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第1章 わたしの師匠になってください!
お師匠様とデート? 2
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「お師匠様はこういうところへよく来るのですか?」
「よくは来ねえな」
ツェツイはもじもじと膝の上の手を動かし、意を決したようにイェンに問いかける。
「お、女の人と来るのですか? 彼女さん、とか……」
最後の方はほとんど声にはならなかった。
しかし、ツェツイの問いにイェンは答えない。
テーブルに頬杖をついたまま肯定とも否定ともつかない曖昧な笑みを浮かべるだけであった。
彼女と? と問いかけたツェツイだが、わざわざそんなことを聞かずとも、女性客がいっぱいの可愛らしいお店に男の人がひとりで来ないだろうし、男同士でもまず来ない。
ここへ来るとしたら女の人と一緒に決まっていると察し、しょんぼりとうつむきかけたツェツイの目の前に、注文したいちごのケーキとオレンジジュースが運ばれてきた。
途端、ツェツイの目がきらきらと輝く。
ピンク色のスポンジに真っ白なクリーム。その上にはたくさんのいちごをのせた見た目も可愛らしいケーキだ。
フォークで崩すのがもったいないくらい。
「おいしそう。あれ? お師匠さまはコーヒーですか? 麦酒じゃないのですね」
「こんな店に酒なんかあるわけねえだろ。っていうか、真っ昼間から酒なんか飲むかよ。いいから食え」
ケーキを一口食べ、ツェツイは目を見開き頬に手をあてた。
「おいしい! アリーセさんのりんごのタルトもおいしいけど、このいちごのケーキもおいしいです」
思わずツェツイの口元が緩む。その時であった。
「ねえ、すっごくいい男じゃない」
「ああ、あたし知ってるわよ。あの人〝灯〟の魔道士」
「うそ〝灯〟の!」
「声かけてみる?」
一般人からみれば魔道士は特別で憧れの存在だ。
それどころか、エリート魔道士を捕まえれば玉の輿も同然。
「でも、魔道士としては落ちこぼれだって聞いたわよ」
「なーんだ、落ちこぼれかあ」
「えー残念」
女性たちはくすくすと笑う。
耳に飛び込んできた後ろの席の女性たちの会話に、ツェツイの手がとまる。
フォークを手にしたままうつむくツェツイのあごにイェンの指が伸びた。
「どうした? 下なんか向いてても何もいいことねえぞ」
「お、お師匠様……」
ツェツイの頬がかっと真っ赤になる。さらに、後ろの席で女性たちが息を飲んだのが気配でわかった。
女性たちの勝手な会話はしばらく続いていたが、気にするのはやめにした。
そもそも、話題にされている当の本人が、まったく気にもとめていないのだ。
それから、ツェツイは学校に行っていたときのこと、仕事のことなど、イェンに語った。
イェンは頬杖をつき、ツェツイのお喋りに微笑みながら黙って耳を傾けていた。
「あたし、女の人がお師匠様のことを好きになるの、何だかわかる気がします」
「何? 突然」
ツェツイはえへへ、と笑った。
「それよりも、やっと、笑ったな」
「やっと? あたしいつも笑ってます」
「ずっと、思いつめた顔をしていたことに気づいてねえんだな」
「そうですか?」
「そうだよ。ところでだ」
突然、真顔になったイェンに、ツェツイは膝に手を置き居住まいを正して身がまえる。
イェンの表情は怖いくらいであった。
「残りの期間は魔術の修行に専念しろ。息抜きに弟たちと遊ぶのはかまわない。だが、それ以外のことはいっさいするな。必要ない」
それはつまり、家事はやるなということだ。
「あたし、大丈夫です。全然苦でも何でもないですから」
「おまえは俺の言っている意味がわからないのか」
「でも!」
