クルスの調べ

緋霧

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二章

第22話 いざこざ

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 次の日の午前中に、簡易ながら葬儀が執り行われるらしく、私たちはちょうど休みなので出席するようにと指示を受けた。
 この日の任務は暗い雰囲気に包まれていた。エレンとニコラの動きも鈍かったように思う。いつもと何も変わらなかったのはガヴェインとセスだけだ。
 何も感じていないのか、表に出さないだけなのか。
 同じパーティーだったニコラが、空いている時間でクリフォードのことをよく話していた。私たちに聞かせたいというよりも、そうすることで自分の気持ちを落ち着けているように見えたので、ただ相槌を打ちながら話を聞くに徹した。
 
 任務終了後、朝食とお風呂を済ませ、私たちは葬儀場へと向かった。
 駐屯地の端の方に小さな建物があり、そこが葬儀場だった。もうすでに1班、2班の面々と騎士団の人間が揃っている。4班は今まさにデッドラインで討伐に当たっているのでここにはいない。
 この世界でも、葬儀の時は黒い服を纏う。ただ当然ながらそんな礼服を持っている人はいないので、みないつも通りの普段着だ。
 部屋の奥にある祭壇に、クリフォードは横たわっている。体には白い布がかけられ、周りを光の触媒が淡く照らしている。
 団長であるヴィクトールが一言挨拶した後、神父っぽい服装をした人が鎮魂の言葉を紡いだ。この世界でも宗教はあるのだろうが、私は詳しく知らない。みんなが手を合わせて祈っているので、私もそれに習った。
 それが終わるとみんなで生花をクリフォードの周りに供えて葬儀は終了となり、クリフォードに縁があった人たちのすすり泣く声が静かな部屋に響いていた。
 私が死んだら3班のみんなはこんな風に泣いてくれるのだろうか。そんなことをぼんやりと思った。

 クリフォードはすぐに馬車に乗せられ、故郷であるシスタスへ帰還となった。火と水の混合術が使える術師が付き添い、氷でその遺体を冷やしながら行くんだとか。ずいぶんと準備が万端だ。
 部屋に戻ってもニコラは塞ぎこんでいて痛々しかった。任務中に聞いた話からはそんなに仲がいいというわけでもなさそうだったけれど、やはり学生時代を共に過ごしてきた仲間の死は堪えるのだろう。
 1人になりたいだろうニコラを部屋に残し、私はフィリオたちの部屋へと向かった。3人が快く迎え入れてくれたので、部屋の奥にあった椅子に腰かける。

「いざこうやって現実に直面すると辛いものがあるよな」

「そうですね。僕たちも今まで以上に、気を引き締めなければ」

 パーシヴァルの言葉にフィリオが険しい表情で答えた。
 そして沈黙が流れる。直接的に故人と関わりを持たなかった私たちの心にさえ、深い影を落としているくらいだ。ニコラとエレンの心情は察するに余りある。
 お昼までの1時間余りを、私たちは言葉少なに過ごした。

 昼食、ニコラもエレンもちゃんと食堂へは来たが口数は少なく食欲もあまりないようで、重々しい空気のまま私たちも昼食を済ました。
 午後からはニコラと共に部屋で休んだ。朝までの任務時間だったのでさすがに眠く私はすぐに眠りについてしまったが、ニコラはどうしていたのだろう。
 夕食時には再び重い空気で皆食事を摂った。

「お前たち、落ち込むのはわかるがそんなに塞いでいると任務に支障をきたす。そうなったらお前たち自身が危なくなるんだ。自分や仲間の命を守るためにも立ち直れ」

 さすがにこの空気はやばいと思ったのか、ガヴェインが叱咤激励した。
 みんなもわかっているのだろう、誰もが神妙な面持ちで頷いた。

 次の日以降、表面上はいつも通りだった。それぞれ思うところはあるのだろうが、それなりに雑談もするし、笑顔も見られる。
 しかしその話題は不自然なくらい誰も出さなかった。ニコラやエレンからもクリフォードの名前は出てこない。そうやって無理やりみんなが立ち直ろうとしていた。

