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第2章 念願の魔道士になりました!
お師匠様の膝の上 2
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「あたしっ!」
突然、ツェツイがぱちりと目を覚ました。
身体を起こし、何でここで寝ていたのだろうという様子で辺りを見渡したツェツイだが、イェンの姿に気づいてほっと息をもらす。
「あたし、お師匠様の膝の上で寝ちゃってたんですね」
「少しはすっきりしたか?」
きっかり三十分。
イェンの膝の上でツェツイは深く眠り続けていた。
「はい。お師匠様、ありがとうございます。それから、お膝も」
「いよいよだな。まだ少し早いが行くか?」
頑張れとは言わない。
ただ、これまでやってきたことのすべてを出し切ればいい。
それだけだ。
しかし、ツェツイはえっと、と顔を赤らめもじもじとする。
「やっぱり、ちょっと緊張してきたかな。あの、あたしちょっと……すぐ戻ってきますから! すみません、少しだけ待っててください!」
と言って立ち上がると、ぱたぱたと駆け足で行ってしまった。
遠ざかるツェツイの姿が見えなくなるまで見つめ、イェンはその場に寝っ転がると、遠い目で青空を見上げていた。
〝灯〟に入って数ヶ月。
たったそれだけの間にツェツイはイェンの想像のつかない、はるか上へと昇りつめていった。
今ではツェツイの方が階級が上だ。
なのに、お師匠様と呼ばれるのもおかしな話である。
当然、周りから失笑を受けた。
弟子に追い越された無能魔道士と。
もちろん、誰が何を言おうと気になどしてないが。
イェンは右手をかざした。
指の隙間からこぼれ落ちる陽の光に目をすがめる。
自分の胸までしかない小さなツェツイをよくなでてやったなと、ふと思う。
子ども扱いしないでと、手を振り払われたこともあった。
そうだよな、今では〝灯〟の立派な魔道士だ。
ついこの間まで、ただの子どもだと思っていたのに時折、大人びた表情を見せるようになった。こちらがどきりとするくらいに。
マルセルとのつかみあいの喧嘩をしたあの日、さらに上を目指したい、自分の力を試してみたい、と言ったツェツイの強い光を宿した目に思わず息を飲んだほど。
しばし、ぼんやりとそんなことを考えていたイェンの耳に、突然、弟たちの声が飛び込んできた。
「いたいた。兄ちゃん!」
「兄ちゃん、大変だよ!」
イェンは上半身を起こし、声のした方向を見やる。
遠くからノイとアルトが血相を変えてこちらへと走ってくる。
側にやって来た彼らは息つく間もなく喋り出した。
「何だよ慌てて」
「もうすぐ試験が始まる時間だってのに!」
「ツェツイがどこにも見あたらないんだ!」
「あいつなら、さっきまでここにいたけど」
「さっきまで? じゃあ、今はどこだよ?」
「ツェツイがどこ行ったか知らないのか?」
ノイとアルトが眉間にしわを寄せついっと、つめ寄ってくる。
「どこって、まあ……」
「まあって、何だよ!」
「そうだよ、何だよ!」
二人にしては珍しく語気が荒い。
よほど興奮しているのか顔が真っ赤だ。
イェンは困ったように頭に手をあてる。
「だから、緊張して用でもたしに行ってんだろ」
「どうして一緒についていかなかったんだよ!」
「どうしてって、ついていけるわけねえだろ!」
双子たちが声を揃えて兄ちゃんのばかっ! と言う。
「とにかく、落ち着け」
「落ち着いてなんかいられるかよ」
「試験の開始時間は十一時だよ!」
双子たちが足を踏みならして同時に〝灯〟の時計台を指差す。
ちょっと……と言ってツェツイがこの場を去ってから十分近く経っている。そして、時刻は試験開始時間の十分前。
確かに戻ってくるのが遅すぎる。
突然、ツェツイがぱちりと目を覚ました。
身体を起こし、何でここで寝ていたのだろうという様子で辺りを見渡したツェツイだが、イェンの姿に気づいてほっと息をもらす。
「あたし、お師匠様の膝の上で寝ちゃってたんですね」
「少しはすっきりしたか?」
きっかり三十分。
イェンの膝の上でツェツイは深く眠り続けていた。
「はい。お師匠様、ありがとうございます。それから、お膝も」
「いよいよだな。まだ少し早いが行くか?」
頑張れとは言わない。
ただ、これまでやってきたことのすべてを出し切ればいい。
それだけだ。
しかし、ツェツイはえっと、と顔を赤らめもじもじとする。
「やっぱり、ちょっと緊張してきたかな。あの、あたしちょっと……すぐ戻ってきますから! すみません、少しだけ待っててください!」
と言って立ち上がると、ぱたぱたと駆け足で行ってしまった。
遠ざかるツェツイの姿が見えなくなるまで見つめ、イェンはその場に寝っ転がると、遠い目で青空を見上げていた。
〝灯〟に入って数ヶ月。
たったそれだけの間にツェツイはイェンの想像のつかない、はるか上へと昇りつめていった。
今ではツェツイの方が階級が上だ。
なのに、お師匠様と呼ばれるのもおかしな話である。
当然、周りから失笑を受けた。
弟子に追い越された無能魔道士と。
もちろん、誰が何を言おうと気になどしてないが。
イェンは右手をかざした。
指の隙間からこぼれ落ちる陽の光に目をすがめる。
自分の胸までしかない小さなツェツイをよくなでてやったなと、ふと思う。
子ども扱いしないでと、手を振り払われたこともあった。
そうだよな、今では〝灯〟の立派な魔道士だ。
ついこの間まで、ただの子どもだと思っていたのに時折、大人びた表情を見せるようになった。こちらがどきりとするくらいに。
マルセルとのつかみあいの喧嘩をしたあの日、さらに上を目指したい、自分の力を試してみたい、と言ったツェツイの強い光を宿した目に思わず息を飲んだほど。
しばし、ぼんやりとそんなことを考えていたイェンの耳に、突然、弟たちの声が飛び込んできた。
「いたいた。兄ちゃん!」
「兄ちゃん、大変だよ!」
イェンは上半身を起こし、声のした方向を見やる。
遠くからノイとアルトが血相を変えてこちらへと走ってくる。
側にやって来た彼らは息つく間もなく喋り出した。
「何だよ慌てて」
「もうすぐ試験が始まる時間だってのに!」
「ツェツイがどこにも見あたらないんだ!」
「あいつなら、さっきまでここにいたけど」
「さっきまで? じゃあ、今はどこだよ?」
「ツェツイがどこ行ったか知らないのか?」
ノイとアルトが眉間にしわを寄せついっと、つめ寄ってくる。
「どこって、まあ……」
「まあって、何だよ!」
「そうだよ、何だよ!」
二人にしては珍しく語気が荒い。
よほど興奮しているのか顔が真っ赤だ。
イェンは困ったように頭に手をあてる。
「だから、緊張して用でもたしに行ってんだろ」
「どうして一緒についていかなかったんだよ!」
「どうしてって、ついていけるわけねえだろ!」
双子たちが声を揃えて兄ちゃんのばかっ! と言う。
「とにかく、落ち着け」
「落ち着いてなんかいられるかよ」
「試験の開始時間は十一時だよ!」
双子たちが足を踏みならして同時に〝灯〟の時計台を指差す。
ちょっと……と言ってツェツイがこの場を去ってから十分近く経っている。そして、時刻は試験開始時間の十分前。
確かに戻ってくるのが遅すぎる。
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