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第2章 念願の魔道士になりました!

お師匠様と離れたくない 2

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 ディナガウス行きは、もっと上を目指してみたいと言ったツェツイの足がかりとなるはず。それこそ手放しで喜んでいいことだ。
「すごいじゃねえか」
「いやです! ディナガウスはここよりずっとずっと遠い国。そんなところに行ったら、お師匠様に会えなくなってしまいます」
 それが、ツェツイの元気のない理由であった。
「会おうと思えばいつだって……」
 言い終わらないうちにツェツイが胸に飛び込んできた。
「いやです。会えないのはいや! あたし、お師匠様と離れたくないです。ずっと側にいたい。だってあたし……」
「俺が行けと言ってもいやか?」
「それは命令ですか?」
「そうだと言ったら?」
「それでも、絶対にいやです!」
 たとえお師匠様の命令でも、それだけは絶対にきけないと、かたくなにツェツイは首を振る。
「お師匠様はあたしに言ったじゃないですか。楽しい時間はこれからもっとたくさん作れるって。それはお師匠様といっしょにって意味ですよね。あたし、すぐに断るべきでした。今すぐ戻ってディナガウス行きを断ってきます」
「ツェツイ」
 くるりと背を向け建物へ引き返そうとするツェツイの腕を、待てとつかんでイェンは引き止める。
「離してください!」
 腕をつかむイェンの手を振りほどこうとするツェツイだが、どんなに抗っても男の、それも大人の力にはかなうはずもなく、ただじたばたもがくだけであった。
「落ち着け」
 ツェツイの両腕をつかんで正面を向かせる。
 イェンの指先がツェツイの腕にきつく食い込む。
「お師匠様、痛いです……」
 ふと、イェンは考える。
 ここで師弟の関係を切って突き放してしまえば、ツェツイはディナガウスに行くことを決心するだろう。
 たとえ、その小さな胸を痛めたとしても。
 ここで泣かれたとしても。別れるのは悲しい。
 一人で知らない場所へ行くのは不安。
 そんな思いも最初のうちだけだ。
 新しい町、新しい環境、あらたな出会い。
 何より優秀な魔道士たちが集まるディナガウスの〝灯〟。
 それはすべて、ツェツイにとって刺激的な毎日となることは間違いない。
 そんな生活をしていくうちに、お師匠様と一緒にいたいと言っていたことなどいずれは忘れ、何てことはないのだと思うようになる。
 突き放すか。
 ツェツイの将来を思うなら、それもありだ。
 唇を引き結び、ツェツイが泣きそうな目でこちらを見上げている。
 強ばった肩が震えていた。イェンは静かに息をもらし、ツェツイの腕をつかんでいた手を緩める。
 これまでずっと寂しい思いをしてきたツェツイを、突き放すことなどできなかった。
 すぐにディナガウス行きの答えを出さなければいけないわけではないはず。
 もっとも、上層部がそうすすめてきたということは、行けと命じているようなものだが。しかし、ツェツイも冷静になって考える時間が必要だ。
「そうだな」
 肩を震わせるツェツイの頭をなでようとして思いとどまる。
 その手でツェツイの頬をなでた。
 そして、片膝をつきツェツイと目線を合わせる。
「行くか行かないかはおまえが決めること。だが今すぐ結論をだす必要はない。そうだろ?」
 ツェツイのディナガウス行きを他の魔道士たちが知れば、さらに嫉妬心を剥き出しにしてこれまで以上にツェツイを攻撃してくるだろう。
 だが、ここでディナガウス行きを断ったとしても、それはそれで、ツェツイに対する周りからの風当たりはきつくなる。
 どちらを選んでも、ここはツェツイにとってあまり居心地がいいとはいえない場所だ。
「よく考えて答えをだせばいい」
「答えなんかもう決まっています。あたし、行きません」
 怒ったように言ってツェツイはふいっと目をそらす。
 イェンは困ったように笑ってそうか、と呟く。
 これ以上、今ここで何を言ったとしてもツェツイは行かないの一点張りだ。
「あたし、また学校にも行けるようになって、少しだけ時間にも余裕ができて、友達もたくさんできたんです。みんなとも別れるのはいや」
「そうだな。仲良くなった友達と別れるのは寂しいな。だけど、ディナガウスにだって学校はあるぞ。当然、通うんだろ? こことは比べようもないくらい、あそこはでかい町だ。おまえと同じ年頃の子どももたくさんいる。新しい友達だってすぐにできるぞ」
「いやです! ひとりで知らない所に行くのは不安です。寂しいです」
「俺もおまえと一緒にディナガウスに行ってやる。それならどうだ? 寂しくないだろう?」
「お師匠様も?」
 ツェツイはそらしていた目を元に戻す。ああ、とイェンはうなずいた。
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