上 下
7 / 59
第1章 わたしの師匠になってください!

嵐の日に 2

しおりを挟む
 街の中心部から外れたそこは、ところどころに家が点在するだけの田畑が広がるのどかな、悪く言えば閑散とした寂しい場所だった。
 どの家だよ、とイェンは立ち止まり辺りを見渡す。
 強風で砂埃が舞い見通しが悪い。
 誰かに尋ねたくても人影が見あたらないのだ。
 あきらめて一軒一軒あたってみるかと歩き出したところへ、遠くに鍬をかついで歩いている農夫を見かけた。
 逃してたまるかと、すかさず男の元へと駆けより肩をつかんで呼び止める。
「ツェツイっていう女の子が住んでいる家はどこだ?」
 いきなり呼び止め、人にものを尋ねる態度ではないとわかってはいるが、こっちも焦っている。
 思っていた以上に外は風が強い。
 確かに、こんな日に小さな女の子がひとりぼっちで家にいるのは心細いはず。
 ん? と農夫が振り返る。イェンの態度に気分を害した素振りも見せず、ああ、と笑みを崩してうなずく。
 いかにも人の良さそうな中年男だった。
「ツェツイーリアちゃんかい? だったら、あの家だよ」
「どこ!」
「あそこだよあそこ」
「見えねえよ!」
「だから、あそこの家」
 イェンは目をすがめる。砂塵に煙る向こう、農夫が指差した先に小さな家があった。
「あの子は本当に明るく優しいいい子でね。かわいそうに、早くに父親を事故で亡くしてしまってね。それでも笑顔ひとつたやさず」
 こんな寂しいところでたったひとりで。
「病気がちだった母親の手伝いをよくやっていたよ。その母親も気の毒なことに……」
 まだ、あんなに小さい子どもなのに。
「身を寄せる親戚もいないらしくて……」
「ありがとよ、おっさん」
 放っておけばいつまでも語っていそうな農夫の肩をぽんと叩き、イェンは教えてもらったツェツイの家へと走った。
「おい、いるか!」
 扉も叩かず開け放ち、家に飛び込む。
 返事はなく、しんとした室内にイェンの声が響くだけ。
 どうやら留守のようだ。さらに家の中に足を踏み入れ見渡す。
 お世辞にも広い家とはいえなかった。家財道具も必要最低限のものしか置かれていない、殺風景な部屋。
 狭い居間の中央に小さなテーブル。
 その上に学校の教材が開いたまま置いてあった。
 学校には行けなくても勉強は続けていたらしい。
 強風で窓がかたかたと音をたて、立て付けの悪い板戸がきいと軋む。
 春先とはいえ、日が落ちると空気は冷たく、暗い室内は底冷えした。
 誰に頼るわけでもなく。イェンは手をぐっと握りしめた。
 それにしても、あいつどこ行きやがった。
『俺、この間〝灯〟の裏庭で見かけたぞ』
『ぼんやり木の上を見てた』
 ふと、弟たちの言葉が脳裏をかすめ、イェンは身をひるがえし家を飛び出した。
 予想は的中した。初めてツェツイに声をかけられた〝灯〟の裏庭、桜の木の下で、ツェツイは背中を丸めて地面にうずくまっていた。
 怪我でもしたのかと血相をかえてイェンは走り寄り片膝をつく。
「おい! 大丈夫か?」
 小さな肩をつかんでこちらを振り向かせ、息を飲む。
 その目には涙が浮かんでいた。視線をツェツイの手元に移し、涙の理由を知る。
 ツェツイの小さな両手の中に、一羽のヒナが力なく横たわっていた。
 イェンは頭上の巣を見上げる。
 この強風で運悪く巣から落ちたのであろう。
「ずっとこうやって手で暖めているのに動かないの。まだこんなに暖かいのに……」
 動かないのは当たり前だ。手の中のヒナはすでに死んでいるのだから。
「この子を生き返らせてあげることはできないの?」
 声を震わせるツェツイに、イェンは無言で首を振る。
「お師匠様は魔道士でしょう! 生き返らせることなんて簡単にできるはずですよね!」
 声を上げた瞬間、うねるような風がツェツイの足元から渦を巻いて空へと昇っていく。
 イェンは身体を震わせた。ツェツイの身体から放たれた〝気〟に鳥肌がたったのだ。
「あたしに魔術が使えたら、この子をよみがえらせることが。お母さんだって生き返らせっ!」
 イェンは眉をひそめ、ぺちりとツェツイの頬を叩く。
 闇に捕らわれかけたツェツイの心を引き戻すように、両肩に手をかけ、かけた指に力を込める。
 肩に食い込んだ指の痛みに、ツェツイは口元をひき結ぶ。
「そんなこと考えちゃ……たとえ、もし出来たとしても、それは絶対にやってはいけないことなんだ。魔術を教えて欲しいって言ったのは、そんなことのためじゃないだろ?」
 厳しく言い聞かせるイェンの言葉に、我に返ったツェツイは唇を震わせる。
 大粒の涙をためたツェツイを胸に引き寄せ抱え込む。
 すっぽりとイェンの腕におさまったツェツイは肩を震わせた。
 最初は声を押し殺して泣いていたツェツイだが、とうとうこらえきれず声を振り絞り大声で泣いた。
 今までたまっていたものを一気に吐き出すように。
 泣きじゃくるツェツイの頭をイェンは優しくなでる。
 気が済むまで泣けばいい。
 泣いて少しでも気持ちが楽になれるのなら、いつまででもこの胸をかしてやる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

