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婚約者と第1の攻略対象者
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生徒会室でギュスターヴをランチに誘うと眉をひそめられた。
同じ学年のギュスターヴ・バルサスは、王国の騎士団団長である父親を目指し、学園卒業後は騎士団入りを希望しているだけあって、がっしりとした体格をしている。
身長はシモンよりもさらに上で、母親が異国人であるのでやや浅黒い肌に黒髪の眼光鋭いイケメンである。
高い位置からすごまれたら、シモンでもちょっと怖い。
「なんだ、おまえまで」
「カッセル嬢に誘われただろう? 昼は私の婚約者も交えて4人でランチだ」
「メシくらいのんびり食べたい」
「なるほど……そうやって断り続けたのか」
「フィオは、聞き分けがいいんだ」
「だからと言って、納得しているとは言えないからな?」
目の前の偉丈夫はシモンの言っていることがわからない、と首をかしげた。
こんな鈍い男でも、乙女ゲーの攻略対象者である。
ヒロインのリリーティアは、この朴念仁をどうやって落としたんだったか……?
「ともかく、昼はランチだ。逃げたら包囲網を敷く」
「おいおい、たかがランチだろ? なんでそこまで」
「決まっている。愛しの婚約者が望んでいるからだ」
「おま……」
学友がまるで奇怪なモノでも見たような顔をしている。
「――行っておいでよ」
ほぼ同時に声の主に視線を向けた。
「……殿下」
にっこりと微笑むのは、アルベール王太子殿下その人である。
「ギュスターヴ、ぼくの命令なら行くよね?」
ふわりとした金の髪に紫紺の瞳。顔立ちは整っているけれども、シモンのようなとっつきにくさはない。いつも穏やかに微笑み、相手がだれであっても気さくに声をかけるので、市井での評判はすこぶるよい。
次代の国王として期待されている王太子である。
この賢い王太子殿下を堕落させてしまうのだから、乙女ゲーヒロインってスゴイ。
「殿下のご命令ならば……」
渋々と頭を垂れるギュスターヴに王太子が苦笑する。
「婚約者のささやかな願いくらい聞いてあげてもいいと思うんだ、ぼくは」
「まったくもって同感です」
王太子の言葉にシモンが深くうなずいた。
「ぼくの婚約者なんか、声さえ聞かせてくれないんだよ。ギュスターヴは贅沢だよ」
王太子殿下の婚約者は、先代王弟を祖父に持つ公爵家のご令嬢だ。
入学式で一度だけ見かけたが、深窓のご令嬢と評判通り妖精のように可憐な少女であった。
ふわふわと頼りなさげなその風情に、あれで未来の王妃が務まるのかと、悪意に満ちた声が入学式の式場のいたるところから聞こえてきたけれど、かの少女は顔色ひとつ変えなかった。
さすがは次代の王妃殿下だとシモンは感心したものだ。
けれども、それ以来、彼女の姿を学園内で見かけたことはない。
現代日本でいえば、登校拒否だろうか。
入学式の悪意はおそらく彼女の繊細な心を傷つけたのだろう。
さすがに王太子殿下とは会っているらしいが、それほどひんぱんにではないようだ。
たまに、このような愚痴をこぼされる。
ヒロイン排除をもくろむシモンとしては、攻略対象者たちにヒロインにつけこまれる隙はなるべく作らせたくないところだが――。
「殿下の言うとおりだ、ギュスターヴ。婚約者が近くにいる贅沢を身を持って知るんだな」
――オレなんか、次元まで違ったんだぞ? 画面の向こうでベルたんを助けたくて、キリキリしてたわ!!
