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5.皇都へ
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「こんなのってないわ。聞いていた話と全然ちがう!」
皇都に着くなり翠蓮は、母の玲氏に訴えた。
皇帝の妃になるといわれて、皇都へやってきた翠蓮だったがそこで待っていたのは盛大な妃選びの選考会だったのだ。
皇都の大路は、鴻国全土と周辺の属国からあがってきた妃候補の令嬢たちの馬車で溢れんばかりだった。
現在の皇帝、天鷹帝にはすでに複数の妃がいたが、その誰もが男児に恵まれていなかった。
そこで、後継ぎ問題を心配した皇太后の提案で、後宮に新たな妃を入れることになったのだ。
もちろん、選考会とはいっても本当にふるいにかけられるのは、下位の宮女となる下級貴族の娘や、弱小の部族の娘たちで、翠蓮のような有力部族の娘に限って、選考に落とされるようなことはまずない。
入宮するのは内定しているうえでの形式のようなものなのだが、それでも故郷で並ぶ者もない唯一の姫として大切に崇め、育てられてきた翠蓮にとって、他の娘たちと並んで選考会に出て、品定めをされるというのは我慢の出来ないことのようだった。
「お母さまもお父さまも、皇都では皇帝陛下が私のことを首を長くして待っていて下さるって言ったじゃないの! 最愛の妃として大切にお迎え下さるって」
「それは、いずれそうなるという意味ですよ、翠蓮。あなたならば、かならずや陛下のお心をとらえて並びないご寵愛を得るでしょう。一族の幸運の女神のあなたですもの。きっと、すぐに皇子を授かって、後宮でただ一人の皇后に選ばれるわ」
娘の機嫌をとるように玲氏が猫なで声でいったが、翠蓮の怒りはおさまらなかった。
「嫌よ! 品評会の馬や羊みたいに大勢の人の前に並べられて、他の人と比べてあれこれ言われるのなんて絶対に嫌! 私、選考会になんか出ないから!!」
翠蓮は、皇都に用意された宿舎の寝台に身を投げると、子どものように声をあげて泣きじゃくった。
閉口した玲氏は、おろおろと見守っていた侍女たちを睨みつけ、
「何をぼんやりと見ているの! そんな暇があったら翠蓮の気持ちが明るくなるようなものでも探しておいで! 気がきかない者たちね!」
と八つ当たり気味に言った。
部屋を出て、しばらく行くと侍女の一人が首をすくめて言った。
「気持ちが明るくなるもの、って何よ。お菓子? 玩具? 赤ん坊じゃあるまいし、こんな時に何を持っていったらご機嫌がなおるっていうのかしら」
彼女は、玲氏が皇都の実家の伝手でこちらで雇った娘で、黄族の出身ではなかった。
藍珠が、困ったように笑うと彼女はにっこりと笑いかけてきた。
「私は咲梅よ。あなたは?」
「私は藍珠」
「藍珠ね。綺麗な名前ね。これからよろしくね。同じ宮に仕えることになるのだろうから仲良くしましょう」
「ええ、こちらこそ。よろしくね」
集落にいた頃は、同年代の友達などいなかった藍珠は嬉しくなったが、それと同時に咲梅もきっと、自分が「凶星」と呼ばれていることを知ったら、不吉だと離れていってしまうのだろうと悲しくなった。
「あなたは黄族の集落から来たんでしょ? あのお嬢さまはいつもあんなに我が儘なの?」
「我が儘というか……翠蓮さまは、一族皆の幸運の星でとても大切に育てられてきたから」
藍珠は遠慮がちに言った。
「幸運の星だかなんだか知らないけど、私にとったらとんだ疫病神になりそうだわ。聞いた? 『皇都では皇帝陛下が私のことを首を長くして待っていらっしゃる』『最愛の妃としてお迎え下さる』ですって。何様のおつもりなのかしら!」
「しいっ。お嬢さまの母君の玲氏さまは厳しいお方よ。そんなことを言ってもし聞かれたら大変なことになるわ」
「そうなの? 確かにキツそうな顔してたわよね。あのお母さまも」
咲梅は笑って首をすくめた。
藍珠から、翠蓮は甘いものに目がないと聞いた咲梅は、
「だったら、外の出店で何か買ってきましょうよ」
と提案した。
お妃選びを控えた、皇都には多くの人が集まっていてちょっとしたお祭り騒ぎだった。
食べ物や衣、雑貨や宝飾品を扱う出店もたくさん出ているらしい。
「そのへんにあるお菓子や点心ではお嬢さまは見慣れてるでしょう? 出店でしか売っていないような珍しいものを買っていけば、ご機嫌がなおるかも」
