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第2章 念願の魔道士になりました!

マルセルのいたずら 1

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 ツェツイのディナガウス行きは、瞬く間に〝灯〟のみなに知れ渡った。
 祝福する者、好奇心であれこれ尋ねて来る者、羨む者、妬む者、いろいろな意味でツェツイは今や〝灯〟の話題人物であった。
「ついこの間〝灯〟に入ったばかりの、あんながきがディナガウスに行けるんだよ!」
「とうとう、僕らも追い抜かれちゃったしね」
「将来有望と言われてる僕でさえ一度もそんな話なんて持ち込まれたことないのに! やっぱり無能魔道士と親しいから、長から特別扱いされてんだ!」
「特別扱いするなら、とっくに自分の息子をディナガウスに行かせてるんじゃないかな?」
「あの落ちこぼれをか?」
「違うよ。双子たちだよ」
 ちっ、と舌打ちを鳴らし肩を怒らせ、前につんのめる姿勢でマルセルは大股で歩いていた。
 向かう先は町はずれ西の方角。
 そのマルセルの後ろを、軽く息をはずませながら小走りでルッツがついてくる。
「でも、あの子が試験に合格したのは事実だし、無能魔道士は、実は無能ではなかった。それどころか、詠唱なしで上級魔術を……」
 マルセルはふん、と鼻を鳴らす。
「それはそうとマルセル。割れたはずの窓ガラスが元通りになったのは何でだと思う?」
「知らないよ」
「もしかして、幻術? あいつ、そんな高等魔術も使えるってこと?」
 いや、とマルセルは頬の傷に手をあてた。
 そんなんじゃない。
 その証拠にガラスで傷ついた頬の傷は本物であった。
 だから、あれは幻術なんかじゃない。
 じゃあ、何だったんだ。
「何にしても、あいつは魔術が使えないんじゃなくて、使わないだけなんだよ」
「魔道士なのに魔術を使わない! そんなおかしな話があるか。だったら何で魔道士になったんだよ!」
 とにもかくにも腹がたつと立ち止まり、マルセルは歯噛みする。
 あの時、あの男に思考を読まれた。あんな屈辱もあいつの実力も認めたくないという表情だった。
 不用意に他人の思考を読み取ること、記憶を操ることは〝灯〟の掟に反する。わかっていながら、それを臆することもなくあの男はやった。
 自分がこのことを上層部に言いつければ、間違いなくあの男は処罰をうける。
 〝灯〟からいなくなれば、それこそ、ざまあみろなのだが……けれど、マルセルはそのことを上層部に告げるつもりはない。
 何故なら、あんな奴にしてやられたとあっては、自分が恥をかくだけだから。
「くそっ!」
 やけくそ気味に足下の小石を蹴り飛ばす。
 しかし、その小石は運悪く、目の前を通りかかった強面の男の足にあたった。
「このがきっ、何しやがる!」
「うわ!」
「ご、ごめんなさい!」
 相手の凄まじい剣幕にマルセルとルッツは逃げ出した。
「どいつもこいつも! 僕をバカにしやがって!」
 たどり着いた場所はツェツイの家の前であった。
 まだ学校か〝灯〟かわからないが、帰ってきていないようだ。
 家の中はしんとして、人がいる気配はない。
 さらに周りを見渡し誰もいないことを確認したマルセルは、にやりと口元を歪めた。
 手のひらを目の高さまでかざす。
『炎よ……』
 さらに続く詠唱とともに、マルセルの指先に小さな炎がぽっと灯る。
「マルセル! 何するつもり!」
「心配するな。ちょっとした小火をおこして脅かしてやるだけださ。ただの軽い悪戯だよ。すぐに消す」
 ルッツが険しい顔でマルセルにつめ寄った。
「悪戯って……悪戯にしては度が過ぎるよ! ねえ、マルセルどうしたんだよ。もうやめようよ。こんなことしちゃいけないって、マルセルだってわかってるよね」
