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第6話 絶息 〜 Anna ep1
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今から約800年ほど、時を遡った時代。北欧のとある国の魔女がひっそりと暮らす里。アンナは、魔女の里の中でも、魔力・知性・美貌のどれをとっても他の追従を許さない優秀さから、次代の長とも、もてはやされる。しかし、それに見合う伴侶となれる男は、近隣諸国を見渡しても見つからなかった。
その頃、東方で猛威を振るうチンギス・ハンの活躍を讃える噂話と、近々西方遠征してくる話が舞い込み、どれほどの男かとアンナは興味を抱く。
そして西方遠征でやってきたチンギス・ハンを一目見たが、瞬く間に興味は失せる。おそらく武力と知力と運でうまくのし上がってきたのだろう。見目もオーラも特筆するものはないと感じ、凄い人物なのだろうが、アンナの琴線に触れることはなかった。
そう思い引き返そうと、踵を返したその先に配下の一団があり、その中にひときわ異質なオーラを感じ取る。魔力の高いものが放つ派手なオーラではなく、やや控えめながら、何故か知性と優しさを感じさせる、見たことのない特殊な紋様のオーラだった。
今初めて見た、話したことのない黒髪の男性は見目も悪くない。人となりは当然まったく知らないのだが、オーラの放つ印象と相まって、なぜか強力に心を引き寄せられる。アンナは暫し滞在し観察することを決めるが、瞬く間に接触の機会は訪れ、心の赴くままに恋に落ちる。
その男は、倭の国からやってきて、多くのものを失い絶望し、生きる望みも失いかけていたところをチンギス・ハンに拾われ、その関わりの中から立ち直り、その野望実現に陰ながら助力していたと言う。男は倭の国で自刃したように見せかけ海を渡ったため、追跡を受けぬよう、幼名だった遮那王からシャナを名乗り、本当の名は倭の国に置いてきたと言う。妻子もあったが、倭の国にて死に別れ、身寄りなく、倭の国を飛び出したそうだ。
シャナと出会って数週間。アンナの心はシャナでいっぱいに満たされる。シャナもアンナの美しさに心酔し、その芯の強さと仁徳の深さに強く心を奪われる。互いに過去の偉業や苦悩、秘める力などは露ほども知らず、純粋に人間的魅力のみで惹かれ合う。
アンナの懐妊が判明するが、成すべきを成したら必ず戻ることを固く約束して、シャナは遠征の帰途につく。
しかし遠征隊の出発の少し後、対立する敵軍の強烈な奇襲を受け、シャナは敵の降り注ぐ矢の毒に倒れ、絶命する。
それから少し経過して、火急の知らせを受けたアンナは、何かの間違いだと心で繰り返しながら、遺体が並べられた河原近くの広場に全力で駆けつける。
今にも泣き出しそうな、夜にさしかかる前の薄暗い空の下、遺体がシャナであることを確認する。
―― 認めたくないけど、確かにシャナだ。
遺体の管理を任されている兵士に問われ、シャナであることを認め、恋人であることを告げる。そうすることで、以降は家族や恋人の別れに水を差すことのないよう、気の済むまでお別れできるようにと、遠巻きに見守るように配慮してくれる。
そこに置かれているシャナの遺体は、矢傷のあるお腹以外はとてもきれいだ。確かに息はしていない。脈もなく心臓の鼓動もないが、まだ冷たくもなく、肌も柔らかい。
「嘘だ。まだ死んでない」
周囲の家族らしき付き添い人は、死を受け入れ、咽び泣く声が辺りを埋め尽くしている。
―― けれど、私は受け入れない。
―― シャナは戻ると約束した。
―― シャナは絶対に約束は守る男だ。
―― 私が愛した男だ。
―― 今は毒に倒れ眠っているだけで、私の癒やしを待っているはず。
心の中で真剣にそう呟きながら、シャナに向かうと、アンナは迎えに来た旨を告げる。身体は動かなくても、まだそこに魂が残っていることを信じて止まないアンナだった。
「シャナ、アンナよ、迎えに来たよ!」
そうシャナに問いかけると、アンナはすぐにありったけの魔法を重ねてかける。そのたびにシャナの身体がフワリと淡い光を帯びては霧散していく。
「シャナ、お願い、戻ってきてっ!」