 それから2週間、いつも通りの日常に戻っていた。この討伐任務を日常、と言っていいのかわからないけれど、まぁ、いつもの日々だ。
 任務開始からは早いもので2か月を迎える。
 この2か月で3班のメンバーはだいぶ打ち解けてきたように思う。女子のことはよくわからないが、男子たちとはそれなりに深いところまで知る関係にはなってきている。

 フィリオは、シスタスでは有名な騎士団一家なのだそうだ。両親もお姉さんも騎士として活躍しており、そんな家族を見てきたフィリオは自分も騎士を目指しているのだとか。
 何も討伐隊に志願しなくとも騎士になれるんじゃないのかと聞いたら、なれるかもしれないけれど家族全員討伐隊を経て騎士になっているから自分もそうしたいと返ってきた。自分だったら絶対コネで何とかしてもらいそうなので、フィリオの立派さは見習わなければならない。

 パーシヴァルは、シスタスで食料品店を営む両親に4人の兄弟がおり、7人家族なんだそうだ。兄弟の中ではパーシヴァルが一番年上で家族を支えるために騎士を目指している。これもまた立派だ。

 アイゼンはカルナに住んでいる魔族一家。魔族と言っても両親はカルナで普通に職に就いていて、アイゼンは生まれた時からずっとカルナに住んでいる。でもカルナの学校へは行かずに武術道場で腕を磨き、ランクポイントのために討伐隊へと参加したらしい。私と似たような感じだ。

 ニコラは騎士団の魔術師であるお父さんと、ごく普通の専業主婦のお母さん、シスタスの神魔術学校に通っている妹の4人家族。お父さんが騎士団の魔術師だからニコラも妹も騎士団に入りたいらしい。

 エレンとリーゼロッテについてはよく知らない。
 最初にエレンがシスタスの神魔術学校出身で、リーゼロッテがカルナの神魔術学校出身と聞いただけの情報しかない。

 ベルナについてはいつだか休憩が一緒になった時に聞いたことがある。カルナに住む獣人で、お父さんはどこかの名家の護衛として働いているらしい。お母さんは今は働いていないが、昔は腕の立つ武人だったみたいで、家にいる弟に武術を教えているんだとか。
 この時に獣人についてもう少し詳しく教えてもらった。
 ベリシアという国は15年ほど前、国王が交代した際に奴隷制度や人身売買が禁止となったのだが、その制度があった頃は獣人が奴隷として売買されることが多かった。しかし今でも裏では人身売買が行われていて獣人はその標的となることが多いのだそうだ。
 カルナに住む獣人は比較的高貴な部類で、シスタスやファルシオスに住んでいる獣人は生活に困ると人身売買で子を売ったり、治安の悪い場所で人攫いにあったりすることは少なくないのだと言う。
 格差が激しい種族のようだ。

 セスについては天族ということしか知らない。
 休憩が一緒になった時には戦闘のアドバイスをしてくれることが多いので、そういう話にならない。
 天族のことはよく知らないので色々と聞いてみたい気もするが、セスのアドバイスはとても身になるので今はそちらを聞いておきたい。

 ガヴェインは討伐隊から騎士団になった、という話しか知らない。討伐隊を経たということは、シスタス出身なのだろう。
 昔がどうだったのかとか、そういうことを気軽に話せるような間柄ではない。

 こんな感じでエレンとリーゼロッテについてはほとんど何も知らない。ニコラに聞けばエレンについてはもう少しわかるのかもしれないけれど、人のことをあれこれと詮索するのもよくないので聞いたことはない。
 そして私にはよくわからないこの2人が、よくわからない理由である日突然大喧嘩を始めた。

