44 / 59
第3章 お師匠さまの秘密を知ってしまいました
ツェツイの決意 1
しおりを挟む
ふと、ツェツイは床に落としたくまのぬいぐるみを拾い、その頭をなでながら、ちらりとイェンの手にしている杖に視線をやり、すぐにそらす。
そして、もじもじと言いずらそうに声を落とした。
「あの……その杖……すごいですね」
ツェツイはすごいと言うが、それは遠慮してのことであろう。言いかえると派手すぎるという意味で、さらに悪く言うと、品がないであった。
何となくこれまでの深刻な出来事さえもぶち壊すような……。
イェンの手に握られた黄金に輝く巨大な杖。
杖の先端、円環には色彩感覚を無視した色とりどりの宝石やら金銀の飾りが秩序なくあしらわれ、杖を動かすたびに耳障りな音をたてた。
枝の部分にも細かい模様の彫り込み。
確かに豪華で作りも凝っているが。
はっきりいって趣味が悪い。
「お師匠様の……」
趣味ですか、と言いかけようとしてツェツイは口をつぐんだ。
何となく、それは言ってはならないような気がしたからだ。
イェンはちっ、と舌打ちをする。
「俺のじゃねえよ。無理矢理、押しつけられたんだ」
「無理矢理? そうなんですか? 普段は持ち歩かないのですね」
「こんなみっともねえ杖、持ち歩けるか!」
確かに持ち歩いたら、いろんな意味でかなり人目をひくはず。
「普段は時空の狭間のどこかに放り投げている。そのまま流されちまえばいいんだけどな」
ツェツイはじっと杖を見つめている。
「何だ? 欲しいのか? くれてやるぞ。こんなんでも、魔力を増幅させるにはかなりの効力を発揮するからな。こんなんでも」
「い、いらない! ちがっ……あたしには重すぎて持てないと思います」
「まあ、そうだな」
と言って、イェンは手にした杖を消した。イェンが言う時空の狭間のどこかに放り込んだのだろう。
ツェツイはまたしても目を丸くする。杖はともかく。
「あたし、お師匠様と出会った時から凄まじい魔力を感じていたし、本当は凄い魔術を使える魔道士なんだと思っていました。だけど、ここまでとは全然予想もしていなくて、手が震えるくらいびっくりしています」
ツェツイは震える手を押さえつけ、イェンを見上げた。
「あの、ひとつ聞いてもいいですか? 答えたくなければいいんです」
イェンは何だ? と、首を傾げる。
「……お師匠様は、大魔道士パンプーヤ様なのですか?」
「……」
言葉もなく見つめ合う二人。
それまで笑っていたイェンの眉根が厳しくひそめられた。
怖い表情だ。
ツェツイは聞いてはいけないことだったのかと怯え不安な顔をする。
しかし――。
「はあ? 俺が? 何で?」
「え! 違うのですか? あたし、もしかしたらそうなのかと思って。だって、世界三大大魔道士パンプーヤ様は刻を操る魔道士ですよね」
「確かにそうだが。俺はあんな得たいのしれないくそじじいじゃねえよ! ああ、それとあのじじいに〝様〟なんか必要ねえ。くそじじい、それでじゅうぶんだ」
「くそじ……」
ずいぶんな言いようだ。
「えっと、じゃあ、お師匠様はパンプーヤ……様とお知り合いなんですね」
「あんなふざけたじじい、知らねえよ。知り合いでも何でもねえ」
どうやら、大魔道士パンプーヤは得たいのしれない、ふざけたじじい……らしい。
「あ! わかりました。さっき言ってた強力な後ろ盾というのが、パンプーヤ様なんですね。納得です」
人前にも姿を現さず、生きているかどうかも謎な大魔道士に権力があるかどうかは不明だが、それでもすごい後ろ盾であることには違いない。
「違う! 全然違う! おい、勝手に納得すんな」
「じゃあ……」
イェンは苛立たしそうに髪をかきむしり、そのままそっぽを向く。
これ以上、大魔道士パンプーヤの話題を口にしたくないという態度であった。
「お師匠様」
突然、ツェツイが大きく振り仰ぎイェンを見上げた。
「あたし、決めました」
何を? とイェンはツェツイに視線を戻す。
「ディナガウスに行きます。あたし、お師匠様のような立派な魔道士になりたいです」
つい先日までここに残りたい、お師匠様の側から離れたくない、だから、ディナガウスには絶対に行かないと頑なに言い続けていたのが嘘のような表情であった。
すべての迷いを振り切った、堅い決意に満ちた顔。
イェンはふっと笑った。
「俺は立派でも何でもねえけど、おまえならやれる」
「あたし、今回のことで自分はまだまだ未熟なんだなってあらためて思い知らされました。それに、お師匠様のあんなすごい魔術を見たら、いてもたってもいられない気持ちになって。でも、それだけじゃないんです。あたし、もう一つ決めたんです。ディナガウスは医術の国。どこまでやれるかわからないけど、あたし医術も学びます」
イェンは驚いたように眉を上げた。医術も学ぶ。
それは、まったく予想もしなかったツェツイの決意であった。
「お師匠様のように魔術で傷を癒やせない人のためにも、猛勉強して医者になります」
「確かに、魔道士で医者の資格を持っている奴も〝灯〟にはいるけど。だけど……」
