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第8話 漆黒 〜 Anna ep3
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息絶えたシャナを連れて行かれまいと、途切れず弛まず、アンナは必死の蘇生を繰り返した。全力だったからこそ、あまりの無反応に半ば諦めもした。
しかし頑張ったことは無駄じゃなかった。叶えたかったものが今ここに結果として実りの形を成している。アンナの起こす竜巻の中に溜まった静電気がはじけ、呼応するように空の霆が全開で迸るアンナの魔力の塊に落ちたことで、シャナを含む多くの遺体の心臓が動き出したのだった。
息を吹き返すシャナ、確かな生を何度も確かめ嬉しさに泣き崩れるアンナ。状況が落ち着くと、不意にシャナはアンナに求婚する。天にも登る思いのアンナはうまく返せない。やっとの思いで肯定の頷きで返し、伝わったことを確認したら、アンナは俯くことに専念する。
―― もうこれ以上、顔を上げてられない。
―― 恥ずかしすぎる。
―― 鼻水まみれも見せられたものじゃないけど、どれだけ泣いたか判らないから、まぶたの腫れ具合もきっとすごいことになってそう。
そんなことを考えていたら、シャナはアンナを引き寄せ肩を貸す。
「よ、汚れるよ?」
「かまわない。汚いとか思わないし、もし汚れてしまうのなら、それは、今日という日を思い出せる勲章になる。ん? 待てよ? むしろ家宝として永久保存するのもよい考えではないか? おぉ、それがいい」
「ギャー、止めてー。それ、カピカピになるだけだから。わたしの汚点、保存なんてされたら、恥ずかしくて死んじゃうよ~」
「む? それは困る。保存は諦めるとするか。我ながらよい案だと思ったのだが。アンナがそう言うなら致し方ない」
―― あー、残念がらないでー。
―― 考え直すの、そこじゃないからー。
「うむ、涙も収まってきたようだな」
―― アレッ? ホントだ!
―― 他愛ない掛け合いが可笑しくて、いつの間にか、平常運転な気負ってない距離感だ。
―― まさか、それを狙ってボケてみた?
―― いや、まさかね、アハハハ。
そうアンナが思ってたら、シャナといちばん仲良さそうな仲間のひとりが近付いてきて、シャナに声をかける。
「シャナさん? 先ほどから、ことの顛末を拝見させていただきましたが、今、こちらの御方に求婚されていらっしゃったんですよね? そして承諾の返事も頂けた、という認識で合っていますか?」
「お、お、おぅ、その通りだが」
―― アハハハ。シャナ、すこしずつテレながらテンパってる。
「それなら、一つ肝心なことを忘れてませんか?」
「えっ? ……あ、いや、間に合ってなかったが、花束、指輪、御両親への挨拶なら、これからやるつもりだったぞ?」
礼を失しては末代までの恥、とばかりにシャナは慌てて記憶を振り返る。
「いえ、そんな準備は必要ないものですが、とても大事な儀式をお忘れではないかと?」
「そそそ、それは何だ? 教えてくれ。頼む!」
―― 慌てるシャナがかわいい。
―― でも何かあったかしら?
―― あ。もしや?