「リーゼ、あんたねぇ…私の何が気に入らないって言うのよ!!」

「言わないとわからないのですか?すべてですよ、すべて!」

 この日は15時~23時までの任務時間だった。
 昼食を摂ろうとニコラと2人で食堂に訪れたところ、先にいた2人が言い争いをしていた。

「だからってあんなわかりやすい嫌がらせをする人間がいるかってのよ!!」

「わからせるためにやってるんです!!」

「「………」」

 食堂に入ってしまった手前、出るに出られない。かと言って口を挟める雰囲気でもないし、挟みたくもない。
 食堂で働いている女性たちが一様に苦笑いを浮かべながら配膳をしている。

「あのぅ…何があったんですか?」

 近くにいた女性にこっそりと聞いてみる。

「よくわからないんですよ。ここに入ってきた時にはもうこんな感じで」

 言い争いをしながらここに来たと言う訳か。
 私もニコラも席に着くこともできずにただ入り口付近で佇んでいると、次にベルナが現れた。

「まだやっているのかあいつらは」

 呆れ顔で言う。

「何?何があったの?」

「リーゼロッテがエレンに嫌がらせをしたのだ。理由はよくわからんが、いつものごとくくだらないことだろう」

「嫌がらせって…」

 なにそれ。リーゼロッテがエレンに嫌がらせをするとか、私の知っているリーゼロッテじゃない。
 しかもいつものごとくと言うことは、2人はいつもこんな感じにいがみ合っているんだろうか?

「おそらくエレンが原因だな。あいつはいつも余計なひと言でリーゼロッテを怒らせるんだ。今回はエレンが化粧をしている間に、リーゼロッテがエレンの服をゴミ箱に捨てていた」

「えぇ…」

 余計なひと言でリーゼロッテを怒らせるエレンはまぁ、大体想像がつく。でもリーゼロッテがあんな風にムキになって声を荒上げたり、嫌がらせをするなんて全くもって予想外だ。
 私の中のリーゼロッテは大人しい少女って感じだったのに。

「どっちにしろ止めたほうがいいんじゃ…?他の人たちももうすぐ来るよ…」

 そうは言うが自分はやりたくない感を半端なく滲ませてニコラが言う。

「おい、お前たちいつまでやってるんだ。くだらない言い争いはやめてさっさと席につけ」

 ベルナが2人の方へカツカツと歩いて行って仲裁に入る。こんな感じでいつもベルナは間に入っているのだろうか。

「くだらないですって…!ベルナあんただってリーゼが捨てるところを見てたんでしょ!それなのに止めもせず何も言わないなんて!あんたも同罪よ!」

「それはエレン、あなたが悪いってベルナもわかっているからですよ!何であなたはいちいちいちいち、私のことを小馬鹿にするんですか!」

「うるさい!!いいから席に着け!!」

 ベルナの怒鳴り声で2人はしぶしぶ言い争いをやめ、席に着いた。

「騒がせたな、お前たちも席に着くといい」

 ベルナが何事もなかったかのように私たちに言うが、非常に気まずい雰囲気が漂っている。
 とりあえずここに立っていてもしょうがないので、エレンたちの隣へと腰かけた。
 本当は少し離れた場所へと座りたいくらいだが、もう全員分並べて配膳されているのでしょうがない。
 その後に来たフィリオたちはその気まずい雰囲気で何かを察した。私とニコラに"何かあったのか"と目で訴えてきたので、とりあえず曖昧に笑って席を促す。

「3人とも気にするな、エレンとリーゼロッテのいつものくだらない言い争いだ」

 そんな空気を察してベルナがサラッと言う。
 なんだって…!?と驚きを表した3人だが、それについて何かを口にすることはなかった。

「今日のご飯、おいしそうですね!」

「ああ、早く食べたいよな、セスと班長はまだかなぁ?」

 必然的にエレンとリーゼロッテの向かいに座ることになったフィリオとパーシヴァルは、不自然な笑顔でそう話し始めた。
 痛々しい。
 やがてセスとガヴェインも食堂へとやってきて食事が開始となった。

