上 下
40 / 59
第3章 お師匠さまの秘密を知ってしまいました

禁忌の術 1

しおりを挟む
「おい!」
 腕を眼前にかかげ、燃えさかる炎の中ツェツイの姿を探した。
 扉を開けてすぐに小さな居間。ツェツイの姿はない。
 舐めるように炎がその手を伸ばしていく。
 さらに奥の寝室へと向かうため足を踏み出した。
 たいして広くもない家なのに、たちこめる煙と広がる炎で、思うように前へ進めない。それでも何とか奥の部屋へとたどり着いたイェンは、部屋の中央でうつぶせになって倒れているツェツイの姿を見つけた。
「ツェツイ!」
 呼びかけるが返事はおろか、身動きすらしない。
「ツェツイ! 大丈夫か……おい、目を開けろ。ツェツイ!」
 ツェツイの身を起こし、立てた片膝に小さな身体を寄りかからせる。
 ツェツイの胸には双子たちから貰ったくまのぬいぐるみが大事そうに、まるで炎から守るように抱えられていた。
 少々乱暴に頬を叩くと、小刻みにまぶたを震わせツェツイが目を開けた。
「お師匠様……」
 口を開いた瞬間、ツェツイは激しく咳き込む。
 煙を吸い込み喉を痛めたのだろう。
 イェンは左手でさっと空気を切り裂く。
 すると、炎の熱さも煙も嘘のように引いていった。
 いや、周りの状況は何も変わっていない。
 イェンの張った結界が二人を見えない壁で包み込んだのだ。
「おまえ……何でこんな無茶をしやがった! 炎の中に飛び込んでいくバカがいるか!」
 声を荒げるイェンに、ツェツイはびくりと肩を跳ね、震えながら小声でごめんなさい、を繰り返す。
 両腕を伸ばし泣きながら首に抱きついてこようとしたツェツイだが、何故か思いとどまり腕をひっこめた。
「あたし……炎くらい消せると思ったんです。でも、家の中に飛び込んだ瞬間、怖くて震えてしまって……消そうと思っても、詠唱が何も……何一つ思い浮かばなくて、あたし、何もできなかった……」
 咄嗟の危機に陥った時に、パニックになって適切な判断をくだせず、詠唱が口にできないことはよくあることだ。
 詠唱を唱えられなければ魔術は使えない。
 魔術が使えなければ、もしもの状況の時にはまったく意味がない。
「あたし、これ以上、大切なものを失いたくなくて、アリーセさんからいただいた服もこの子も」
 この子と言って、ツェツイは腕の中のくまのぬいぐるみを抱きしめた。
「それに、お母さんとの思い出がつまったこの家まで失ったら、あたしの居場所がなくなると思って……」
 そこでツェツイは首を振る。
「それに、もしこの家がなくなったら、ディナガウスに行かなくてはいけないような気がして。
 いろんなことが頭の中をぐるぐると回って、本当にどうしていいのかわからなくなって……結局、お師匠様に迷惑をかけてしまっ……」
 〝灯〟の魔道士として確かな地位を得てもまだ十歳の子ども。
 嫌がらせを受け、さらに突然、遠くへ行けと言われて戸惑いや不安を感じていないわけがない。
 そして、追い打ちをかけるように、自分の家が火事で燃え、居場所を失うと恐れるのもあたりまえのこと。
 俺は、そんなこともわかってやれなかったのか。
 ツェツイに思いを打ち明けられ困惑した。正直、ツェツイとは距離を置くべきなのかと迷った。
 ツェツイのことは可愛いと思う。懐かれて嬉しい。大切にしたい。
 けれど、それは弟子だからであって、どう考えても、たとえ、恋心を向けられたとしても、彼女を一人の女性として見ることはできなかった。
 あまりにも年が違いすぎる。
 あんた、少しばかり悩むことになるかもしれないよ。
 以前、アリーセに言われたことを思い出す。
 まさに、その通りになっちまったな。
 それでも自分なりに出した答えは、これまでと変わらずツェツイの師匠として接すること。
 だが、ディナガウスの件にしても、ツェツイの判断だからと決めつけず、もっと彼女と真剣に向き合って話を聞いてやるべきだった。
 これじゃ、師匠として失格だ。だけど……。
「そんなことより命のほうが大事だろ!」
 思わずツェツイを引き寄せ強く抱きしめた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

