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第3章 お師匠さまの秘密を知ってしまいました
旅立ち前夜のお別れ会 2
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「え? マルセル……どうして?」
マルセルもまた、いきなりツェツイが現れるとは予想もしていなかったのか、不意打ちを食らったような顔で立ち尽くしている。
「……明日、ディナガウスに旅立つって聞いて……おまえの家に行ってもいなかったし、だから、もしかしたらここにいるかもって思って、来てみたんだ……」
何とも歯切れの悪いマルセルの口調に、ツェツイは首を傾げる。
「このままずっとお別れってのも、何か嫌な気分だったから」
「ずっと? あたし、いずれここに戻ってくるつもりだけど……」
「そうは言っても、いつ戻ってくるかわからないんだろ!」
「そうだけど……」
ディナガウスにはどのくらい滞在するかまだはっきりとは決めていない。
魔道士として上を目指すため技術を高め、さらに、医師の資格を得るため勉強するのだ。おそらく、そう簡単にはこちらに戻ってくることはできないだろう。
その覚悟でディナガウスに行く決意をした。
「謝りたいと思ってたんだよ。その、いろいろと……悪かったって思ってる」
まさか、マルセルからそんなことを言ってくれるとは思わなかったツェツイは、驚きに目を見開いた。
ツェツイ自身もマルセルのことが気になっていたから。
だけど、嫌われているとわかっていながらマルセルに近寄るのはためらいがあって……結局、マルセルとはあの試験の日以来、一言も会話を交わすことなく日々が過ぎ、旅立ちの日を迎えてしまった。
「おまえにいろいろと嫌がらせをしたり……意地悪なこと言ったり、試験の時も……ほんとうにごめん。謝ってすむことじゃないってわかってるけど、許してくれなくていいんだ。そのくらい僕はひどいことをしてしまったから。だけど、一言だけでも謝りたいと思いながら今日になってしまって……僕〝灯〟に入ったばかりなのに、僕よりもずっと年下なのに、どんどん上に昇っていくおまえに嫉妬してた。今思えばすごく大人げなかったって反省してる。それと、ルッツは、あいつはただ僕に従ってただけだから関係ないんだ。だから、あいつは悪くないから」
ツェツイはううん、と首を振る。
「あたしの方こそごめんね。あの時、マルセルのこと叩いちゃって」
「顔の傷……僕がひっかいたところ、治ってよかった」
「あのくらい平気。何でもないよ」
「……とにかく謝ったからな! じゃあな!」
と、背を向けようとして、マルセルはもう一度ツェツイに向き直る。
「それと!」
ポケットから何やら小さな紙切れを取り出したマルセルは、それをツェツイの目の前に突きだした。
「ディナガウスに僕の従姉妹がいる。おまえより少しだけ年上の女の子で、僕と違っておっとりした性格の優しいやつだ。おまえのこと話したら、会えるのを楽しみにしてるって。そいつは魔道士じゃないけど、魔道士の友達もたくさんいるから紹介するって言ってたし、ディナガウスの町のこととかいろいろ教えてあげるって。どうせおまえ、あっちに知り合いなんてひとりもいないんだろ。これは、そいつの住所を書いたやつだ!」
照れ隠しなのか、マルセルは乱暴に言ってふいっと、横を向いてしまった。
「……」
「別にいらなければいいよ!」
なかなか紙切れを受け取ろうとしないツェツイに、マルセルは怒ったような口調で手を引っ込めようとする。
「待って! 違うの。あたしびっくりして、マルセルがあたしのために……すごく嬉しくて、ありがとう」
にこりと笑みを浮かべるツェツイを見たマルセルは、ふんと鼻を鳴らす。