薄暗いさなかのそれは、周囲の視線を釘付けにするには十分過ぎるほど神々しく見えるようだ。周囲から、その美しい情景にウットリする声が主体だが、怪しさを訴えるざわめきの声も混じりながら、アンナの耳に入り始める。しかしアンナはお構いなしに必死に掛け続ける。
「間に合ってーっ」
焦燥感からか、通常じゃあり得ない重ね掛けの数だ。解毒や癒やし、といえるほど、実際には万能ではないこの魔法は、生体エネルギーで体内から透過的に身体に働きかける。すなわち毒は輩出するように、傷などは自然治癒を最大限に促すように。しかし何をやっても変化が見えない。何度も試みるが、蘇生には至らず、アンナは遺体に泣きすがる。
「どうして? どうしてなの? 何で効かないの?」
空が呼応するように泣き出し始める。徐々に雨足は強まっていく。周囲にいるものは、雨を避けようと移動し始める。
―― もう少し早く知らされたなら
―― いや、なぜ帰路の安全を確認しなかったのか
―― なぜ我が儘を言ってでも帰投に同行しなかったのか。
アンナの自責の言葉の渦は増殖しながら膨れ上がりどこまでも自我を貶めていく。
「どうして?」
アンナは悲しみと悔しさを手のひらに込めて思いっきり河原の石に叩きつける。何度も何度も叩きつける。女の華奢な手は簡単に傷つき、血が飛び散る。
―― なぜ私は引き止めなかったのか
―― 一緒にいさえすれば絶対に助けられたはずなのになぜ?
とアンナは心の中で何度も叫んでは、空を見上げ、溢れる涙や鼻水は降りつける雨と交わりながら流れ落ちる。
「痛い」
手のひらの骨が少しずつ砕けていくのがわかる。それでもまだ諦めきれないアンナは癒やしを重ね、無反応を確かめるたびにまた手のひらを石に叩きつける。
「どうして? どうして? どうして?」
―― 痛い……でもそれがなんだ。
―― 痛いのなんて今はどうでもよい。
そう心で呟きながら、その燻る想いはアンナの心の内に凝縮していく。すると、そんな想いと自身への怒りと悲しみから高濃縮の力点が生まれ、それは波状の急速な広がりを見せる。
怒りで歯止めの利かない魔力が風を巻き起こし、渦を加速する。シャナとアンナを中心に竜巻が形成されていく。ピシピシッと霆が周囲を震わせる。
この時代の人にとっては、人智を超え畏怖しか抱けないこの状況に、恐れおののき散っていったため、周囲にはアンナと遺体しか残っていない。
「なぜ? シャナ、帰ってきて!」
―― 私はなぜ今シャナを蘇生できない?
―― なぜ事前にこの事態を察知できなかった?
―― 私の魔法は何のためにあるのか?
アンナがそう思う毎に、荒ぶる心は竜巻として激しさを増す。
蘇生のための魔力行使を何度やっても反応はなかった。だんだんと気持ちが萎れていくアンナだった。
「私は間に合わなかったってこと? シャナ? 本当に死んでしまったの?」
―― 私の心は折れかけそうだ。
―― シャナが帰って来ないのなら私が追うしかないか。
―― シャナのいない世界に未練はない。
―― このままシャナと一緒に飛ばされれば、一緒に天国に行けるのではないか?
―― うん、それも悪くない。
―― シャナのいない世界なんて想像したくない。
アンナの心は次第に、共に逝くことに傾倒していく。
「じゃあ、一緒に逝こうか」
アンナはシャナの手を握りしめ、一緒にこのまま飛んでいけ、という思いがアンナの魔力を全開で迸らせる。
ピシピシピシッ……バチッ……
すると、この瞬間、竜巻の中で溜まりに溜まった静電気がはじけ、呼応するように空の霆がアンナの魔力でできた大きな塊に落ちてきた。
ドゴーン! バチバチ……
そこら一帯を包み込むように分散しパチパチと弾ける音を周囲に撒き散らしながら、次第に大地に吸収されていく。
パチパチパチパチ……しゅぅぅぅぅ……ざぁぁぁ……
この衝撃で竜巻で巻き上がった泥がチリジリに降ってくるのと、周囲の水分が霧状に舞い上がるのとで、視界はひどい状態になっている。
―― 雷に邪魔された。
―― ギリシャ神話のイカロスみたいにどこまでも高く登って死ぬのもよいかと思ったが、儘ならぬものだ。
―― 力を溜めてもう一度やろう。
ひとり心で呟いていると、周囲がゴホゴホ咳き込んでうるさいことに気付く。
―― え? 誰かを巻き込んじゃった?