「う……わかった」
「ああ、それからシモンは婚約者への態度と周囲への態度のギャップが激しすぎって苦情が出てるよ。婚約者だけでなく、周囲にもやさしくしてあげて」
「私のやさしさは減るのです」
「減らねえよ」
「減るんだよ!!」
ギュスターヴのツッコミにシモンは憤った。
「ベルには、いつだって、私の100パーセント全力のやさしさを、捧げたいって言ってるだけだろ!! わかれ!!」
「知るか!!」
「シモン、落ち着きなさい。ギュスターヴも」
「はあはあ、面目ありません」
「キャラ変わりすぎだろ」
ふう、と息を吐き、シモンは気持ちを落ち着かせた。
「では、殿下。小一時間ほどお側を離れますので」
「いってらっしゃい」
「殿下、いってまいります」
まずは、騎士団団長令息ギュスターヴの婚約者――フィオーラ・カッセル嬢の悪役令嬢化阻止に、力を注ごうではないか。
同じ学年のギュスターヴ・バルサスは、王国の騎士団団長である父親を目指し、学園卒業後は騎士団入りを希望しているだけあって、がっしりとした体格をしている。
身長はシモンよりもさらに上で、母親が異国人であるのでやや浅黒い肌に黒髪の眼光鋭いイケメンである。
高い位置からすごまれたら、シモンでもちょっと怖い。
「なんだ、おまえまで」
「カッセル嬢に誘われただろう? 昼は私の婚約者も交えて4人でランチだ」
「メシくらいのんびり食べたい」
「なるほど……そうやって断り続けたのか」
「フィオは、聞き分けがいいんだ」
「だからと言って、納得しているとは言えないからな?」
目の前の偉丈夫はシモンの言っていることがわからない、と首をかしげた。
こんな鈍い男でも、乙女ゲーの攻略対象者である。
ヒロインのリリーティアは、この朴念仁をどうやって落としたんだったか……?
「ともかく、昼はランチだ。逃げたら包囲網を敷く」
「おいおい、たかがランチだろ? なんでそこまで」
「決まっている。愛しの婚約者が望んでいるからだ」
「おま……」
学友がまるで奇怪なモノでも見たような顔をしている。
「――行っておいでよ」
ほぼ同時に声の主に視線を向けた。
「……殿下」
にっこりと微笑むのは、アルベール王太子殿下その人である。
「ギュスターヴ、ぼくの命令なら行くよね?」
ふわりとした金の髪に紫紺の瞳。顔立ちは整っているけれども、シモンのようなとっつきにくさはない。いつも穏やかに微笑み、相手がだれであっても気さくに声をかけるので、市井での評判はすこぶるよい。
次代の国王として期待されている王太子である。
この賢い王太子殿下を堕落させてしまうのだから、乙女ゲーヒロインってスゴイ。
「殿下のご命令ならば……」
渋々と頭を垂れるギュスターヴに王太子が苦笑する。
「婚約者のささやかな願いくらい聞いてあげてもいいと思うんだ、ぼくは」
「まったくもって同感です」
王太子の言葉にシモンが深くうなずいた。
「ぼくの婚約者なんか、声さえ聞かせてくれないんだよ。ギュスターヴは贅沢だよ」
王太子殿下の婚約者は、先代王弟を祖父に持つ公爵家のご令嬢だ。
入学式で一度だけ見かけたが、深窓のご令嬢と評判通り妖精のように可憐な少女であった。
ふわふわと頼りなさげなその風情に、あれで未来の王妃が務まるのかと、悪意に満ちた声が入学式の式場のいたるところから聞こえてきたけれど、かの少女は顔色ひとつ変えなかった。
さすがは次代の王妃殿下だとシモンは感心したものだ。
けれども、それ以来、彼女の姿を学園内で見かけたことはない。
現代日本でいえば、登校拒否だろうか。
入学式の悪意はおそらく彼女の繊細な心を傷つけたのだろう。
さすがに王太子殿下とは会っているらしいが、それほどひんぱんにではないようだ。
たまに、このような愚痴をこぼされる。
ヒロイン排除をもくろむシモンとしては、攻略対象者たちにヒロインにつけこまれる隙はなるべく作らせたくないところだが――。
「殿下の言うとおりだ、ギュスターヴ。婚約者が近くにいる贅沢を身を持って知るんだな」
――オレなんか、次元まで違ったんだぞ? 画面の向こうでベルたんを助けたくて、キリキリしてたわ!!
「う……わかった」
「ああ、それからシモンは婚約者への態度と周囲への態度のギャップが激しすぎって苦情が出てるよ。婚約者だけでなく、周囲にもやさしくしてあげて」
「私のやさしさは減るのです」
「減らねえよ」
「減るんだよ!!」
ギュスターヴのツッコミにシモンは憤った。
「ベルには、いつだって、私の100パーセント全力のやさしさを、捧げたいって言ってるだけだろ!! わかれ!!」
「知るか!!」
「シモン、落ち着きなさい。ギュスターヴも」
「はあはあ、面目ありません」
「キャラ変わりすぎだろ」
ふう、と息を吐き、シモンは気持ちを落ち着かせた。
「では、殿下。小一時間ほどお側を離れますので」
「いってらっしゃい」
「殿下、いってまいります」
まずは、騎士団団長令息ギュスターヴの婚約者――フィオーラ・カッセル嬢の悪役令嬢化阻止に、力を注ごうではないか。
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