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第五話 ドッキドキ! 初デート♥という話
§2 - 三月の磯上皐月(その二)
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合格発表の翌日。久しぶりに高校へ行き、職員室に顔を出すなり歓声で迎えられた。教わったことのない先生まで「合格おめでとう」と言ってくる。どうも昨日の午後、母が学校へ電話して結果を報告したらしい。
「おまえのお母さん、感激して電話口で泣いていたぞ」
「ええーっ?! 昨日、仕事から帰ってきた時には普通だったけどなあ。『じゃあお祝いにお寿司でも食べに行こうか』って感じで」
「なんだ磯上、寿司で祝ってもらったんか。旨かったか?」
「はい! もうメチャクチャ美味しかったです!」
「高校三年間、よく頑張ったもんなあ」
担任や工業科の教員に囲まれ談笑していたところ、ようやく会いたかった先生方が現れた。現国の大賀蓮先生と英語の小南真里先生だ。二人とも、高校一年の春からずっと放課後や昼休みに勉強を教えてくれた恩師である。ちなみに、小南先生はその可愛らしさから生徒たちに「真里ちゃん先生」の愛称で呼ばれている。
「よかったな磯上。第一志望は残念だったが、C大だってすごいことだぞ。きっと楽しくやっていけるはずだ」
個性豊かな教師が揃うY工業高校の中でも、特に上背と男前とホスト臭い服装が目立つ大賀先生が笑顔で祝ってくれた。すると、お嬢様っぽいふわふわしたデザインのワンピースを着た小南先生が鋭く指摘する。
「大賀先生、『楽しくやっていける』もいいですけど、ここは『しっかり学べよ』じゃないですか?」
「あ、そうだった。でもまあ、磯上なら楽しくしっかり学べるよな」
「はい! せっかくだから、地元の歴史バリバリ調べてみようと思ってます!!」
「あら、伊達政宗はもういいの?」
「いいえ、伊達政宗はおれの推しなんで別枠です!!」
周囲の先生方も巻き込んで、ドッと笑い声が上がった。
「ふふっ。磯上くんならきっと素敵な歴史の先生になれるわよ」
小南先生が笑顔で教員への誘いをかければ、阿吽の呼吸で大賀先生からツッコミが入る。
「小南先生、磯上の進路を誘導しちゃいけないよ」
「でも、磯上くんの話を聞くうちに私まで伊達政宗や戦国時代に詳しくなったんだから、教師の才能はあると思うわ」
「え、真里ちゃん先生も伊達政宗ファンになってくれたんですか?」
「ふふっ。ちょっとだけね」
この台詞には、工業系科目を担当していた先生方も激しく同意と言わんがばかりに頷いている。その様子を眺めていた大賀先生が、職員室の端に置かれている応接セットを指差してから移動した。
(ん? なにか話があるのかな??)
それを機に、他の先生方も各々の仕事に戻る。少しドキドキしながら応接セットのソファに座ると、大賀先生が真剣な表情で切り出した。
「実は前期試験が終わった次の日、磯上のお母さんから『仙台から帰ってきたけれど様子がおかしい』って連絡が来ていたんだ」
「そうだったんですか……知らなかった」
「俺が『本人がなにか言ってくるまでは、普通に接してほしい』って伝えたから、その通りにしてくれたんだろう。しかし磯上、よく持ち直したな」
「大賀先生、すごく心配してらしたのよ。わたしもだけど」
杞憂だったみたいで良かったわ、と小南先生が微笑む。
(そっか……おれ、みんなに心配かけてたんだ)
思い返せば、仙台から帰ってきた日以降の両親やゴン兄の態度はあまりにも普段どおりで、入試どうだったと尋ねられることすら無かった。昨日の夜、寿司屋に長兄一家が来てくれたのは、もしかしたら家族全員をねぎらう意図があったのかもしれない。
「……おれも実はもうダメだって思ってたんですけど、後期日程でC大受験するといいよって励ましてくれた人がいて」
改めて、兵頭睦月という存在が己にもたらした影響を思い知らされる。あの日のことを思い出すだけで胸がドキドキする上、日中送ったラインに既読がつくと安心するし、返事が来ると舞い上がってしまう。もし仙台から帰ってきた翌日に灯台へ行かなければ、きっとC大を受験する気力は生まれなかっただろう。
「その人のおかげで、C大受験がんばるぞ! って気合が入ったんです」
ガッツポーズで答えたところ、小南先生がほうっと溜息をついた。
「実はね、C大を勧めたの私だったから、責任を感じていたの。TH大の経済学部にしておけばよかったかなって……」
実のところ、皐月自身は最初のうちは前期日程だけ受験しようと考えていた。しかし、大学入学共通テストが終わり自己採点した後、「国公立大学への合格実績を作ると大賀先生の手柄にもなるから、できれば後期日程でC大の文学部を受験してほしい」と小南先生が頼んできたのだ。
「ただ、望まない学部へ行っても後から大変になるだけだからな。もし後期日程も落ちたら、俺は磯上のご両親に『浪人させてやってくれ』って頼むつもりでいたよ」
