上 下
14 / 59
第1章 わたしの師匠になってください!

お師匠様とデート? 1

しおりを挟む
 最初は、魔術の修行ができないことに不満気味だったツェツイだったが、しばらく町を歩いているうちにそんな思いもどこへいったのやら、すっかりと上機嫌となった。
 やはり女の子、可愛い小物や洋服を見つけては立ち止まり目を輝かせ、さらに、店のガラスに映った自分の姿を見ては嬉しそうに満面の笑みを浮かべている。
 子どもの頃から、もっとも今も子どもだが……家のことや学校の勉強に追われ友達と遊ぶこともほとんどなかったという。
 もちろん、こうして町中を歩き回るのも初めてだと。
「アリーセさんにいただいた可愛い服を着て町を歩くのがとっても嬉しくて」
 今日のツェツイの格好は、すみれ色のふんわりとしたワンピースだ。
 歩くたびに腰のリボンがゆらゆらと揺れる。
 この場に双子たちがいたら、声を揃えてツェツイ可愛いぞ、似合ってるぞ、の連呼だろう。
 ころころと笑い、はしゃいでいたツェツイだが、不意に立ち止まり、小さな手を伸ばしイェンの指先に触れてきた。
「どうした? 歩き疲れたか?」
 ツェツイは違うと首を振り、触れた指先をきゅっと握りしめる。
「眠くなったか。しかたねえな、おぶってやるぞ」
 イェンのツェツイに対する態度は、どこまでも子ども扱いだ。
「眠くなんてありません。こうしてお師匠様に触れているととっても安心して。不思議な感じ。どうしてかな?」
 イェンは笑ってツェツイの頭をなでた。
「おまえがそう思うなら、それは……」
「まあ、可愛らしい女の子ね。兄妹かしら」
 側を通りかかった二人組の女性が、微笑ましい目でこちらに視線を向けてきた。
 さらにすれ違いざま。
「案外、父娘おやこかもよ」
 と言うのを、そんなわけあるか! と、心の中で言い捨て、イェンはため息をつく。
「ひと休みするか」
「大丈夫です! あたし、疲れてなんかいません!」
 握っていた指から手をぱっと離すツェツイの手首をつかんで引き寄せる。
「まったく、おまえは遠慮ばかりするんだな。もう少し子どもらしくわがままのひとつでも言って俺を困らせてみろ。こう見えても俺は懐が深いから多少のことじゃ動じねえぞ」
 と、ツェツイの手を引き歩き出す。ほどなくして、イェンは洒落た雰囲気の店へとためらうことなく入っていった。
 その店は若い女性に人気のある店らしく、店内は女性客であふれていた。
 イェンとツェツイが店に入った途端、店内が一瞬しんとなる。
「お、女の人がいっぱい! お師匠様! なんだか場違いです」
「俺がか?」
「あたしもお師匠様もです!」
「気にすんな。ほら、ついて来い」
 案の定、客、店員問わず女性たちの目がいっせいにイェンに向けられ息を飲んだのがわかった。
 そして、次に何やら低くささやかれるひそひそ声。
 席についたものの、周りから向けられる痛いほどの視線に、ツェツイは落ち着かない様子でそわそわとする。
「あの……お師匠様は平気なのですか?」
「何が?」
「だって女の人、みんなこっちを見ています。いえ、見ているのはお師匠様のことで……それも、ものすごく熱い視線で……もしかして気づいていないのですか?」
「気づいてるけど」
「じ、じゃあ……」
「実際俺、この通りいい男だし。こうやって他人から見られるのは慣れてるから」
 謙遜する素振りなど欠片ほども見せず、あはは、と笑うイェンにツェツイははあ……と息を吐いて肩をすぼめ萎縮する。そして、ちらりと上目遣いでイェンを見る。
 だけど本当にイェンがいい男なのも、存在するだけで華があるのも、人目をひくのも事実であった。
「こうしてると、あたしたち周りからどういう関係に見えると思いますか?」
「どうって、兄妹だろ? さっきもそう言われたし、もしくは親戚の子のお守りとか。間違っても父娘じゃねえ」
「恋人同士とかは?」
 そう言った瞬間、ツェツイの顔がほんのり赤くなる。
「見えると思うか?」
「そうですよね。見えないですよね……」
「そんなことより、好きなもん食っていいぞ」
 そう言われたものの、ツェツイはメニューを広げ何を頼んだらいいのかさっぱりわからないという様子でおろおろする。
「いちごは好きか?」
「はい! 大好きです。お母さんがあたしのお誕生日になると買ってきてくれて、甘くておいしかったなあ。いちご……」
 イェンは片手を上げ通りかかった給士の女性を呼び止めた。
 頬杖をついたまま、淡々と注文をする。
 給士の女性がイェンにみとれ頬を赤くしたのは言うまでもない。
 注文を繰り返す声が上ずっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