「口答えはするな。俺はおまえを家事をさせるために家に連れてきたんじゃない。誰もおまえにそんなことを望んでいない。むしろ……」
「……迷惑?」
「困惑している。はっきり言う。俺の言うことがきけないなら修行はやめだ。このまま家に帰れ」
「そんなの……」
すでに仕事は辞めた。
何が何でも〝灯〟の魔道士になるつもりでいた。
それが夢だった。
何より、もしこの場で見放されたらこの先、生活ができなくなる。
「もう一度おまえを雇ってもらえるように俺もおまえの仕事場に行って頭を下げてやる」
「いいえ! そんなことお師匠様にさせられません」
「あるいは、他に魔術を教えてくれる奴を探すのもおまえの自由だ。いや、勝手だ」
「他の人なんて……」
ツェツイはうつむいた。
「顔を上げろ。下なんか向くなって言ったばかりだろ」
ツェツイはおそるおそる顔を上げた。
泣くまいと唇をきつく噛みしめ涙をこらえている。が、その目にはじわりと涙が浮かんでいた。
「あたし、ほんとはすごく焦っていて」
「そんなの見ればわかる。顔や行動の端々に出ている」
「約束の期限も迫ってきているのに、何ひとつできなくて。どうしていいかわからなくて。だけど、何かきっかけがつかめたら……でも、そのきっかけすらも……」
わからなくて、と声を震わせて呟くツェツイの目からとうとう涙がこぼれ、テーブルの上にぱたぱたと落ちた。
「お師匠様……あたし魔道士になりたいです」
こぼれる涙を手でごしごしと拭う。
「お願いです。見放さないでください。あたし、お師匠様じゃなきゃだめなんです」
「なら、俺のいうことをきけるな」
「はい」
イェンの手がツェツイの涙をすくいとる。
「わかればいいんだよ。もう泣くな」
ツェツイはもう一度はい、とうなずいた。
「ごめんなさい、泣いてしまって。周りの人が見てるのに」
「他人のことなんか気にすんな」
「アリーセさんに、またほっぺた叩かれるかも」
それはさすがにちょっと勘弁だな、とイェンは苦い笑いを浮かべた。
「よくは来ねえな」
ツェツイはもじもじと膝の上の手を動かし、意を決したようにイェンに問いかける。
「お、女の人と来るのですか? 彼女さん、とか……」
最後の方はほとんど声にはならなかった。
しかし、ツェツイの問いにイェンは答えない。
テーブルに頬杖をついたまま肯定とも否定ともつかない曖昧な笑みを浮かべるだけであった。
彼女と? と問いかけたツェツイだが、わざわざそんなことを聞かずとも、女性客がいっぱいの可愛らしいお店に男の人がひとりで来ないだろうし、男同士でもまず来ない。
ここへ来るとしたら女の人と一緒に決まっていると察し、しょんぼりとうつむきかけたツェツイの目の前に、注文したいちごのケーキとオレンジジュースが運ばれてきた。
途端、ツェツイの目がきらきらと輝く。
ピンク色のスポンジに真っ白なクリーム。その上にはたくさんのいちごをのせた見た目も可愛らしいケーキだ。
フォークで崩すのがもったいないくらい。
「おいしそう。あれ? お師匠さまはコーヒーですか? 麦酒じゃないのですね」
「こんな店に酒なんかあるわけねえだろ。っていうか、真っ昼間から酒なんか飲むかよ。いいから食え」
ケーキを一口食べ、ツェツイは目を見開き頬に手をあてた。
「おいしい! アリーセさんのりんごのタルトもおいしいけど、このいちごのケーキもおいしいです」
思わずツェツイの口元が緩む。その時であった。
「ねえ、すっごくいい男じゃない」
「ああ、あたし知ってるわよ。あの人〝灯〟の魔道士」
「うそ〝灯〟の!」
「声かけてみる?」
一般人からみれば魔道士は特別で憧れの存在だ。
それどころか、エリート魔道士を捕まえれば玉の輿も同然。
「でも、魔道士としては落ちこぼれだって聞いたわよ」