大賀先生は真剣な顔でそう告げた後、
「あの短期間で小論文と面接の練習はハードだったろ。頑張ったな」
皐月の頭をぽんぽんと撫でてくれた。
「えへへ。ただ、小論文はずっと週末の課題だったから、時間内に書き上げるのと漢字の練習だけだったし、面接は、真里ちゃん先生の方が本番より厳しかったです」
「ふふっ。磯上くんはすぐに話が脱線しちゃうからね」
「何言ったかは詳しく覚えてないけど、『歴史大好きでもっと勉強したい』ってアピールしまくりました」
大賀先生と小南先生の指導も相まって、後期日程の試験日までには「C大で何を学びたいか」が明確になっていた。なぜ地元には伊達政宗のような有名武将が現れなかったのか? それは地方豪族の実力が拮抗していたからではないか? あるいは鎌倉幕府が滅亡したことが関係しているのか? という非常にざっくりした内容だが、面接では自分なりの仮説を伝えることができた。案外それが功を奏したのかもしれない。
和気あいあいとした雰囲気で談笑する二人をじっと見ていた大賀先生は、少し厳しい顔つきに変わると、ずいっと身を乗り出した。
「念の為に確認するが、磯上、おまえ、本当にC大で良いのか?」
「え? あ、はい」
「もし、まだ迷いがあるなら……」
「大丈夫です。第一志望じゃないけど、おれ、今すごくやる気に満ち溢れているし、C大で学ぶ気まんまんです!」
それに、兵頭さんとのデートが待ってるからね! と内心でつぶやく。現金な話だが、好きな人ができた途端にC大へのモチベーションが上がったのは事実だ。初恋は推しより強し、である。
三年間手塩にかけた教え子の表情をじっと見ていた大賀先生は、この受け答えで納得したらしく、ようやく安心したように微笑んだ。
「そうか。じゃあ磯上、忘れずに入学手続きしておけよ」
「はい! たぶん今日か明日に書類が届くと思うんで、すぐ終わらせます!!」
勢い良く答えたところ、いたずらっぽい光を瞳に宿した小南先生が、
「ちゃんと『磯上皐月』って名前を書くのを忘れないでね?」
「真里ちゃんせんせい~まだそれ言うの~??」
「君、磯上も成長したんだし、そろそろ……」
「ふふっ。これで言い納めにします」
磯上皐月は高校一年生の時、英語の中間と期末試験で名前を書き忘れたことがある。
当時、ふわふわしたおっとり系の新卒教員と舐められていた小南先生だが、「筆跡で磯上くんって分かるけど、名前を書き忘れた以上0点です!」と厳しい態度を取り、通知表では最低の評価をつけた。以降、“可愛いけど怖い真里ちゃん先生”として生徒から一目置かれるようになったのである。
「おまえのお母さん、感激して電話口で泣いていたぞ」
「ええーっ?! 昨日、仕事から帰ってきた時には普通だったけどなあ。『じゃあお祝いにお寿司でも食べに行こうか』って感じで」
「なんだ磯上、寿司で祝ってもらったんか。旨かったか?」
「はい! もうメチャクチャ美味しかったです!」
「高校三年間、よく頑張ったもんなあ」
担任や工業科の教員に囲まれ談笑していたところ、ようやく会いたかった先生方が現れた。現国の大賀蓮先生と英語の小南真里先生だ。二人とも、高校一年の春からずっと放課後や昼休みに勉強を教えてくれた恩師である。ちなみに、小南先生はその可愛らしさから生徒たちに「真里ちゃん先生」の愛称で呼ばれている。
「よかったな磯上。第一志望は残念だったが、C大だってすごいことだぞ。きっと楽しくやっていけるはずだ」
個性豊かな教師が揃うY工業高校の中でも、特に上背と男前とホスト臭い服装が目立つ大賀先生が笑顔で祝ってくれた。すると、お嬢様っぽいふわふわしたデザインのワンピースを着た小南先生が鋭く指摘する。
「大賀先生、『楽しくやっていける』もいいですけど、ここは『しっかり学べよ』じゃないですか?」
「あ、そうだった。でもまあ、磯上なら楽しくしっかり学べるよな」
「はい! せっかくだから、地元の歴史バリバリ調べてみようと思ってます!!」
「あら、伊達政宗はもういいの?」
「いいえ、伊達政宗はおれの推しなんで別枠です!!」
周囲の先生方も巻き込んで、ドッと笑い声が上がった。
「ふふっ。磯上くんならきっと素敵な歴史の先生になれるわよ」
小南先生が笑顔で教員への誘いをかければ、阿吽の呼吸で大賀先生からツッコミが入る。
「小南先生、磯上の進路を誘導しちゃいけないよ」
「でも、磯上くんの話を聞くうちに私まで伊達政宗や戦国時代に詳しくなったんだから、教師の才能はあると思うわ」
「え、真里ちゃん先生も伊達政宗ファンになってくれたんですか?」
「ふふっ。ちょっとだけね」
この台詞には、工業系科目を担当していた先生方も激しく同意と言わんがばかりに頷いている。その様子を眺めていた大賀先生が、職員室の端に置かれている応接セットを指差してから移動した。
(ん? なにか話があるのかな??)
