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婚約者はマシュマロ系令嬢の夢を見るか
1.
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「シモン様、ごきげんよう」
女子寮の前で胸の前で小さく手を振るマリアベルを見た瞬間、転生してよかったと思った。
「尊い……」
「シモン様、大丈夫ですか? 目が潤んでますけど……」
耳打ちする侍従のハンスの言葉に、シモンは自分が涙ぐんでいたことに気がついた。
「ああ、問題ない。うっかり感動しただけだ」
「シモン様って、時々気持ち悪いですよね」
ほっとけ。
侍従のハンスは、乙女ゲームのマリアベル・オーランシュを知らないから、そう言えるのだ。
マリアベル・オーランシュといえば、婚約者シモン・モンテイエのせいで『不憫』『不遇』『不幸』の代名詞を持つ、哀れな悪役令嬢であった。
身分は高く品位もあり、決して軽んじられてはならない存在であったのに、いつも自信なさげにうつむく姿は、雨に打たれた秋桜のようだった。常に風景と同化していたので、スチルから探し出すのにも毎回苦労させられた覚えがある。
それが、今ではどうだ。あんなに明るく華やいだ笑顔を、婚約者のシモンに向けている。
まもりたい、この笑顔……とシモンが思うのも当然なのである。
「ベルは、今日も愛らしいな」
「シモン様こそ、いつも素敵です」
顔を見合わせて、微笑み合えるのが嬉しい。
それにしても、とシモンはマリアベルの全身を見やる。
街に出かけるので、落ち着いた紺色のワンピース姿。首元までボタンが閉められていて、修道女のように敬虔な雰囲気だ。
もしかしてこれは、シモンの色欲を削ぐ作戦だろうか?
マリアベルの侍女は主にたいそう過保護で、シモンとマリアベルの仲が深まるのを懸念しているらしい。
マリアベルは社交界デビューもまだの16の少女だ。心配なのはわかる。
わかるけれど、なんだか信頼されていないように感じて、気分はあまりよくない。
シモンのどこが、赤ずきんちゃんを食べてしまうオオカミに見えるんだ?
「シモン様?」
「あっ、ああ。では、馬車乗り場に行こうか」
「はい」
腕を出すと手をからめてくる。
ぎゅっ、とではなく、奥ゆかしくそっと手を置く程度だ。
マリアベルのこんなところに、シモンは毎回きゅんとさせられるのである。
いくら容姿が整っていても、図々しく厚かましいだけの女は嫌いだ。
たとえば、ヒロインのような女。
リリーティア・リクールを反省房に閉じ込めた7日間は、まったく不快なだけの日々だった。
反省房に顔を出せば、会いに来てくれたのだと勘違いし、反省文の枚数を増やせばリリーティアを独り占めしたいからだと嬉しがる。
自分は愛されて当然だと思っているところに、なんとなく狂気を感じていたけれど、なんてことはなかった。
リリーティア・リクールもシモンとおなじ異世界転生者だったのである。
反省文を書かせたところネタがなくなったのか、途中から日本昔ばなしやグリム童話、果ては時事ネタまでぶっ込んで来て、王太子殿下のまえで椅子から転がり落ちそうになった。
ヒロイン、おまえもか――!!
