上 下
18 / 51

第17話:襲撃

しおりを挟む
 朝五時の出発可能時間から二時間後、じゅうぶんに睡眠を取った第20クラスは進行を開始して一時間。
 昨日と同じく、何人かが先行して危険がないか確かめるような形だが、年少組を気遣う余裕はなく、かなり速いペースで進行している。
 現在、全体の十番目くらいに位置付けているが、先頭争いとの距離は相当あるらしく、目標を一位になることから、少しでも順位を上げることに切り替えたクラスも多くあり、前を行くクラスの罠が多くある。故に、このペースはだいぶキツい。

「どう考えてももたないよなぁ……」

 思わず天を仰ぐ。先頭集団に追いつくためには必要なハードーワークなのだが、小さい子達には負担が大きすぎる。

「とは言っても他に方法がないだろう」

 偶然、近くを歩いていたラークも苦々しい顔をするが、彼の言う通り、代案もないのでこうするしかないのだ。

「魔法で道を整備したらまだマシになるんじゃない?」

「……あとどれだけ距離があると思ってる。それに、今日通る道は魔物がより出やすいらしい。クラスの者が幾ら魔物に慣れていようと、この森の魔物は規格外だ。パニックに陥らないとも限らない。その時に、動ける者だけで処理できるように備えておかないといけないだろう」

 お前と戦った熊が、この辺りにいる魔物よりちょっと強かっただけなんだけどな、とは言えない。
 基本的に、麓に住んでいる魔物は、生徒一人でもなんとか倒せるレベルなのだ。

「ふーん。万が一のことなんて考えてる余裕ないと思うんだけど」

「うるさい。いいからさっさと歩け」

 そう言ってラークは前の方へ行った。
 気休め程度だが身体強化の魔法でも掛けておくか。遥にバレるとマズいからな。
 それにしても今日は視線を多く感じる。魔物や獣のものもあるが、それ以外の悪意に満ちた視線もだ。 
 ガサガサ、と草木を掻き分ける音が俺の目の前ーー列の中央辺りに響く。
 ちなみに、魔物と獣の判別は、体内に魔石があるかないかで判別される。

「離れろっ! 魔物かもしれない!」

 ラークの声により細長く並んでいた隊列か分断される。

「キシャァァァッ!」

 そして、二つの隊の間から、体長三メートルはあろうかという大蛇が姿を現した。毒々しい色の表皮に、カラフルな斑点のある蛇。名前は知らない。
 突如として出現した魔物に騒然とする現場。
 俺も事前に気づいていたが、少し離れてついてくる他のクラスの生徒たちが気がかりで場を離れられなかった。

「落ち着けっ! 戦う勇気がない者は蛇から離れろっ、他は火以外の魔術を撃てっ!」

 動揺に荒れる場をラークが一喝すると、誰もが指示通りに動き始める。このクラスの中心はラークになっているようだ。
 詠唱中の魔法士は格好の的である。大蛇が最前線にいる生徒を噛み殺さんと顎門を開ける。

「ひいっ!?」

 子供一人なら余裕で一飲みできるほど空いた口に、対象にされた生徒たちは恐怖を覚え、詠唱が中断される。

「はあっ!」

「ギッ!?」

 白髪の少女が、蛇に空から踵を落とす。
 獣人の強靭なパワーと、落下の力も加わった蹴りは大蛇の大口を閉じただけでなく、その頭を地面に叩き落とす。
 身体を地面に鞭打った大蛇は声にならない声をあげ、身体を震わせた。 
 僅かな静寂。その隙に俺は叫ぶ。

「ラーク! お前は他の生徒を連れて先に行って!」

「お前はどうするつもりだ!」

「そこの女の子と一緒にこいつを止める!」

 大蛇に加え、茂みに隠れている何者か。彼らから力を抑えてこの人数を守りきるのは厳しい。なにより、あまり全力をみられたくないのだ。

「このルールは全員到着でゴールになるんだぞ! それを分かってるのか!」

「分かってる!絶対追いつくからっ」

「くっ……わかった!」

 薄っすらと、俺の実力について感づいているラークはしぶしぶ引き下がってくれた。ラークの決定に他の生徒も異存はないようだ。
 白髪の少女が蛇の気を引いている間に、最後まで残っていたアイラ以外がラークのいる、前の隊に加わる。