それを機に、他の先生方も各々の仕事に戻る。少しドキドキしながら応接セットのソファに座ると、大賀先生が真剣な表情で切り出した。
「実は前期試験が終わった次の日、磯上のお母さんから『仙台から帰ってきたけれど様子がおかしい』って連絡が来ていたんだ」
「そうだったんですか……知らなかった」
「俺が『本人がなにか言ってくるまでは、普通に接してほしい』って伝えたから、その通りにしてくれたんだろう。しかし磯上、よく持ち直したな」
「大賀先生、すごく心配してらしたのよ。わたしもだけど」
杞憂だったみたいで良かったわ、と小南先生が微笑む。
(そっか……おれ、みんなに心配かけてたんだ)
思い返せば、仙台から帰ってきた日以降の両親やゴン兄の態度はあまりにも普段どおりで、入試どうだったと尋ねられることすら無かった。昨日の夜、寿司屋に長兄一家が来てくれたのは、もしかしたら家族全員をねぎらう意図があったのかもしれない。
「……おれも実はもうダメだって思ってたんですけど、後期日程でC大受験するといいよって励ましてくれた人がいて」
改めて、兵頭睦月という存在が己にもたらした影響を思い知らされる。あの日のことを思い出すだけで胸がドキドキする上、日中送ったラインに既読がつくと安心するし、返事が来ると舞い上がってしまう。もし仙台から帰ってきた翌日に灯台へ行かなければ、きっとC大を受験する気力は生まれなかっただろう。
「その人のおかげで、C大受験がんばるぞ! って気合が入ったんです」
ガッツポーズで答えたところ、小南先生がほうっと溜息をついた。
「実はね、C大を勧めたの私だったから、責任を感じていたの。TH大の経済学部にしておけばよかったかなって……」
実のところ、皐月自身は最初のうちは前期日程だけ受験しようと考えていた。しかし、大学入学共通テストが終わり自己採点した後、「国公立大学への合格実績を作ると大賀先生の手柄にもなるから、できれば後期日程でC大の文学部を受験してほしい」と小南先生が頼んできたのだ。
「ただ、望まない学部へ行っても後から大変になるだけだからな。もし後期日程も落ちたら、俺は磯上のご両親に『浪人させてやってくれ』って頼むつもりでいたよ」
大賀先生は真剣な顔でそう告げた後、
「あの短期間で小論文と面接の練習はハードだったろ。頑張ったな」
皐月の頭をぽんぽんと撫でてくれた。
「えへへ。ただ、小論文はずっと週末の課題だったから、時間内に書き上げるのと漢字の練習だけだったし、面接は、真里ちゃん先生の方が本番より厳しかったです」
「ふふっ。磯上くんはすぐに話が脱線しちゃうからね」
「何言ったかは詳しく覚えてないけど、『歴史大好きでもっと勉強したい』ってアピールしまくりました」
大賀先生と小南先生の指導も相まって、後期日程の試験日までには「C大で何を学びたいか」が明確になっていた。なぜ地元には伊達政宗のような有名武将が現れなかったのか? それは地方豪族の実力が拮抗していたからではないか? あるいは鎌倉幕府が滅亡したことが関係しているのか? という非常にざっくりした内容だが、面接では自分なりの仮説を伝えることができた。案外それが功を奏したのかもしれない。
和気あいあいとした雰囲気で談笑する二人をじっと見ていた大賀先生は、少し厳しい顔つきに変わると、ずいっと身を乗り出した。
「念の為に確認するが、磯上、おまえ、本当にC大で良いのか?」
「え? あ、はい」
「もし、まだ迷いがあるなら……」
「大丈夫です。第一志望じゃないけど、おれ、今すごくやる気に満ち溢れているし、C大で学ぶ気まんまんです!」
それに、兵頭さんとのデートが待ってるからね! と内心でつぶやく。現金な話だが、好きな人ができた途端にC大へのモチベーションが上がったのは事実だ。初恋は推しより強し、である。
三年間手塩にかけた教え子の表情をじっと見ていた大賀先生は、この受け答えで納得したらしく、ようやく安心したように微笑んだ。
「そうか。じゃあ磯上、忘れずに入学手続きしておけよ」
「はい! たぶん今日か明日に書類が届くと思うんで、すぐ終わらせます!!」
勢い良く答えたところ、いたずらっぽい光を瞳に宿した小南先生が、
「ちゃんと『磯上皐月』って名前を書くのを忘れないでね?」
「真里ちゃんせんせい~まだそれ言うの~??」
「君、磯上も成長したんだし、そろそろ……」
「ふふっ。これで言い納めにします」
磯上皐月は高校一年生の時、英語の中間と期末試験で名前を書き忘れたことがある。
当時、ふわふわしたおっとり系の新卒教員と舐められていた小南先生だが、「筆跡で磯上くんって分かるけど、名前を書き忘れた以上0点です!」と厳しい態度を取り、通知表では最低の評価をつけた。以降、“可愛いけど怖い真里ちゃん先生”として生徒から一目置かれるようになったのである。
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