16 / 16
第二章 さっぱり夏豚汁
17. さっぱり夏の塩豚汁
しおりを挟む
二時にお昼のお店を閉めてから、夕方の営業が始まる五時半まで。
お昼の営業の片づけと、夜の準備をする。
洗い物と店内の掃除が終わったら三時頃一度、私は家に帰って一時間半の休憩をとる。
この点でも祖母の家の離れを借りられて本当に助かっている。
近いのはもちろんだけれど、休憩の度に実家に戻って母にあれこれ言われるんじゃ全然気が休まらない。
四時半少し前にもう一度、出勤すると店内はお出汁と醤油の煮えるいい匂いに包まれていた。
「こんにちはー。奏輔さん。お疲れさまです」
勝手口から声をかけると、中から奏輔さんの
「おかえりー。お疲れさん」
という声がかえってくる。
「おかえり」と言われるたびに少しくすぐったい気持ちになる。
お昼の間、奏輔さんは休憩をとりつつも夜のメニューの準備をしている。
あじさい堂の夜は、三種類のメインメニューから一品、汁物を一種類、それに値段に応じて小鉢やデザートがつくセットメニューがメインになる。
今日のメインは、夏野菜の揚げ浸しと、アジの南蛮漬け、ゴーヤと夏野菜の味噌マヨ炒めの三品だった。
汁物は、豆腐とネギのお味噌汁と、もう一品は豚汁。
こんな真夏に豚汁? と思ったけれど、奏輔さんの作るそれには定番の大根、人参。里芋の他にオクラとトマトが入っていた。
「味付けは味噌じゃなくて、出汁に塩と生姜汁、あとは薄口しょうゆちょっと垂らして仕上げに粗びき胡椒」
大根の皮をスルスルと剥きながら奏輔さんが説明してくれる。
「へえ~。珍しい。私食べたことないです」
「夏にはさっぱりして結構いけるで。こういう暑い時こそ熱いもの食えって言うしな」
確かに、エアコンが欠かせない最近の夏はうっかりしていると冬より体が冷えてしまうことがある。
ぽかぽかの汁物は夏バテ防止にも良さそうだ。
「あ、お花、ここに置いてもいいですか?」
「おう。ありがとう」
奏輔さんの許可をとって、祖母の家で借りてきた花器に活けた花をカウンターの隅のレジの横に置く。
ひまわりをメインにブルーのデルフィニウムと白のカーネーションをあしらった夏らしいアレンジだ。
外商時代にお客さまの奥さまがやっているというフラワーアレンジメントの教室に、勧められて断れずに通っていたのが思わぬところで役に立った。
「おお。可愛いやん。それ。悠花さんが活けたん?」
「はい。下手でお恥ずかしいんですけど」
「ええ、綺麗に出来とるやん。ああ、それも謙遜か」
「いや、そうじゃなくて……ああ、もう」
「まあ、ええやん。そういう控えめなとこも悠花さんのええとこなんやし」
「そうですか……」
「そうですよー」
さらっと言って奏輔さんは、鼻歌まじりに揚げびたしに入れる茄子を切っている。
奏輔さんのこういう言いたいことを言って、マイペースなのにもだいぶ慣れてきたけれど、面と向かって照れるようなことを平気で言ってくるのにだけはまだ慣れない。
五時になったので、私は表の準備中のプレートを営業中に引っ繰り返した。
これは前の白いプラスチックのプレートから、百円均一のショップでみつけた木目調の札に書道の段もちの祖母に筆で書いて貰ったものだ。
同じく気になっていたメニュー表は、ネットで手作りアルバムセットというのをみつけて木目調の表紙に黒の台紙のものを選んで注文し、そこに和紙風の紙に和風のフォントで印刷したメニューと名前を張りつけてみた。
どちらも些細なことだけれど、奏輔さんはとても喜んでくれて常連のお客様にも評判が良かった。
そういった一つ一つのことが、自分がここにいてもいいという保証を貰えたようでとても嬉しかった。
お昼の営業の片づけと、夜の準備をする。
洗い物と店内の掃除が終わったら三時頃一度、私は家に帰って一時間半の休憩をとる。
この点でも祖母の家の離れを借りられて本当に助かっている。
近いのはもちろんだけれど、休憩の度に実家に戻って母にあれこれ言われるんじゃ全然気が休まらない。
四時半少し前にもう一度、出勤すると店内はお出汁と醤油の煮えるいい匂いに包まれていた。
「こんにちはー。奏輔さん。お疲れさまです」
勝手口から声をかけると、中から奏輔さんの
「おかえりー。お疲れさん」
という声がかえってくる。
「おかえり」と言われるたびに少しくすぐったい気持ちになる。
お昼の間、奏輔さんは休憩をとりつつも夜のメニューの準備をしている。
あじさい堂の夜は、三種類のメインメニューから一品、汁物を一種類、それに値段に応じて小鉢やデザートがつくセットメニューがメインになる。
今日のメインは、夏野菜の揚げ浸しと、アジの南蛮漬け、ゴーヤと夏野菜の味噌マヨ炒めの三品だった。
汁物は、豆腐とネギのお味噌汁と、もう一品は豚汁。
こんな真夏に豚汁? と思ったけれど、奏輔さんの作るそれには定番の大根、人参。里芋の他にオクラとトマトが入っていた。
「味付けは味噌じゃなくて、出汁に塩と生姜汁、あとは薄口しょうゆちょっと垂らして仕上げに粗びき胡椒」
大根の皮をスルスルと剥きながら奏輔さんが説明してくれる。
「へえ~。珍しい。私食べたことないです」
「夏にはさっぱりして結構いけるで。こういう暑い時こそ熱いもの食えって言うしな」
確かに、エアコンが欠かせない最近の夏はうっかりしていると冬より体が冷えてしまうことがある。
ぽかぽかの汁物は夏バテ防止にも良さそうだ。
「あ、お花、ここに置いてもいいですか?」
「おう。ありがとう」
奏輔さんの許可をとって、祖母の家で借りてきた花器に活けた花をカウンターの隅のレジの横に置く。
ひまわりをメインにブルーのデルフィニウムと白のカーネーションをあしらった夏らしいアレンジだ。
外商時代にお客さまの奥さまがやっているというフラワーアレンジメントの教室に、勧められて断れずに通っていたのが思わぬところで役に立った。
「おお。可愛いやん。それ。悠花さんが活けたん?」
「はい。下手でお恥ずかしいんですけど」
「ええ、綺麗に出来とるやん。ああ、それも謙遜か」
「いや、そうじゃなくて……ああ、もう」
「まあ、ええやん。そういう控えめなとこも悠花さんのええとこなんやし」
「そうですか……」
「そうですよー」
さらっと言って奏輔さんは、鼻歌まじりに揚げびたしに入れる茄子を切っている。
奏輔さんのこういう言いたいことを言って、マイペースなのにもだいぶ慣れてきたけれど、面と向かって照れるようなことを平気で言ってくるのにだけはまだ慣れない。
五時になったので、私は表の準備中のプレートを営業中に引っ繰り返した。
これは前の白いプラスチックのプレートから、百円均一のショップでみつけた木目調の札に書道の段もちの祖母に筆で書いて貰ったものだ。
同じく気になっていたメニュー表は、ネットで手作りアルバムセットというのをみつけて木目調の表紙に黒の台紙のものを選んで注文し、そこに和紙風の紙に和風のフォントで印刷したメニューと名前を張りつけてみた。
どちらも些細なことだけれど、奏輔さんはとても喜んでくれて常連のお客様にも評判が良かった。
そういった一つ一つのことが、自分がここにいてもいいという保証を貰えたようでとても嬉しかった。
0
お気に入りに追加
29
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

