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第1章 わたしの師匠になってください!
お師匠様のお家に 1
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「そんで連れてきちゃったのか?」
「兄ちゃんは、女に優しいからな」
「で、いきなりお持ち帰りしちゃうとは」
「さすが! 女たらしの兄ちゃんだぜ!」
イェンは右頬を手で押さえて椅子にふんぞり返り、目の前に並んで座っている双子の弟たちを睨みつけた。
イェンと同じ黒髪と黒い瞳。歳はツェツイと同じくらい。
利発そうな顔立ちの双子だった。
顔はもちろん、肩のあたりで切りそろえた髪型も同じ。
性格も口調も似ているため、見分けることはかなり難しい。けれど、二人が言うには、どっちがどっちでもいいよ、らしい。
彼らも〝灯〟の魔道士である。
ちなみに階級はマルセルよりも上。
つまり魔道士としては兄よりも断然、格が上の大先輩ということになる。
「……やっぱり、迷惑ですよね」
イェンの隣に腰をかけていたツェツイは、申し訳なさそうに肩をすぼめ、しゅんとしてうつむく。
「迷惑なんかじゃないよ。あ、俺はノイ」
「単純に驚いただけだから。俺、アルト」
よろしく、と声をそろえ、双子たちは無邪気にツェツイに笑いかける。
「確かに驚いたけどさ」
そこへ、奥の台所からひとりの女が現れた。
手には大皿に盛りつけられた料理がほこほこと湯気をたてている。
女の名はアリーセ。
イェンと双子たちの母親だ。
とても三人の子持ちには見えない、すらりとした長身の三十代後半の美女だった。
結婚前はさぞかし男性にもてたであろう。
事実、言い寄る男どもは数知れず、そんな彼女を見事口説き落としたのは、真面目で朴訥な青年。
今は〝灯〟の長を務めていているアリーセの夫だ。
もちろん彼女も〝灯〟の魔道士である。
「何なんだよ。帰るなりいきなり引っぱたきやがって。こっちの方が驚いたっつうの」
イェンは先ほどから押さえていた頬をさすった。そこにはくっきりと赤い手形がついている。
「だって、あんたが泣いてる女の子を連れて帰ってくるから、てっきり……」
「てっきり何だよ」
「兄ちゃんが、ツェツイに泣かせるような悪さしたんじゃないかって」
「兄ちゃん、女に手を出すの早いから、母ちゃん勘違いしたんだよな」
双子たちは互いに顔を見合わせいひひ、と笑う。
「こんなお子さまに手なんか出すバカいるかよ。よく考えろ。それと! おまえたちも言ってる意味わかってんの……か?」
ふと、イェンは、泣きはらした目でこちらを見つめるツェツイに気づき、言葉をつまらせる。邪気のないつぶらな瞳。
まるで、隣んちで飼っている子犬のようだと思った。
足元にじゃれついてきて、かまってやると尻尾を振って喜ぶ子犬。
「ほっぺた、大丈夫ですか?」
頬をなでてくれようとしているのか、ツェツイが小さな手を伸ばしてくる。
その手をイェンは気にするな、たいしたことねえよ、と押し返す。
「ところで、ツェツイはいくつだ?」
「はい。十歳です」
「ほんとか! 俺たちと同い年だな」
同い年と聞いてほんの少し緊張もとれたのか、嬉しそうな顔をするツェツイ。
イェンは目を細めてアリーセを睨む。
聞いたか? 十歳だってよ。
まったく、こんなんに手を出すとか言い出す方の気がしれない。
「やあね。だから悪かったって言ってるじゃないのさ」
と、別段悪びれた風もなく言い、アリーセは手にしていた大皿をどんとテーブルの真ん中に置いた。
鶏肉と野菜をクリームソースで煮込んだものだ。
双子たちはわあ、と声を上げ、椅子から腰を浮かせて立ち上がり、皿をのぞき込んで表情を輝かせている。
ツェツイも食欲をそそる香りに口を半分開けていた。
「ツェツイ、よだれがたれそうだぞ」
ノイの指摘に、ツェツイは慌てて両手を口元にあて押さえる。
「たいしたものはないけど。いっぱい食べていきな、ツェツイ。遠慮はなしだからね」
「はい、アリーセさん」
たいしたものはないと言いつつも、テーブルには食べきれないのではというくらいの料理が並んでいる。
