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第1章 わたしの師匠になってください!

高鳴る胸の鼓動 2

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 いつものごとく双子たちを学校に送り出した後、ツェツイは朝食の後片づけを済ませ、家具の埃を払い乾いたぞうきんで丁寧に抜く。
 それが終わると今度は窓を磨き、庭に出て掃きそうじを手際よくこなして花壇の花に水をやる。
 目まぐるしく動くツェツイの姿を、イェンは組んだ足に頬杖をつき、ぼんやりとソファーに腰掛け眺めていた。
 家事なんてやらなくていい、魔術の修行を優先しろ、と何度言い聞かせても、これだけはさせてくださいと言ってきかないのだ。
 居候という身であるがゆえ、ツェツイなりに気を遣っているのだろう。
 双子たちもツェツイに協力するため率先して家のことを手伝うようになったが……。
 とにかく、何かしなければ申し訳ないという気持ちもわからないでもないが。
 子どものくせに、よけいな気を遣いやがって。
 まあ、そう思うなら、それこそ俺がやれって話だよな。
 イェンは苦笑いを浮かべ肩をすくめる。
 家でも病気がちだった母親を助けるため、家事を一通りこなしてきたツェツイだ。
 その手際は驚くほど見事で手早い。
 そして、最後に床をぴかぴかに磨きあげたツェツイはふうと、一息ついて部屋を見渡し満足そうにうなずく。
 どうやら一通り終えたらしい。ちなみに午前中の家事は、だ。
「お師匠様!」
 小走りに駈け寄ってきたツェツイは、ソファーに座るイェンの膝に両手をつき表情を輝かせ見上げてくる。
 これで、ようやく修行にとりかかれると嬉しそうに。
「おうちのこと終わりました!」
 頬杖をついたまま、イェンは無言でツェツイを見下ろす。
「どうしたのですか、お師匠様? 難しい顔をして」
 それにしても、ほんと子犬みてえだな。
 イェンはふっと笑って立ち上がった。
「よし、町に行くぞ」
 思いもしなかったその一言にツェツイは町? と小首を傾げる。
「いまから、ですか?」
「そうだ」
「わかりました。町で修行ですね」
「んなわけあるか。見せもんじゃねえんだから」
「えっと、修行はないのですか?」
「そ、今日は休み」
 わずかだが、ツェツイの顔が強ばったのをイェンは見逃さなかった。
 いつもにこにこ笑うツェツイがこんな表情をするのは珍しい。
 むしろ素直な反応だろう。
 修行に与えられた期間は限られている。そして、残された日数はあまりない。
 それなのに、いまだ魔術の断片すらも発動させることができず、期限が刻一刻と迫ろうとしているのだ。
 時間がない。
 気持ちが焦るのも無理はない。
 そのことをわかっているはずなのにどうして? とツェツイの目にかすかに非難の色がにじむ。
「たまには心の休養も必要だ」
 不満げにむうと頬を膨らませるツェツイの頭を、イェンはぐりぐりとなでまわす。
「そうむくれた顔をするな」
「でも」
「でもじゃねえよ。俺が行くって決めたら行くんだよ。ほら」
 出かける支度をしろ、と急かすイェンに、ツェツイはどこか納得いかないという様子でありながらも逆らえず、しぶしぶとうなずいた。
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