少年騎士

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。

【完結】落ちこぼれと森の魔女。

たまこ
児童書・童話
魔力が高い家系に生まれたのに、全く魔力を持たず『落ちこぼれ』と呼ばれるルーシーは、とっても厳しいけれど世話好きな魔女、師匠と暮らすこととなる。  たまにやって来てはルーシーをからかうピーターや、甘えん坊で気まぐれな黒猫ヴァンと過ごす、温かくて優しいルーシーの毎日。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

がらくた屋 ふしぎ堂のヒミツ

三柴 ヲト
児童書・童話
『がらくた屋ふしぎ堂』  ――それは、ちょっと変わった不思議なお店。  おもちゃ、駄菓子、古本、文房具、骨董品……。子どもが気になるものはなんでもそろっていて、店主であるミチばあちゃんが不在の時は、太った変な招き猫〝にゃすけ〟が代わりに商品を案内してくれる。  ミチばあちゃんの孫である小学6年生の風間吏斗(かざまりと)は、わくわく探しのため毎日のように『ふしぎ堂』へ通う。  お店に並んだ商品の中には、普通のがらくたに混じって『神商品(アイテム)』と呼ばれるレアなお宝もたくさん隠されていて、悪戯好きのリトはクラスメイトの男友達・ルカを巻き込んで、神商品を使ってはおかしな事件を起こしたり、逆にみんなの困りごとを解決したり、毎日を刺激的に楽しく過ごす。  そんなある日のこと、リトとルカのクラスメイトであるお金持ちのお嬢様アンが行方不明になるという騒ぎが起こる。  彼女の足取りを追うリトは、やがてふしぎ堂の裏庭にある『蔵』に隠された〝ヒミツの扉〟に辿り着くのだが、扉の向こう側には『異世界』や過去未来の『時空を超えた世界』が広がっていて――⁉︎  いたずら好きのリト、心優しい少年ルカ、いじっぱりなお嬢様アンの三人組が織りなす、事件、ふしぎ、夢、冒険、恋、わくわく、どきどきが全部詰まった、少年少女向けの現代和風ファンタジー。

化け猫ミッケと黒い天使

ひろみ透夏
児童書・童話
運命の人と出会える逢生橋――。 そんな言い伝えのある橋の上で、化け猫《ミッケ》が出会ったのは、幽霊やお化けが見える小学五年生の少女《黒崎美玲》。 彼女の家に居候したミッケは、やがて美玲の親友《七海萌》や、内気な級友《蜂谷優斗》、怪奇クラブ部長《綾小路薫》らに巻き込まれて、様々な怪奇現象を体験する。 次々と怪奇現象を解決する《美玲》。しかし《七海萌》の暴走により、取り返しのつかない深刻な事態に……。 そこに現れたのは、妖しい能力を持った青年《四聖進》。彼に出会った事で、物語は急展開していく。