ポッ。
思い付いたアンナの顔は一瞬で赤く上気する。恥ずかしそうにアンナは思わず俯くが、耳まで熱く紅くなっているから、おそらくバレていることだろう。
―― 穴があったら入りたい。
―― うぅ……。
「こちらの御方はお気づきのようですが、まだわかりませんか? シャナさん」
「え? あ! キ、キス?」
シャナも爆発したように顔を赤くする。うっかり頭から抜けていたようだが、落ち着きなく視点を彷徨わせながら、慌てて取り繕うシャナ。
「こここ、これからするつもりだったのだ」
「ほぅ、それは失礼いたしました。とくに女性にとっては一生の思い出となる大切な儀式なのですから。それと、シャナさんは仲間から兄のように慕われ、家族同然に今の状況を喜んでいるところです。そのような大事な儀式ならば、そのような家族立ち会いの下で公然と行い、皆から祝福を浴びるべきだと思うのですが、皆様はどう思いますか?」
「そうだそうだ。オレたちにも祝福の言葉をかけさせてくれ」
「シャナさんの一大事。そんな瞬間に立ち会えるなんて。夢のようだ」
―― あ、これは嵌められたみたいだ。
―― シャナ、どうにか断って~
「そ、そういうものなのか?」
―― あー、これ逃れられないっぽい流れだ。
「当然ですよ~」
理路整然に詰められた流れに抗えないとシャナは悟ったようだ。
「わかった」
―― 詰んだみたい。
―― そりゃあ、乙女にとっての重大イベントには違いないけど。
―― シャナの大切な仲間たちに囲まれて、皆から祝福を受けられるなんて、これほど幸せなことはない。
―― それはわかっているけれど。
―― 当の本人たちの羞恥度は半端ないんだよー。
―― 嬉しいけど、顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。
シャナの袖をツンツン引っ張り、アンナはダメ元でヒソヒソと耳打ちする。
「あ、後からじゃダメなの?」
「私もそうしたいが、出来上がってしまっているこの流れに抗う勇気はある?」
「うぅっ、ない」
「それに、この大切な仲間たちの前で、其方への愛を誓うことは、其方を守っていく自分の覚悟と、其方が私のかけがえのない大切な存在であることを知らしめる大切な機会でもあり、この機は掴まなくてはならない、そう思うんだ。すぐ終わるし、我慢できる?」
「う、うん」
―― 完全に乗せられた気がする。
―― でもシャナの言うこともわかる気がする。
―― それにしても、この人は素っ頓狂な顔をして、なぜか次から次へとハートにド直球を放り込んでくる。
―― 一語ごとに私のハートはグラグラだよ。
―― だんだんと顔が上気してくるのがわかる。
―― 耳まで熱くなってきた。
―― 目もウルって。
―― 今日だけで何度目なの?
―― この急上昇と急降下。
―― 私の人生、心臓が耐えられるだろうか?
とアンナが思っていたら、シャナはアンナの腕を引いて優しく抱き寄せ、声を上げる。
「みんな見てるか? これが私の最愛のアンナだ。これからもよろしく頼む?」
そしてしアンナに向き合い、顔を近付ける。
「死ぬまで、いや、死んでも君を守ることを誓う。愛してる。アンナ」
シャナは唇をそっと重ねる。そして二人ともゆっくりと目を閉じる。
「オォーッ!」
「良かったな、シャナさん、おめでとう」
みんなからかけられる祝福も幸福感を押し上げる。シャナの言葉を振り返り、うっとりしながら、アンナは幸せを噛み締める。
―― 大好きシャナ。愛してる。
雲の上にいるみたいにふわふわとした高揚感が、アンナの幸せな気持ちを更に盛り上げる。そして、なにか自分の中でも湧き上がるものをアンナは感じているようだ。
アンナの中の魔力もシャナの存在を認めたのか、守るように包み込むようにひろがっていく。アンナの心の高鳴りに呼応するかのように、次第に光を帯びていく。輝きは増し、周囲の見た目的にはシルエットの形をたもったまま、光の輪郭線が徐々に膨れ上がっていく。
ある程度の大きさになると、身体ごと、ふわっと浮かび上がり、ゆっくりと回っていく。溢れる魔力は、輪郭線を越えると、光の粉のように周囲を舞い始める。
「はぁーーっ、なんて綺麗なんだ」
「あの女性は女神なのか?」
―― なんか周囲が騒がしい。
ふとアンナが目を開くと、柔らかな光に包まれていることに気付く。
―― あったかい。
―― この優しい感じは癒やしの魔法みたいな感じだ。
―― なんか力がでちゃったみたい。
―― まぁいっか。
―― シャナは、大切な仲間たちだと言っていた。
―― 私たちのこの幸せな想いは、みんながいてくれたからこそある想いだ。
