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第五章『黄昏の終わり月夜と漆黒』

第55話『若造くん幼妻をNTRる』

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 エッジがゆらりと動く。
 まるで陽炎《かげろう》のように。
 闇夜を音なく駆ける。
 影のように。

  
 明らかに長い手足。
 マリオネットを想起させる、痩躯《そうく》。


 エッジの左右の手には鉄製ガントレット手甲型攻防一体仕込み武器
 ガントレットの鉄の指には、悪魔のように長く鋭利なカギ爪。
 このカギ爪の名前は、楽器《タクト》。



 エッジは音を立てず駆ける。



 闇夜に響くは指先が奏でる無機質な鉄の音のみ。
 エッジが奏でるは目の前の2万の軍勢。


 このカギ爪が奏でる金属音は壮大な交響曲の前奏曲《プレリュード》。
 盛大な狂騒曲《ラプソディー》を経て、破滅的終局《グランド・フィナーレ》に至る。
 不殺《ころさず》の恐怖を、その身をもって知るだろう。




「俺に殺された奴らは、運がよかったぜ」




 これは、皮肉ではない。事実だ。
 不殺の暗殺者エッジ。
 エッジの不殺は、優しくない。




「不殺不殺不殺不殺不殺《フフフフフフフフフフ…………》」




 カギ爪をカチャカチャ鳴らしながら敵陣に突っ込む。
 巨岩で敵陣に作ったレッドカーペットを駆ける。


 エッジはひたすら戦場を音もなく駆け拔ける。
 敵兵もただ、横を通り過ぎるエッジに対応できない。


 エッジは、兵の間を曲芸のようにすり抜け駆ける。
 ただ、横を通り過ぎるだけなのだ。




「いっつっ……なんだ……今の、気のせいか?」

「おい若造、大丈夫か? なにかあったら新妻が悲しむぞ。無理をするな」



「いや、首の後ろがチクッとしたんすが……たぶん蜂に刺されただけっす」

「虫か。がはは! 家に帰ったら巨乳の嫁さんにひざ枕で手当でもしてもらえ!」



「自慢の嫁っす。最近じゃ珍しい清楚で純真、白百合のように可憐な乙女っす」



「ははは! のろけるな! 可愛い幼妻《おさなづま》が待ってるんだ、生きて帰るぞ!」

「やっぱり、憧れの班長だ。格好良いっす! はい! 生きて帰りましょう!」





 いや、違う。早すぎて気づけないだけ。
 すでにエッジの攻撃は終わっている。



 



 首の後ろにチクリとした痛みを感じたら。
 その時にはもう、



 エッジは通り過ぎる瞬間、首から脛骨を一つ抜き取る。
 脳から身体への信号は物理的に、完全に遮断される。

 首から下の肉体は脳というパイロットを失うことになる。
 頭部の重さによって前傾に崩れ落ちる、……はず。


 だが、……エッジに切られた相手は倒れない。
 


 






「はれ……? なんで、俺、なんで班長の背中、斬ってんだっ……?」

「……っ! 貴様ッ……背後から……っ……乱心したか! 若造ッ!!」

「ちがっ……これ……本当に……俺じゃねぇっ! 体が、勝手にっ!!」



「チッ! やっぱバレてたか。てめぇの幼妻《おさなづま》を寝取った復讐なんだろ、あぁ?!」

「えっ……何の話、すか? 班長……何言ってるんすか……冗談、やめて下さいよ」



「お前の嫁さん、なかなか、良いアンバイだったぜ。嫁とナントカは新しい方が良いって言うけど、ありゃ本当だったぜ。背中のホクロ、色っぺぇんだよなぁ、ひひ」

「嘘っ、だ……家族ぐるみの……付き合い……俺は、そう、信じてたのに……」



「嫁とできねぇ激しい遊び、いやぁ最高だったぜ。それに、お前の普段のマヌケ面、それを想像しながら。刺激的で、超、最高だったぜぇ! この程度、痛くもねぇや」

「意味わからねぇ……ははっ、もう、どーでもいいや、知るかよ……殺すッ!!」



「てめぇの新品妻はボロ雑巾になるまで遊び潰すぜ。旦那が戦死して傷心負った未亡人。くうぅ……。ひひ。サイッ、コーに楽しめそうだもなぁッ! ひーっひ。てめぇの遺骨は直々に嘆き悲しむ幼妻に届けてやるさ。てめぇの遺骨の隣で思う存分、楽しませてもらうぜぇッ!! ひーっひひ! だから安心して死ね若造ッ! 天誅ッ!」

「クソがぁッッ!!!!! 死ぬのはてめぇだッ! 寝取りクソ野郎ッッ!!!!」





 エッジが駆け抜けた、その後に起こる狂騒。
 戦場を覆う憎悪と疑心暗鬼の渦。


 これが、楽器《タクト》の真骨頂。


 仲間を互いに疑い憎悪する。
 戦場に真の地獄を生みだす、兵器。


 幻術、精神支配系の武器ではない。
 つまり、二人の間に起こった出来事は事実。
 班長なる男が語った言葉も、全て事実。


 エッジが斬ったのは若造と呼ばれる男だけ。
 新兵が班長の背中を斬ったのはカギ爪の効果。


 だが、それ以外の一切にエッジは関与してない。
 切っ掛けさえあれば地獄は勝手に生みだされる。

 
 エッジは少しその背中を押しただけだ。
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