Jet Black Witches - 3飛翔 -

azo

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第20話 プランD

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 テロ組織、エニシダが仕掛けたハイジャックが成功しているのなら、そろそろ墜落する頃かと、シエラはそのときを読み量っていた。

 しかし待てども待てども、旅客機のATCコードは7500ハイジャックのまま、運航継続の様子だ。

「さては失敗したのかしら? それなら次は大体30分後? 1個めの爆発予定時刻は……」

 1個めの爆発予定時刻が経過……したが、いくら待てども運航ステータスに変化はなく、目的地の日本も、世界中のどこからも、そんなニュースは流れてこない。首を傾げるシエラ。

「おかしいわね。まさか不発? うん。でも、まぁ、そういうことも……あ、そうそう連絡係の……あったわ。何事もなく普通に飛んでるっぽいから、そうね。うちの爆弾が不発なんて前例ないことだけど、この状況はそうとしか思えないわね。次はあと20分くらいかしら」

 そして2個めの爆発予定時刻が到来。しかし、同様に何事も起こってない状況だった。

「おかしい! 今までこんなことはなかったわ……」

 シエラの顔に苛立ちの表情が混じり始める。そんなところへすっかり寝過ごし気味のヴィルジールがやってきた。

「おはよー。シエラちゃん。どんな状況? ん? そんな苛々してたら美人が台無しだよ」
「え? シエラ『ちゃん』? そんな呼び方、初めてですよ? 何かいい夢でも?」
「あー違う違う。いつもお堅いジェイクがいないんだ。少しは親しめる雰囲気もいいだろ?」

「そ、そういうことなら、私も。ヴィル様? そうお呼びしますよ?」
「いいよ? なんなら様付けも止めてくれていいし」
「え? むぅ、嫌がるかと思ったのに……ならヴィルっちとか、あわゎ、不敬過ぎまし……」
「いいよ!」
「えぇ? も、もぅ。参りました。それに私、美人なんかじゃないですし……」

 一枚上手のヴィルジールへの反撃は敵いそうもないため早々に諦めるが、ふと美人と言われたことを思い出し、頓痴気トンチキな言葉を放ったヴィルジールにふてくされながら訂正する。

「あれ? 気付いてないの? 確かにシエラちゃんは褐色の肌のせいで、華やかそうには見えにくいかもだけど、キリッとした顔つきのかなりの美人だよ? 幼いときから可愛かったけど、すっかり花咲く乙女だから、組織と信者の中にファンクラブができてるくらいだよ?」

「え? えぇー! そそ、そんなぁ、私なんかがそんな……ヴィル様からかうのも程々……」
「本当なんだって。今度受け付けの子に聞いてごらんよ。あぁ、シエラちゃんは女子にも人気が凄くて、シエラ様って呼ばれてると思うよ?」
「え? え? ……もう……。ハッ、忘れてました。日本向け旅客機の件ですが……」

 脇目も振らずに組織に尽くしてきたシエラには、そんな免疫などあるはずがなく、誉められるとどう対応して良いかがわからない。話題変換をと思った途端、今の大事な状況を思い出す。

「あ、そうそう。どう? 終わった?」
「いえ、それが……まだ……おそらく何も起こってないようで……」
「え? まさか? いや、爆弾もか?」

 テンポよく聞き出すヴィルジールに対して、珍しく歯切れの悪いシエラの反応に気を取られるから、ワンテンポ遅れて異常を認識し、少し慌てながら心境が渦巻くヴィルジール。

「はぁ、つい先ほども2個めの爆発予定時刻でしたが、運行状況も、定期報告からも、何事も起こっていないとしか思えない状況なんです。こんなことってあるんですか?」

 それでも、事態を飲み込み、なんとか客観視できるまで落ち着くヴィルジール。

「あぁ、我が組織のスタッフは優秀過ぎるから、こんな状況は滅多に起こることはないんだが、実際の現場では何が起こるかわからないくらい様々な状況が待ち受けてるのが常なんだ。だから今回はもしかするといい勉強になるのかもしれないな?」
「はぁ、そうなんですね」

 ヴィルジールは作戦内容と今の状況を照らし合わせ、考えられる状況の分析を進める。

「まぁハイジャックは誰かの手で阻止されたのは間違いないだろうが、まさか爆弾まで無効化されるとはな。凄腕の爆弾処理班が専用工具を駆使して設計書を見ながらでも1時間はかかることは検証済なんだ。それを見越してのギリギリどうにもならない時間設定にしてあるはずで、もしも機外に捨てたとしても、飛行中に開けられる扉などない航空機に穴を開けたりしたら、その後は速度を落とすしかないから運航には必ず影響が出る。それならジェイクの出番となるはずなんだが、あぁ、そんな強敵なら我が担当したかったぞ、この案件」