―― 皆にもお裾分けしてあげたいな。
アンナがそう思った途端、光のヴェールは弾けて、皆の頭上に降り注ぐ。そうしてふわりともとの場所に降り立つ。
唇をそっと離すと、シャナも閉じていた瞳をゆっくりと開いて、「大切にするよ」と語りかける。
次の瞬間、歓声が湧き起こる。
「うおーーっ! 奇跡だ。女神が舞い降りた」
「女神の奇跡だ。今日生き還ったのは女神の力で間違いないぞ!」
「それに、持病の膝と腰が治ってる!」
「ウソォ? 見えづらかった目がよく見える?」
「今日の奇跡は子々孫々、伝説として語り継ぐぞぉ」
「シャナとアンナの奇跡、そうシャナンナの奇跡だぁ」
ざわめきに驚くシャナ。
―― シャナは見てなかったからなぁ。
―― フフッ、キョトンとしてかわいい。
「何が起こったのだ?」
「感極まって、癒やしの力を振りまいちゃったみたい。テヘッ」
「だから皆興奮してるのか。というか、テヘッじゃないよ、これはちょっとヤバいぞ」
「なにがヤバいの?」
「アンナのその不思議な力が知れ渡ると、いろんなトラブルに巻き込まれるぞ! 出る杭は打たれるって諺が倭の国にはあるんだけど、珍しがっているうちはまだよいけど、その力を悪用したい者、恐れて殺そうとするものが必ず現れる。そうならないように隠しておく必要がある」
「そうだよね。普通は隠すようにしてるけど、今回ばかりは、あなたを救うためになりふり構ってられなかったのよ。そしたら感極まって出ちゃったの。それに恥ずかしい、って言ったら、大事な仲間だからってシャナが言ったからでしょ?」
「あ、そうだった、済まない。じゃあ、その不思議な力の中に記憶を消すのはないの?」
「記憶から消すのはできないけど、直前の記憶を曖昧な感じにはできるかも?」
「だったらそれでいいか。在ったことはどうしようもないから、何か奇跡が起こったけど、よくはわからない感じになればいいのだけど。アンナとの関わりだけは消したいな」
「さっきの一人ずつ診るって話だったでしょう? そのときに曖昧にするようやってみるけど、その前に刷り込みが必要かな? その、奇跡だってこと? それと、診る前後の人が話をされると台無しだから、そこを何とかできる?」
「わかった。やってみるよ」
「みんなぁ、一度死んだようだが、此方の女性が生き返らせてくれたそうだ。名前はアンナだ。礼を忘れるなよ~」
「ありがとう、アンナさん。あんたは命の恩人だ」
「助けてくれてありがとうーっ。このご恩は忘れません」
「何かあったら言ってくれ。世界中のどこにいてもすぐに駆けつけるから」
「それから、生き返らせるのに、不思議な力を使ったそうだが、あとあと面倒に巻き込まれないよう、どうか内密に頼むぞ」
「お安いご用だ。あんたは俺たちの女神さまだ。俺たちも守りたい。なぁ、みんな」
「おぅ、秘密は絶対守るぞぉ!」
「そこでだ、みんなこう思ってくれないか? 神様に、まだ死にたくない、って願っていたら、雷が落ちて、不思議な光が降り注いで、気がつくと生き還ってたと、今ここで強く念じてくれ。いいか、落雷と不思議な光だぞ、忘れるなよ!」
―― うん、嘘は言ってない。
「わかったよ。任せてくれ」
「あと、私はここで死んで、身内に遺体を引き取られたことにしてくれ! 私の人生はここで一度確かに終わった。新しく得た、ここからの残りの人生は、救ってくれたこの女性、アンナとのためだけに使いたい。子供もできる予定だから、家族になるんだ。他の奴で人生を一新したい奴はこの機会に乗じればいい」
「なるほど、確かにオレは死んでいたな。死んで忠義も尽くせたし、今の遠征も概ね達成したから、できることはそれほど残っていない。それに今やりたいことは大体やり尽くしたしな。次は別の新しい人生、というのもなかなか悪くない選択だな」
「シャナの大将。せっかく授かった第2の命だが、わしには家族もなく、他にやりたいことが見当たらない。というか、ワシはあんたと共に生きたいとワシの心が言っている。あんたに仕えさせてはくれないか? ハンの大将も優れた人物だが、あんたはその遥か上をいくと思っている。あんたには優しさに根付いた強さと、皆を幸せに結び付ける知恵がある。あんたを守るために死ねるのなら本望だ。あんたに叶えたい夢があるのなら、そのためにこの命を投げ出したっていいと思っている。そこには姐さんも含まれていると思ってくれ。既に姐さんはかけがえのない大恩人だ。どうか考えてみてくれねえか?」
「ワシも同じ気持ちだ」
「オレも」
「私も」
「姐さん?」
「どうやらアンナのことらしい」
―― なんか危ない響きに聞こえるのは私だけ?
