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第2章 念願の魔道士になりました!
お師匠様の膝の上 1
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いつもの裏庭の、いつもの場所の木に寄りかかり、イェンは本を広げていた。その隣では、ツェツイが膝を抱えて座り空を見上げている。
以前は気が向いた時にしか〝灯〟にやってこなかったイェンだが、あの事件があって以来、毎日〝灯〟に顔を出してはツェツイを呼びつけ側に置いた。
相変わらず、あることないこと言ってツェツイに意地悪を言うやからも絶えなかったが、イェンが側にいると知ると、今までのように、あからさまな行動をしかけてくる者はいなくなった。
あれから、一ヶ月ほどが経とうとしている。そして、今日はツェツイの試験の日だ。
時間がきたらツェツイを試験場まで送っていくつもりであった。
「思ってたより、落ち着いてるみたいだな」
本から視線を上げ、ツェツイの顔をのぞく。
緊張で強ばった顔をしているかと心配したが、その顔は思ったよりも明るい。
真っ青な空を見上げているツェツイの口元には、笑みさえ浮かんでいた。
「はい。いえ……ほんとはすごく緊張してます。実は、ここへ来るまで足が震えて。でも、こうしてお師匠様が側にいてくれるから、今は気持ちが穏やかです」
「そうか」
「お師匠様」
ツェツイは遠慮がちにこつんとイェンの腕に頭を寄せてきた。
「少しだけ、こうしていてもいいですか? 少しだけ」
「何だったら寝てろ」
ほら、と腕をツェツイの頭に回し、しっかり寄り添ってこいというように引き寄せる。
「どうせ、昨日は眠れなかったんだろ。時間になったら起こしてやる」
ツェツイのことだ、今日の試験のために毎日寝る間も惜しんで頑張ってきたのだろう。 疲れた顔は見せてはいないが、それはまだ気持ちが緊張しているせいもあるはず。
「寝ません。でも、こうしていると安心しちゃって……目を閉じると、やっぱり、眠たくなってくるかな。お師匠様、あたし……寄りかかっていて重くないですか……」
重くねえよ、と答えるよりも早く、ツェツイは静かな寝息をたて始めた。
こくりこくりと身体を揺らすツェツイをそっと支えながら、イェンは自分の膝に寝かしつけ〝灯〟の時計台を見上げる。
時刻は十時を少し過ぎたばかり。
試験の開始時間は十一時だ。三十分ほどは休める。
立てた膝に頬杖をつき、眠るツェツイを見下ろして笑う。
試験が終わったら少し休ませてやらねえとだな。
上を目指せ、自分の思うとおりにやってみろ、とは言ったが、無理をしろとまでは言っていない。
もっとも、ツェツイ自身が自分で無理をしていると思っていない。
いや、気づいてないのだろう。
そこへ、数人の子どもたちがはしゃいだ声を上げこちらへと走ってきた。
〝灯〟の魔道士ではない。敷地内に遊びにやって来た町の子どもだ。
その子どもたちは立ち止まり、首を傾げてこちらを見る。
「ねえ、お兄さんそこで何してるの?」
「〝灯〟の魔道士さん?」
「まあな」
「へえ! 魔道士さんなんだ。すごいなあ。かっこいいなあ」
「僕も魔道士目指してんだぜ! 絶対〝灯〟の魔道士になるんだ!」
尊敬の眼差しで目を輝かせる子どもたちに、イェンは笑って唇に人差し指をたてる。
イェンの膝でツェツイが眠っていることに気づいた子どもたちは、はっとなって口元を手で押さえた。
「その人寝てる」
「みんな静かにしてあげようぜ」
子どもたちはイェンを真似てしーっと人差し指を口元にあてた。
それは優しい魔法。
ツェツイの眠りを妨げない静かに見守るための。
「ねえ、その人お兄さんの彼女さん?」
子どもの一人が声をひそめて問いかけてくる。
「そう見えるか?」
子どもたちは互いに顔を見合わせうーん、と首を傾げた。
イェンはふっと笑ってわずかに眼差しを落とし、膝の上のツェツイを見下ろす。
「俺の大切な……弟子だ」
「お弟子さんかあ。可愛いお弟子さんだね」
「それに、その人すごく安心しきった顔で寝てる」
「あんまり邪魔したら悪いから行こうぜ」
「そうだね」
子どもたちは足音を忍ばせじゃあね、と手を振り去って行った。