 改めて、作戦を阻止したらしき存在をニヤニヤと思い浮かべるヴィルジールだった。

「え? 作戦を阻止されたのなら、ふつうはそこを悔しがるんじゃないんですか?」
「あ、まぁ、そうだな、悔しいさ。だが常に思い通りにいくのもそれはそれでつまらないものさ。我らがやっているのはそこらの生温いゲームと違って命のやりとりをしているだろう?」
「え、えぇ」

「誰も死にたくはないから必死に抗う。最初はそれで回避されることもある。しかしそんな抵抗も虚しくなるほどの策を凝らすから我らが勝利し相手はみな死ぬ。ところがそれをも上回る力で立ち向かってきているわけだ。どんな理屈で封じたのか、シエラは気にならないか?」
「え? あ、まぁ、気にはなりますね」

 ヴィルジールは、遠いインド洋の遥か上空を思い浮かべながら続くプランと、それに対抗してくる様々な敵の行動パターンの予測を脳裏に浮かべ、策に抜け道がないかを確認しながら、一方でシエラとの会話を進める。

「だろう? まだ我らの策は続く。そのための仕込みだが、いつも初期に勝負は決まるから、発動した試しはない。それが日の目を見ようとしているわけだ。ワクワクしてこないか?」

「あ、まぁ、わかる気はしました。でも、もしも負けたらどうするんですか?」
「負けたら負けたで仕方のないことだ。次に負けない策を考えればいいだけ。それに今回負けるとしたらジェイクを失うことに繋がるから、それだけは困るな。だが負けると思うか?」

 2人ともジェイクの力には絶大なる信をおく。勝負事に絶対などあり得ないが、ジェイクの力を知ればこそ、普通の人間に負ける姿など、微塵も想像できないようだ。

「いえ、まったく思わないです。ジェイク様が負ける姿は想像できないし、その後に控える策はあまりに理不尽な力を振るうことになるから、それを打ち負かせるとしたら、もう神様くらいしか思い浮かびませんもの。まぁ、神様もいるわけはないですしね?」
「そうだな。早く終わってジェイクの話を聞きたいぞ」
「はい、私も土産話が楽しみになってきました」

 それから1時間が過ぎ、まだ何の変化も表れない。いや、定期報告が無くなったから、ジェイクがひと暴れしているところなのだろう、と推測していると、ようやく変化が訪れる。

「ヴィル様? なんかおかしいです。故障したのでしょうか?」
「どうした? シエラちゃん。終わったんじゃないのか?」

「いえ、終わった、といえば終わったのかもしれませんが、ATCコードが7500ハイジャックから通常コードに変わってるんです」
「なにっ? なんだと? 無線では何か言ってないのか?」

 慌てて、航空無線の無線機の周波数を調整し情報収集にかかるシエラ。なんとか関連すると思われる通信をキャッチしたようだ。

「ちょっとお待ちください。えーと、え? ハイジャックを鎮圧した、と言ってます」
「ジェ、ジェイクは無事なのか?」

 立て続けにヴィルジールから情報をせっつかれるシエラだが、テキパキと調べては情報を返していく。

「はい。詳細はわかりませんが、負傷者もなく全員無事とのこと」
「な、それは誠か? 何かの誤りじゃないのか?」

 シエラは、世界の主要国が発表する最新ニュースを調べ始めた。すると一つの違和感に行き当たる。

「あ、今各国のメディアがハイジャックと鎮圧の旨を発表し……でもおかしいですね? 目的地の日本のメディアからはそんな発信はされてないし……さっきの各国のは誤報なのでは?」
「うーん。肝心の日本から発表なしなら信憑性が疑われるか。日本支部にも聞いてみてくれ」
「了解です」

 緊急なので、専用の独自暗号化の秘匿回線で日本支部に連絡を取るシエラ。

「日本支部から日本では何の騒ぎにもなっていないとのことです。やはり誤報でしょうか?」
「わからんが少し様子をみるか。しかし何の騒ぎにもなっていないというのもおかしいな」

 日本からすれば、自国に向けての航空機でハイジャックが起こっていたはずなので、それなりの騒ぎがあって当然なのだが、それすらもないことへの違和感を募らせるヴィルジール。

