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第1章 わたしの師匠になってください!

高鳴る胸の鼓動 1

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「みなさん起きてください! 朝食ができましたよー!」
 家中にツェツイの元気な声が響き渡った。
 ツェツイが家に来て一週間、今では毎朝この元気な呼び声が目覚まし代わりとなった。
 ほどなくして、ノイとアルトがそろって寝ぼけまなこで階段から下りてくる。
 まだ寝間着姿のままで、二人ともみごとに髪の毛が寝癖ではねていた。
 ぼうっとした顔で席につく彼らの前に、ツェツイは手際よく、できあがった朝食を並べ始めた。
 今朝もアリーセ手作りパンにりんごジャム、野菜たっぷりのスープ。かりかりに焼いたベーコンとふわふわとろとろのオムレツ。
 どれもおいしそうで、匂いをかいだだけでお腹がぐうと鳴った。
「ツェツイは朝から元気だよな」
「母ちゃんが二人いるみたいだ」
「ツェツイはエプロン姿も似合うな」
「似合ってる似合ってる。可愛いぞ」
 ツェツイはえへへ、と照れたように笑い、二人にミルクの入ったコップをどうぞ、と言って差し出す。
「だけど、元気に笑ってるツェツイを見ると、俺はすごく嬉しいぞ」
「俺も嬉しいぞ! 今日も一日がんばるぞって思えてくるんだよな」
 ツェツイは二人に、ありがとうと笑顔で返した。
 そこへ、朝食の支度を終えたアリーセが、ようやく台所から姿を現す。
「でもねツェツイ、お手伝いはとても嬉しいけど、修行だって大変なんだから、朝くらいはもう少しゆっくり寝てていいのよ」
 ツェツイはいいえ、と首を振る。
「このくらい、たいしたことないです! あたし、家にいたときも早起きしてましたし、だから、アリーセさんのお手伝いをさせてください。それに、みなさんと顔を合わせて朝ご飯を食べた方が楽しいもの」
 はあ、とため息をつき、アリーセはイェンが寝ているだろう部屋の天井を見上げた。
「ツェツイはほんとにいい子ね。あのバカもツェツイを見習って欲しいものだよ。あのバカまだ起きてきやしない」
「兄ちゃんが朝起きてこないのは、いつものことじゃないか」
「みんなと一緒にご飯を食べるの。ねえツェツイ、起こしてきてくれる?」
「はーい」
 身をひるがえし、軽やかな足どりで二階へと駆けあがっていくツェツイはイェンの部屋へと向かった。
 部屋の前に立ち、扉を叩こうとしていったん手を引っ込める。
 その手で髪をなで身だしなみを整えた。
「お師匠様、起きてますか?」
 扉を叩き、しばし待ってみるが返事はなく、物音ひとつ聞こえない。
 おそらくまだ眠っているのか。
 もう一度、今度は強めに扉を叩いてみる。が、やはり何の反応もなかった。
 ためらうように部屋の前で立ちつくすツェツイだが、大きく深呼吸をして、扉を思いっきり開け放った。
「お師匠様!」
 大声で呼びかけてみるが、それでも、ベッドで眠るイェンは目を覚ます様子はない。
 しかたがないな、と腰に手をあてツェツイは頬を膨らませる。
「起きてください。朝ですよ! 朝食が冷めて……しまい、ます……」
 何故か最後のほうは小声になる。
 頬を柔らかな枕に埋め、その枕を抱きかかえるようにうつぶせになってイェンは眠っていた。
 ツェツイはイェンの側まで歩み寄り、ベッドによじ登ると、眠っている相手の顔をのぞき込む。
 うわー、きれいだなって思っていたけど、こうやって間近で見ると、ほんとにお師匠様ってきれいな顔立ち。
 それに、男の人なのに雰囲気が何か色っぽい。
 まつげ、長い。