異世界転生者だとわかったからには、シモンは容赦しない。
どうせ乙女ゲーの内容についてもわかっているのだろうし、きっとそのように行動するのであろうから。
折良くシモンはヒロインの被害者たちを、すべて思い出している。
王太子殿下に騎士団団長令息、学園の教師、隣国の王子。隠しキャラのヒロインの義兄。そして、宰相位令息シモンを含めての6人だ。
とりあえず、シモンの将来に関わりのある人間とのフラグを立てられないよう、細心の注意を払っているけれど、今のところヒロインといちばん交流があるのが、シモンの婚約者マリアベル・オーランシュである。
おなじクラスでもあるので、マリアベルに被害が及ばないよう、今後もしっかり見張っておく必要があるだろう。
女子寮の前で胸の前で小さく手を振るマリアベルを見た瞬間、転生してよかったと思った。
「尊い……」
「シモン様、大丈夫ですか? 目が潤んでますけど……」
耳打ちする侍従のハンスの言葉に、シモンは自分が涙ぐんでいたことに気がついた。
「ああ、問題ない。うっかり感動しただけだ」
「シモン様って、時々気持ち悪いですよね」
ほっとけ。
侍従のハンスは、乙女ゲームのマリアベル・オーランシュを知らないから、そう言えるのだ。
マリアベル・オーランシュといえば、婚約者シモン・モンテイエのせいで『不憫』『不遇』『不幸』の代名詞を持つ、哀れな悪役令嬢であった。
身分は高く品位もあり、決して軽んじられてはならない存在であったのに、いつも自信なさげにうつむく姿は、雨に打たれた秋桜のようだった。常に風景と同化していたので、スチルから探し出すのにも毎回苦労させられた覚えがある。
それが、今ではどうだ。あんなに明るく華やいだ笑顔を、婚約者のシモンに向けている。
まもりたい、この笑顔……とシモンが思うのも当然なのである。
「ベルは、今日も愛らしいな」
「シモン様こそ、いつも素敵です」
顔を見合わせて、微笑み合えるのが嬉しい。
それにしても、とシモンはマリアベルの全身を見やる。
街に出かけるので、落ち着いた紺色のワンピース姿。首元までボタンが閉められていて、修道女のように敬虔な雰囲気だ。
もしかしてこれは、シモンの色欲を削ぐ作戦だろうか?
マリアベルの侍女は主にたいそう過保護で、シモンとマリアベルの仲が深まるのを懸念しているらしい。
マリアベルは社交界デビューもまだの16の少女だ。心配なのはわかる。
わかるけれど、なんだか信頼されていないように感じて、気分はあまりよくない。
シモンのどこが、赤ずきんちゃんを食べてしまうオオカミに見えるんだ?
「シモン様?」
「あっ、ああ。では、馬車乗り場に行こうか」
「はい」
腕を出すと手をからめてくる。
ぎゅっ、とではなく、奥ゆかしくそっと手を置く程度だ。
マリアベルのこんなところに、シモンは毎回きゅんとさせられるのである。
いくら容姿が整っていても、図々しく厚かましいだけの女は嫌いだ。
たとえば、ヒロインのような女。
リリーティア・リクールを反省房に閉じ込めた7日間は、まったく不快なだけの日々だった。
反省房に顔を出せば、会いに来てくれたのだと勘違いし、反省文の枚数を増やせばリリーティアを独り占めしたいからだと嬉しがる。
自分は愛されて当然だと思っているところに、なんとなく狂気を感じていたけれど、なんてことはなかった。
リリーティア・リクールもシモンとおなじ異世界転生者だったのである。
反省文を書かせたところネタがなくなったのか、途中から日本昔ばなしやグリム童話、果ては時事ネタまでぶっ込んで来て、王太子殿下のまえで椅子から転がり落ちそうになった。
ヒロイン、おまえもか――!!
異世界転生者だとわかったからには、シモンは容赦しない。
どうせ乙女ゲーの内容についてもわかっているのだろうし、きっとそのように行動するのであろうから。
折良くシモンはヒロインの被害者たちを、すべて思い出している。
王太子殿下に騎士団団長令息、学園の教師、隣国の王子。隠しキャラのヒロインの義兄。そして、宰相位令息シモンを含めての6人だ。
とりあえず、シモンの将来に関わりのある人間とのフラグを立てられないよう、細心の注意を払っているけれど、今のところヒロインといちばん交流があるのが、シモンの婚約者マリアベル・オーランシュである。
おなじクラスでもあるので、マリアベルに被害が及ばないよう、今後もしっかり見張っておく必要があるだろう。
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