俺みたいな特殊なのはまずいねえと思うけどな、とイェンは呟く。
不意に、ツェツイの指先がイェンの袖口を握りしめた。
「それに、この先お師匠様に何かあったときは、あたしがお師匠様のお役にたてるようになりたいです……」
「頼りにしてるよ」
イェンはくしゃりとツェツイの頭をなでた。
ツェツイは嬉しそうに笑みをこぼす。
「よかったです。こんなことを言ったら、笑われるんじゃないかと少し不安だったから」
「笑うわけねえだろ」
「お師匠様」
「ん?」
「炎の中でひとりではどうすることもできなくて、あたし、本当にもうだめかと思ったんです。だから、お師匠様に助けていただいたこの命を大切にします。そして、あたしも誰かの命を救えるような仕事につきたいです。お師匠様、助けにきてくれてありがとうございました」
あたりまえのことをしたつもりなのに、あらためてそう言われると、照れくさい気がした。
そして、もじもじと言いずらそうに声を落とした。
「あの……その杖……すごいですね」
ツェツイはすごいと言うが、それは遠慮してのことであろう。言いかえると派手すぎるという意味で、さらに悪く言うと、品がないであった。
何となくこれまでの深刻な出来事さえもぶち壊すような……。
イェンの手に握られた黄金に輝く巨大な杖。
杖の先端、円環には色彩感覚を無視した色とりどりの宝石やら金銀の飾りが秩序なくあしらわれ、杖を動かすたびに耳障りな音をたてた。
枝の部分にも細かい模様の彫り込み。
確かに豪華で作りも凝っているが。
はっきりいって趣味が悪い。
「お師匠様の……」
趣味ですか、と言いかけようとしてツェツイは口をつぐんだ。
何となく、それは言ってはならないような気がしたからだ。
イェンはちっ、と舌打ちをする。
「俺のじゃねえよ。無理矢理、押しつけられたんだ」
「無理矢理? そうなんですか? 普段は持ち歩かないのですね」
「こんなみっともねえ杖、持ち歩けるか!」
確かに持ち歩いたら、いろんな意味でかなり人目をひくはず。
「普段は時空の狭間のどこかに放り投げている。そのまま流されちまえばいいんだけどな」
ツェツイはじっと杖を見つめている。
「何だ? 欲しいのか? くれてやるぞ。こんなんでも、魔力を増幅させるにはかなりの効力を発揮するからな。こんなんでも」
「い、いらない! ちがっ……あたしには重すぎて持てないと思います」
「まあ、そうだな」
と言って、イェンは手にした杖を消した。イェンが言う時空の狭間のどこかに放り込んだのだろう。
ツェツイはまたしても目を丸くする。杖はともかく。
「あたし、お師匠様と出会った時から凄まじい魔力を感じていたし、本当は凄い魔術を使える魔道士なんだと思っていました。だけど、ここまでとは全然予想もしていなくて、手が震えるくらいびっくりしています」
ツェツイは震える手を押さえつけ、イェンを見上げた。
「あの、ひとつ聞いてもいいですか? 答えたくなければいいんです」
イェンは何だ? と、首を傾げる。
「……お師匠様は、大魔道士パンプーヤ様なのですか?」
「……」
言葉もなく見つめ合う二人。
それまで笑っていたイェンの眉根が厳しくひそめられた。
怖い表情だ。
ツェツイは聞いてはいけないことだったのかと怯え不安な顔をする。
しかし――。
「はあ? 俺が? 何で?」
「え! 違うのですか? あたし、もしかしたらそうなのかと思って。だって、世界三大大魔道士パンプーヤ様は刻を操る魔道士ですよね」
「確かにそうだが。俺はあんな得たいのしれないくそじじいじゃねえよ! ああ、それとあのじじいに〝様〟なんか必要ねえ。くそじじい、それでじゅうぶんだ」
「くそじ……」
ずいぶんな言いようだ。
「えっと、じゃあ、お師匠様はパンプーヤ……様とお知り合いなんですね」
「あんなふざけたじじい、知らねえよ。知り合いでも何でもねえ」
どうやら、大魔道士パンプーヤは得たいのしれない、ふざけたじじい……らしい。
「あ! わかりました。さっき言ってた強力な後ろ盾というのが、パンプーヤ様なんですね。納得です」
人前にも姿を現さず、生きているかどうかも謎な大魔道士に権力があるかどうかは不明だが、それでもすごい後ろ盾であることには違いない。
「違う! 全然違う! おい、勝手に納得すんな」
「じゃあ……」
イェンは苛立たしそうに髪をかきむしり、そのままそっぽを向く。
これ以上、大魔道士パンプーヤの話題を口にしたくないという態度であった。
「お師匠様」
突然、ツェツイが大きく振り仰ぎイェンを見上げた。
「あたし、決めました」
何を? とイェンはツェツイに視線を戻す。
「ディナガウスに行きます。あたし、お師匠様のような立派な魔道士になりたいです」
つい先日までここに残りたい、お師匠様の側から離れたくない、だから、ディナガウスには絶対に行かないと頑なに言い続けていたのが嘘のような表情であった。
すべての迷いを振り切った、堅い決意に満ちた顔。
イェンはふっと笑った。
「俺は立派でも何でもねえけど、おまえならやれる」