「アイラはみんなの怪我を治してあげて」

「……わかった。無茶したらダメだからねっ!」

 アイラは心配そうな顔を見せたが、それも一瞬。すぐに前の隊に合流した。
 彼らは揃うや否や、駆け足で森の中へと消えた。
 白髪の少女を見ると、大蛇相手に優位に立ち回っており、このままいけば倒せそうだ。
 なら、俺は他の奴らに専念するか。

「くくっ。こいつは良かった。わざわざ自分から孤立してくれるなんてな」

「これで、僕たちの順位はまた一つ上がりますね」

 ガサガサと茂みを歩く音に紛れて男たちの声がする。
 どうやら、全員ゴールで、完走と認められることを利用して、他クラスにちょっかいを掛けに来たらしい。
 大蛇と戦っている少女に勝ち目はないと思っているのか、隠れていた五人全員がこちらに姿を現した。
 こちらに残った帯同している冒険者を見るも、傍観を決め込んでいるようだ。おそらく、婆さんに、ルール外の事態にも基本的に見守っていな。とか言われているのだろう。

「……本当に良かったの? こっちに全員が残っちゃって」

「なんだ? お前が俺たちより強いって言いたいのか?」

「アッハッハ! これは傑作ね! こんなにちっさい男の子が私たち第8クラスより強いなんてっ」

 第8クラスの生徒と聞いて、冒険者の瞳が見開かれる。まあ、俺が第20クラスなのだから、力量差がありすぎると考えるのが普通だろう。
 冒険者がこれを止めようか迷っているうちに、襲撃者五人がそれぞれの得物を構える。

「心配しないでください。ちょっと大きな怪我をさせるだけです。たぶん、意識は失いますが、起きたときに全て終わっていますよ」

 言い終わるや否や、ナイフを持った女の子が肉迫し、別の三人が詠唱、最後の一人は俺の周囲に簡易魔法ーー火の玉や石の礫を放って回避行動を制限する。

「やあッ!」

 第8クラスとあって、個々の力もウチとは比べものにならないくらい高い。
 高速で切り掛かってきた女の子に無手の俺は危機に陥る。

「ど、どこからそんなものを!?」

 わけでもなく、氷の剣を作り出し、応戦する。
 虚を衝かれた女の子は剣戟によりナイフを弾き飛ばされる。

「ちょっと大きな怪我で済んだらいいねッ!」

「ーー爆ぜろ『爆風烈火』」

「ーー絡め取れ『大地泥土』」

「ちっ」

 追撃に出ようとするも、目の前で空気が爆裂、足場は泥沼となり、その対処に追撃の機会を逃してしまった。

「あ、あの子ヤバいよっ。無詠唱で氷の剣作っちゃった!」

「嘘だろ? あんなガキが無詠唱なんかできるわけがねえ」

 両者の距離が開いたことで攻防が止まったそのとき、どしーん、と地響きがした。
 その方向を見てみると、大蛇が生き絶えており、それはつまり白髪の少女が勝ったことを意味していた。

「あれに勝ったのか……気を引き締めていくぞ、みんな」

 どうやらあの大蛇は第8クラスでも警戒する強さらしい。……なぜあの少女が第20クラスにいるのか、ますます謎である。
 ともあれ、彼女の戦いも終わったのだ。こちらも早く終わらせるべきだろう。
 相手はもう既に詠唱を始めている。俺も適当に詠唱しておこう。

「雷神よ、我に力を貸したまえ『雷撃』」

 俺が適当に詠唱しているのに比べ、大技を放とうとしているぶん、相手は魔法の完成が遅い。
 俺の指から五本の雷が撃ち出される。

「くっ、こんな底辺クラスに負けられるかッ!」

 全員に命中したかと思われた雷撃は、先ほど俺の回避行動を邪魔した男が、雷撃のうちの一本を何かの魔法で弾き、意識を保った。  

「……やるじゃん。さすが第8クラスだね」

「うるせえ。……なんでお前みたいな奴がこんなクラスにいる?」

 俺が微笑みを返し、もう一度放たれた雷撃を見た男は舌打ちをする。そして呻き声をあげて、意識を手放した。

「ふぅ。後はこいつら叩き起こして口止めか……。やばっ、あの子に聞かれたかな」

 そう思い、白髪の少女を探すと、大蛇の近くに倒れていた。慌てて駆け寄り顔を見ると、少女は顔を歪めていた。

「ちょ、どうしたんだ!?」

「大技使っちゃって身体が動かないんだよ……ってきゃあ!?」

 倒れた大蛇を見ると、胴体から千切れていた。

「なんもしてないじゃん!?」

 耳を触られたことで、だいぶ俺を警戒している。
 しかし、大技を使った反動で身体が動かないだけなら一安心だ。
 ただ、何もしていないのに悲鳴をあげられるのはいただけない。