ジャガイモをつぶしてたまねぎやにんじんなどの野菜で煮込んだスープ。薄切りの肉にパン粉をまぶして焼いたもの。お手製のウインナー。きのこのマリネにライ麦パン。
「たくさん食えよな。好き嫌いとか、あるか?」
ツェツイはううん、と首を振る。
「こうみえて、母ちゃんの料理はうまいんだぜ」
こうみえては余計だよ、とアリーセは双子たちの頭を小突くと、彼らは顔を見合わせてへへへ、と笑う。
取り分けてもらった料理を口に運び、ツェツイは口元をほころばせた。
「すごくおいしい!」
「だろ?」
「これも食え。母ちゃんの作ったライ麦パンは絶品だぜ」
アルトはパンをむずりとつかんでツェツイの前に差し出した。
「ありがとう」
そして、まだほかほかと温かい焼きたてのパンにぱくりとかじりつき目を見開く。
「おいしい……あたし、こんなにおいしいパンを食べたの初めて……」
な、うまいだろ? と双子たちは声をそろえて言い、アリーセは得意げに腰に手をあて、ふふ、と笑った。
「お師匠様のお母様、すごく美人だし、お料理も上手でとても素敵です!」
ツェツイの発言に、双子たちは突然ぶはっと吹き出した。
「ツェツイ!」
「今なんて?」
「え? お師匠様のお母様は美人で……」
「その師匠って? まさか」
「兄ちゃんのことか……?」
ノイとアルトはちらりと、麦酒片手にソーセージにかぶりついている兄イェンを見やる。
「はい! あたし、魔道士になりたいんです」
双子たちは食事の手をとめ、アリーセはかすかに眉を上げる。
そしてイェンは、知らんふりだ。
「あたし魔道士になって、誰かのために力を使いたい。人の役に立ちたいんです」
「そう。偉いね。ちゃんと目的を持っているんだね」
アリーセは静かに微笑み返した。
「やってみるといいさ! 俺たちも応援するよ」
「兄ちゃんが師匠ってのがちょっとアレだけど」
魔道士に憧れる者は少なくない。
けれど、誰もこの場でツェツイを笑う者も、魔道士なんてそう簡単になれるもんじゃない、と言う者もいなかった。
それから、子どもたちは楽しい会話で盛り上がり、アリーセはそんな三人を微笑ましい目で見つめ、イェンはひたすら麦酒を飲んでいた。
「兄ちゃんは、女に優しいからな」
「で、いきなりお持ち帰りしちゃうとは」
「さすが! 女たらしの兄ちゃんだぜ!」
イェンは右頬を手で押さえて椅子にふんぞり返り、目の前に並んで座っている双子の弟たちを睨みつけた。
イェンと同じ黒髪と黒い瞳。歳はツェツイと同じくらい。
利発そうな顔立ちの双子だった。
顔はもちろん、肩のあたりで切りそろえた髪型も同じ。
性格も口調も似ているため、見分けることはかなり難しい。けれど、二人が言うには、どっちがどっちでもいいよ、らしい。
彼らも〝灯〟の魔道士である。
ちなみに階級はマルセルよりも上。
つまり魔道士としては兄よりも断然、格が上の大先輩ということになる。
「……やっぱり、迷惑ですよね」
イェンの隣に腰をかけていたツェツイは、申し訳なさそうに肩をすぼめ、しゅんとしてうつむく。
「迷惑なんかじゃないよ。あ、俺はノイ」
「単純に驚いただけだから。俺、アルト」
よろしく、と声をそろえ、双子たちは無邪気にツェツイに笑いかける。
「確かに驚いたけどさ」
そこへ、奥の台所からひとりの女が現れた。
手には大皿に盛りつけられた料理がほこほこと湯気をたてている。
女の名はアリーセ。
イェンと双子たちの母親だ。
とても三人の子持ちには見えない、すらりとした長身の三十代後半の美女だった。
結婚前はさぞかし男性にもてたであろう。
事実、言い寄る男どもは数知れず、そんな彼女を見事口説き落としたのは、真面目で朴訥な青年。
今は〝灯〟の長を務めていているアリーセの夫だ。
もちろん彼女も〝灯〟の魔道士である。
「何なんだよ。帰るなりいきなり引っぱたきやがって。こっちの方が驚いたっつうの」
イェンは先ほどから押さえていた頬をさすった。そこにはくっきりと赤い手形がついている。
「だって、あんたが泣いてる女の子を連れて帰ってくるから、てっきり……」
「てっきり何だよ」
「兄ちゃんが、ツェツイに泣かせるような悪さしたんじゃないかって」
