃあ、行こうか」

 事故現場に捕らわれた少年を解放し、天にあげるための手伝いをする。
 しかし、勇人は激しく首を横に振った。
『ボクはどこにも行かない。お家に帰りたいんだ。お家に帰ってママに会いたい。ねえ、ママはどこ?』
 少年は泣きながら、ママの姿を探し求めている。

「ママならもうすぐ……ほら、迎えに来たよ。見てごらん」
 翔流は、花が添えられた場所を指さした。
 そこへ、花束を抱えた女性がやって来る姿が見えた。

 女性はすでに添えられている花の横に、手にしていた花束を置き手を合わせる。
「私のせいで勇人が……私が勇人から目を離さなければ……」
 女性は涙を手で拭う。

「神様、どうかあの子に……勇人に、優しい世界を与えてあげてください」
 菜月は手を震わせた。
 ゆうとって、翔流くんが今話している子どもの名前よね。
 じゃあ、この人は勇人くんのお母さん!

「翔流くん、あの女性、ゆうとくんのお母さんみたい」
 こそっと小声で話しかけてくる菜月に、翔流はうなずき返す。
「私、お母さんに話しかけてみる!」
「待て」
 母親に近づこうとする菜月を、翔流は引き止める。

「勇人くんがここにいることは、言うな」
「どうして?」
 翔流はふっと笑って肩をすくめる。
「頭のおかしい奴だと思われるぞ」
 確かに、と菜月は苦笑いを浮かべた。

 ここに勇人くんの幽霊がいます。
 お母さんを探していました、と言っても、信じてもらえるわけがない。
「わかった」
 翔流の忠告に納得して、菜月はその女性の側に歩み寄る。
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