 マルセルはルッツをかえりみる。
「僕はマルセルのことを尊敬してるんだよ。僕の自慢の友達。将来マルセルは誰よりも立派な魔道士になるって信じてる。だからこんな罪をおかしてはいけないんだ。だからもうやめよう」
 いつもおどおどして自分に従う友人が、必死の目で自分を叱りつけ、説得しようとしている。
 こんなルッツを見るのは初めてかもしれない。
「ルッツ……」
 マルセルの表情に先ほどまでの興奮が徐々に薄れ肩の力が抜け落ちる。
 冷静になると、自分はとんでもないことをしでかそうとしていたことに気づく。
「おまえ、いい奴だな。僕のことをそんなに気遣ってくれて……」
「何言ってんだよ今さら! そんなのあたりまえじゃないか!」
 ルッツは照れたように笑い、そして続ける。
「あのね、僕はもう魔道士としてこれ以上、上を目指すことはできないけれど、ここまでこれたのも、マルセルがずっとだめな僕を励ましてくれたおかげだと思ってる」
「何言ってんだよ!」
 いいんだと、ルッツは相手の言葉を遮るように手で制して首を振る。
「自分の実力は自分がよくわかってるから。僕はもう能力的に限界なんだ。でも、マルセルならもっともっと上にいけるって信じてる。だから、マルセルはどんどん上を目指して欲しい。マルセルが僕の手の届かない遠いところへ行ってしまっても、僕はマルセルのことを決して忘れないよ」
「ルッツ! おまえのそうやってすぐあきらめてしまうとこがだめなんだ! おまえはやればできる奴なんだ。それはこの僕が一番よく知っている! あんなに人一倍努力して頑張ってきたじゃないか!」
「うん、だけど努力だけではどうにもならないことに気がついたんだ。僕には魔術の才能がないんだ。でも、僕は……僕はここまでこれただけでも満足だよ!」
「何度も言わせるなっ! どうしてそこであきらめる。あきらめたらそこで終わりなんだぞ! 僕は次の試験に向けて頑張る。寝る間も惜しんでな。だからおまえも一緒に行こう。これからも僕たちは一緒だ!」
「マルセル……」
「ルッツ……」
 互いの熱い友情をあらためて確認した二人は、目を潤ませ抱きつこうとした。が……。
「ああ! マルセル、指! 指っ!」
「指?」
 突然吹きつけた風が、悪戯の続きをしようとマルセルの指先の炎をさらっていった。
 風に流された小さな炎はツェツイの家の軒下に積まれた薪に狙ったかのように落ちる。さらに吹きつける強風にあおられ、くすぶっていた小さな火種が赤くぱちぱちと燃え爆ぜる。
 魔力の炎は、術者の意志とは関係なく勢いを増し、家の壁へと燃え移っていく。
 火の粉が空へと舞い、炎は手を広げ家全体を包み、そして、一気に燃え上がった。
「何で炎を消さなかったんだよ! マルセルのばか! まぬけ!」
「そういうおまえも、ぐずぐず嘆いている暇があったら言えよ!」
「とにかく早く消してよ!」
「ど、ど、どうやって……」
「そうだ! 雨を降らせるとか。そうしたら一気に消えるよ!」
「雨? 雨を降らす龍神を喚ぶってか! おまえはばかか? そんなことできるわけないだろ。っていうか、それって魔術というより召喚だよ。召喚っ! 僕は召喚は専門外なんだよ!」
「でも、七年前この国が大干ばつで危機に陥った時、龍神を喚んで雨を降らせて国を救ったていう凄腕の魔道士がいるって聞いたことがあるよ」
「そんなの僕だって知ってるよ。世界中の〝灯〟で有名な話だからな! 結局、その魔道士がいったい誰なのかもわからずじまいだってな」
「だから、マルセルにだってできるさ!」
「だからって何だよ。てきとーなこと言うな!」
 二人が言い合いをしている間にも、炎はますます広がっていこうとした。
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