「あっ、今連絡のメールが届きました。脱出したときのジェイク様を回収するはずのクルーザーの乗組員からです。該当の旅客機は爆発の様子もなく、高高度飛行中ではあるが届くかもとランチャーを発射してみたところ、ロケット弾が途中から制御不能となり、それどころか向きを変えてクルーザーのスクリューを破壊したため、推力を失い現在漂流中とのことです」
「うーん。漂流か。ひとまず放っておけ。乗組員が無事ならそっちは急ぎじゃない」

「あっ、日本支部からメール着信。メディアは平静を保っていますが、衛星放送を観た一部の情報通からの拡散情報と、どうも日本では報道規制が敷かれているとの情報もあるようです」

 日本支部からの情報と聞き、報道規制の言葉に反応するヴィルジール。しかし理由が摑めず、右手親指を唇に当てながら、ブツブツと呟き始める。

「衛星放送がソースなら我らと確度は変わらぬが、報道規制ということなら日本政府が報道を遅らせる必要があると判断したと……一体何のために? そうか我らか。テロ組織と知って、日本到着までの更なる追撃を恐れてか。うん。それなら納得だ。他には考えられないか?」

 ヴィルジールは思考を巡らした末に、一つの解答を得たようだ。

「なんと! うーむ。どうやらターゲットはまったくの無傷。旅客機は今も通常運航中で死傷者もなし。クルーザーの件もタイミングといい、こちらも負傷者なく行動不能にしてしまうあたり、神の御技みわざとしか思えないな。まったく。敵ながら清々しさに感動を憶えるよ」
「神様ですか? もしかしてサミュエルの仕業ですか?」

 神と聞けば、何やらそんな感じの表現をされることのあるサミュエルを連想したシエラ。

「いや、ヤツは天使がどうのとほざいているが、ハリボテの小物だ。優秀ではあるが、ヤツにそこまでの力はない。わからんが他の誰かだ。それほどのスゴいヤツなら会ってみたいが、まぁ、これも運命か。今度こそどうにもならない現実を叩きつけてやる。さて神の化身さまは凌げるかな。まだとっておきたかったが、出し惜しみは無しだ。シエラ、プランD発動だ」
「え? それではおそらく捕らえられたと推測するジェイク様もタダでは済まないのでは?」

 さすがのジェイクでも、ミサイルで撃破されたなら、脱出できる保証はない。

「あぁ、そうだな。だが、直撃さえしなければ、ジェイクならば自力で脱出できるはずだ。狙いは翼のジェットエンジンか、胴体の後半部分と伝えてくれ。それなら直撃もなく、拘束されていても機体が空中分解するときにジェイクならうまくやれるはずだ」
「了解。ジェイク様、どうかご無事で!」

 シエラは各支部に向けて無線で一斉送信する。

「N国、I国、C国、S国の各支部に指令。プランD発令。位置情報は後送するが、事前に通達した、日本に向けたターゲットを総動員で撃破せよ! ただし撃破対象はジェットエンジン、または胴体後半部分。完遂後、または任務継続不可能と判断された場合は緊急脱出ベイルアウトにて救助を待て。救出ピックアップ後はそのままZ国に帰投する。チッ」

「N国支部了解。チッ」
「I国支部了解。チッ」
「C国支部了解。チッ」
「S国支部了解。チッ」

 発動されたなら、後は粛々と待ったなしで作戦は進んでいく。ヴィルジールは産声を上げたプランDの行く末を想像し、その顔は喜びに満ちていく。

「エニシダ創設以来の最大バトル。さぁ、神の化身よ。どんな顛末を見せてくれるのだ?」
「ヴィル様? やけに楽しそうに見えますが……」

「あぁ言っただろう? 我の策の完璧さが証明されるのだ。圧倒的な力が束になって襲いかかる。エニシダの力を世界に示す絶好の機会チャンスだが、それにどう対応するかも楽しみなのだ」
「なるほど。少しわかった気がします。あ、えーと、プランDのパイロット救出用のクルーザーを手配しておきますね?」

 ヴィルジールと会話のやり取りをしながらも、テキパキと抜け目なく作戦の行方をコントロールするシエラ。ヴィルジールはすっかり任せられるまでになったシエラを讃える。

「お、そうだな。もうシエラがいれば作戦運用は問題なさそうだな? 我も現場に出るか」
「いやいやいや、まだまだ新米なんですから突き放さないでくださいよぉ。教祖様?」
「あぁ、教祖も引き継ぐことにしよう」
「えー! ちょっと止めてくださいよ」
「あぁ、まぁ冗談だがな」
「もぉ!」
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