「皆の気持ちはよくわかった。少し考えさせてくれないか?」
「それよりも皆、死の淵にいて、帰って来れたとは言っても、中にはまだ回復しきれていないやつもいるかもしれない。アンナがもう一度、一人ずつ診てくれるそうだ。一列に並べ~」
「ありがたい。重ね重ね恩にきます」
「それと、終わっても安心するな? アンナは医者じゃないから、何の保証もないからな~。落ち着いたら必ず医者にかかるんだぞ!」
「わかってるよ、大将。姐さんがせっかく取り戻してくれた命だ。粗末にはしないことを誓うよ」
「それから、もうすぐみんなの遺族たちがここに戻ってくる頃合いだ。診て終わったものは、そのまま、遺族たちと合流するんだ。戻ってくるなよ。次にどう生きるかも合わせて、上手く対応しろよ~」
「わかってますぜ」
―― 一人一人診ていき、癒やした後に曖昧にする魔法を掛ける。
―― すると目がとろ~んとし、もう一度、落雷と不思議な光を刷り込む。
―― そして、そのまま遺族たちのもとに行かせる。
―― それを繰り返し、施術前後の接触も問題なさそうだ。
―― たぶんうまくいったと思う。
「達者でな~」
「シャナさんもお元気で~」
「おぅ!」
そんな嬉々として言葉を交わしている頃には、雲から晴れ間がのぞき始め、沈みかけの太陽の上端の光が一瞬差したかと思うと、すぐに完全に日差しを失い、徐々に暗闇へと進み、闇夜の時間が始まる。
それはまだ何も決まってはいないが、何色にも染まっていない人生のキャンバスに新しい楽しそうな何かを描き出そうと、夢を膨らませるものたちの始まりの合図、そして死の淵からの生還を喜ぶ宴開始の合図でもあった。ヤツらはそのまま街に繰り出して行った。
しかし頑張ったことは無駄じゃなかった。叶えたかったものが今ここに結果として実りの形を成している。アンナの起こす竜巻の中に溜まった静電気がはじけ、呼応するように空の霆が全開で迸るアンナの魔力の塊に落ちたことで、シャナを含む多くの遺体の心臓が動き出したのだった。
息を吹き返すシャナ、確かな生を何度も確かめ嬉しさに泣き崩れるアンナ。状況が落ち着くと、不意にシャナはアンナに求婚する。天にも登る思いのアンナはうまく返せない。やっとの思いで肯定の頷きで返し、伝わったことを確認したら、アンナは俯くことに専念する。
―― もうこれ以上、顔を上げてられない。
―― 恥ずかしすぎる。
―― 鼻水まみれも見せられたものじゃないけど、どれだけ泣いたか判らないから、まぶたの腫れ具合もきっとすごいことになってそう。
そんなことを考えていたら、シャナはアンナを引き寄せ肩を貸す。
「よ、汚れるよ?」
「かまわない。汚いとか思わないし、もし汚れてしまうのなら、それは、今日という日を思い出せる勲章になる。ん? 待てよ? むしろ家宝として永久保存するのもよい考えではないか? おぉ、それがいい」
「ギャー、止めてー。それ、カピカピになるだけだから。わたしの汚点、保存なんてされたら、恥ずかしくて死んじゃうよ~」
「む? それは困る。保存は諦めるとするか。我ながらよい案だと思ったのだが。アンナがそう言うなら致し方ない」
―― あー、残念がらないでー。
―― 考え直すの、そこじゃないからー。
「うむ、涙も収まってきたようだな」
―― アレッ? ホントだ!
―― 他愛ない掛け合いが可笑しくて、いつの間にか、平常運転な気負ってない距離感だ。
―― まさか、それを狙ってボケてみた?
