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第3章 お師匠さまの秘密を知ってしまいました
お師匠様の術を継ぐ 2
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師匠であるイェンの魔術を引き継がせてもらえる。
それはツェツイにとって喜ばしいことである。
けれど、驚かせてしまうものがあると言われ、戸惑うところもあった。
それがいったい何なのか、まったく想像がつかなかったから。
「驚かせてしまうもの? 何ですかそれは……」
「のぞけばすぐにわかる」
「いいえ、それよりも待ってください。引き出すなんてあたし、そんなことできるかどうか自信がないです。やったことがないです」
「互いの魔力の相性がいいなら、できないことはない。おまえなら簡単なはずだ」
「でも、もしうっかりお師匠様の記憶をのぞいたりしたら」
「かまわねえよ。むしろ引き継がせる以上、俺が何をしたか、おまえも知るべきだ」
「その驚かせてしまうものというのは、お師匠様が言っていた罪をおかしたことと関係があるのですか?」
「そうだ。怖いか?」
声が出せなかった。イェンが過去にどんな罪をおかしたのか。
知りたくないといえば嘘になる。と、同時に知るのが怖いと思うのも事実であった。
「正直……」
「俺は怖い。あの時、俺の魔術をくれてやると言ったことを後悔もした。もし、これをおまえが間違ったことに使ったりでもしたら、俺は一生、自分を許せないだろう」
「それでも、お師匠様はあたしに?」
「おまえなら、大丈夫だと俺は信じている」
「あたしを信じて……」
イェンはうなずいた。その顔にためらいも揺らぎもない。
「やめるのならそれでもいい。無理強いをするつもりはない」
手首から離れかけたイェンの手を、ツェツイは咄嗟にもう片方の手で押さえる。
「いいえ!」
ツェツイの顔つきが変わった。
この手が離れたら、きっと、もう二度とこんな機会はないと思ったから。
「お師匠様の魔術をあたしに引き継がせてください。あたしにください!」
そして、あたしにお師匠様のことを教えてください。
「なら、持っていけ」
ツェツイは大きく深呼吸をして目を閉じた。
全神経をイェンの胸に当てている手に集中させる。
「お師匠様の心臓の音」
とくとくと手のひらに伝わる鼓動。
その音と自分の呼吸を合わせる。
イェンの心の奥深くに封じられた魔術が、ツェツイの中に流れこんでくる。
すごい……あたしの知らない魔術がたくさん。
どれも、いつか覚えたいと思っていたものばかり。
それに、お師匠様の魔術、温かくて優しい。
でも、わかる気がする。
だって、お師匠様は優しいもの。
ふと、ツェツイの指先がぴくりと動いた。
一つの映像がツェツイの閉じたまぶたのうらに映る。
降りしきる雨の中、ひび割れた大地に横たわる一人の幼い少年。
その少年を腕に抱え、地に膝をついて泣き叫ぶイェンの姿。
今よりもずいぶん若い。
たぶんまだ十代半ば。
イェンは何度も何度も地面にこぶしを叩きつけ叫んでいた。
何を叫んでいるのかまではわからない。
激しく降る雨が幼い少年とイェンを濡らす。
その子は誰?
どうしてお師匠様は泣いてるの?
何故、呼びかけてもその子は目を開けないの?
映像の中、不意にイェンがゆらりと立ち上がった。
思いつめていたその顔に決意をにじませて。
次の瞬間、ツェツイは目を見開いた。そこで、映像は途切れた。
「これは!」
胸から離れかけたツェツイの手首を、イェンはぐっと握りしめる。
「こんなの信じられません! こんな魔術があるなんて……あり得ないです! あってはいけない……」
いやいやをするように激しく頭を振るツェツイの頬に、イェンの手がそっと添えられた。
「ツェツイ……」
信じられない。
あり得ない。
けれど、それはイェンの心に残っていて、そして、ツェツイの中に確実に刻まれ継がれていく。
ツェツイの手が小刻みに震えた。
まだ、ツェツイがイェンの弟子となる前のあの嵐の日。
母親を亡くしたばかりのあの時〝灯〟の裏庭の木から落ちて動かなくなった小鳥のヒナを手のひらにのせ、泣きながらツェツイは言った。
『あたしに魔術が使えたら、この子をよみがえらせることが。お母さんだって生き返らせ……っ!』
そして、イェンはツェツイに言い聞かせるように返した。
『そんなこと考えちゃ……たとえ、もし出来たとしても……それは絶対にやってはいけないんだ。わかるよな』
たとえ、もし出来たとしても──。
その時は特に気にもとめなかった。
何故なら、死んだものを蘇らせることなどできるわけがないと、そんなことはわかっていたから。
さらに、火事の時、ツェツイが火の海の中で倒れた時もイェンは……。
『おまえに万が一のことがあったとしても、俺には、もう……どうすることもできないんだよ!』
あの時のイェンの言葉の意味を、そして、イェンがおかした罪をツェツイは知ってしまう。
「蘇りの術……」
言うまでもない。
それは、死した人の魂を呼び戻す禁断の魔術。
「お師匠様はこの魔術を使って……」
ツェツイを見下ろすイェンの顔に苦渋の色が広がる。
イェンはとつとつと語り始めた。
「七年前、この国に大干ばつが起きた。おまえはまだ小さかったから知らないと思うが」
「当時の話はお母さんから聞きました。その時、一人の魔道士が龍神を喚んで雨を降らせ、この国の、危機を……」
