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婚約者と第1の攻略対象者
3.
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「もう! グスタフ様ったら、お探ししたんですよっ!」
ぷんぷん、と擬音が聞こえそうなほどお怒りの様子のヒロインに、食堂中が目を合わさずに注目するという器用な真似をしていた。
「なぜ、オレを?」
「お借りしたハンカチをお返ししようと思って」
「ああ、捨ててかまわない、と言ったはずだが……」
「そんなもったいない! これシルクですよね!? ちゃんと洗えばまた使えるんですよ!!」
ほら!! と言って真っ白なハンカチをばっと広げるヒロインに、拍手を送っているのはヒロインのとりまきたちだけである。
普通、貴族は洗濯などしない。ちゃんとその役割を持った人間がいるからである。
これが通常の乙女ゲームだったら、攻略対象者は(ハンカチを洗うなどとは変わった娘だ……)とかなんとか言って興味を引かれるところだが、この世界はすでに乙女ゲームの名を借りた別の世界になっている。
攻略対象者であるギュスターヴも、だからなんだと怪訝そうにしているだけだ。
それに、ヒロインの鼻血の付いたハンカチなど、いくら綺麗に洗ったとはいえ嫌悪感しかないだろう。
受け取るはずもない。
――はあ、まったくめんどくせえな、このヒロイン。
災難に見舞われている級友をぼんやり見つめる。
「あの、シモン様。手……」
「え?」
気が付くと、婚約者の手を握っていた状態だった。
無意識に心のよりどころを求めてしまっていたらしい。
婚約者のあたたかい手を握っていると、ストレスが緩和されていくようだ。
ベルベットのようななめらかな手の甲をなでれば、婚約者が身体をびくりとさせる。
――やばーい可愛いー今すぐどこかに連れ込みたーい。
「ふふっ、恥じらうマリアベルも愛らしいな」
「シモン様ったら……」
頬を染め困った様子の婚約者も可愛い。また、困らせているのが自分だと思うと、胸がきゅんきゅんする。
が、婚約者の侍女がおもむろにフォークを持ったのが見えたので、シモンは咳払いをひとつして婚約者から手を離した。
うん、ちょっとセクハラっぽかったな、って自分でも思った。
「それに、おまえにグスタフと呼ばれる筋合いはないのだが……」
「えっ? でもフィオーラさんは呼んでいらっしゃいますよね?」
「フィオはオレの婚約者だからな」
「名ばかりの婚約者だとお聞きました。グスタフ様、おかわいそう……」
「お待ちなさい。グスタフがかわいそうなのは、わたしが婚約者だから、ということかしら?」
「いやあん、この悪役令嬢、超こわいんですけどー! グスタフ様、助けてー!!」
「このメス猫が!! その手を今すぐお離しなさい!!」
婚約者にかまけていたら、目の前でヒロインとカッセル嬢が今にもキャットファイトを展開しようとしていた。
額を突き合わせ、目からは火花を散らしている。
猫パンチを繰り出すのはどちらが先だろうか、食堂中がはらはらしながら見守っている。
「ギュスターヴ、なにやってる。止めろ!」
「いやだ。フィオには手荒な真似はしたくない。腕とか細くて、オレが握ったら壊れてしまうだろ!」
「のろけなどいらんわ!」
視線を巡らせると、ランチを乗せたワゴンを押しているハンスが見えたので、しばし待ての合図を送る。
今はランチをとるどころじゃない。
とりあえず、食堂を騒がせた罰とか言って、ヒロインを反省房に入れておこうか? そうなると、同罪でカッセル嬢も入れなければならなくなる。
どうしたものかと唸っていると、婚約者が突然、テーブルをぱん! と叩いた。
ぷんぷん、と擬音が聞こえそうなほどお怒りの様子のヒロインに、食堂中が目を合わさずに注目するという器用な真似をしていた。
「なぜ、オレを?」
「お借りしたハンカチをお返ししようと思って」
「ああ、捨ててかまわない、と言ったはずだが……」
「そんなもったいない! これシルクですよね!? ちゃんと洗えばまた使えるんですよ!!」
ほら!! と言って真っ白なハンカチをばっと広げるヒロインに、拍手を送っているのはヒロインのとりまきたちだけである。
普通、貴族は洗濯などしない。ちゃんとその役割を持った人間がいるからである。
これが通常の乙女ゲームだったら、攻略対象者は(ハンカチを洗うなどとは変わった娘だ……)とかなんとか言って興味を引かれるところだが、この世界はすでに乙女ゲームの名を借りた別の世界になっている。
攻略対象者であるギュスターヴも、だからなんだと怪訝そうにしているだけだ。
それに、ヒロインの鼻血の付いたハンカチなど、いくら綺麗に洗ったとはいえ嫌悪感しかないだろう。
受け取るはずもない。
――はあ、まったくめんどくせえな、このヒロイン。
災難に見舞われている級友をぼんやり見つめる。
「あの、シモン様。手……」
「え?」
気が付くと、婚約者の手を握っていた状態だった。
無意識に心のよりどころを求めてしまっていたらしい。
婚約者のあたたかい手を握っていると、ストレスが緩和されていくようだ。
ベルベットのようななめらかな手の甲をなでれば、婚約者が身体をびくりとさせる。
――やばーい可愛いー今すぐどこかに連れ込みたーい。
「ふふっ、恥じらうマリアベルも愛らしいな」
「シモン様ったら……」
頬を染め困った様子の婚約者も可愛い。また、困らせているのが自分だと思うと、胸がきゅんきゅんする。
が、婚約者の侍女がおもむろにフォークを持ったのが見えたので、シモンは咳払いをひとつして婚約者から手を離した。
うん、ちょっとセクハラっぽかったな、って自分でも思った。
「それに、おまえにグスタフと呼ばれる筋合いはないのだが……」
「えっ? でもフィオーラさんは呼んでいらっしゃいますよね?」
「フィオはオレの婚約者だからな」
「名ばかりの婚約者だとお聞きました。グスタフ様、おかわいそう……」
「お待ちなさい。グスタフがかわいそうなのは、わたしが婚約者だから、ということかしら?」
「いやあん、この悪役令嬢、超こわいんですけどー! グスタフ様、助けてー!!」
「このメス猫が!! その手を今すぐお離しなさい!!」
婚約者にかまけていたら、目の前でヒロインとカッセル嬢が今にもキャットファイトを展開しようとしていた。
額を突き合わせ、目からは火花を散らしている。
猫パンチを繰り出すのはどちらが先だろうか、食堂中がはらはらしながら見守っている。
「ギュスターヴ、なにやってる。止めろ!」
「いやだ。フィオには手荒な真似はしたくない。腕とか細くて、オレが握ったら壊れてしまうだろ!」
「のろけなどいらんわ!」
視線を巡らせると、ランチを乗せたワゴンを押しているハンスが見えたので、しばし待ての合図を送る。
今はランチをとるどころじゃない。
とりあえず、食堂を騒がせた罰とか言って、ヒロインを反省房に入れておこうか? そうなると、同罪でカッセル嬢も入れなければならなくなる。
どうしたものかと唸っていると、婚約者が突然、テーブルをぱん! と叩いた。
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