「なーんだ、落ちこぼれかあ」
「えー残念」
女性たちはくすくすと笑う。
耳に飛び込んできた後ろの席の女性たちの会話に、ツェツイの手がとまる。
フォークを手にしたままうつむくツェツイのあごにイェンの指が伸びた。
「どうした? 下なんか向いてても何もいいことねえぞ」
「お、お師匠様……」
ツェツイの頬がかっと真っ赤になる。さらに、後ろの席で女性たちが息を飲んだのが気配でわかった。
女性たちの勝手な会話はしばらく続いていたが、気にするのはやめにした。
そもそも、話題にされている当の本人が、まったく気にもとめていないのだ。
それから、ツェツイは学校に行っていたときのこと、仕事のことなど、イェンに語った。
イェンは頬杖をつき、ツェツイのお喋りに微笑みながら黙って耳を傾けていた。
「あたし、女の人がお師匠様のことを好きになるの、何だかわかる気がします」
「何? 突然」
ツェツイはえへへ、と笑った。
「それよりも、やっと、笑ったな」
「やっと? あたしいつも笑ってます」
「ずっと、思いつめた顔をしていたことに気づいてねえんだな」
「そうですか?」
「そうだよ。ところでだ」
突然、真顔になったイェンに、ツェツイは膝に手を置き居住まいを正して身がまえる。
イェンの表情は怖いくらいであった。
「残りの期間は魔術の修行に専念しろ。息抜きに弟たちと遊ぶのはかまわない。だが、それ以外のことはいっさいするな。必要ない」
それはつまり、家事はやるなということだ。
「あたし、大丈夫です。全然苦でも何でもないですから」
「おまえは俺の言っている意味がわからないのか」
「でも!」
「口答えはするな。俺はおまえを家事をさせるために家に連れてきたんじゃない。誰もおまえにそんなことを望んでいない。むしろ……」
「……迷惑?」
「困惑している。はっきり言う。俺の言うことがきけないなら修行はやめだ。このまま家に帰れ」
「そんなの……」
すでに仕事は辞めた。
何が何でも〝灯〟の魔道士になるつもりでいた。
それが夢だった。
何より、もしこの場で見放されたらこの先、生活ができなくなる。
「もう一度おまえを雇ってもらえるように俺もおまえの仕事場に行って頭を下げてやる」
「いいえ! そんなことお師匠様にさせられません」
「あるいは、他に魔術を教えてくれる奴を探すのもおまえの自由だ。いや、勝手だ」
「他の人なんて……」
ツェツイはうつむいた。
「顔を上げろ。下なんか向くなって言ったばかりだろ」
ツェツイはおそるおそる顔を上げた。
泣くまいと唇をきつく噛みしめ涙をこらえている。が、その目にはじわりと涙が浮かんでいた。
「あたし、ほんとはすごく焦っていて」
「そんなの見ればわかる。顔や行動の端々に出ている」
「約束の期限も迫ってきているのに、何ひとつできなくて。どうしていいかわからなくて。だけど、何かきっかけがつかめたら……でも、そのきっかけすらも……」
わからなくて、と声を震わせて呟くツェツイの目からとうとう涙がこぼれ、テーブルの上にぱたぱたと落ちた。
「お師匠様……あたし魔道士になりたいです」
こぼれる涙を手でごしごしと拭う。
「お願いです。見放さないでください。あたし、お師匠様じゃなきゃだめなんです」
「なら、俺のいうことをきけるな」
「はい」
イェンの手がツェツイの涙をすくいとる。
「わかればいいんだよ。もう泣くな」
ツェツイはもう一度はい、とうなずいた。
「ごめんなさい、泣いてしまって。周りの人が見てるのに」
「他人のことなんか気にすんな」
「アリーセさんに、またほっぺた叩かれるかも」
それはさすがにちょっと勘弁だな、とイェンは苦い笑いを浮かべた。
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