―― いや、まさかね、アハハハ。
そうアンナが思ってたら、シャナといちばん仲良さそうな仲間のひとりが近付いてきて、シャナに声をかける。
「シャナさん? 先ほどから、ことの顛末を拝見させていただきましたが、今、こちらの御方に求婚されていらっしゃったんですよね? そして承諾の返事も頂けた、という認識で合っていますか?」
「お、お、おぅ、その通りだが」
―― アハハハ。シャナ、すこしずつテレながらテンパってる。
「それなら、一つ肝心なことを忘れてませんか?」
「えっ? ……あ、いや、間に合ってなかったが、花束、指輪、御両親への挨拶なら、これからやるつもりだったぞ?」
礼を失しては末代までの恥、とばかりにシャナは慌てて記憶を振り返る。
「いえ、そんな準備は必要ないものですが、とても大事な儀式をお忘れではないかと?」
「そそそ、それは何だ? 教えてくれ。頼む!」
―― 慌てるシャナがかわいい。
―― でも何かあったかしら?
―― あ。もしや?
ポッ。
思い付いたアンナの顔は一瞬で赤く上気する。恥ずかしそうにアンナは思わず俯くが、耳まで熱く紅くなっているから、おそらくバレていることだろう。
―― 穴があったら入りたい。
―― うぅ……。
「こちらの御方はお気づきのようですが、まだわかりませんか? シャナさん」
「え? あ! キ、キス?」
シャナも爆発したように顔を赤くする。うっかり頭から抜けていたようだが、落ち着きなく視点を彷徨わせながら、慌てて取り繕うシャナ。
「こここ、これからするつもりだったのだ」
「ほぅ、それは失礼いたしました。とくに女性にとっては一生の思い出となる大切な儀式なのですから。それと、シャナさんは仲間から兄のように慕われ、家族同然に今の状況を喜んでいるところです。そのような大事な儀式ならば、そのような家族立ち会いの下で公然と行い、皆から祝福を浴びるべきだと思うのですが、皆様はどう思いますか?」
「そうだそうだ。オレたちにも祝福の言葉をかけさせてくれ」
「シャナさんの一大事。そんな瞬間に立ち会えるなんて。夢のようだ」
―― あ、これは嵌められたみたいだ。
―― シャナ、どうにか断って~
「そ、そういうものなのか?」
―― あー、これ逃れられないっぽい流れだ。
「当然ですよ~」
理路整然に詰められた流れに抗えないとシャナは悟ったようだ。
「わかった」
―― 詰んだみたい。
―― そりゃあ、乙女にとっての重大イベントには違いないけど。
―― シャナの大切な仲間たちに囲まれて、皆から祝福を受けられるなんて、これほど幸せなことはない。
―― それはわかっているけれど。
―― 当の本人たちの羞恥度は半端ないんだよー。
―― 嬉しいけど、顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。
シャナの袖をツンツン引っ張り、アンナはダメ元でヒソヒソと耳打ちする。
「あ、後からじゃダメなの?」
「私もそうしたいが、出来上がってしまっているこの流れに抗う勇気はある?」
「うぅっ、ない」
「それに、この大切な仲間たちの前で、其方への愛を誓うことは、其方を守っていく自分の覚悟と、其方が私のかけがえのない大切な存在であることを知らしめる大切な機会でもあり、この機は掴まなくてはならない、そう思うんだ。すぐ終わるし、我慢できる?」
「う、うん」
―― 完全に乗せられた気がする。
―― でもシャナの言うこともわかる気がする。
―― それにしても、この人は素っ頓狂な顔をして、なぜか次から次へとハートにド直球を放り込んでくる。
―― 一語ごとに私のハートはグラグラだよ。
―― だんだんと顔が上気してくるのがわかる。
―― 耳まで熱くなってきた。
―― 目もウルって。
―― 今日だけで何度目なの?
―― この急上昇と急降下。
―― 私の人生、心臓が耐えられるだろうか?