「や、やめてよっ、動かない女の子にイケナイことするなんて最低だからね……」

 耳をビクビクさせて、瞳を潤ませて見られるとなんというか……庇護欲が出てくるな……。

「そんなことするわけないじゃん……いや、したんだけど」

「……し、仕方ないから信じてあげるけどっ」

 ツーン、という感じで言い放たれ、予想外の言葉に思わず笑みがこぼれる。

「ありがとね」

「うっ……うん」

「ちょっと待ってて。用事済ましてくるから」

 会話が途切れたため、俺は倒れている連中を口止めしに向かった。
 少女の顔が少し赤かった気がするが、大丈夫だろうか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

男女比が偏っている異世界に転移して逆ハーレムを築いた、その後の話

やなぎ怜
恋愛
花嫁探しのために異世界から集団で拉致されてきた少女たちのひとりであるユーリ。それがハルの妻である。色々あって学生結婚し、ハルより年上のユーリはすでに学園を卒業している。この世界は著しく男女比が偏っているから、ユーリには他にも夫がいる。ならば負けないようにストレートに好意を示すべきだが、スラム育ちで口が悪いハルは素直な感情表現を苦手としており、そのことをもどかしく思っていた。そんな中でも、妊娠適正年齢の始まりとして定められている二〇歳の誕生日――有り体に言ってしまえば「子作り解禁日」をユーリが迎える日は近づく。それとは別に、ユーリたち拉致被害者が元の世界に帰れるかもしれないという噂も立ち……。 順風満帆に見えた一家に、ささやかな波風が立つ二日間のお話。 ※作品の性質上、露骨に性的な話題が出てきます。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

平凡なサラリーマンのオレが異世界最強になってしまった件について

楠乃小玉
ファンタジー
上司から意地悪されて、会社の交流会の飲み会でグチグチ嫌味言われながらも、 就職氷河期にやっと見つけた職場を退職できないオレ。 それでも毎日真面目に仕事し続けてきた。 ある時、コンビニの横でオタクが不良に集団暴行されていた。 道行く人はみんな無視していたが、何の気なしに、「やめろよ」って 注意してしまった。 不良たちの怒りはオレに向く。 バットだの鉄パイプだので滅多打ちにされる。 誰も助けてくれない。 ただただ真面目に、コツコツと誰にも迷惑をかけずに生きてきたのに、こんな不条理ってあるか?  ゴキッとイヤな音がして意識が跳んだ。  目が覚めると、目の前に女神様がいた。  「はいはい、次の人、まったく最近は猫も杓子も異世界転生ね、で、あんたは何になりたいの?」  女神様はオレの顔を覗き込んで、そう尋ねた。 「……異世界転生かよ」

死んだら男女比1:99の異世界に来ていた。SSスキル持ちの僕を冒険者や王女、騎士が奪い合おうとして困っているんですけど!?

わんた
ファンタジー
DVの父から母を守って死ぬと、異世界の住民であるイオディプスの体に乗り移って目覚めた。 ここは、男女比率が1対99に偏っている世界だ。 しかもスキルという特殊能力も存在し、イオディプスは最高ランクSSのスキルブースターをもっている。 他人が持っているスキルの効果を上昇させる効果があり、ブースト対象との仲が良ければ上昇率は高まるうえに、スキルが別物に進化することもある。 本来であれば上位貴族の夫(種馬)として過ごせるほどの能力を持っているのだが、当の本人は自らの価値に気づいていない。 贅沢な暮らしなんてどうでもよく、近くにいる女性を幸せにしたいと願っているのだ。 そんな隙だらけの男を、知り合った女性は見逃さない。 家で監禁しようとする危険な女性や子作りにしか興味のない女性などと、表面上は穏やかな生活をしつつ、一緒に冒険者として活躍する日々が始まった。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

処理中です...