上 下
7 / 11

7.突然の出逢い

しおりを挟む
 長衣の男は、倒れている藍珠とそのあとを追ってきた東風ドンフォンを交互に見てちょっと眉を上げた。
 東風は男を見て一瞬怯んだが、すぐに藍珠の腕をつかんで立ち上がらせようとした。

「来い!」
「いや、離してっ!」

 藍珠は必死に抵抗したが力では叶わない。
 そのまま、なかば引きずられるようにして連れ去られそうになったところで長衣の男が口を開いた。

「女が嫌がっているではないか。離してやれ」
 人に命令することに慣れた貴族の口調だった。

 東風は面倒なことになったと思ったが、前から目をつけていた藍珠を手に入れる絶好の機会を逃すのも惜しく、へらりと愛想笑いを浮かべてこの場をやり過ごそうとした。

「これはお見苦しいところをお見せいたしまして。これはちょっとした痴話喧嘩でして」
 その間も藍珠は、東風の腕から抜け出そうと懸命にもがき続けていた。

「おい。我が儘もいい加減にしろ。他人様のまえで恥ずかしいだろう」
 あくまで恋人同士のちょっとした喧嘩ということで押し通すつもりらしい。

 男は黙ってこちらを見ている。

 ここで彼に去られたら、いよいよ助からない。
 無理矢理に東風のものにされてしまう。

 藍珠は必死に叫んだ。

「お願いです、助けて下さい!」
「お、おい。何言ってるんだよ、おまえ」

「この人とは恋人なんかじゃありません! お願い助けて!」
「いい加減にしろよ、この……」

 東風は苛立ったように、手を振り上げた。

(打たれる……!)
 思わず目をつぶったが、次の瞬間聞こえてきたのは、

「ぐああっ」
 という東風の呻き声だった。

 男が、腰に佩いていた太刀を鞘ごと抜いて、その鞘で東風の眉間を打ち付けたのだ。
 目にも止まらない速さだった。

 東風が眉間を抑えてうずくまった隙に藍珠はその腕のなかから抜け出した。

「痴話喧嘩だか何だか知らぬが、女に助けを求められて知らぬふりをしたら寝覚めが悪いからな」
 男は静かな口調でそう言った。

「くそっ、格好つけやがって……」
 東風はギラギラとした目で男を睨みつけたが、その時、路地のむこうの方からバラバラと数人の男たちが走ってきた。

「若様! ここにいらっしゃいましたか!」
「お一人でどこかへ行かれては困ります! やっ、この者たちは……」

 男たちは長衣の男に駆け寄ると口々に言った。

「チッ……」
 東風が舌打ちをして逃げ出す。

「あ、おい!」
 駆けつけた男たちの一人が呼び止めるが、長衣の男は
「良い。祭り騒ぎに浮かれた街のごろつきだろう。放っておけ」
 と冷たく言った。

 藍珠は男たちが集まってくるのを見て、改めて自分があられもない格好にされているのに気がついた。

 東風の嘘とはいえ、痴話喧嘩で男と揉めてこのような目にあった女と蔑まれるのも恥ずかしく、藍珠は、

「あ、あの、ありがとうございました!」

 と頭を下げるとそのまま、後も見ずに駆けだそうとした。

 しかし、さっきまでの恐怖で膝が震えてうまく走れない。
 
 しかも、さっき男にぶつかって倒れた拍子に足首を挫いてしまったみたいだ。
 転びそうになるのを、男が駆け寄って支えてくれた。

「大丈夫か?」
 言いながら長衣の上に来ていた丈の長い羽織を藍珠の方からかけてくれる。

「は、はい。大丈夫です。申し訳ありません」

「若様、そちらの娘は?」
 供の男がいぶかしげに尋ねる。

「先ほどの男に絡まれて、ここへ連れ込まれていたらしい。ちょうど通りかかったので助けてやった」

「それはそれはご親切な。しかし、こんなところで市井の花に構っている場合ではございませんよ。早く宮……いえ、お屋敷にお戻り下さいませ。それこそ天下の百花が競って若様をお待ちでございましょう」


「香と白粉の匂いでまぶされた砂糖菓子みたいな花たちがね。それが気がすすまないからこうしてここに来ているんだろう」

「またそんな我が儘を。皇……いえ、お母上さまがお許しになられませんぞ」


 男はうるさそうに供の者に手を振って、藍珠の顔を覗き込んだ。

「どうした? どこか痛めたのか」
「い、いえ。大丈夫です」

 そう言って立ち去ろうとするのだが、足が痛んでうまく歩けない。

 片足に重心をかけながら、少しずつ歩こうとすれば出来るのだが、そうしてよろよろと歩き始めた途端、いきなり男に抱き上げられてしまった。

「きゃっ」

「陛……いや、若様、何を」

「見れば分かるだろう。この佳人は足を怪我している。連れ帰って手当してやろう」

「そんな……大丈夫です。私歩けます!」
 藍珠は叫び、供の者たちも慌てて止めにかかった。

「何を仰っているのです。今夜が何の日かお忘れになられたのですか。一刻も早くお戻りいただかなければならないのにそのような娘に構うなど……」

「手当ならば我々がいたします。若様はともかくお戻りを」

 けれど男は構わず、藍珠を抱いたまま歩き出した。

「嫌だ。余は今宵、この娘と過ごす。なあに、母上は私が新しい花を迎えれば満足なのだろう。だったらこの可憐な花を愛でてもいいではないか」

 そのまま、少し離れたところに置いてあった馬車に乗り込む。

 あまりの成り行きに茫然としている藍珠を乗せたまま、馬車は男に命じられて走り出した。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