確かに翠蓮は珍しいもの、目新しいものが大好きだ。
それなら確かに、少しは気が紛れるかもしれない。
藍珠は早速、咲梅と連れ立って街へと繰り出した。
妃候補たちが泊まる宿舎の側には、その供についてきた従者たち目当ての出店がたくさん並んでいた。
あたりはものすごい人出で、草原育ちで街の雑踏など歩いたこともない藍珠は、人の波に呑まれ、背を押されたり、押しのけられたりしているうちに、あっという間に咲梅とはぐれてしまった。
(どうしよう……)
不安になったが、宿舎の場所までの道は一応覚えている。
せっかくなので、自分ひとりでも何か翠蓮の気に入りそうなものを探して帰ろうかと出店の軒先を覗きながら歩いていると、ふいにぐいっと腕を引かれた。
驚いて振り向くと、そこには黄族の東風という若者が立っていた。
背が高く、逞しい体格の東風は、藍珠よりも五つ年上で、父からも一族の勇者と目をかけられていたが、その粗暴で高圧的な言動から、女たちからは涼雲ほどは人気がなかった。
藍珠も東風が苦手だった。
幼い頃から何度、髪を引っ張られたり、泥のなかへ突き飛ばされたりして苛められたかしれない。
そんな時、藍珠を守ってくれるのはいつも涼雲だった。
けれど、ここに涼雲はいない。
藍珠は後ずさろうとしたが、反対に腕を引っ張られて引き寄せられてしまった。
「藍珠じゃないか。こんなところで何してる?」
「か、買い物です。玲氏さまのお言いつけで翠蓮さまの……」
「そうか。おまえも大変だな。年がら年中こき使われて」
ここで下手に頷こうものなら、あとから玲氏に告げ口されてどんな目に遭わされるか分からない。
藍珠は知らないふりをして、東風の腕を振りほどき、
「あの、急ぎますので失礼します」
と人ごみにまぎれようとしたが、東風は、
「買い物なら荷物があるだろう。俺が手伝ってやるよ」
と言ってついてくる。
(どういう風の吹き回しかしら。いつも私をいじめてばかりいたのに……)
不信に思ったが、足を早めて撒こうとしても背の高い東風からは人ごみのなかでも藍珠のいる場所がよく見えるらしく、どれだけ急いでも悠々とした足取りでついてくる。
あきらめた藍珠は、さっさと買い物をすませてしまうことにした。
皇都に着くなり翠蓮は、母の玲氏に訴えた。
皇帝の妃になるといわれて、皇都へやってきた翠蓮だったがそこで待っていたのは盛大な妃選びの選考会だったのだ。
皇都の大路は、鴻国全土と周辺の属国からあがってきた妃候補の令嬢たちの馬車で溢れんばかりだった。
現在の皇帝、天鷹帝にはすでに複数の妃がいたが、その誰もが男児に恵まれていなかった。
そこで、後継ぎ問題を心配した皇太后の提案で、後宮に新たな妃を入れることになったのだ。
もちろん、選考会とはいっても本当にふるいにかけられるのは、下位の宮女となる下級貴族の娘や、弱小の部族の娘たちで、翠蓮のような有力部族の娘に限って、選考に落とされるようなことはまずない。
入宮するのは内定しているうえでの形式のようなものなのだが、それでも故郷で並ぶ者もない唯一の姫として大切に崇め、育てられてきた翠蓮にとって、他の娘たちと並んで選考会に出て、品定めをされるというのは我慢の出来ないことのようだった。
「お母さまもお父さまも、皇都では皇帝陛下が私のことを首を長くして待っていて下さるって言ったじゃないの! 最愛の妃として大切にお迎え下さるって」
「それは、いずれそうなるという意味ですよ、翠蓮。あなたならば、かならずや陛下のお心をとらえて並びないご寵愛を得るでしょう。一族の幸運の女神のあなたですもの。きっと、すぐに皇子を授かって、後宮でただ一人の皇后に選ばれるわ」
娘の機嫌をとるように玲氏が猫なで声でいったが、翠蓮の怒りはおさまらなかった。
「嫌よ! 品評会の馬や羊みたいに大勢の人の前に並べられて、他の人と比べてあれこれ言われるのなんて絶対に嫌! 私、選考会になんか出ないから!!」
翠蓮は、皇都に用意された宿舎の寝台に身を投げると、子どものように声をあげて泣きじゃくった。
閉口した玲氏は、おろおろと見守っていた侍女たちを睨みつけ、
「何をぼんやりと見ているの! そんな暇があったら翠蓮の気持ちが明るくなるようなものでも探しておいで! 気がきかない者たちね!」
と八つ当たり気味に言った。
部屋を出て、しばらく行くと侍女の一人が首をすくめて言った。