他の遺族の方を巻き込んでしまったかと、ヒヤリとしながらアンナは周囲を恐る恐る見回す。すると、よくは見えないが、何か様子がおかしいことにアンナは気付く。が、それとはまた違うおかしさ具合から、口をついて驚きの声が飛び出す。
「アレッ? アレーッ?」
―― 私の手の感覚もおかしい。
―― ケガだらけだけど、骨がグチャグチャで内側からの激痛がひどい状態なのだけど、そんなのどうでもよいと、痛みを忘れていたのに、今、外側からの激しい痛みに襲われてる。
―― 感じとる状況に違和感が……。
そうアンナが思っていると、なぜか目の前のシャナまで咳き込んでいるように見え、アンナの口から驚きの声が零れる。
「え? 死んだはずの人たちが一斉に動き始めた。ここはもしかして、死後の天上界? 望み通りに私も逝けたのね。よかった」
一人だけ置いて行かれず、一緒に逝けたのだと安堵するアンナ。
しかし、徐々に視界が晴れて辺りが見えるようになってくると、そうではなかったことにアンナは改めて気付く。
「ち、違う。ここはさっきからいたところだ。どうしてなのか、みんな生き返ってる。シャナは? い、生き返ってる。し、信じられない……じゃあ、この手の痛みはシャナが握り返したってこと?」
シャナの生の煌めきを瞳に映すと、何度も何度も瞬きを繰り返し、幻でないことを確かめる。額に頬に唇に、触れるごとに圧し返す生の反応。確かな生がそこにある。
―― 生きてる。
―― 生きてる。シャナが生きてる。うそ? ほんと?
―― あははは。生きてる。本当に生きてる。やったぁ。生き返ったぁ。
―― やったぁ。やったぁ。やったぁ。やったぁ。やったぁ。
アンナがようやくそれを受け入れられるほどの気持ちにたどり着くと、涙が堰を切ったように、アンナの瞳に溢れ零れ落ちる。
その頃、東方で猛威を振るうチンギス・ハンの活躍を讃える噂話と、近々西方遠征してくる話が舞い込み、どれほどの男かとアンナは興味を抱く。
そして西方遠征でやってきたチンギス・ハンを一目見たが、瞬く間に興味は失せる。おそらく武力と知力と運でうまくのし上がってきたのだろう。見目もオーラも特筆するものはないと感じ、凄い人物なのだろうが、アンナの琴線に触れることはなかった。
そう思い引き返そうと、踵を返したその先に配下の一団があり、その中にひときわ異質なオーラを感じ取る。魔力の高いものが放つ派手なオーラではなく、やや控えめながら、何故か知性と優しさを感じさせる、見たことのない特殊な紋様のオーラだった。
今初めて見た、話したことのない黒髪の男性は見目も悪くない。人となりは当然まったく知らないのだが、オーラの放つ印象と相まって、なぜか強力に心を引き寄せられる。アンナは暫し滞在し観察することを決めるが、瞬く間に接触の機会は訪れ、心の赴くままに恋に落ちる。
その男は、倭の国からやってきて、多くのものを失い絶望し、生きる望みも失いかけていたところをチンギス・ハンに拾われ、その関わりの中から立ち直り、その野望実現に陰ながら助力していたと言う。男は倭の国で自刃したように見せかけ海を渡ったため、追跡を受けぬよう、幼名だった遮那王からシャナを名乗り、本当の名は倭の国に置いてきたと言う。妻子もあったが、倭の国にて死に別れ、身寄りなく、倭の国を飛び出したそうだ。
シャナと出会って数週間。アンナの心はシャナでいっぱいに満たされる。シャナもアンナの美しさに心酔し、その芯の強さと仁徳の深さに強く心を奪われる。互いに過去の偉業や苦悩、秘める力などは露ほども知らず、純粋に人間的魅力のみで惹かれ合う。
アンナの懐妊が判明するが、成すべきを成したら必ず戻ることを固く約束して、シャナは遠征の帰途につく。
しかし遠征隊の出発の少し後、対立する敵軍の強烈な奇襲を受け、シャナは敵の降り注ぐ矢の毒に倒れ、絶命する。
それから少し経過して、火急の知らせを受けたアンナは、何かの間違いだと心で繰り返しながら、遺体が並べられた河原近くの広場に全力で駆けつける。
