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第五話 ドッキドキ! 初デート♥という話
§1 - 三月の兵頭睦月(その二)
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三月中旬に入ってすぐ。昼過ぎに原田主任が復帰した。さすがにプロジェクトリーダーである以上、納品だけは見届けねば……という理由である。責任感の強い彼らしい。しかし主治医からドクターストップが出たままなので、最終チェックだけの時短勤務だ。
「うん、うん……そうだな、オッケー。充分だ。兵頭くんならできると思っていたよ」
「原田主任、持ち上げても何も出ませんから」
「いや、よく頑張ったな」
見るからに落ち着いた理系という印象を与える原田主任が、胸をなでおろした様子でパソコンから離れた瞬間。目の下にどす黒い隈を作った兵頭睦月はデスクに突っ伏し、二人を見守っていた中西と小出はパーティションにもたれかかって溜息をついた。
「ありがとな、兵頭。助かったよ」
「兵頭さん、力になれなくてすみませんでした」
「ああー、うん、いいよ。大丈夫……原田主任が八割くらい終わらせていたから、オレがやる所は少なかったし」
原田主任と同時期にダウンした柏木は、急性腎盂腎炎を発症したため、まだ入院している。
悪いことは重なるもので、デスマーチが始まってまもなく、中西と小出が抱えていた案件の納期が前倒しとなり、課長は他の業務に忙殺されてしまった。そのため、ほぼ兵頭一人で納品直前まで漕ぎ着けたのである。ちなみに寝袋は三回使った。
「まあ、これで僕の仕事は兵頭くんに引き継げそうだな」
コーヒーを啜る原田主任が、ぐったりしている三人の部下に向かって恐ろしいことを告げた。
「えっ!? 原田さん転職するんですか?」
目をひん剥いた中西が、パーティションをがしっと掴みながら大声を出す。すると原田主任は「声を小さく」と苦笑しながら、
「転職じゃなく、院に戻って博士号を取ろうと思ってるんだ。さすがに去年も今年も入院してしまったから、僕も色々と考えさせられてね」
「原田さんがいなくなったら、この職場もう無理ですよ。回りませんって……課長にはもう言ったんですか?」
「見舞いに来てくれた時に伝えてる。慰留はされたけど、もう三十七歳だし、自分の年齢を考えると今が最後のチャンスだからって押し切ったよ」
「原田さん……」
呆然とする中西の隣で、小出が青ざめた顔でつぶやいた。
「増員されるんでしょうか……ここ……」
「まあ、僕が退職するまでに一人くらいは増えるんじゃないかな?」
「足りないですよ! 原田さん一人で三人分の仕事をこなしてたんですから! なあ兵頭?!」
中西の絶叫を机に突っ伏したまま聞いた兵頭睦月は、頭の中で緊急警報が鳴るのを感じた。
(このままではヤバい。磯上くんとデートできなくなる……あ、そうだ、たしか明日はC大の後期日程……)
「オレ、ちょっと休憩入ります」
がばっと起き上がるなり宣言し、席を離れて階段へ向かった。これ以上メンタルにダメージを負ったら危険だ。
「うん、うん……そうだな、オッケー。充分だ。兵頭くんならできると思っていたよ」
「原田主任、持ち上げても何も出ませんから」
「いや、よく頑張ったな」
見るからに落ち着いた理系という印象を与える原田主任が、胸をなでおろした様子でパソコンから離れた瞬間。目の下にどす黒い隈を作った兵頭睦月はデスクに突っ伏し、二人を見守っていた中西と小出はパーティションにもたれかかって溜息をついた。
「ありがとな、兵頭。助かったよ」
「兵頭さん、力になれなくてすみませんでした」
「ああー、うん、いいよ。大丈夫……原田主任が八割くらい終わらせていたから、オレがやる所は少なかったし」
原田主任と同時期にダウンした柏木は、急性腎盂腎炎を発症したため、まだ入院している。
悪いことは重なるもので、デスマーチが始まってまもなく、中西と小出が抱えていた案件の納期が前倒しとなり、課長は他の業務に忙殺されてしまった。そのため、ほぼ兵頭一人で納品直前まで漕ぎ着けたのである。ちなみに寝袋は三回使った。
「まあ、これで僕の仕事は兵頭くんに引き継げそうだな」
コーヒーを啜る原田主任が、ぐったりしている三人の部下に向かって恐ろしいことを告げた。
「えっ!? 原田さん転職するんですか?」
目をひん剥いた中西が、パーティションをがしっと掴みながら大声を出す。すると原田主任は「声を小さく」と苦笑しながら、
「転職じゃなく、院に戻って博士号を取ろうと思ってるんだ。さすがに去年も今年も入院してしまったから、僕も色々と考えさせられてね」
「原田さんがいなくなったら、この職場もう無理ですよ。回りませんって……課長にはもう言ったんですか?」
「見舞いに来てくれた時に伝えてる。慰留はされたけど、もう三十七歳だし、自分の年齢を考えると今が最後のチャンスだからって押し切ったよ」
「原田さん……」
呆然とする中西の隣で、小出が青ざめた顔でつぶやいた。
「増員されるんでしょうか……ここ……」
「まあ、僕が退職するまでに一人くらいは増えるんじゃないかな?」
「足りないですよ! 原田さん一人で三人分の仕事をこなしてたんですから! なあ兵頭?!」
中西の絶叫を机に突っ伏したまま聞いた兵頭睦月は、頭の中で緊急警報が鳴るのを感じた。
(このままではヤバい。磯上くんとデートできなくなる……あ、そうだ、たしか明日はC大の後期日程……)
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がばっと起き上がるなり宣言し、席を離れて階段へ向かった。これ以上メンタルにダメージを負ったら危険だ。
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