夜の月と 天の海と

島崎 紗都子

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剣舞と竪琴(2)

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 羽織っていた絹の肩掛けがふわりと風に揺れ、まるで蝶の羽のようにひらひらとなびく。
 王子が竪琴を手にする。

「伴奏は私が。もっとも、宴の席で竪琴を弾いていたあの青年にはかなわぬが。曲は何がよいだろうか?」
「とびっきり激しいのがいいわ」
「わかった。では、そなたの名と同じ、戦いの女神、アリッサの戦闘の舞曲を」

 カインのしなやかな指先が竪琴の弦を弾く。
 最初の音が静かな夜の空気を震わせた。

 アリッサはひらりと剣を空高くかかげる。
 月明かりに照らされた刀身が光をはじく。
 淡い光がアリッサの身体を包む。

 張りつめた空気に緩やかな風が流れ、庭園に咲く花の香りを運ぶ。
 甘い花の香は媚薬のよう。
 アリッサのふるう剣の勢いに、花びらに付着した夜露がはじかれて散る。

 まるで、眩むような幻想的な夜。
 艶めく、蒼い月の光。
 静かな星のささやき。
 そらに流れる大河。

 互いの呼吸をあわせ、時には激しく、時には優雅にアリッサは剣を閃かせ、舞を舞い、カインは竪琴を弾いた。

 つまびく琴の音が最後の余韻を響かせ、夜の虚空に吸い込まれ溶けていく。
 さっとと風が吹き、その風にのって無数の花びらが舞い上がる。

 しばし、二人は身動きすることもせず、互いに視線を合わせた。
 やがてカインの唇からため息がもれ、アリッサも息を吐き出した。

 ひたいに汗を浮かべるアリッサに、カインは冷えた果実水が満たされた杯を差しだす。
 アリッサは果実水で喉を潤し息ついた。

「……素晴らしい。本当に見事な舞であった」
 心からのカインの賞賛にアリッサは照れたように笑う。
「ありがと。カイン様の竪琴もよかったわよ」
 たとえ世辞でも、素直にその言葉を受け取っておこうというように、カインはふっと笑う。
「本当よ」
「ありがとう」
 イゾラの旅芸人相手に自分の竪琴を披露するなど、本来恐れ多いことなのだから。

「私の竪琴はともかく。なぜ、先ほどの宴で剣舞を披露しなかったのかな? みなアリッサの美しい舞に見とれたであろう」

「私の踊りは特別なの」
 カインは首を傾げる。
「もったいぶっているわけじゃないけれど、特別な人にしか見せたくないの」
「ならば、私は特別?」
「そうよ。カイン様は特別」
 カインは嬉しそうに笑みをこぼす。

「ありがとうアリッサ。美しくも勇壮な舞を見せてもらった。まるで、本当に戦いの女神が地上に降臨したのかと錯覚するほどに」
 カインは夜空を見上げ、満足そうに目を閉じた。

「楽しい一夜を過ごせた。私にとって最高の誕生日の贈り物だ。疲れたであろう、今宵はゆっくり休むといい」
「カイン様は?」
「ああ、私は少し夜風にあたりながら、余韻にひたるとしよう」
「ねえ」
 アリッサに呼びかけられてカインは何だ? と視線を傾ける。

「……あたしを、抱かないの?」
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