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第一章 軍学校の少女たち

第三話 出会い③

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「よし、誰もいないな」

 建物の陰から誰もいないことを確認すると、目立たないよう慎重に先へ進む。二人の少女に殺されそうになってからも、裕二は校内を彷徨っていた。
 まったくひどい目に遭った。まかり間違えば、本当に死んでいたかも知れない。だから誰にも見つからないよう、こうして隠密行動を取っている。

「それにしても、本当にここは軍学校なのか……?」

 裕二がずっと気になていることだ。
 軍学校はその名の通り、軍の兵や士官を養成することを目的にする学校だ。かつては日本にも多く存在したが、軍が解体された現在は、一つとして残っていないはず。

「もしかして、自衛隊の学校って意味だったのかな?でもそれなら、わざわざ軍学校なんて言い方する必要ないし……」

 ミリタリーの知識をフル活用し結論を出そうとするが、いくら考えても答えは見つからなかった。
 再び建物の角から先を確認する。幸い誰もいなかったが、その代わり、今までとは違う外見の建物を見つけた。

「なんだあれ?」

 石造の巨大な建物だった。外壁の石は桃色がかった灰色で、正面にはまるでギリシャ神殿のような石柱が立ち並んでいる。
 一体何の建物なのか?
 気になった裕二は、建物を横目に見る。おかげで大量の本を抱えた少女が、正面から来ていることに気づかなかった。

「うわぁ!?」
「きゃっ!?」

 そのまま二人は真正面から衝突。裕二は後ろへよろめき、少女は尻餅をついた。
 今までの少女より背が低く、体格も小さい。桃色の髪は肩あたりで切り揃えられ、クリクリとした可愛らし目をしていた。見た目からして、小学校高学年くらいだろうか?
 そうすると裕二は、思いっきり小学生を突き飛ばしてしまったことになる。

「はうぅ…痛いのですぅ」
「ご、ゴメン!考え事してて気づかなか———」

 すぐ彼女に謝罪しようとする。だが裕二は、はっきりと言葉を伝えられなかった。少女はあの、軍服のような制服を着ていたのだ。
 この少女も、俺に何かするつもりじゃ……!?
 今までその制服を着ていた二人は、いずれも裕二に危害を加えようとした。小学生くらいとはいえ、彼女が裕二に何もしないとは限らない。
 すぐに裕二は、もしもに備え逃げの姿勢をとった。
 だが少女は、

「はわわわわ!?ご、ごめんなさい!あ、あの、七海ななみ急いでたものですから、前がよく見えてなくてっ!」

 裕二を見るなり、怒涛の勢いで謝り始めたのだ。目に涙を浮かべながら、腕をブンブン振り回し、謝ることに必死であることが十分すぎるほど伝わってくる。おかげで裕二は、申し訳なく思う以前に困惑してしまった。

「えっ、ああいや、あの……」
「ももももしかして、ど、どこかお怪我をされたんですかっ!?それは大変ですっ、直ぐに医務室へ……」
「ちょ、ちょっと待って!一旦落ち着こう。ほら、とりあえす深呼吸して」

 弾丸のように謝罪を述べ続ける少女に、なんとか落ち着くよう宥める。数回深呼吸を繰り返した後、ようやく少女は落ち着きを取り戻した。

「ボーとしてた俺も悪かったよ。それに怪我だってしてないし、むしろ君の方が怪我しそうだった気がするけど、大丈夫?」
「は、はいっ!七海はどこも痛くありませんっ。えっと、その……普段から訓育の時間に鍛えてますのでっ」

 少女は服に付いた埃を払いながらそう答えた。
 よかった。どうやら怪我はなさそうだし、あの二人みたいに急に襲ってくることもないだろう。
 安心する裕二だったが、辺りに少女の本が散らばってしまったことに気づいた。早くここから離れたいというのが本心だったが、流石にこのままでは申し訳ない。早く片付けてしまおうと、素早く本を集め始める。

「だ、大丈夫ですっ!七海が集めて、教育参考館きょういくさんこうかんに返してきますからっ!」
「いや、ぶつかったのは俺の方だし、これくらいはさせてくれ」

 あの神殿みたいな建物は、どうやら教育参考館というらしい。教育という単語が付いているということは、やっぱり……。
 気になった裕二は、本を集めながら少女に聞いた。

「あの、少し聞きたいんだけど、ここが『軍学校』っていうのは間違いないのか?自衛隊の学校じゃなくて?」
「ジエイタイ?そんな単語は七海、初耳ですよっ。でも軍学校なのは間違いないですねっ」
「……その軍学校って、例えば映画とかマンガの設定だったり?」
「ち、違いまうよっ!七海はここの生徒なんですからっ!」

 そんなのおかしい。日本に軍学校はもう存在しないはずだぞ?

「な、なあ。日本の軍隊は70年以上前に解体されてるんだよ。もちろん軍学校も、全部無くなったはずなんだけど……?」
「かかか解体なんて、されてませんよっ!それに———」

 少女は首を傾げ、不思議そうにこう言った。

「ニホンって……なんですかっ?」
「……は?」

 一瞬その言葉の意味を、裕二は理解できなかった。
 ニホンは日本、この国の名前だ。まさか彼女は、自分の国の名前を知らないのか?それとも、俺が言ってることが間違いなのか?
 背中に嫌な汗が走る。おかしいという感情を超え、もはや不気味だ。裕二は少女の手を取ると、必死に訴えた。

「に、日本は日本だよ!俺も君も日本人で、話してるのは日本語だ!なあ、頼むから変な冗談はやめてくれ……」

 しかし少女は、「ふうぇっ!?ああああのぉ……」と小さな悲鳴を出すだけだった。
 ここが日本じゃない?そんなわけが……。
 目線を落とし、うなだれる裕二。そんな彼に手を握られた少女は、その時ようやく気づいた。

「あ、あの……もしかしてあなた、男性ですかっ?」
「え?うん、そうだけど……」

 今の自分が置かれた状況に比べれば、性別なんて大したことじゃない。そんな気持ちで、裕二は生半可な返事をする。
 しかしそれを聞いた少女は、顔を真っ青にしながら、怯えた様子で後退りを始める。
 そして、絶叫した。

「い、いい嫌やあぁぁぁ!!ちちちち近付かないでくださいぃぃぃぃ!!!」
「えっ、ええぇぇ!?」

 困惑が一瞬で断ち切られた裕二には、なぜ少女が突然叫んだのかがわからなかった。

「ちょっと、急にどうしたの!?」
「ここここっちに来ないでくださいっ!!殿方が私に、ななな何する気ですかっ!?ああああなたも七海を誘拐するつもりですかっ!?」
「いやいや、誘拐なんてしないから!」

 思わず手をとってしまったのが浅はかだったと、裕二は後悔した。少女をどうすればいいのかも思いつかない。
 それに……。

「あんた!今度は七海を誘拐するつもり!?」
「七海に何してるんだい!早く離れろっ!」

 悲鳴を聞きつけたあの二人が、全力疾走で迫っていたのだ。ポニテ少女の刀は無事?抜けたらしい。
 このままだとやられる!
 裕二は少女に深々とお辞儀をしながら、「ほ、ほんとにゴメン!今度、ちゃんと謝るから!」と言って、二人の少女とは反対側へ逃げ出した。
 後ろからは二人の罵声と、一人の泣きわめく声が聞こえてきた。
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