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第3章 お師匠さまの秘密を知ってしまいました

ツェツイの決意 1

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 ふと、ツェツイは床に落としたくまのぬいぐるみを拾い、その頭をなでながら、ちらりとイェンの手にしている杖に視線をやり、すぐにそらす。
 そして、もじもじと言いずらそうに声を落とした。
「あの……その杖……すごいですね」
 ツェツイはすごいと言うが、それは遠慮してのことであろう。言いかえると派手すぎるという意味で、さらに悪く言うと、品がないであった。
 何となくこれまでの深刻な出来事さえもぶち壊すような……。
 イェンの手に握られた黄金に輝く巨大な杖。
 杖の先端、円環には色彩感覚を無視した色とりどりの宝石やら金銀の飾りが秩序なくあしらわれ、杖を動かすたびに耳障りな音をたてた。
 枝の部分にも細かい模様の彫り込み。
 確かに豪華で作りも凝っているが。
 はっきりいって趣味が悪い。
「お師匠様の……」
 趣味ですか、と言いかけようとしてツェツイは口をつぐんだ。
 何となく、それは言ってはならないような気がしたからだ。
 イェンはちっ、と舌打ちをする。
「俺のじゃねえよ。無理矢理、押しつけられたんだ」
「無理矢理? そうなんですか? 普段は持ち歩かないのですね」
「こんなみっともねえ杖、持ち歩けるか!」
 確かに持ち歩いたら、いろんな意味でかなり人目をひくはず。
「普段は時空の狭間のどこかに放り投げている。そのまま流されちまえばいいんだけどな」
 ツェツイはじっと杖を見つめている。
「何だ? 欲しいのか? くれてやるぞ。こんなんでも、魔力を増幅させるにはかなりの効力を発揮するからな。こんなんでも」
「い、いらない! ちがっ……あたしには重すぎて持てないと思います」
「まあ、そうだな」
 と言って、イェンは手にした杖を消した。イェンが言う時空の狭間のどこかに放り込んだのだろう。
 ツェツイはまたしても目を丸くする。杖はともかく。
「あたし、お師匠様と出会った時から凄まじい魔力を感じていたし、本当は凄い魔術を使える魔道士なんだと思っていました。だけど、ここまでとは全然予想もしていなくて、手が震えるくらいびっくりしています」
 ツェツイは震える手を押さえつけ、イェンを見上げた。
「あの、ひとつ聞いてもいいですか? 答えたくなければいいんです」
 イェンは何だ? と、首を傾げる。
「……お師匠様は、大魔道士パンプーヤ様なのですか?」
「……」
 言葉もなく見つめ合う二人。
 それまで笑っていたイェンの眉根が厳しくひそめられた。
 怖い表情だ。
 ツェツイは聞いてはいけないことだったのかと怯え不安な顔をする。
 しかし――。
「はあ? 俺が? 何で?」
「え! 違うのですか? あたし、もしかしたらそうなのかと思って。だって、世界三大大魔道士パンプーヤ様は刻を操る魔道士ですよね」
「確かにそうだが。俺はあんな得たいのしれないくそじじいじゃねえよ! ああ、それとあのじじいに〝様〟なんか必要ねえ。くそじじい、それでじゅうぶんだ」
「くそじ……」
 ずいぶんな言いようだ。
「えっと、じゃあ、お師匠様はパンプーヤ……様とお知り合いなんですね」
「あんなふざけたじじい、知らねえよ。知り合いでも何でもねえ」
 どうやら、大魔道士パンプーヤは得たいのしれない、ふざけたじじい……らしい。
「あ! わかりました。さっき言ってた強力な後ろ盾というのが、パンプーヤ様なんですね。納得です」
 人前にも姿を現さず、生きているかどうかも謎な大魔道士に権力があるかどうかは不明だが、それでもすごい後ろ盾であることには違いない。
「違う! 全然違う! おい、勝手に納得すんな」
「じゃあ……」
 イェンは苛立たしそうに髪をかきむしり、そのままそっぽを向く。
 これ以上、大魔道士パンプーヤの話題を口にしたくないという態度であった。
「お師匠様」
 突然、ツェツイが大きく振り仰ぎイェンを見上げた。
「あたし、決めました」
 何を? とイェンはツェツイに視線を戻す。
「ディナガウスに行きます。あたし、お師匠様のような立派な魔道士になりたいです」
 つい先日までここに残りたい、お師匠様の側から離れたくない、だから、ディナガウスには絶対に行かないと頑なに言い続けていたのが嘘のような表情であった。
 すべての迷いを振り切った、堅い決意に満ちた顔。
 イェンはふっと笑った。
「俺は立派でも何でもねえけど、おまえならやれる」
「あたし、今回のことで自分はまだまだ未熟なんだなってあらためて思い知らされました。それに、お師匠様のあんなすごい魔術を見たら、いてもたってもいられない気持ちになって。でも、それだけじゃないんです。あたし、もう一つ決めたんです。ディナガウスは医術の国。どこまでやれるかわからないけど、あたし医術も学びます」
 イェンは驚いたように眉を上げた。医術も学ぶ。
 それは、まったく予想もしなかったツェツイの決意であった。
「お師匠様のように魔術で傷を癒やせない人のためにも、猛勉強して医者になります」
「確かに、魔道士で医者の資格を持っている奴も〝灯〟にはいるけど。だけど……」
 俺みたいな特殊なのはまずいねえと思うけどな、とイェンは呟く。
 不意に、ツェツイの指先がイェンの袖口を握りしめた。
「それに、この先お師匠様に何かあったときは、あたしがお師匠様のお役にたてるようになりたいです……」
「頼りにしてるよ」
 イェンはくしゃりとツェツイの頭をなでた。
 ツェツイは嬉しそうに笑みをこぼす。
「よかったです。こんなことを言ったら、笑われるんじゃないかと少し不安だったから」
「笑うわけねえだろ」
「お師匠様」
「ん?」
「炎の中でひとりではどうすることもできなくて、あたし、本当にもうだめかと思ったんです。だから、お師匠様に助けていただいたこの命を大切にします。そして、あたしも誰かの命を救えるような仕事につきたいです。お師匠様、助けにきてくれてありがとうございました」
 あたりまえのことをしたつもりなのに、あらためてそう言われると、照れくさい気がした。
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