少年騎士

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。

がらくた屋 ふしぎ堂のヒミツ

三柴 ヲト
児童書・童話
『がらくた屋ふしぎ堂』  ――それは、ちょっと変わった不思議なお店。  おもちゃ、駄菓子、古本、文房具、骨董品……。子どもが気になるものはなんでもそろっていて、店主であるミチばあちゃんが不在の時は、太った変な招き猫〝にゃすけ〟が代わりに商品を案内してくれる。  ミチばあちゃんの孫である小学6年生の風間吏斗(かざまりと)は、わくわく探しのため毎日のように『ふしぎ堂』へ通う。  お店に並んだ商品の中には、普通のがらくたに混じって『神商品(アイテム)』と呼ばれるレアなお宝もたくさん隠されていて、悪戯好きのリトはクラスメイトの男友達・ルカを巻き込んで、神商品を使ってはおかしな事件を起こしたり、逆にみんなの困りごとを解決したり、毎日を刺激的に楽しく過ごす。  そんなある日のこと、リトとルカのクラスメイトであるお金持ちのお嬢様アンが行方不明になるという騒ぎが起こる。  彼女の足取りを追うリトは、やがてふしぎ堂の裏庭にある『蔵』に隠された〝ヒミツの扉〟に辿り着くのだが、扉の向こう側には『異世界』や過去未来の『時空を超えた世界』が広がっていて――⁉︎  いたずら好きのリト、心優しい少年ルカ、いじっぱりなお嬢様アンの三人組が織りなす、事件、ふしぎ、夢、冒険、恋、わくわく、どきどきが全部詰まった、少年少女向けの現代和風ファンタジー。

【完結】落ちこぼれと森の魔女。

たまこ
児童書・童話
魔力が高い家系に生まれたのに、全く魔力を持たず『落ちこぼれ』と呼ばれるルーシーは、とっても厳しいけれど世話好きな魔女、師匠と暮らすこととなる。  たまにやって来てはルーシーをからかうピーターや、甘えん坊で気まぐれな黒猫ヴァンと過ごす、温かくて優しいルーシーの毎日。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

化け猫ミッケと黒い天使

ひろみ透夏
児童書・童話
運命の人と出会える逢生橋――。 そんな言い伝えのある橋の上で、化け猫《ミッケ》が出会ったのは、幽霊やお化けが見える小学五年生の少女《黒崎美玲》。 彼女の家に居候したミッケは、やがて美玲の親友《七海萌》や、内気な級友《蜂谷優斗》、怪奇クラブ部長《綾小路薫》らに巻き込まれて、様々な怪奇現象を体験する。 次々と怪奇現象を解決する《美玲》。しかし《七海萌》の暴走により、取り返しのつかない深刻な事態に……。 そこに現れたのは、妖しい能力を持った青年《四聖進》。彼に出会った事で、物語は急展開していく。

【奨励賞】おとぎの店の白雪姫

ゆちば
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 奨励賞】 母親を亡くした小学生、白雪ましろは、おとぎ商店街でレストランを経営する叔父、白雪凛悟(りんごおじさん)に引き取られる。 ぎこちない二人の生活が始まるが、ひょんなことからりんごおじさんのお店――ファミリーレストラン《りんごの木》のお手伝いをすることになったましろ。パティシエ高校生、最速のパート主婦、そしてイケメンだけど料理脳のりんごおじさんと共に、一癖も二癖もあるお客さんをおもてなし! そしてめくるめく日常の中で、ましろはりんごおじさんとの『家族』の形を見出していく――。 小さな白雪姫が『家族』のために奔走する、おいしいほっこり物語。はじまりはじまり! 他のサイトにも掲載しています。 表紙イラストは今市阿寒様です。 絵本児童書大賞で奨励賞をいただきました。

大人で子供な師匠のことを、つい甘やかす僕がいる。

takemot
児童書・童話
 薬草を採りに入った森で、魔獣に襲われた僕。そんな僕を助けてくれたのは、一人の女性。胸のあたりまである長い白銀色の髪。ルビーのように綺麗な赤い瞳。身にまとうのは、真っ黒なローブ。彼女は、僕にいきなりこう尋ねました。 「シチュー作れる?」  …………へ?  彼女の正体は、『森の魔女』。  誰もが崇拝したくなるような魔女。とんでもない力を持っている魔女。魔獣がわんさか生息する森を牛耳っている魔女。  そんな噂を聞いて、目を輝かせていた時代が僕にもありました。  どういうわけか、僕は彼女の弟子になったのですが……。 「うう。早くして。お腹がすいて死にそうなんだよ」 「あ、さっきよりミルク多めで!」 「今日はダラダラするって決めてたから!」  はあ……。師匠、もっとしっかりしてくださいよ。  子供っぽい師匠。そんな師匠に、今日も僕は振り回されっぱなし。  でも時折、大人っぽい師匠がそこにいて……。  師匠と弟子がおりなす不思議な物語。師匠が子供っぽい理由とは。そして、大人っぽい師匠の壮絶な過去とは。  表紙のイラストは大崎あむさん(https://twitter.com/oosakiamu)からいただきました。

小さな王子さまのお話

佐宗
児童書・童話
『これだけは覚えていて。あなたの命にはわたしたちの祈りがこめられているの』…… **あらすじ** 昔むかし、あるところに小さな王子さまがいました。 珠のようにかわいらしい黒髪の王子さまです。 王子さまの住む国は、生きた人間には決してたどりつけません。 なぜなら、その国は……、人間たちが恐れている、三途の河の向こう側にあるからです。 「あの世の国」の小さな王子さまにはお母さまはいませんが、お父さまや家臣たちとたのしく暮らしていました。 ある日、狩りの最中に、一行からはぐれてやんちゃな友達と冒険することに…? 『そなたはこの世で唯一の、何物にも代えがたい宝』―― 亡き母の想い、父神の愛。くらがりの世界に生きる小さな王子さまの家族愛と成長。 全年齢の童話風ファンタジーになります。

処理中です...