けれどその顔は、余計なことをしてしまったのではと不安に思っていたところもあったので、素直にツェツイが喜んでくれたことにほっとして嬉しそうであった。
そこへ、二人の様子を見に来たアリーセが奥の部屋から現れた。
「あら、ツェツイのお友達?」
途端、マルセルの肩から鞄がとさっと地面に落ちた。
「マルセル? どうしたの?」
落ちた鞄を拾い、ツェツイはマルセルを見上げる。
しかし、マルセルは現れたアリーセに釘づけになったまま顔を真っ赤にさせ硬直している。
ツェツイは拾った鞄をマルセルに手渡すが、渡された本人はもはや目の前にいるツェツイのことなど目に入ってないという様子であった。
お友達? と問いかけるアリーセに、マルセルはこくりとうなずく。
「はい……お友達です」
即座に奥の部屋から顔だけを覗かせていた双子たちが、嘘つけ! と苦笑交じりに声を揃えて言う。
もちろん、ツェツイたちには聞こえないように。
「まあ! ツェツイのお別れに来てくれたのね。えっと……」
「ぼ、僕、マ、マ、マルセルです……」
「まあ、あなたがマルセルくん。もちろん、知ってるわよ。〝灯〟でも優秀な魔道士だって有名だもの」
「いえ、優秀だなんてそんな……僕なんか、全然、まだまだ……」
さらに双子たちは顔を寄せ合いひそひそと会話をする。
「何だあいつ、ずいぶん謙遜してるぞ」
「だな。あいつってあんな奴だっけ?」
「それにしてもどうしたんだあいつ?」
アルトは何がだ? と首を傾げる。
「母ちゃん見た途端、真っ赤になって固まって」
「ああ。あいつ、母ちゃんに見とれてるんだよ」
ああ、なるほどとノイは納得してうんうんとうなずく。
「母ちゃん、若い頃はあの美貌で数々の男どもを虜にしてきた魔性の女って言われてたからな。町中の男たちが母ちゃんに夢中だったらしいぞ」
「俺もそれ聞いたぞ。たくさんの男たちが母ちゃんの魅力に骨抜きにされたってな。母ちゃんどんだけもててたんだ?」
「そういうとこ、母ちゃんに似たんだな。兄ちゃんは」
マルセルもまた、いきなりツェツイが現れるとは予想もしていなかったのか、不意打ちを食らったような顔で立ち尽くしている。
「……明日、ディナガウスに旅立つって聞いて……おまえの家に行ってもいなかったし、だから、もしかしたらここにいるかもって思って、来てみたんだ……」
何とも歯切れの悪いマルセルの口調に、ツェツイは首を傾げる。
「このままずっとお別れってのも、何か嫌な気分だったから」
「ずっと? あたし、いずれここに戻ってくるつもりだけど……」
「そうは言っても、いつ戻ってくるかわからないんだろ!」
「そうだけど……」
ディナガウスにはどのくらい滞在するかまだはっきりとは決めていない。
魔道士として上を目指すため技術を高め、さらに、医師の資格を得るため勉強するのだ。おそらく、そう簡単にはこちらに戻ってくることはできないだろう。
その覚悟でディナガウスに行く決意をした。
「謝りたいと思ってたんだよ。その、いろいろと……悪かったって思ってる」
まさか、マルセルからそんなことを言ってくれるとは思わなかったツェツイは、驚きに目を見開いた。
ツェツイ自身もマルセルのことが気になっていたから。
だけど、嫌われているとわかっていながらマルセルに近寄るのはためらいがあって……結局、マルセルとはあの試験の日以来、一言も会話を交わすことなく日々が過ぎ、旅立ちの日を迎えてしまった。
「おまえにいろいろと嫌がらせをしたり……意地悪なこと言ったり、試験の時も……ほんとうにごめん。謝ってすむことじゃないってわかってるけど、許してくれなくていいんだ。そのくらい僕はひどいことをしてしまったから。だけど、一言だけでも謝りたいと思いながら今日になってしまって……僕〝灯〟に入ったばかりなのに、僕よりもずっと年下なのに、どんどん上に昇っていくおまえに嫉妬してた。今思えばすごく大人げなかったって反省してる。それと、ルッツは、あいつはただ僕に従ってただけだから関係ないんだ。だから、あいつは悪くないから」
