ふたりの灯台ラブストーリー

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第二話 灯台でうっかり死にかかったら助けてもらった話

§13 - 午後七時半

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 ギリギリ電車に間に合って、座席に腰を下ろした直後に発車した。着ているコートのファスナーを上げ、ふうと一息つく。ゴトンゴトンと揺れるうちに身体が温まり、いつのまにか熟睡していたらしい。目を覚ました時には降りる駅の直前だったのでヒヤヒヤした。

(ああ良かった……家に帰れる)

 駐輪場へ行って自転車に乗る。なんかスッキリした気分だったので、鼻歌を歌いながら立ち漕ぎして家に向かった。


■  ■  ■


 自宅の車庫に自転車を入れていたら、隣接する浴室からザバーンと音が聞こえた。誰か風呂に入ってる。父ちゃんかな? 駆け足で玄関へ向かい、ドアを開ける前にいちど深呼吸する。みんなに「心配かけてごめん」って謝らないと……。

「ただいま」

 恐る恐るドアを開けると、すぐにゴン兄がドタドタと足音を立てて現れた。

「遅いよ皐月! 待ってたんだぜ?!」
「え、待ってた?」
「おうよ。ドンキで手錠買ったんだろ? 早く出せや」

 金髪モヒカンの頭を左右に揺らしながら、ゴン兄がニコニコ笑顔で両手を差し出している。すると台所から母ちゃんの怒った声が響き渡った。

「権三! あんた弟になんて買い物させてんの!」
「これからマリアヤとコスプレ同伴なんだよ。ミニスカポリスと犯人役で」
「は? 夕ごはんどうするの? もう作っちゃったわよ」
「食ってから行くって。あの店、メシまずいし」

 あまりにも普段通りの日常で、一瞬びびった。あれ、誰もおれのこと心配してないの? 目を白黒させながら靴を脱いでいたら、ゴン兄がヒューと口笛を吹いた。

「お、皐月、いいの着てるじゃん」

 おれをジロジロ見ながらそう言った。いつの間にか母ちゃんまで来ていて、

「あら、本当。どこで買ったの?」

 ずいぶん高そうなモッズコートねえ、と目を丸くした。

(二人とも何の話をしてるんだ? モッズコート? 高そう??)

 ゆっくりと左右に首を回す。部屋着のスウェット姿のゴン兄と、セーターとズボンにエプロンの母ちゃん。ってことは、モッズコートを着ているのは…………おそるおそる視線を腕に向ける。おれの服じゃない。何気なく袖を触る。さらさらした手触りの布地。どこかで覚えがあるような……。

(こっ……これは、あのイケメンお兄さんが着ていた……)

 灯台で助けてもらった時に、おれに被せてくれたコートだ!! 頭から血の気が引くのと同時に、子供時代の記憶が蘇る。近所の女の子たちと集団下校中に、気付いたら歩道の点字シートを持って歩いていた時の……。


 ——さつきくん、何もってるの~?
 ——え? なにって?
 ——手に持ってる黄色いの、どこから取ってきたの?
 ——え? あれ?? どうして持ってるんだろう!?


 やっちまった!!!

 おれ、もしかして、灯台で低体温症になって死にかかってたところを助けてくれた命の恩人でイケメンのお兄さんに勃起ちんこをフェラさせた上に交通費として一万円もらったあげく高そうなコートを盗んで帰ったことになるのか??

 よく考えたら、スマホも灯台に落としたままだし、手錠も柵にひっかけたままかも。

 そっ、それに、おれ、お兄さんの名前も連絡先も知らない。

 あんなにかっこよくて優しくて一目惚れしたかもしれない人なのに……。

 どうしよう……どうしたらいいんだ……。
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