とアンナが思っていたら、シャナはアンナの腕を引いて優しく抱き寄せ、声を上げる。
「みんな見てるか? これが私の最愛のアンナだ。これからもよろしく頼む?」
そしてしアンナに向き合い、顔を近付ける。
「死ぬまで、いや、死んでも君を守ることを誓う。愛してる。アンナ」
シャナは唇をそっと重ねる。そして二人ともゆっくりと目を閉じる。
「オォーッ!」
「良かったな、シャナさん、おめでとう」
みんなからかけられる祝福も幸福感を押し上げる。シャナの言葉を振り返り、うっとりしながら、アンナは幸せを噛み締める。
―― 大好きシャナ。愛してる。
雲の上にいるみたいにふわふわとした高揚感が、アンナの幸せな気持ちを更に盛り上げる。そして、なにか自分の中でも湧き上がるものをアンナは感じているようだ。
アンナの中の魔力もシャナの存在を認めたのか、守るように包み込むようにひろがっていく。アンナの心の高鳴りに呼応するかのように、次第に光を帯びていく。輝きは増し、周囲の見た目的にはシルエットの形をたもったまま、光の輪郭線が徐々に膨れ上がっていく。
ある程度の大きさになると、身体ごと、ふわっと浮かび上がり、ゆっくりと回っていく。溢れる魔力は、輪郭線を越えると、光の粉のように周囲を舞い始める。
「はぁーーっ、なんて綺麗なんだ」
「あの女性は女神なのか?」
―― なんか周囲が騒がしい。
ふとアンナが目を開くと、柔らかな光に包まれていることに気付く。
―― あったかい。
―― この優しい感じは癒やしの魔法みたいな感じだ。
―― なんか力がでちゃったみたい。
―― まぁいっか。
―― シャナは、大切な仲間たちだと言っていた。
―― 私たちのこの幸せな想いは、みんながいてくれたからこそある想いだ。
―― 皆にもお裾分けしてあげたいな。
アンナがそう思った途端、光のヴェールは弾けて、皆の頭上に降り注ぐ。そうしてふわりともとの場所に降り立つ。
唇をそっと離すと、シャナも閉じていた瞳をゆっくりと開いて、「大切にするよ」と語りかける。
次の瞬間、歓声が湧き起こる。
「うおーーっ! 奇跡だ。女神が舞い降りた」
「女神の奇跡だ。今日生き還ったのは女神の力で間違いないぞ!」
「それに、持病の膝と腰が治ってる!」
「ウソォ? 見えづらかった目がよく見える?」
「今日の奇跡は子々孫々、伝説として語り継ぐぞぉ」
「シャナとアンナの奇跡、そうシャナンナの奇跡だぁ」
ざわめきに驚くシャナ。
―― シャナは見てなかったからなぁ。
―― フフッ、キョトンとしてかわいい。
「何が起こったのだ?」
「感極まって、癒やしの力を振りまいちゃったみたい。テヘッ」
「だから皆興奮してるのか。というか、テヘッじゃないよ、これはちょっとヤバいぞ」
「なにがヤバいの?」
「アンナのその不思議な力が知れ渡ると、いろんなトラブルに巻き込まれるぞ! 出る杭は打たれるって諺が倭の国にはあるんだけど、珍しがっているうちはまだよいけど、その力を悪用したい者、恐れて殺そうとするものが必ず現れる。そうならないように隠しておく必要がある」
「そうだよね。普通は隠すようにしてるけど、今回ばかりは、あなたを救うためになりふり構ってられなかったのよ。そしたら感極まって出ちゃったの。それに恥ずかしい、って言ったら、大事な仲間だからってシャナが言ったからでしょ?」
「あ、そうだった、済まない。じゃあ、その不思議な力の中に記憶を消すのはないの?」
「記憶から消すのはできないけど、直前の記憶を曖昧な感じにはできるかも?」
「だったらそれでいいか。在ったことはどうしようもないから、何か奇跡が起こったけど、よくはわからない感じになればいいのだけど。アンナとの関わりだけは消したいな」
「さっきの一人ずつ診るって話だったでしょう? そのときに曖昧にするようやってみるけど、その前に刷り込みが必要かな? その、奇跡だってこと? それと、診る前後の人が話をされると台無しだから、そこを何とかできる?」
「わかった。やってみるよ」
「みんなぁ、一度死んだようだが、此方の女性が生き返らせてくれたそうだ。名前はアンナだ。礼を忘れるなよ~」
