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序章
第一話 新型潜水艦計画
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1939年日本。
東京に存在する『海軍艦政本部』では、技術担当、酒井敏郎(さかいとしろう)中佐が頭を抱えていた。
「うーん、どうしたものか…」
海軍艦政本部は海軍の艦艇の設計、建造計画の策定を担う機関だ。彼はその建物内にある自身の机で、計画書を見ながら頭を抱えていた。
「どうしたんですか中佐?」
「ああ丹波君か。いや、先日上から指示された新型潜水艦の仕様なんだがな…」
彼は話しかけてきた同僚の丹波春雄(たんばはるお)大尉にその計画書を見せた。そして丹波大尉もまた、同じように頭を抱えることになる。
「これは…要求が高すぎますね。こんなものが建造できれば、間違いなく世界最強の潜水艦になりますよ」
その要求は世界水準をはるかに超えるものであった。水中での速度は従来の二倍以上、魚雷をはじめとする重武装。さらに敵に決して察知されない隠密性を備えた艦。これほどの性能を持つ潜水艦は、どこの国にも存在しない。
「上層部に要求の引き下げを頼めないのですか?」
「無理だ。上は”これは最低条件だ”と言って取り合ってもらえなかった。とにかく、全ての要求を満たせなくともできる限りのものを設計しなければ…」
しかしそれもまた無理難題であった。現在使われている潜水艦は、すでに極限まで性能を引き上げているものだ。つまり従来と同じ構造では、性能の大幅な向上は絶望的だった。特に問題となるのは機関だ。潜水艦は海面下に潜っている最中はバッテリーの電気でスクリューを回す。しかしこの方法では、いくらバッテリーを増やしても、モーターの性能を上げてもいずれ頭打ちになるのは目に見えていた。
「まったく新しい推進装置が必要だ。丹波君、何かいい方法はないかね?」
「そうですね…」
丹波大尉は机に積み上げられた資料の山から何か手がかりになりそうなものを探し求めた。その多くは民間の企業や研究所が技術提供のために送って来るものだった。しばらく山を漁っているうちに、丹波大尉はある資料に目をつけた。
「あれ、こんなのがあったのか。内容は『新型高出力機関についての提案』とありますね」
「おお!いいじゃないか、どこから送られてきたものだ?」
「えーと…有岡研究所ですね」
「あのジジイのところか…」
酒井はその名前をよく知っていた。有岡研究所は老齢の発明家、有岡安治郎(ありおかやすじろう)が経営する小さな研究所だ。時々新技術と称して技術部へ資料を送ってくるのだが、そのほとんどは役に立たないガラクタばかりだった。
「当てにならないな。他にもっと信頼性のある資料はないのか?」
「そう言われましても…機関に関するものはこれだけです。でも内容を見る限り、確かに素晴らしい性能があるようですよ」
資料にはその『新型高出力機関』の仕様が載っているのだが、確かに数字だけみれば素晴らしい。大きさは従来のものよりふたまわりほど小さく、逆に出力はそれまでの二倍近く出るというものだった。さらに音もほとんど無いのだという。
「要求を満たすにはこれしかありませんよ。とにかく、実物を見てから判断しましょう」
いつもなら無視するのではあったが、今回ばかりは他に手がない。ここで考えているよりは、少し外へ出るのも悪くないだろう。
「わかった、行こう。まあどうせ無駄足に終わるだけだろうが。丹波君、すぐに車を回してくれ」
「はっ!」
丹波大尉は駆け足で技術部を出た。室内に残った酒井は支度をしながら、資料をもう一度見直した。
「もし本当にこんな機関が存在するのなら…」
彼は計画書と一緒にその資料をカバンに詰め、艦政本部の玄関口へと向かった。
東京に存在する『海軍艦政本部』では、技術担当、酒井敏郎(さかいとしろう)中佐が頭を抱えていた。
「うーん、どうしたものか…」
海軍艦政本部は海軍の艦艇の設計、建造計画の策定を担う機関だ。彼はその建物内にある自身の机で、計画書を見ながら頭を抱えていた。
「どうしたんですか中佐?」
「ああ丹波君か。いや、先日上から指示された新型潜水艦の仕様なんだがな…」
彼は話しかけてきた同僚の丹波春雄(たんばはるお)大尉にその計画書を見せた。そして丹波大尉もまた、同じように頭を抱えることになる。
「これは…要求が高すぎますね。こんなものが建造できれば、間違いなく世界最強の潜水艦になりますよ」
その要求は世界水準をはるかに超えるものであった。水中での速度は従来の二倍以上、魚雷をはじめとする重武装。さらに敵に決して察知されない隠密性を備えた艦。これほどの性能を持つ潜水艦は、どこの国にも存在しない。
「上層部に要求の引き下げを頼めないのですか?」
「無理だ。上は”これは最低条件だ”と言って取り合ってもらえなかった。とにかく、全ての要求を満たせなくともできる限りのものを設計しなければ…」
しかしそれもまた無理難題であった。現在使われている潜水艦は、すでに極限まで性能を引き上げているものだ。つまり従来と同じ構造では、性能の大幅な向上は絶望的だった。特に問題となるのは機関だ。潜水艦は海面下に潜っている最中はバッテリーの電気でスクリューを回す。しかしこの方法では、いくらバッテリーを増やしても、モーターの性能を上げてもいずれ頭打ちになるのは目に見えていた。
「まったく新しい推進装置が必要だ。丹波君、何かいい方法はないかね?」
「そうですね…」
丹波大尉は机に積み上げられた資料の山から何か手がかりになりそうなものを探し求めた。その多くは民間の企業や研究所が技術提供のために送って来るものだった。しばらく山を漁っているうちに、丹波大尉はある資料に目をつけた。
「あれ、こんなのがあったのか。内容は『新型高出力機関についての提案』とありますね」
「おお!いいじゃないか、どこから送られてきたものだ?」
「えーと…有岡研究所ですね」
「あのジジイのところか…」
酒井はその名前をよく知っていた。有岡研究所は老齢の発明家、有岡安治郎(ありおかやすじろう)が経営する小さな研究所だ。時々新技術と称して技術部へ資料を送ってくるのだが、そのほとんどは役に立たないガラクタばかりだった。
「当てにならないな。他にもっと信頼性のある資料はないのか?」
「そう言われましても…機関に関するものはこれだけです。でも内容を見る限り、確かに素晴らしい性能があるようですよ」
資料にはその『新型高出力機関』の仕様が載っているのだが、確かに数字だけみれば素晴らしい。大きさは従来のものよりふたまわりほど小さく、逆に出力はそれまでの二倍近く出るというものだった。さらに音もほとんど無いのだという。
「要求を満たすにはこれしかありませんよ。とにかく、実物を見てから判断しましょう」
いつもなら無視するのではあったが、今回ばかりは他に手がない。ここで考えているよりは、少し外へ出るのも悪くないだろう。
「わかった、行こう。まあどうせ無駄足に終わるだけだろうが。丹波君、すぐに車を回してくれ」
「はっ!」
丹波大尉は駆け足で技術部を出た。室内に残った酒井は支度をしながら、資料をもう一度見直した。
「もし本当にこんな機関が存在するのなら…」
彼は計画書と一緒にその資料をカバンに詰め、艦政本部の玄関口へと向かった。
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