お姫様の願い事

月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。

おちゅうしゃ

月尊優
児童書・童話
おちゅうしゃは痛(いた)い? おさない人はおちゅうしゃがこわかったと思(おも)います。 大人のひとは痛くないのかな? ふしぎでした。

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

こわモテ男子と激あま婚!? 〜2人を繋ぐ1on1、ブザービートからはじまる恋〜

おうぎまちこ(あきたこまち)
児童書・童話
 お母さんを失くし、ひとりぼっちになってしまったワケアリ女子高生の百合(ゆり)。  とある事情で百合が一緒に住むことになったのは、学校で一番人気、百合の推しに似ているんだけど偉そうで怖いイケメン・瀬戸先輩だった。  最初は怖くて仕方がなかったけれど、「好きなものは好きでいて良い」って言って励ましてくれたり、困った時には優しいし、「俺から離れるなよ」って、いつも一緒にいてくれる先輩から段々目が離せなくなっていって……。    先輩、毎日バスケをするくせに「バスケが嫌い」だっていうのは、どうして――?    推しによく似た こわモテ不良イケメン御曹司×真面目なワケアリ貧乏女子高生との、大豪邸で繰り広げられる溺愛同居生活開幕! ※じれじれ? ※ヒーローは第2話から登場。 ※5万字前後で完結予定。 ※1日1話更新。 ※第15回童話・児童書大賞用作品のため、アルファポリス様のみで掲載中。→noichigoさんに転載。

VTuberデビュー! ~自分の声が苦手だったわたしが、VTuberになることになりました~

柚木ゆず
児童書・童話
「君の声はすごく可愛くて、僕の描いたキャラクターにピッタリなんです。もしよろしければ、VTuberになってくれませんか?」  声が変だと同級生や教師に笑われ続けたことが原因で、その時からずっと家族の前以外では声を出せなくなっていた女の子・佐倉美月。  そんな美月はある日偶然、隣家に引っ越してきた同い年の少年・田宮翔と――SNSで人気の中学生絵師に声を聞かれたことが切っ掛けとなり、やがて自分の声に対する認識が変わってゆくことになるのでした。

霊能者、はじめます!

島崎 紗都子
児童書・童話
小学六年生の神埜菜月(こうのなつき)は、ひょんなことから同じクラスで学校一のイケメン鴻巣翔流(こうのすかける)が、霊が視えて祓えて成仏させることができる霊能者だと知る。 最初は冷たい性格の翔流を嫌う菜月であったが、少しずつ翔流の優しさを知り次第に親しくなっていく。だが、翔流と親しくなった途端、菜月の周りで不可思議なことが起こるように。さらに翔流の能力の影響を受け菜月も視える体質に…!

稀代の悪女は死してなお

楪巴 (ゆずりは)
児童書・童話
「めでたく、また首をはねられてしまったわ」 稀代の悪女は処刑されました。 しかし、彼女には思惑があるようで……? 悪女聖女物語、第2弾♪ タイトルには2通りの意味を込めましたが、他にもあるかも……? ※ イラストは、親友の朝美智晴さまに描いていただきました。

処理中です...