もつれた心、ほどいてあげる~カリスマ美容師御曹司の甘美な溺愛レッスン~

泉南佳那
恋愛
 イケメンカリスマ美容師と内気で地味な書店員との、甘々溺愛ストーリーです!  どうぞお楽しみいただけますように。 〈あらすじ〉  加藤優紀は、現在、25歳の書店員。  東京の中心部ながら、昭和味たっぷりの裏町に位置する「高木書店」という名の本屋を、祖母とふたりで切り盛りしている。  彼女が高木書店で働きはじめたのは、3年ほど前から。  短大卒業後、不動産会社で営業事務をしていたが、同期の、親会社の重役令嬢からいじめに近い嫌がらせを受け、逃げるように会社を辞めた過去があった。  そのことは優紀の心に小さいながらも深い傷をつけた。  人付き合いを恐れるようになった優紀は、それ以来、つぶれかけの本屋で人の目につかない質素な生活に安んじていた。  一方、高木書店の目と鼻の先に、優紀の兄の幼なじみで、大企業の社長令息にしてカリスマ美容師の香坂玲伊が〈リインカネーション〉という総合ビューティーサロンを経営していた。  玲伊は優紀より4歳年上の29歳。  優紀も、兄とともに玲伊と一緒に遊んだ幼なじみであった。  店が近いこともあり、玲伊はしょっちゅう、優紀の本屋に顔を出していた。    子供のころから、かっこよくて優しかった玲伊は、優紀の初恋の人。  その気持ちは今もまったく変わっていなかったが、しがない書店員の自分が、カリスマ美容師にして御曹司の彼に釣り合うはずがないと、その恋心に蓋をしていた。  そんなある日、優紀は玲伊に「自分の店に来て」言われる。  優紀が〈リインカネーション〉を訪れると、人気のファッション誌『KALEN』の編集者が待っていた。  そして「シンデレラ・プロジェクト」のモデルをしてほしいと依頼される。 「シンデレラ・プロジェクト」とは、玲伊の店の1周年記念の企画で、〈リインカネーション〉のすべての施設を使い、2~3カ月でモデルの女性を美しく変身させ、それを雑誌の連載記事として掲載するというもの。  優紀は固辞したが、玲伊の熱心な誘いに負け、最終的に引き受けることとなる。  はじめての経験に戸惑いながらも、超一流の施術に心が満たされていく優紀。  そして、玲伊への恋心はいっそう募ってゆく。  玲伊はとても優しいが、それは親友の妹だから。  そんな切ない気持ちを抱えていた。  プロジェクトがはじまり、ひと月が過ぎた。  書店の仕事と〈リインカネーション〉の施術という二重生活に慣れてきた矢先、大問題が発生する。  突然、編集部に上層部から横やりが入り、優紀は「シンデレラ・プロジェクト」のモデルを下ろされることになった。  残念に思いながらも、やはり夢でしかなかったのだとあきらめる優紀だったが、そんなとき、玲伊から呼び出しを受けて……

自宅が全焼して女神様と同居する事になりました

皐月 遊
恋愛
如月陽太(きさらぎようた)は、地元を離れてごく普通に学園生活を送っていた。 そんなある日、公園で傘もささずに雨に濡れている同じ学校の生徒、柊渚咲(ひいらぎなぎさ)と出会う。 シャワーを貸そうと自宅へ行くと、なんとそこには黒煙が上がっていた。 「…貴方が住んでるアパートってあれですか?」 「…あぁ…絶賛燃えてる最中だな」 これは、そんな陽太の不幸から始まった、素直になれない2人の物語。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

ヤクザと私と。~養子じゃなく嫁でした

瀬名。
恋愛
大学1年生の冬。母子家庭の私は、母に逃げられました。 家も取り押さえられ、帰る場所もない。 まず、借金返済をしてないから、私も逃げないとやばい。 …そんな時、借金取りにきた私を買ってくれたのは。 ヤクザの若頭でした。 *この話はフィクションです 現実ではあり得ませんが、物語の過程としてむちゃくちゃしてます ツッコミたくてイラつく人はお帰りください またこの話を鵜呑みにする読者がいたとしても私は一切の責任を負いませんのでご了承ください*

処理中です...