今にも泣き出しそうな、夜にさしかかる前の薄暗い空の下、遺体がシャナであることを確認する。
―― 認めたくないけど、確かにシャナだ。
遺体の管理を任されている兵士に問われ、シャナであることを認め、恋人であることを告げる。そうすることで、以降は家族や恋人の別れに水を差すことのないよう、気の済むまでお別れできるようにと、遠巻きに見守るように配慮してくれる。
そこに置かれているシャナの遺体は、矢傷のあるお腹以外はとてもきれいだ。確かに息はしていない。脈もなく心臓の鼓動もないが、まだ冷たくもなく、肌も柔らかい。
「嘘だ。まだ死んでない」
周囲の家族らしき付き添い人は、死を受け入れ、咽び泣く声が辺りを埋め尽くしている。
―― けれど、私は受け入れない。
―― シャナは戻ると約束した。
―― シャナは絶対に約束は守る男だ。
―― 私が愛した男だ。
―― 今は毒に倒れ眠っているだけで、私の癒やしを待っているはず。
心の中で真剣にそう呟きながら、シャナに向かうと、アンナは迎えに来た旨を告げる。身体は動かなくても、まだそこに魂が残っていることを信じて止まないアンナだった。
「シャナ、アンナよ、迎えに来たよ!」
そうシャナに問いかけると、アンナはすぐにありったけの魔法を重ねてかける。そのたびにシャナの身体がフワリと淡い光を帯びては霧散していく。
「シャナ、お願い、戻ってきてっ!」
薄暗いさなかのそれは、周囲の視線を釘付けにするには十分過ぎるほど神々しく見えるようだ。周囲から、その美しい情景にウットリする声が主体だが、怪しさを訴えるざわめきの声も混じりながら、アンナの耳に入り始める。しかしアンナはお構いなしに必死に掛け続ける。
「間に合ってーっ」
焦燥感からか、通常じゃあり得ない重ね掛けの数だ。解毒や癒やし、といえるほど、実際には万能ではないこの魔法は、生体エネルギーで体内から透過的に身体に働きかける。すなわち毒は輩出するように、傷などは自然治癒を最大限に促すように。しかし何をやっても変化が見えない。何度も試みるが、蘇生には至らず、アンナは遺体に泣きすがる。
「どうして? どうしてなの? 何で効かないの?」
空が呼応するように泣き出し始める。徐々に雨足は強まっていく。周囲にいるものは、雨を避けようと移動し始める。
―― もう少し早く知らされたなら
―― いや、なぜ帰路の安全を確認しなかったのか
―― なぜ我が儘を言ってでも帰投に同行しなかったのか。
アンナの自責の言葉の渦は増殖しながら膨れ上がりどこまでも自我を貶めていく。
「どうして?」
アンナは悲しみと悔しさを手のひらに込めて思いっきり河原の石に叩きつける。何度も何度も叩きつける。女の華奢な手は簡単に傷つき、血が飛び散る。
―― なぜ私は引き止めなかったのか
―― 一緒にいさえすれば絶対に助けられたはずなのになぜ?
とアンナは心の中で何度も叫んでは、空を見上げ、溢れる涙や鼻水は降りつける雨と交わりながら流れ落ちる。
「痛い」
手のひらの骨が少しずつ砕けていくのがわかる。それでもまだ諦めきれないアンナは癒やしを重ね、無反応を確かめるたびにまた手のひらを石に叩きつける。
「どうして? どうして? どうして?」
―― 痛い……でもそれがなんだ。
―― 痛いのなんて今はどうでもよい。
そう心で呟きながら、その燻る想いはアンナの心の内に凝縮していく。すると、そんな想いと自身への怒りと悲しみから高濃縮の力点が生まれ、それは波状の急速な広がりを見せる。
怒りで歯止めの利かない魔力が風を巻き起こし、渦を加速する。シャナとアンナを中心に竜巻が形成されていく。ピシピシッと霆が周囲を震わせる。
この時代の人にとっては、人智を超え畏怖しか抱けないこの状況に、恐れおののき散っていったため、周囲にはアンナと遺体しか残っていない。
「なぜ? シャナ、帰ってきて!」
―― 私はなぜ今シャナを蘇生できない?