「兄ちゃん、女に手を出すの早いから、母ちゃん勘違いしたんだよな」
双子たちは互いに顔を見合わせいひひ、と笑う。
「こんなお子さまに手なんか出すバカいるかよ。よく考えろ。それと! おまえたちも言ってる意味わかってんの……か?」
ふと、イェンは、泣きはらした目でこちらを見つめるツェツイに気づき、言葉をつまらせる。邪気のないつぶらな瞳。
まるで、隣んちで飼っている子犬のようだと思った。
足元にじゃれついてきて、かまってやると尻尾を振って喜ぶ子犬。
「ほっぺた、大丈夫ですか?」
頬をなでてくれようとしているのか、ツェツイが小さな手を伸ばしてくる。
その手をイェンは気にするな、たいしたことねえよ、と押し返す。
「ところで、ツェツイはいくつだ?」
「はい。十歳です」
「ほんとか! 俺たちと同い年だな」
同い年と聞いてほんの少し緊張もとれたのか、嬉しそうな顔をするツェツイ。
イェンは目を細めてアリーセを睨む。
聞いたか? 十歳だってよ。
まったく、こんなんに手を出すとか言い出す方の気がしれない。
「やあね。だから悪かったって言ってるじゃないのさ」
と、別段悪びれた風もなく言い、アリーセは手にしていた大皿をどんとテーブルの真ん中に置いた。
鶏肉と野菜をクリームソースで煮込んだものだ。
双子たちはわあ、と声を上げ、椅子から腰を浮かせて立ち上がり、皿をのぞき込んで表情を輝かせている。
ツェツイも食欲をそそる香りに口を半分開けていた。
「ツェツイ、よだれがたれそうだぞ」
ノイの指摘に、ツェツイは慌てて両手を口元にあて押さえる。
「たいしたものはないけど。いっぱい食べていきな、ツェツイ。遠慮はなしだからね」
「はい、アリーセさん」
たいしたものはないと言いつつも、テーブルには食べきれないのではというくらいの料理が並んでいる。
ジャガイモをつぶしてたまねぎやにんじんなどの野菜で煮込んだスープ。薄切りの肉にパン粉をまぶして焼いたもの。お手製のウインナー。きのこのマリネにライ麦パン。
「たくさん食えよな。好き嫌いとか、あるか?」
ツェツイはううん、と首を振る。
「こうみえて、母ちゃんの料理はうまいんだぜ」
こうみえては余計だよ、とアリーセは双子たちの頭を小突くと、彼らは顔を見合わせてへへへ、と笑う。
取り分けてもらった料理を口に運び、ツェツイは口元をほころばせた。
「すごくおいしい!」
「だろ?」
「これも食え。母ちゃんの作ったライ麦パンは絶品だぜ」
アルトはパンをむずりとつかんでツェツイの前に差し出した。
「ありがとう」
そして、まだほかほかと温かい焼きたてのパンにぱくりとかじりつき目を見開く。
「おいしい……あたし、こんなにおいしいパンを食べたの初めて……」
な、うまいだろ? と双子たちは声をそろえて言い、アリーセは得意げに腰に手をあて、ふふ、と笑った。
「お師匠様のお母様、すごく美人だし、お料理も上手でとても素敵です!」
ツェツイの発言に、双子たちは突然ぶはっと吹き出した。
「ツェツイ!」
「今なんて?」
「え? お師匠様のお母様は美人で……」
「その師匠って? まさか」
「兄ちゃんのことか……?」
ノイとアルトはちらりと、麦酒片手にソーセージにかぶりついている兄イェンを見やる。
「はい! あたし、魔道士になりたいんです」
双子たちは食事の手をとめ、アリーセはかすかに眉を上げる。
そしてイェンは、知らんふりだ。
「あたし魔道士になって、誰かのために力を使いたい。人の役に立ちたいんです」
「そう。偉いね。ちゃんと目的を持っているんだね」
アリーセは静かに微笑み返した。
「やってみるといいさ! 俺たちも応援するよ」
「兄ちゃんが師匠ってのがちょっとアレだけど」
魔道士に憧れる者は少なくない。
けれど、誰もこの場でツェツイを笑う者も、魔道士なんてそう簡単になれるもんじゃない、と言う者もいなかった。
それから、子どもたちは楽しい会話で盛り上がり、アリーセはそんな三人を微笑ましい目で見つめ、イェンはひたすら麦酒を飲んでいた。
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