 肌も白くて滑らかで、髪もさらさらできれい。
 それに、細そうに見えるのに腕、意外に筋肉質なんだ。
 何もしていなさそうにみえて、実は鍛えているのかな。
 そういえば、アルトが魔術は体力勝負って言ってたっけ。
 だから、双子たちは武術も習っていると。
 お師匠様も、何かやってるのかな。
 ツェツイは眠っているイェンの腕におもむろに手を伸ばし、ぺたりと触れた。
 胸がトクンと鳴った。
 朝の空気にさらされていたせいか、イェンの肌はひやりと冷たい。
 そこへ、イェンが薄く目を開けた。
 開いたまぶたの奥に揺れる、濡れたような黒い瞳がツェツイをとらえる。
 ツェツイははっとなって、イェンの腕に触れていた手を慌てて引っ込めた。
「ち、ち、違います。違うんです!」
「え、何?」
 何が違うのかわからないが、朝っぱらから俺の枕元で何してんだ? というようにイェンは半身を起こして頭に手を持っていく。
 物憂げな仕草で前髪をかき上げると、さらりと長い黒髪が肩を滑って背に流れ、毛先がふわりとシーツの上に落ちた。
「あ、あたし、お師匠様を起こしにきただけで……何度も呼びかけたんです。決して寝込みを襲おうなんて……」
 ツェツイの頬がかっと真っ赤に染まる。
 どうして? 胸がすごくドキドキする。
 ノイとアルトがパンツ一枚で目の前をふらふら歩き回っている姿を見ても、何とも思わなかったのに……どうしてお師匠様の裸を見るのが恥ずかしいんだろう。
「とにかく! あたしお師匠様のこと起こしましたからねっ! きゃっ……」
「おい!」
 突然ベッドの上で勢いよく立ち上がったツェツイはバランスを崩して足元をよろめかせた。
 すぐに力強い手に腕を引かれ、気づいたときにはイェンの腕の中にすっぽりとおさまっていた。
「まったく、驚かせるな。頭から床に落ちるつもりか」
 ほんとにしょうがねえな、とでもいうように、頭を優しくいい子いい子される。
 またしても胸がトクンと音をたてる。
 顔が熱い。
「どうした? そんなに強く引っ張ったつもりはねえけど、腕痛くしたか?」
 どこか気怠げなイェンの声がすぐ耳元に落ちる。
 寝起きのせいか、少しかすれて、静かで落ち着いた声。
 うつむいたまま、ツェツイはふるふると頭を振った。
 声がでなかった。
「おい」
 顔を上げてみろと、イェンの手がツェツイの頬に触れ、首を傾けのぞき込んでくる。
「だ、大丈夫です! ベッドから落ちるかと思って、驚いただけです……」
 ドキドキして、呼吸がうまくできない。
「ならいいけど」
 ツェツイの両脇に手を差し入れて抱き上げ、イェンはよっと声を上げベッドから小さな身体を下ろす。
「ほんと、軽いなおまえ」
「あ、あたし下に戻りますから」
 小走りに扉に向かい、そしてツェツイはもう一度イェンを振り返る。
「ほんとに、すぐに来てくださいね。二度寝はだめですよ。二度寝は!」
 そう、何度も言わなくてもわかってるよ、と苦笑を浮かべながらイェンは、髪を結わえる紐を口の端にくわえ、長い髪を首の後ろで束ねる。
 目を半分伏せたイェンの、まぶたを縁取るまつげの影が頬に落ちる。
 ツェツイの胸が再びトクリと鳴った。
 髪を結わえているだけなのに、そんな何気ない仕草さえ危うい色気が漂って、目が離せない。
 背後の窓から差し込む朝日がイェンの肩に落ち、しなやかな身体に陰影をつくる。
 まぶしさにツェツイは目を細めた。
 そっと、胸のあたりを小さな手で押さえる。
 あれ? 何だろう、まだ胸がドキドキしてる。息苦しいような。少し痛いような。
 あたし、どうしちゃったんだろう。
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