ツェツイはううん、と首を振る。
「あたしの方こそごめんね。あの時、マルセルのこと叩いちゃって」
「顔の傷……僕がひっかいたところ、治ってよかった」
「あのくらい平気。何でもないよ」
「……とにかく謝ったからな! じゃあな!」
と、背を向けようとして、マルセルはもう一度ツェツイに向き直る。
「それと!」
ポケットから何やら小さな紙切れを取り出したマルセルは、それをツェツイの目の前に突きだした。
「ディナガウスに僕の従姉妹がいる。おまえより少しだけ年上の女の子で、僕と違っておっとりした性格の優しいやつだ。おまえのこと話したら、会えるのを楽しみにしてるって。そいつは魔道士じゃないけど、魔道士の友達もたくさんいるから紹介するって言ってたし、ディナガウスの町のこととかいろいろ教えてあげるって。どうせおまえ、あっちに知り合いなんてひとりもいないんだろ。これは、そいつの住所を書いたやつだ!」
照れ隠しなのか、マルセルは乱暴に言ってふいっと、横を向いてしまった。
「……」
「別にいらなければいいよ!」
なかなか紙切れを受け取ろうとしないツェツイに、マルセルは怒ったような口調で手を引っ込めようとする。
「待って! 違うの。あたしびっくりして、マルセルがあたしのために……すごく嬉しくて、ありがとう」
にこりと笑みを浮かべるツェツイを見たマルセルは、ふんと鼻を鳴らす。
けれどその顔は、余計なことをしてしまったのではと不安に思っていたところもあったので、素直にツェツイが喜んでくれたことにほっとして嬉しそうであった。
そこへ、二人の様子を見に来たアリーセが奥の部屋から現れた。
「あら、ツェツイのお友達?」
途端、マルセルの肩から鞄がとさっと地面に落ちた。
「マルセル? どうしたの?」
落ちた鞄を拾い、ツェツイはマルセルを見上げる。
しかし、マルセルは現れたアリーセに釘づけになったまま顔を真っ赤にさせ硬直している。
ツェツイは拾った鞄をマルセルに手渡すが、渡された本人はもはや目の前にいるツェツイのことなど目に入ってないという様子であった。
お友達? と問いかけるアリーセに、マルセルはこくりとうなずく。
「はい……お友達です」
即座に奥の部屋から顔だけを覗かせていた双子たちが、嘘つけ! と苦笑交じりに声を揃えて言う。
もちろん、ツェツイたちには聞こえないように。
「まあ! ツェツイのお別れに来てくれたのね。えっと……」
「ぼ、僕、マ、マ、マルセルです……」
「まあ、あなたがマルセルくん。もちろん、知ってるわよ。〝灯〟でも優秀な魔道士だって有名だもの」
「いえ、優秀だなんてそんな……僕なんか、全然、まだまだ……」
さらに双子たちは顔を寄せ合いひそひそと会話をする。
「何だあいつ、ずいぶん謙遜してるぞ」
「だな。あいつってあんな奴だっけ?」
「それにしてもどうしたんだあいつ?」
アルトは何がだ? と首を傾げる。
「母ちゃん見た途端、真っ赤になって固まって」
「ああ。あいつ、母ちゃんに見とれてるんだよ」
ああ、なるほどとノイは納得してうんうんとうなずく。
「母ちゃん、若い頃はあの美貌で数々の男どもを虜にしてきた魔性の女って言われてたからな。町中の男たちが母ちゃんに夢中だったらしいぞ」
「俺もそれ聞いたぞ。たくさんの男たちが母ちゃんの魅力に骨抜きにされたってな。母ちゃんどんだけもててたんだ?」
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