 有無を言わさない感じでフィリオとパーシヴァルが話し続けているので、食卓は異様な雰囲気に包まれている。
 2人がとてつもなく気を遣っていて可哀想になってくるくらいだ。
 セスとガヴェインはその異様な雰囲気に何かを察しながらも、特に何かを言うことはなく黙々と食事を摂っていた。
 その後の任務でもエレンとリーゼロッテはお互いに口を利かなかった。まぁ、パーティーが別々だったというのもあるが、そのおかげでエレンと組んでいた私は非常にやり辛かった。

 任務終了後のお風呂、ここにはセスとガヴェインを覗いた男子が揃っている。
 フィリオたちから説明を求められた私とニコラは、やり取りの一部始終を3人に話した。

「リーゼロッテがそんなことをねぇ…よっぽど気に食わなかったんだろうな、エレンのことが」

「何が原因なのか僕にはわからないけどね…」

 私たちがベルナから聞いたのは、エレンが何かでリーゼロッテの機嫌を損ねてリーゼロッテがエレンの服をゴミ箱に捨てたということだけだ。

「エレンはさ、小さいころに両親を魔族に殺されて孤児院で育ったんだ。結構苦労して来たみたいで…。だから高貴な生まれの人たちに対して捻くれてるところがあってね。だからリーゼロッテに対してもきつく当たってるんじゃないのかなぁ」

 ニコラが言いづらそうに切り出した。
 エレンにそんな過去があったとは。

「そういえばリーゼロッテは、高貴な家の出なんだっけ?」

「オルコット家といえば、ベリシア6大公爵の一つだよ。本家なのか分家なのかはわからないけれど、カルナに住んでいるなら本筋に近いところではあるんじゃないかな」

 私の質問にニコラが応えてくれた。
 爵位についてはよく知らないのだが、とりあえずすごい偉い家の子ってことだけはわかった。

「なるほどね、だからエレンは俺に対しても当たりがきついのか」

 アイゼンが言う。
 そういえばアイゼンが自己紹介した時にもエレンは顔を顰めていた。家族を魔族に殺されたから魔族そのものに対して悪いイメージが定着してしまっているのかな。

「魔族だからって全員がそうなわけじゃないのにね…」

「まぁ、いつものことさ」

 ニコラがフォローするように言ったけれど、アイゼンはそこまで気にしていないようだった。
 そうなるくらい、魔族であることで今まで言われ続けてきたのだろう。

「それにしてもそんな名家の令嬢がなんで討伐隊へ?カルナの学校を卒業したらそのまま騎士見習いになれるんじゃないの?」

「普通は貴族の令嬢だったら教養のために学校に行くだけで、騎士団に入ろうなんて思わないよ。公爵家お抱えの騎士団がいるくらいだしね。なぜリーゼロッテがこの討伐隊にいるのかはわからないけれど、家の命令で卒業と同時に騎士見習いにならなかったんだろうっていうのはわかる」

「なるほど…」

 私の質問にニコラが丁寧に答えてくれた。
 そういうものか。確かにお偉い貴族様だったら騎士団には入らないか。

「とりあえず、そういう理由であの2人はいがみ合っているということですか。今までも見えない部分ではそうだったのでしょうが、あそこまで露骨にみんなの前でやられるのも困りますね」

「そうは言っても口の挟みようもないよな」

「班長も何も言わないしな」

 フィリオの言葉にパーシヴァルとアイゼンが首をひねる。
 班長も何も言わないというか、フィリオとパーシヴァルが言わせる隙を与えなかったというか。

「放っておけばいいんじゃないの。そんなところまで面倒見なくてもいいでしょ」

 ああいう女子のいざこざには首を突っ込んではいけない。今まで通り、ベルナに仲裁してもらうのが一番丸く収まりそうだ。
 そんな私の言葉に、とりあえずそうだね、と4人も頷いてひとまず話し合いは終了となった。
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