ツェツイは声をつまらせる。
「その魔道士って、まさか、お師匠様のことだったんですか」
イェンは笑っただけであった。
それはツェツイにとって喜ばしいことである。
けれど、驚かせてしまうものがあると言われ、戸惑うところもあった。
それがいったい何なのか、まったく想像がつかなかったから。
「驚かせてしまうもの? 何ですかそれは……」
「のぞけばすぐにわかる」
「いいえ、それよりも待ってください。引き出すなんてあたし、そんなことできるかどうか自信がないです。やったことがないです」
「互いの魔力の相性がいいなら、できないことはない。おまえなら簡単なはずだ」
「でも、もしうっかりお師匠様の記憶をのぞいたりしたら」
「かまわねえよ。むしろ引き継がせる以上、俺が何をしたか、おまえも知るべきだ」
「その驚かせてしまうものというのは、お師匠様が言っていた罪をおかしたことと関係があるのですか?」
「そうだ。怖いか?」
声が出せなかった。イェンが過去にどんな罪をおかしたのか。
知りたくないといえば嘘になる。と、同時に知るのが怖いと思うのも事実であった。
「正直……」
「俺は怖い。あの時、俺の魔術をくれてやると言ったことを後悔もした。もし、これをおまえが間違ったことに使ったりでもしたら、俺は一生、自分を許せないだろう」
「それでも、お師匠様はあたしに?」
「おまえなら、大丈夫だと俺は信じている」
「あたしを信じて……」
イェンはうなずいた。その顔にためらいも揺らぎもない。
「やめるのならそれでもいい。無理強いをするつもりはない」
手首から離れかけたイェンの手を、ツェツイは咄嗟にもう片方の手で押さえる。
「いいえ!」
ツェツイの顔つきが変わった。
この手が離れたら、きっと、もう二度とこんな機会はないと思ったから。
「お師匠様の魔術をあたしに引き継がせてください。あたしにください!」
そして、あたしにお師匠様のことを教えてください。
「なら、持っていけ」
ツェツイは大きく深呼吸をして目を閉じた。
全神経をイェンの胸に当てている手に集中させる。
「お師匠様の心臓の音」
とくとくと手のひらに伝わる鼓動。
その音と自分の呼吸を合わせる。
イェンの心の奥深くに封じられた魔術が、ツェツイの中に流れこんでくる。
すごい……あたしの知らない魔術がたくさん。
どれも、いつか覚えたいと思っていたものばかり。
それに、お師匠様の魔術、温かくて優しい。
でも、わかる気がする。
だって、お師匠様は優しいもの。
ふと、ツェツイの指先がぴくりと動いた。
一つの映像がツェツイの閉じたまぶたのうらに映る。
降りしきる雨の中、ひび割れた大地に横たわる一人の幼い少年。
その少年を腕に抱え、地に膝をついて泣き叫ぶイェンの姿。
今よりもずいぶん若い。
たぶんまだ十代半ば。
イェンは何度も何度も地面にこぶしを叩きつけ叫んでいた。
何を叫んでいるのかまではわからない。
激しく降る雨が幼い少年とイェンを濡らす。
その子は誰?
どうしてお師匠様は泣いてるの?
何故、呼びかけてもその子は目を開けないの?
映像の中、不意にイェンがゆらりと立ち上がった。
思いつめていたその顔に決意をにじませて。
次の瞬間、ツェツイは目を見開いた。そこで、映像は途切れた。
「これは!」
胸から離れかけたツェツイの手首を、イェンはぐっと握りしめる。
「こんなの信じられません! こんな魔術があるなんて……あり得ないです! あってはいけない……」
いやいやをするように激しく頭を振るツェツイの頬に、イェンの手がそっと添えられた。
「ツェツイ……」
信じられない。
あり得ない。
けれど、それはイェンの心に残っていて、そして、ツェツイの中に確実に刻まれ継がれていく。
ツェツイの手が小刻みに震えた。
まだ、ツェツイがイェンの弟子となる前のあの嵐の日。
母親を亡くしたばかりのあの時〝灯〟の裏庭の木から落ちて動かなくなった小鳥のヒナを手のひらにのせ、泣きながらツェツイは言った。
『あたしに魔術が使えたら、この子をよみがえらせることが。お母さんだって生き返らせ……っ!』
そして、イェンはツェツイに言い聞かせるように返した。
『そんなこと考えちゃ……たとえ、もし出来たとしても……それは絶対にやってはいけないんだ。わかるよな』
たとえ、もし出来たとしても──。
その時は特に気にもとめなかった。
何故なら、死んだものを蘇らせることなどできるわけがないと、そんなことはわかっていたから。
さらに、火事の時、ツェツイが火の海の中で倒れた時もイェンは……。
『おまえに万が一のことがあったとしても、俺には、もう……どうすることもできないんだよ!』
あの時のイェンの言葉の意味を、そして、イェンがおかした罪をツェツイは知ってしまう。
「蘇りの術……」
言うまでもない。
それは、死した人の魂を呼び戻す禁断の魔術。
「お師匠様はこの魔術を使って……」
ツェツイを見下ろすイェンの顔に苦渋の色が広がる。
イェンはとつとつと語り始めた。
「七年前、この国に大干ばつが起きた。おまえはまだ小さかったから知らないと思うが」
「当時の話はお母さんから聞きました。その時、一人の魔道士が龍神を喚んで雨を降らせ、この国の、危機を……」
ツェツイは声をつまらせる。
「その魔道士って、まさか、お師匠様のことだったんですか」
イェンは笑っただけであった。
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