上 下
31 / 59
第2章 念願の魔道士になりました!

お師匠様の魔術 2

しおりを挟む
「西塔、最上階。一番奥の部屋、だな」
 マルセルのひたいにあてていたイェンの手が離れる。途端、マルセルは壁に背中をつけたまま、ずるりとその場に足を崩して座り込む。
 どうしてそれが分かったんだという目で、壁に手をついて見下ろしているイェンをマルセルは怖々と見つめ返す。
「マルセル! どうしたの。ねえ、マルセル!」
 すぐ側ではルッツがおろおろしながらマルセルを心配しつつも、けれど、二人に近寄ることもできず顔を青ざめさせていた。
「読まれた……」
 マルセルの口から呻きにも似た声がもれる。
「こいつ! 僕の頭の中を覗いて読みとったんだよ。あいつを閉じ込めた場所を!」
「読みとったって、そんなことできるわけ! ……だってこいつは、万年初級で落ちこぼれの無能魔道士……」
 ルッツはおそるおそるイェンに視線を向ける。
 その目はこいつにそんなことなんてできるわけがないという疑いの目であった。
 だが、それならば何故、ツェツイを閉じ込めたこともそして、閉じ込めた場所も知られたのか。
「だから、屈辱を味わうことになるって、言ったろ」
「お、お、おまえ! 自分が今何やったかわかってんだよな。人の記憶への介入は〝灯〟の違反行為だ。やっちゃいけないことなんだぞ! 知ってるのか!」
「おまえに言われなくても、知ってるよ」
 あっさりと言い返すイェンに、マルセルはぎりぎりと悔しげに歯を噛み鳴らす。
「知っててやったっていうのかよ!」
「おまえが素直に言わねえからだ」
「う、うるさい。黙れ! 追放だ。追放だぞ! このことを上層部に言いつけて、おまえを〝灯〟から追放してやる。魔道士の資格も剥奪だ。はは、ざまあみろっ!」
 マルセルは真っ赤になってしつこく追放だと繰り返し悪態をつく。
 自分もツェツイを騙して試験の妨害をしたということが上層部に知られたら処罰ものだということを、どうやら失念しているようだ。
 イェンは戯けた仕草で肩をすくめた。
「好きにすればいいだろ」
「なに!」
「追放されようが何されようが、俺は別にかまわねえよ」
 そう言って、イェンはマルセルに背を向ける。
「何だよその態度は。自分の父親が〝灯〟の長だから自分はそうならないとたかをくくっているのか?」
 肩越しに振り返るイェンの口元に浮かぶ不敵な笑みに、マルセルとルッツの方が押されてたじたじとなる。
「ここはそんな甘いとこじゃねえよ。おまえも、あいつにしたことがバレたら処罰もんだってことがわかってんのか? まあ、わかっててやったんだよな」
 マルセルはうっと声をつまらせ顔をひきつらせた。
 おそらくマルセルの脳裏に、自分も〝灯〟から追放されるかもしれないという思いが過ぎったであろう。
 それを察してか、イェンはにやりと嗤った。
「そうだおまえ〝灯〟から追放された魔道士がどうなるか知ってるか?」
 イェンの問いかけに、マルセルは知らないと首を振る。
「なら聞かせてやるよ。〝灯〟から追放された魔道士は魔力と会得したすべての術は〝灯〟によって封じられる。さらに〝灯〟で過ごしたいっさいの記憶も消される。それで、普通の人として問題なく生活に馴染めればそれでいい。だが、記憶を操作された時点で、廃人状態となる者もごくまれにいる。〝灯〟は……」
 イェンは口の端を歪めた。この先俺が話すことをよく聞けよ、とばかりに。
 マルセルはごくりと喉を鳴らし、イェンの次の言葉を待つ。
「その人間を秘密裏に捕らえ〝灯〟の奥深くに隔離する」
「隔離、する……」