「あたし、今回のことで自分はまだまだ未熟なんだなってあらためて思い知らされました。それに、お師匠様のあんなすごい魔術を見たら、いてもたってもいられない気持ちになって。でも、それだけじゃないんです。あたし、もう一つ決めたんです。ディナガウスは医術の国。どこまでやれるかわからないけど、あたし医術も学びます」
イェンは驚いたように眉を上げた。医術も学ぶ。
それは、まったく予想もしなかったツェツイの決意であった。
「お師匠様のように魔術で傷を癒やせない人のためにも、猛勉強して医者になります」
「確かに、魔道士で医者の資格を持っている奴も〝灯〟にはいるけど。だけど……」
俺みたいな特殊なのはまずいねえと思うけどな、とイェンは呟く。
不意に、ツェツイの指先がイェンの袖口を握りしめた。
「それに、この先お師匠様に何かあったときは、あたしがお師匠様のお役にたてるようになりたいです……」
「頼りにしてるよ」
イェンはくしゃりとツェツイの頭をなでた。
ツェツイは嬉しそうに笑みをこぼす。
「よかったです。こんなことを言ったら、笑われるんじゃないかと少し不安だったから」
「笑うわけねえだろ」
「お師匠様」
「ん?」
「炎の中でひとりではどうすることもできなくて、あたし、本当にもうだめかと思ったんです。だから、お師匠様に助けていただいたこの命を大切にします。そして、あたしも誰かの命を救えるような仕事につきたいです。お師匠様、助けにきてくれてありがとうございました」
あたりまえのことをしたつもりなのに、あらためてそう言われると、照れくさい気がした。
10
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
夫を愛することはやめました。
杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
(完結)王太子妃の苦悩ーーなぜ私は王太子が嫌いになれないのでしょう?
青空一夏
恋愛
私はリオナ。ダックワース公爵家の長女でクラーク王太子殿下の婚約者だ。幼い頃から王太子を支えるようにと厳しい教育を受けてきたわ。
けれどクラーク王太子殿下は怠け者でなんの努力もなさらない。浮気もすれば愛人も作るという辛い仕打ちを私は受けるのだけれど、なぜか私はクラーク王太子殿下を嫌いになれないの。
なぜなのかしら? それはもちろん幼い頃から自分を犠牲にしてクラーク王太子殿下を支えるように言い含められているからだと思うけれど。
なにを言われても恋しい気持ちが消えてくれない。なぜなら・・・・・・
※作者独自の異世界で史実には一切基づいておりません。
※ゆるふわ・ご都合主義でお話が展開していきます。
※途中タグの追加・削除などあり得ます。
料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します
黒木 楓
恋愛
隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。
どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。
巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。
転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。
そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
離縁の脅威、恐怖の日々
月食ぱんな
恋愛
貴族同士は結婚して三年。二人の間に子が出来なければ離縁、もしくは夫が愛人を持つ事が許されている。そんな中、公爵家に嫁いで結婚四年目。二十歳になったリディアは子どもが出来す、離縁に怯えていた。夫であるフェリクスは昔と変わらず、リディアに優しく接してくれているように見える。けれど彼のちょっとした言動が、「完璧な妻ではない」と、まるで自分を責めているように思えてしまい、リディアはどんどん病んでいくのであった。題名はホラーですがほのぼのです。
※物語の設定上、不妊に悩む女性に対し、心無い発言に思われる部分もあるかと思います。フィクションだと割り切ってお読み頂けると幸いです。
※なろう様、ノベマ!様でも掲載中です。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
ちいさな哲学者
雨宮大智
児童書・童話
ユリはシングルマザー。十才の娘「マイ」と共に、ふたりの世界を組み上げていく。ある時はブランコに乗って。またある時は車の助手席で。ユリには「ちいさな哲学者」のマイが話す言葉が、この世界を生み出してゆくような気さえしてくるのだった⎯⎯。
【旧筆名、多梨枝伸時代の作品】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる