クルスの調べ

緋霧

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二章

第19話 リザードマン

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「どうかな?痛みも引いたと思うけど」

 体を動かしてみる。怪我をしていたのが嘘のように痛みも違和感もない。

「全然痛くない。ありがとう、セス」

「どういたしまして」

 セスは少しだけ呼吸が乱れているようだった。戦闘で激しく動いた後でも息1つ乱していなかったセスだが、やはり治癒術というものはそれだけ神力を消費してしまうのだろう。申し訳ない。

「ありがとうセス。申し訳なかった」

「ありがとう」

 ベルナとアイゼンもセスにお礼を言う。

「これくらいならすぐに神力も回復する、大丈夫だよ」

「ほんとにごめん…僕、ベルナの気が全く感じられなくて…」

「そうだな…それだけの神力量を持っている君は、訓練を積まないとベルナデットの気を感じるのは難しいだろう」

 当然とばかりにセスが言う。
 その口ぶりに私は目を丸くした。

「どういうこと?僕の神力量がセスにはわかるの?」

「俺は天族だからね。わかるよ。君はエルフとして考えても桁外れの神力量を持っている。…不自然なほどに」

 不自然…不穏な言い方をする。
 この神力は小さいころから訓練で使い果たしてちょっとずつ増やしていったものだ。最初はちょっと術を使っただけで倒れていたし、転生者としてチート能力を持っていたわけではないはずなんだけど。
 しかし不自然と言われても反応に困る。迂闊に発言してボロが出てもいけない。
 あぁ、私は今ちょっと動揺が顔に出たかもしれない。

「俺も大体だけど魔属性の人がどのくらいの魔力を持っているかはわかる。まぁ、あの人よりあの人の方が多い、ってくらいだけど」

 アイゼンが言う。
 天族や魔族ってそういう能力を持っているのか。知らなかった。

「天族は神力を、魔族は魔力を感じる能力が地族よりも長けているからね。まぁ、それはいいとして、つまりシエルは神力に慣れすぎているんだ。匂いに鼻が慣れるのと一緒で、君の元に膨大な神力が常にあるせいで神力を感じることができなくなっている。だから逆に魔属性であるアイゼンが撃った気なら、感じることができたかもしれないね」

 アイゼンが口を挟んだお陰か、セスは先ほどの話をこれ以上深く踏み込むことはなかった。

「そういうものなのか」

 セスの説明に、ベルナが感心したように言った。
 しかし私はどこか胸がざわついたままだ。
 不自然な神力量とは何を意味するのだろうか。天族にそれがわかってしまうなら、そのことでどんな影響があるのだろうか。聞いてみたい。でもそれが転生者だからということなら聞くことによって自分の身が危うくなる可能性もある。リスクが高い…。
 
「訓練すれば感じることができるようになるのか?慣れた匂いを嗅ぎ分けることは難しいのと一緒で、訓練でどうにかなるものとは思えないけど」

 アイゼンが首を捻って言う。
 その言葉で考え事をしていた頭を現実に戻す。あまり考え込んでいても不振に思われてしまう。いったん、今のことは考えるのをやめよう。
 
「そんなことないよ。神力の残量をギリギリまで減らせばいい。魔力濃度が高い所に行くのもいいね。まぁ、体への負担も大きいし、それだけの量をギリギリまで減らすのも、減らしたものを戻すのも大変だろうから、やるなら覚悟は必要だな」

「…なるほどね」

 ずいぶんと荒治療だ。
 でもいつかはやらなければならない気がする。神属性の気を使う人間と戦闘になった場合、今のままでは対処ができないと言うことだ。
 まぁ、やるにしても訓練に付き合ってくれる人が必要ではあるのだけれど。

「さぁ、もう戻ろう。今後はあまり任務時間外に無理はしないでほしいね。これくらいの怪我なら何とでもなるが、深い傷は俺も内密にはやれなくなる」

「はい、ごめんなさい」

 素直に頭を下げる。
 でもそう言うってことは今回は内密にしてくれると言うことかな。
 まぁ、バレたらバレたで正直に言うしかないわけだし、その辺を深く考えるのはやめよう。

 お風呂には、セスはこなかった。というか今まで一度もガヴェインとセスは私たちと一緒に入っていない。騎士団の人は時間が別に設けられているのだろう。
 ともかく、あの時に痣を消してもらわなかったらここでフィリオたちにバレるところだった。本当によかった。もうベルナの訓練に付き合うのはやめよう。気を避けられない以上、やったらまた怪我をする。

 2回目の任務。
 今日のパーティー分けは

 パーシヴァル、アイゼン、私、エレン
 フィリオ、ベルナ、ニコラ、リーゼロッテ

 私は横穴側で殲滅する係に就いていた。
 1回目と同じく出てくるのはバジリスクがほとんどで、たまにスネーク、もしくは両方が一緒に出てくるような感じだった。
 パーティーメンバーが変わったとはいえ、倒し方もだいぶ慣れて安定してきている。
 そんな時。

 今まで一度も見たことがないモンスターが現れた。
 体長2mくらいの2足歩行するトカゲ。リザードマンか。
 周りのみんなが息を飲む。
 私は素早くリザードマンに石礫を放つ。しかしリザードマンは難なくそれを薙ぎ払った。
 そして、バジリスクやスネークとは比べ物にならないほどのスピードでこちらへ走ってきた。

「!!!」

 一番手前にいたアイゼンへと飛びかかる。
 振り上げた右手は鋭い刃へと姿を変えていた。
 キイイィィンという甲高い音と共に、アイゼンがそれを剣で受け止める。それと同時に横からパーシヴァルがリザードマンに切りかかった。鍔迫り合いをしていたアイゼンの剣を弾くようにして、リザードマンは後方へと飛んで避けた。
 着地するとすぐさま地面を蹴って今度はパーシヴァルへと狙いを定める。

「岩石の槍よ、かのものを貫け!」

「風よ、かのものを切り裂け!」

 私とエレンが同時に詠唱をして術を放つ。
 2人ともパーシヴァル手前、リザードマンが到達するであろう場所を予測して術を放ったのだが、それを察知してかリザードマンはその手前で急に止まった。そして助走もなしにその場で地面を蹴り高く跳躍した。誰もいないところで術が空振りする。

「なっ…」

 パーシヴァルとアイゼンを飛び越え、狙いを私たちへと定めたらしい。不気味に光る鋭い刃を構え、急接近してくる。
 私は隣にいたエレンを強く突き飛ばし、自分も横へと飛んだ。
 私とエレンがいた場所に着地したリザードマンに後方から駆け付けたセスが横殴りに剣を振るう。しかしリザードマンは体を落としてそれを躱し、セスをすり抜け私の方へとおかしい速度で走ってきた。避けるのは間に合わない。私はリザードマンの鋭い刃を、岩の盾で防いだ。

 のだが。

「くぁ…っ…ああぁっ…」

 リザードマンの刃は岩の盾を貫通して、それを形成していた私の右の手の平へと刺さった。手の平から手の甲まで貫通したそれから血が滴り落ちる。痛みで集中できなくなり盾は砂となって崩れ落ちた。
 と同時にセスがリザードマンへと切りかかっていた。リザードマンは刃を引き抜き横へと避けたものの、避けきれなかった剣先が肩口を掠めた。
 しかしリザードマンが飛んだその場所には。

「パーシヴァル!!!」

 振り向きざまにリザードマンが着地点のすぐ側に立っていたパーシヴァルへと刃を振るう。パーシヴァルがその刃を何とか剣で受け止めリザードマンの動きが止まった瞬間、横から来たアイゼンがリザードマンの首をめがけて剣を振った。
 が、反対側の刃でリザードマンはその剣を受け止め、2人の剣を弾くようにして後方へと飛んで行った。だがその場所にはセスが待ち構えている。そのセスが、飛んできたリザードマンの首を切り落とした。
 リザードマンの体が崩れ落ちる。

 静寂が訪れた。

「シエル、傷を見せて」

 私の方へとやってきたセスが手を差し出す。
 私は素直にズキズキと痛む右手をセスに預けた。血がポタポタと落ち、地面に染みを作っている。

「…っう…」

「シエル!大丈夫か!?」

 アイゼンたち、そして向こうの壁側からもガヴェインが駆けつけてきた。

「大丈夫です…っ…セス、治癒術は使わないでいい…これくらいなら、大丈夫だから」

 と言いつつもかなり手が痛むのだが、昨日の痣を治すだけでセスは息を少し乱していた。この傷を治したら神力の消耗はそれ以上になるだろう。神力を消費すればそれに比例して体力も消費してしまう。
 痛みはあるが、命に係わる怪我ではない。いざというときのために温存しておいてほしい。痛いけど。やばいくらいに痛いけど…。

「…わかった。じゃあ手当をしよう。こっちへ来て」

 私の意思を汲んでくれたのか、それとも元々そうするつもりだったのか、セスはすんなり頷いて横穴へと入って行った。
 この場を他のみんなに任せ、私もセスの後へと続いた。

「申し訳ないんだけど、傷口を水で洗い流してもらってもいいかな」

 奥の椅子に私を座らせるなりセスが言った。
 自分で神術を使ってやれと言うことだろう。左手から水を作り出し、傷口へと流し込んだ。水と一緒に血が洗い流されて地面へと落ちていくが、次から次へと血が溢れてくる。

「…は…っ」

 傷口が痛む。さっきから嫌な汗が止まらない。

「もういいよ。ありがとう。本当に治癒術をかけなくていいのか?」

「…これ治したら、結構しんどい?」

 セスの申し出にちょっと心が揺らぐ。
 昨日治癒術で痛みが嘘のように引いたのを思い出す。正直あんなもの痛いに入らないほど今痛い。

「多少呼吸が苦しくなる程度だろう。1時間くらいで回復するんじゃないかな」

 じゃあ、と言いかけて少し考える。
 みんなの前でやらなくていいと言ってしまったし、その1時間に次の怪我人が出る可能性だってある。
 もしそれが命にかかわる怪我だとして、今ここで自分に使わせてしまう神力のせいで助からないとかなったら嫌だ。

「いや、いい…温存できる神力は温存しといてほしい」

「わかった。じゃあせめて止血だけは治癒術でやろう」

 そう言うとセスは私の手を取り、手を翳す。
 淡い光が手の平を照らしたのと同時に、流れ出ていた血がスゥっと止まった。
 セスは久しぶりに運動した人が50mを全力疾走したくらいに息を乱している。いや、例えがおかしいかもしれないけど、本当にそんな感じに息が切れている。

「骨も折れていそうだな。止血しただけだから痛みはあまり変わらないだろう。痛み止めを打つか?」

 痛み止めを"打つ"?

「注射ってこと?」

「ああ。効くまでに少し時間はかかるし、一度使ったらしばらく使えないが3~4時間は効いているだろう」

 一度使ったらしばらく使えないとか、モルヒネ的なやつかな?

「セスがやるの?」

「もちろん。心配か?俺は一応医術師でもあるんだけどね」

 まじで。治癒術師で医術師なんてそんなダブルなことがあるのか。

「Sランク冒険者で治癒術師で医術師なんて何者…」

「治癒術師は大体みんな医術も学ぶものだ。全てを治癒術で治していたのでは神力が保たないからね。特に俺は治癒術が得意ではないから余計に医術が大事になる」

 思わず呟くとセスは苦笑いして言った。
 なるほど、普通はどちらか一つなのかと思っていたけど、そういうものなのか。知らなかった。

「じゃあ、お願い」

「わかった。ただし、もし痛み止めが効いてる間にまた怪我をしたらすぐ俺に見せにきて。痛みを感じにくくなるから重大な怪我でも動けてしまう」

 そんなに強い薬なのか。なんだか怖いな。

「わかった」

 セスは注射器と小瓶、消毒液を持って向かいに座った。
 小瓶の蓋を開け、中の液体を注射器に移している。

「腕出して」

「腕に打つの?」

「ああ、二の腕に打つ」

 てっきり傷口の近くに打つのかと思ってたけど違うのか。
 右手が痛むので服を脱ぐのにまごまごしていたらセスが手伝ってくれた。
 右の二の腕を消毒して針を刺す。
 前世だと「チクッとしますよ」とかよく言われるものだけど、この世界にそういう風習はないようだ。全くの無言でいきなり打たれた。
 この世界の加工技術はさすがに前世の世界には及ばないのか注射針は太い。
 だから結構痛い。刺すのも痛いし液体が中に入ってくるのも痛い。おまけに針を抜くのも痛い。

「10分くらいで効いてくるだろう。あとは傷口に包帯を巻いて終わりだ」

 セスは注射器を片付けて、代わりにガーゼと包帯を持って来た。

「もしまた出血するようなら言ってくれ」

 傷口を消毒し、包帯を巻きながらセスが言う。

「わかった…。あー…もう、痛い…怪我ばっかりだ…。あんな風に術を貫通されるなんて思わなかった。はぁ、痛い…」

 思わず愚痴る。
 昨日といい今日といい怪我が続くし、正直術を破られてショックが大きい。

「手の平は神経が集まっているから痛みも強いだろう。痛み止めが効くまでの辛抱だ。まぁ、切れてからも痛いと思うけど。でも、正直リザードマンが君の方へ行ったからこれで済んだと思っている」

「エレンの方へ行っていたらもっと…ってこと?」

「そうだな。終わったよ」

 セスはそれだけ答えると道具を片付けに行ってしまった。
 私が突き飛ばしたあの時も、多分その後もエレンは動けていない。リザードマンが来たとしたら対処ができたとは思えない。そういうことだろう。

「戻れるか?もう少し休むならガヴェインには俺から言うよ」

 セスが床に置いておいた剣を手にして腰にあるホルダーに取り付ける。
 セスこそ大丈夫なのだろうか、まだ呼吸は少し荒い。
 走って乱れたならすぐに体力も回復するが神力を消費したことによる疲労はすぐには回復しない。

「戻るよ。手当てしてくれてありがとう。セスは大丈夫なの?まだ苦しいんじゃない?」

「君が温存させてくれたから大丈夫だよ。ありがとう」

 セスはそう言うと背を向けて広場へと歩き出した。私もそれを追う。
 外に出ると横穴側に待機していたらしいガヴェインが走って来た。今は敵もいない。

「シエル、大丈夫か?お前は向こう側に行くといい。ニコラをこちら側に寄越そう」

 私の手に巻かれている包帯に目をやりながらガヴェインが言った。
 怪我をしているから直接戦闘する機会が少ない死体処理の方に、と言うことか。大丈夫と言いたいところだけど足手まといになってもな。ガヴェインの指示に従おう。

「ありがとうございます。すみません」

「その前に全員を集めて話をしたい。向こう側のやつらを呼んでくるから待っていてくれ」

 そう言ってガヴェインは向こう側のメンバーを呼びに行った。
 なんだろう。

「シエル大丈夫か?」

 その間にパーシヴァルたちが近くに来て声をかけてくれた。

「あぁ…うん、ありがとう」

「シエル、助けてくれてありがとう。ごめん」

 エレンが一歩前に出て私に頭を下げた。
 普段捻くれた発言が多い彼女だけど、そうやって素直に言葉を言えるんだな。

「どういたしまして」

 それだけを答えた。
 それ以上の言葉を言う立場でもないし、言えるほどの動きもできなかった。

「よし、ちょっとみんないいか」

 向こう側のメンバーを連れて戻ってきたガヴェインが口を開いた。
 フィリオたちは私の怪我に目をやって何か言いたげだったけど、ガヴェインが話を始めたので閉口したようだ。

「話したいのはリザードマンについてだ。さっき戦ってわかったように、リザードマンは知能が高い。やつにとって厄介な術師から先に潰しにくる。だがリザードマンに対応できるだけの回避能力を持った術師はこの派遣隊には少ない。だから死者が出る」

 ずいぶんと耳が痛いことを言っている。事実なことは間違いないのだろうけれど、怪我をした術師としては心に来るものがある。

「後衛の4人、リザードマンにターゲッティングされたら自分の命を守ることに集中しろ。攻撃を避けられないのなら、腕の一本を犠牲にしても急所を守れ。さっきのシエルみたいに」

 私は別に腕を犠牲にして急所を守ろうとしたわけではないのだけど、まぁ、あの行動は間違ってはいなかったと言うことか。
 ニコラたちは何も言わなかったけれど、それぞれ頷いていた。リザードマンと対等に戦えない以上、そうするしかないのだから。
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