 マルセルは震える声で隔離という言葉を繰り返した。
「そうなったら、一生〝灯〟から外に出ることはできない。死ぬまで一生な」
「そ、そうなのか……ていうか、おまえずいぶんと詳しいじゃないか。まるで……」
「そんなことも知らずに追放だと騒いでたのか? 〝灯〟からの追放、魔道士の資格剥奪は、そう簡単に口にできるほど実はそんな生やさしいもんじゃねえんだよ。おまえもせいぜい自分がやったことがバレないように隠し続けるんだな」
「ふん! そんなこと言ってほんとはおまえ、僕のことを上層部に言いつけるつもりだろ! これまでの腹いせだとばかりに。そうだろう。そうだな?」
「そんなつまんねえ真似なんかするか。俺はあいつが無事に試験を受けられればそれでいい」
「試験? どう足掻いたってもう無理に決まってんだろ。もうすぐ十一時の鐘がなる!」
「だが、もし」
 イェンはすっと目を細めてマルセルを見据える。
「もし、あいつが試験に落ちたらおまえを許さない。その時は、どうなるか覚悟しておけ」
「何だよ偉そうなこと言いやがって! 覚悟って何だよ! 万年初級落ちこぼれ無能のおまえに何ができ……っ」
「おまえの魔道士生命を断ってやるからな」
 突如、イェンの身体から凄まじい気が放たれた。次
 の瞬間、外に面した廊下の窓ガラスがぴしりと音をたてて一直線に亀裂が入り勢いよく割れた。
 砕け散るガラスの破片が窓から差し込む陽の光に反射してきらきらときらめく。そのガラスの一片がはじけ飛び、マルセルの頬をかすめた。
「うわっ!」
 ルッツは咄嗟に身体を丸めて床にうずくまる。
「ひ……っ!」
 マルセルも悲鳴をもらし頭を抱えてきつく目を閉じた。
「な、な……何が起きたんだよ……」
 次に二人が目を開けた時には、イェンの姿がその場から消えていた。残されたマルセルとルッツは何度も目をこすっては開くを繰り返し、ぽかんと口を開けている。
「あいつ、いない。消えた」
 ルッツがかすれた声をもらす。
「空間移動……?」
「上級魔術だよ。それも……」
「詠唱なし」
 マルセルは今、目の前で起きたことが信じられないというように呟いた。
「あいつ、あいつはいったい何なんだよ。いつも見かければ仕事もしないで暇そうに裏庭で寝っ転がって、そうかと思えば女といちゃついて、っていうか、実際いちゃついてるとこ見たことないけど……こっちが何を言っても気にもとめる素振りもみせずバカみたいにのらりくらりとかわして……なのに、あいつの今の凄まじい魔力は何なんだよ……普通じゃないぞ」
「ぼ、僕、まだ手が震えてる。あいつの魔力に圧倒されて、押し潰されるかと思った……」
「くそ! あいつは何者なんだよ!」
 マルセルは握った手を床に叩きつけた。
 そこへ通りかかった数人の男たちがマルセルとルッツの姿を見て指を差して笑い出す。
「おまえらそんなとこに座りこんで何してんだ? それに、何だおまえ頬、怪我してるじゃないか。いったい、何やらかしたんだ?」
「あ、ああ……」
 マルセルは頬に手をあて、うっすらと血のついた自分の手のひらを見つめる。
 傷はたいしたことはない。ただのかすり傷程度だ。
「窓ガラスが割れて……」
 ガラスが割れただって? と言って、やってきた男たちは窓を見る。
「窓ガラスがどうしたって?」
 廊下一面にはられた窓ガラスがすべて粉々に砕け散ったはずなのに、割れた形跡はまったくなかった。ひびのひとつも入っていない。まるで何事もなかったかのように。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