「気持ちが明るくなるもの、って何よ。お菓子? 玩具? 赤ん坊じゃあるまいし、こんな時に何を持っていったらご機嫌がなおるっていうのかしら」
彼女は、玲氏が皇都の実家の伝手でこちらで雇った娘で、黄族の出身ではなかった。
藍珠が、困ったように笑うと彼女はにっこりと笑いかけてきた。
「私は咲梅よ。あなたは?」
「私は藍珠」
「藍珠ね。綺麗な名前ね。これからよろしくね。同じ宮に仕えることになるのだろうから仲良くしましょう」
「ええ、こちらこそ。よろしくね」
集落にいた頃は、同年代の友達などいなかった藍珠は嬉しくなったが、それと同時に咲梅もきっと、自分が「凶星」と呼ばれていることを知ったら、不吉だと離れていってしまうのだろうと悲しくなった。
「あなたは黄族の集落から来たんでしょ? あのお嬢さまはいつもあんなに我が儘なの?」
「我が儘というか……翠蓮さまは、一族皆の幸運の星でとても大切に育てられてきたから」
藍珠は遠慮がちに言った。
「幸運の星だかなんだか知らないけど、私にとったらとんだ疫病神になりそうだわ。聞いた? 『皇都では皇帝陛下が私のことを首を長くして待っていらっしゃる』『最愛の妃としてお迎え下さる』ですって。何様のおつもりなのかしら!」
「しいっ。お嬢さまの母君の玲氏さまは厳しいお方よ。そんなことを言ってもし聞かれたら大変なことになるわ」
「そうなの? 確かにキツそうな顔してたわよね。あのお母さまも」
咲梅は笑って首をすくめた。
藍珠から、翠蓮は甘いものに目がないと聞いた咲梅は、
「だったら、外の出店で何か買ってきましょうよ」
と提案した。
お妃選びを控えた、皇都には多くの人が集まっていてちょっとしたお祭り騒ぎだった。
食べ物や衣、雑貨や宝飾品を扱う出店もたくさん出ているらしい。
「そのへんにあるお菓子や点心ではお嬢さまは見慣れてるでしょう? 出店でしか売っていないような珍しいものを買っていけば、ご機嫌がなおるかも」
確かに翠蓮は珍しいもの、目新しいものが大好きだ。
それなら確かに、少しは気が紛れるかもしれない。
藍珠は早速、咲梅と連れ立って街へと繰り出した。
妃候補たちが泊まる宿舎の側には、その供についてきた従者たち目当ての出店がたくさん並んでいた。
あたりはものすごい人出で、草原育ちで街の雑踏など歩いたこともない藍珠は、人の波に呑まれ、背を押されたり、押しのけられたりしているうちに、あっという間に咲梅とはぐれてしまった。
(どうしよう……)
不安になったが、宿舎の場所までの道は一応覚えている。
せっかくなので、自分ひとりでも何か翠蓮の気に入りそうなものを探して帰ろうかと出店の軒先を覗きながら歩いていると、ふいにぐいっと腕を引かれた。
驚いて振り向くと、そこには黄族の東風という若者が立っていた。
背が高く、逞しい体格の東風は、藍珠よりも五つ年上で、父からも一族の勇者と目をかけられていたが、その粗暴で高圧的な言動から、女たちからは涼雲ほどは人気がなかった。
藍珠も東風が苦手だった。
幼い頃から何度、髪を引っ張られたり、泥のなかへ突き飛ばされたりして苛められたかしれない。
そんな時、藍珠を守ってくれるのはいつも涼雲だった。
けれど、ここに涼雲はいない。
藍珠は後ずさろうとしたが、反対に腕を引っ張られて引き寄せられてしまった。
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「か、買い物です。玲氏さまのお言いつけで翠蓮さまの……」
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藍珠は知らないふりをして、東風の腕を振りほどき、
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と人ごみにまぎれようとしたが、東風は、
「買い物なら荷物があるだろう。俺が手伝ってやるよ」
と言ってついてくる。
(どういう風の吹き回しかしら。いつも私をいじめてばかりいたのに……)
不信に思ったが、足を早めて撒こうとしても背の高い東風からは人ごみのなかでも藍珠のいる場所がよく見えるらしく、どれだけ急いでも悠々とした足取りでついてくる。
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