―― なぜ事前にこの事態を察知できなかった?
―― 私の魔法は何のためにあるのか?
アンナがそう思う毎に、荒ぶる心は竜巻として激しさを増す。
蘇生のための魔力行使を何度やっても反応はなかった。だんだんと気持ちが萎れていくアンナだった。
「私は間に合わなかったってこと? シャナ? 本当に死んでしまったの?」
―― 私の心は折れかけそうだ。
―― シャナが帰って来ないのなら私が追うしかないか。
―― シャナのいない世界に未練はない。
―― このままシャナと一緒に飛ばされれば、一緒に天国に行けるのではないか?
―― うん、それも悪くない。
―― シャナのいない世界なんて想像したくない。
アンナの心は次第に、共に逝くことに傾倒していく。
「じゃあ、一緒に逝こうか」
アンナはシャナの手を握りしめ、一緒にこのまま飛んでいけ、という思いがアンナの魔力を全開で迸らせる。
ピシピシピシッ……バチッ……
すると、この瞬間、竜巻の中で溜まりに溜まった静電気がはじけ、呼応するように空の霆がアンナの魔力でできた大きな塊に落ちてきた。
ドゴーン! バチバチ……
そこら一帯を包み込むように分散しパチパチと弾ける音を周囲に撒き散らしながら、次第に大地に吸収されていく。
パチパチパチパチ……しゅぅぅぅぅ……ざぁぁぁ……
この衝撃で竜巻で巻き上がった泥がチリジリに降ってくるのと、周囲の水分が霧状に舞い上がるのとで、視界はひどい状態になっている。
―― 雷に邪魔された。
―― ギリシャ神話のイカロスみたいにどこまでも高く登って死ぬのもよいかと思ったが、儘ならぬものだ。
―― 力を溜めてもう一度やろう。
ひとり心で呟いていると、周囲がゴホゴホ咳き込んでうるさいことに気付く。
―― え? 誰かを巻き込んじゃった?
他の遺族の方を巻き込んでしまったかと、ヒヤリとしながらアンナは周囲を恐る恐る見回す。すると、よくは見えないが、何か様子がおかしいことにアンナは気付く。が、それとはまた違うおかしさ具合から、口をついて驚きの声が飛び出す。
「アレッ? アレーッ?」
―― 私の手の感覚もおかしい。
―― ケガだらけだけど、骨がグチャグチャで内側からの激痛がひどい状態なのだけど、そんなのどうでもよいと、痛みを忘れていたのに、今、外側からの激しい痛みに襲われてる。
―― 感じとる状況に違和感が……。
そうアンナが思っていると、なぜか目の前のシャナまで咳き込んでいるように見え、アンナの口から驚きの声が零れる。
「え? 死んだはずの人たちが一斉に動き始めた。ここはもしかして、死後の天上界? 望み通りに私も逝けたのね。よかった」
一人だけ置いて行かれず、一緒に逝けたのだと安堵するアンナ。
しかし、徐々に視界が晴れて辺りが見えるようになってくると、そうではなかったことにアンナは改めて気付く。
「ち、違う。ここはさっきからいたところだ。どうしてなのか、みんな生き返ってる。シャナは? い、生き返ってる。し、信じられない……じゃあ、この手の痛みはシャナが握り返したってこと?」
シャナの生の煌めきを瞳に映すと、何度も何度も瞬きを繰り返し、幻でないことを確かめる。額に頬に唇に、触れるごとに圧し返す生の反応。確かな生がそこにある。
―― 生きてる。
―― 生きてる。シャナが生きてる。うそ? ほんと?
―― あははは。生きてる。本当に生きてる。やったぁ。生き返ったぁ。
―― やったぁ。やったぁ。やったぁ。やったぁ。やったぁ。
アンナがようやくそれを受け入れられるほどの気持ちにたどり着くと、涙が堰を切ったように、アンナの瞳に溢れ零れ落ちる。
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