誤字脱字作文

天才けんぽん
児童書・童話
まつがい文章です。創造しながら呼んでください

妖精の約束

鹿野 秋乃
児童書・童話
 冬の夜。眠れない少年に母が語り聞かせた物語は、妖精の郷を救った王子の冒険だった。昔どこかで誰かに聞いたかもしれないおとぎ話。図書館の隅で読んだかも知れない童話。大人になって、ふと思い出す。そんな懐かしい、お菓子のようなお話。

霊能者、はじめます!

島崎 紗都子
児童書・童話
小学六年生の神埜菜月(こうのなつき)は、ひょんなことから同じクラスで学校一のイケメン鴻巣翔流(こうのすかける)が、霊が視えて祓えて成仏させることができる霊能者だと知る。 最初は冷たい性格の翔流を嫌う菜月であったが、少しずつ翔流の優しさを知り次第に親しくなっていく。だが、翔流と親しくなった途端、菜月の周りで不可思議なことが起こるように。さらに翔流の能力の影響を受け菜月も視える体質に…!

【完結】魔法道具の預かり銀行

六畳のえる
児童書・童話
昔は魔法に憧れていた小学5学生の大峰里琴(リンコ)、栗本彰(アッキ)と。二人が輝く光を追って最近閉店した店に入ると、魔女の住む世界へと繋がっていた。驚いた拍子に、二人は世界を繋ぐドアを壊してしまう。 彼らが訪れた「カンテラ」という店は、魔法道具の預り銀行。魔女が魔法道具を預けると、それに見合ったお金を貸してくれる店だ。 その店の店主、大魔女のジュラーネと、魔法で喋れるようになっている口の悪い猫のチャンプス。里琴と彰は、ドアの修理期間の間、修理代を稼ぐために店の手伝いをすることに。 「仕事がなくなったから道具を預けてお金を借りたい」「もう仕事を辞めることにしたから、預けないで売りたい」など、様々な理由から店にやってくる魔女たち。これは、魔法のある世界で働くことになった二人の、不思議なひと夏の物語。

月神山の不気味な洋館

ひろみ透夏
児童書・童話
初めての夜は不気味な洋館で?! 満月の夜、級友サトミの家の裏庭上空でおこる怪現象を見せられたケンヂは、正体を確かめようと登った木の上で奇妙な物体と遭遇。足を踏み外し落下してしまう……。  話は昼間にさかのぼる。 両親が泊まりがけの旅行へ出かけた日、ケンヂは友人から『旅行中の両親が深夜に帰ってきて、あの世に連れて行く』という怪談を聞かされる。 その日の放課後、ふだん男子と会話などしない、おとなしい性格の級友サトミから、とつぜん話があると呼び出されたケンヂ。その話とは『今夜、私のうちに泊りにきて』という、とんでもない要求だった。

少年騎士

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。

化け猫ミッケと黒い天使

ひろみ透夏
児童書・童話
運命の人と出会える逢生橋――。 そんな言い伝えのある橋の上で、化け猫《ミッケ》が出会ったのは、幽霊やお化けが見える小学五年生の少女《黒崎美玲》。 彼女の家に居候したミッケは、やがて美玲の親友《七海萌》や、内気な級友《蜂谷優斗》、怪奇クラブ部長《綾小路薫》らに巻き込まれて、様々な怪奇現象を体験する。 次々と怪奇現象を解決する《美玲》。しかし《七海萌》の暴走により、取り返しのつかない深刻な事態に……。 そこに現れたのは、妖しい能力を持った青年《四聖進》。彼に出会った事で、物語は急展開していく。

見習い錬金術士ミミリの冒険の記録〜討伐も採集もお任せください!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?〜

うさみち
児童書・童話
【見習い錬金術士とうさぎのぬいぐるみたちが描く、スパイス混じりのゆるふわ冒険!情報収集のために、お仕事のご依頼も承ります!】 「……襲われてる! 助けなきゃ!」  錬成アイテムの採集作業中に訪れた、モンスターに襲われている少年との突然の出会い。  人里離れた山陵の中で、慎ましやかに暮らしていた見習い錬金術士ミミリと彼女の家族、機械人形(オートマタ)とうさぎのぬいぐるみ。彼女たちの運命は、少年との出会いで大きく動き出す。 「俺は、ある人たちから頼まれて預かり物を渡すためにここに来たんだ」  少年から渡された物は、いくつかの錬成アイテムと一枚の手紙。 「……この手紙、私宛てなの?」  少年との出会いをキッカケに、ミミリはある人、あるアイテムを探すために冒険を始めることに。  ――冒険の舞台は、まだ見ぬ世界へ。  新たな地で、右も左もわからないミミリたちの人探し。その方法は……。 「討伐、採集何でもします!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?」  見習い錬金術士ミミリの冒険の記録は、今、ここから綴られ始める。 《この小説の見どころ》 ①可愛いらしい登場人物 見習い錬金術士のゆるふわ少女×しっかり者だけど寂しがり屋の凄腕美少女剣士の機械人形(オートマタ)×ツンデレ魔法使いのうさぎのぬいぐるみ×コシヌカシの少年⁉︎ ②ほのぼのほんわか世界観 可愛いらしいに囲まれ、ゆったり流れる物語。読了後、「ほわっとした気持ち」になってもらいたいをコンセプトに。 ③時々スパイスきいてます! ゆるふわの中に時折現れるスパイシーな展開。そして時々ミステリー。 ④魅力ある錬成アイテム 錬金術士の醍醐味!それは錬成アイテムにあり。魅力あるアイテムを活用して冒険していきます。 ◾️第3章完結!現在第4章執筆中です。 ◾️この小説は小説家になろう、カクヨムでも連載しています。 ◾️作者以外による小説の無断転載を禁止しています。 ◾️挿絵はなんでも書いちゃうヨギリ酔客様からご寄贈いただいたものです。

処理中です...