緩やかな風が吹き、ツェツイの髪がふわりと揺れる。
すやすやと気持ちよさそうに寝息をたてて眠るツェツイを起こさないよう、イェンは再び手元の本に視線を落とした。
以前は気が向いた時にしか〝灯〟にやってこなかったイェンだが、あの事件があって以来、毎日〝灯〟に顔を出してはツェツイを呼びつけ側に置いた。
相変わらず、あることないこと言ってツェツイに意地悪を言うやからも絶えなかったが、イェンが側にいると知ると、今までのように、あからさまな行動をしかけてくる者はいなくなった。
あれから、一ヶ月ほどが経とうとしている。そして、今日はツェツイの試験の日だ。
時間がきたらツェツイを試験場まで送っていくつもりであった。
「思ってたより、落ち着いてるみたいだな」
本から視線を上げ、ツェツイの顔をのぞく。
緊張で強ばった顔をしているかと心配したが、その顔は思ったよりも明るい。
真っ青な空を見上げているツェツイの口元には、笑みさえ浮かんでいた。
「はい。いえ……ほんとはすごく緊張してます。実は、ここへ来るまで足が震えて。でも、こうしてお師匠様が側にいてくれるから、今は気持ちが穏やかです」
「そうか」
「お師匠様」
ツェツイは遠慮がちにこつんとイェンの腕に頭を寄せてきた。
「少しだけ、こうしていてもいいですか? 少しだけ」
「何だったら寝てろ」
ほら、と腕をツェツイの頭に回し、しっかり寄り添ってこいというように引き寄せる。
「どうせ、昨日は眠れなかったんだろ。時間になったら起こしてやる」
ツェツイのことだ、今日の試験のために毎日寝る間も惜しんで頑張ってきたのだろう。 疲れた顔は見せてはいないが、それはまだ気持ちが緊張しているせいもあるはず。
「寝ません。でも、こうしていると安心しちゃって……目を閉じると、やっぱり、眠たくなってくるかな。お師匠様、あたし……寄りかかっていて重くないですか……」
重くねえよ、と答えるよりも早く、ツェツイは静かな寝息をたて始めた。
こくりこくりと身体を揺らすツェツイをそっと支えながら、イェンは自分の膝に寝かしつけ〝灯〟の時計台を見上げる。
時刻は十時を少し過ぎたばかり。
試験の開始時間は十一時だ。三十分ほどは休める。
立てた膝に頬杖をつき、眠るツェツイを見下ろして笑う。
試験が終わったら少し休ませてやらねえとだな。
上を目指せ、自分の思うとおりにやってみろ、とは言ったが、無理をしろとまでは言っていない。
もっとも、ツェツイ自身が自分で無理をしていると思っていない。
いや、気づいてないのだろう。
そこへ、数人の子どもたちがはしゃいだ声を上げこちらへと走ってきた。
〝灯〟の魔道士ではない。敷地内に遊びにやって来た町の子どもだ。
その子どもたちは立ち止まり、首を傾げてこちらを見る。
「ねえ、お兄さんそこで何してるの?」
「〝灯〟の魔道士さん?」
「まあな」
「へえ! 魔道士さんなんだ。すごいなあ。かっこいいなあ」
「僕も魔道士目指してんだぜ! 絶対〝灯〟の魔道士になるんだ!」
尊敬の眼差しで目を輝かせる子どもたちに、イェンは笑って唇に人差し指をたてる。
イェンの膝でツェツイが眠っていることに気づいた子どもたちは、はっとなって口元を手で押さえた。
「その人寝てる」
「みんな静かにしてあげようぜ」
子どもたちはイェンを真似てしーっと人差し指を口元にあてた。
それは優しい魔法。
ツェツイの眠りを妨げない静かに見守るための。
「ねえ、その人お兄さんの彼女さん?」
子どもの一人が声をひそめて問いかけてくる。
「そう見えるか?」
子どもたちは互いに顔を見合わせうーん、と首を傾げた。
イェンはふっと笑ってわずかに眼差しを落とし、膝の上のツェツイを見下ろす。
「俺の大切な……弟子だ」
「お弟子さんかあ。可愛いお弟子さんだね」
「それに、その人すごく安心しきった顔で寝てる」
「あんまり邪魔したら悪いから行こうぜ」
「そうだね」
子どもたちは足音を忍ばせじゃあね、と手を振り去って行った。
緩やかな風が吹き、ツェツイの髪がふわりと揺れる。
すやすやと気持ちよさそうに寝息をたてて眠るツェツイを起こさないよう、イェンは再び手元の本に視線を落とした。
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