「ありがとう、アンナさん。あんたは命の恩人だ」
「助けてくれてありがとうーっ。このご恩は忘れません」
「何かあったら言ってくれ。世界中のどこにいてもすぐに駆けつけるから」
「それから、生き返らせるのに、不思議な力を使ったそうだが、あとあと面倒に巻き込まれないよう、どうか内密に頼むぞ」
「お安いご用だ。あんたは俺たちの女神さまだ。俺たちも守りたい。なぁ、みんな」
「おぅ、秘密は絶対守るぞぉ!」
「そこでだ、みんなこう思ってくれないか? 神様に、まだ死にたくない、って願っていたら、雷が落ちて、不思議な光が降り注いで、気がつくと生き還ってたと、今ここで強く念じてくれ。いいか、落雷と不思議な光だぞ、忘れるなよ!」
―― うん、嘘は言ってない。
「わかったよ。任せてくれ」
「あと、私はここで死んで、身内に遺体を引き取られたことにしてくれ! 私の人生はここで一度確かに終わった。新しく得た、ここからの残りの人生は、救ってくれたこの女性、アンナとのためだけに使いたい。子供もできる予定だから、家族になるんだ。他の奴で人生を一新したい奴はこの機会に乗じればいい」
「なるほど、確かにオレは死んでいたな。死んで忠義も尽くせたし、今の遠征も概ね達成したから、できることはそれほど残っていない。それに今やりたいことは大体やり尽くしたしな。次は別の新しい人生、というのもなかなか悪くない選択だな」
「シャナの大将。せっかく授かった第2の命だが、わしには家族もなく、他にやりたいことが見当たらない。というか、ワシはあんたと共に生きたいとワシの心が言っている。あんたに仕えさせてはくれないか? ハンの大将も優れた人物だが、あんたはその遥か上をいくと思っている。あんたには優しさに根付いた強さと、皆を幸せに結び付ける知恵がある。あんたを守るために死ねるのなら本望だ。あんたに叶えたい夢があるのなら、そのためにこの命を投げ出したっていいと思っている。そこには姐さんも含まれていると思ってくれ。既に姐さんはかけがえのない大恩人だ。どうか考えてみてくれねえか?」
「ワシも同じ気持ちだ」
「オレも」
「私も」
「姐さん?」
「どうやらアンナのことらしい」
―― なんか危ない響きに聞こえるのは私だけ?
「皆の気持ちはよくわかった。少し考えさせてくれないか?」
「それよりも皆、死の淵にいて、帰って来れたとは言っても、中にはまだ回復しきれていないやつもいるかもしれない。アンナがもう一度、一人ずつ診てくれるそうだ。一列に並べ~」
「ありがたい。重ね重ね恩にきます」
「それと、終わっても安心するな? アンナは医者じゃないから、何の保証もないからな~。落ち着いたら必ず医者にかかるんだぞ!」
「わかってるよ、大将。姐さんがせっかく取り戻してくれた命だ。粗末にはしないことを誓うよ」
「それから、もうすぐみんなの遺族たちがここに戻ってくる頃合いだ。診て終わったものは、そのまま、遺族たちと合流するんだ。戻ってくるなよ。次にどう生きるかも合わせて、上手く対応しろよ~」
「わかってますぜ」
―― 一人一人診ていき、癒やした後に曖昧にする魔法を掛ける。
―― すると目がとろ~んとし、もう一度、落雷と不思議な光を刷り込む。
―― そして、そのまま遺族たちのもとに行かせる。
―― それを繰り返し、施術前後の接触も問題なさそうだ。
―― たぶんうまくいったと思う。
「達者でな~」
「シャナさんもお元気で~」
「おぅ!」
そんな嬉々として言葉を交わしている頃には、雲から晴れ間がのぞき始め、沈みかけの太陽の上端の光が一瞬差したかと思うと、すぐに完全に日差しを失い、徐々に暗闇へと進み、闇夜の時間が始まる。
それはまだ何も決まってはいないが、何色にも染まっていない人生のキャンバスに新しい楽しそうな何かを描き出そうと、夢を膨らませるものたちの始まりの合図、そして死の淵からの生還を喜ぶ宴開始の合図でもあった。ヤツらはそのまま街に繰り出して行った。
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