【奨励賞】おとぎの店の白雪姫

ゆちば
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 奨励賞】 母親を亡くした小学生、白雪ましろは、おとぎ商店街でレストランを経営する叔父、白雪凛悟(りんごおじさん)に引き取られる。 ぎこちない二人の生活が始まるが、ひょんなことからりんごおじさんのお店――ファミリーレストラン《りんごの木》のお手伝いをすることになったましろ。パティシエ高校生、最速のパート主婦、そしてイケメンだけど料理脳のりんごおじさんと共に、一癖も二癖もあるお客さんをおもてなし! そしてめくるめく日常の中で、ましろはりんごおじさんとの『家族』の形を見出していく――。 小さな白雪姫が『家族』のために奔走する、おいしいほっこり物語。はじまりはじまり! 他のサイトにも掲載しています。 表紙イラストは今市阿寒様です。 絵本児童書大賞で奨励賞をいただきました。

創訳聖書

龍王
絵本
非日常に歩んで来たアフトたる"蜚蠊"は、「光の皇子」と呼ばれる偶像をただ、最期に見届ける。そして、死に際に彼の残した一言は、最も閑奏な一言であった。 月日は流れ、世界は大海原にマリン船長を抱えた。この力は、最後まで、月日の流れを変えなかった瞳  聖杯伝説 "  火。  焚べる薪。  王は太陽を向いて。  月夜に酒の肴として謳う。 「救世主が現れる。其の者は、この世界に大いなる戦火を齎すであろう。」  人々は、笑った。  新しい人の顔を見る。  其の目に隈は無い。  ただ、闇の中に一筋の光が、全て別れる水流の如く裁く。  人々は知っていた。  其の力が、笑顔に代わる新たなる装いを齎す事を、月明かりの(枕)元、日々の本で知っている。  其の後は知るまい。  本が一冊あるだけだ。  其の本は、まるで、空白が目立つ様に、前半にだけ、びっしりとこびり付いた炭と跡とが、こう記した。  Zeus-metaと。  其の本がある。  主(神)は、雷を遣わした。  (主)人を燃やし尽くさんとする為だ。  主(人)は、雷の中、現れた。  大きな鷲が居た。  其の十字架に居座り、大雨に傘と覆い被さった。  晴れた後、主(人)は鷹を追い求めて、旅に出た。  ハゲワシが十字架の周りに居着いた。  雷は時折、降り、新たな種を蒔いた。  (主)人は、其れを持って、全て焼いた。  パンも家も、本も焼いた。  全ては、(主)神の御導きによる福音。  其の災禍の中、覗き込む様に、主(神)は、眠られた。  幾年もの歳月を経て、(主)神は、降臨した。  最強の伝説に勇姿を記す。  マリンが聖杯を、大海から奪った。  ルシファアが顕現した。  魔王「ヤゴー」が討ち果たされた。  カボチャの竜が復活した。  隣国が魔界と戦争を始めた。  ゴジラ  が長き眠りから解き放たれた_ "

小さな王子さまのお話

佐宗
児童書・童話
『これだけは覚えていて。あなたの命にはわたしたちの祈りがこめられているの』…… **あらすじ** 昔むかし、あるところに小さな王子さまがいました。 珠のようにかわいらしい黒髪の王子さまです。 王子さまの住む国は、生きた人間には決してたどりつけません。 なぜなら、その国は……、人間たちが恐れている、三途の河の向こう側にあるからです。 「あの世の国」の小さな王子さまにはお母さまはいませんが、お父さまや家臣たちとたのしく暮らしていました。 ある日、狩りの最中に、一行からはぐれてやんちゃな友達と冒険することに…? 『そなたはこの世で唯一の、何物にも代えがたい宝』―― 亡き母の想い、父神の愛。くらがりの世界に生きる小さな王子さまの家族愛と成長。 全年齢の童話風ファンタジーになります。

処理中です...