なんか、異世界行ったら愛重めの溺愛してくる奴らに囲われた
いに。
恋愛
"佐久良 麗"
これが私の名前。
名前の"麗"(れい)は綺麗に真っ直ぐ育ちますようになんて思いでつけられた、、、らしい。
両親は他界
好きなものも特にない
将来の夢なんてない
好きな人なんてもっといない
本当になにも持っていない。
0(れい)な人間。
これを見越してつけたの?なんてそんなことは言わないがそれ程になにもない人生。
そんな人生だったはずだ。
「ここ、、どこ?」
瞬きをしただけ、ただそれだけで世界が変わってしまった。
_______________....
「レイ、何をしている早くいくぞ」
「れーいちゃん!僕が抱っこしてあげよっか?」
「いや、れいちゃんは俺と手を繋ぐんだもんねー?」
「、、茶番か。あ、おいそこの段差気をつけろ」
えっと……?
なんか気づいたら周り囲まれてるんですけどなにが起こったんだろう?
※ただ主人公が愛でられる物語です
※シリアスたまにあり
※周りめちゃ愛重い溺愛ルート確です
※ど素人作品です、温かい目で見てください
どうぞよろしくお願いします。
異世界に来たようですが何も分かりません ~【買い物履歴】スキルでぼちぼち生活しています~
ぱつきんすきー
ファンタジー
突然「神」により異世界転移させられたワタシ
以前の記憶と知識をなくし、右も左も分からないワタシ
唯一の武器【買い物履歴】スキルを利用して異世界でぼちぼち生活
かつてオッサンだった少女による、異世界生活のおはなし

獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない
たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。
何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします
雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました!
(書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です)
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。

記憶喪失の転生幼女、ギルドで保護されたら最強冒険者に溺愛される
マー子
ファンタジー
ある日魔の森で異常が見られ、調査に来ていた冒険者ルーク。
そこで木の影で眠る幼女を見つけた。
自分の名前しか記憶がなく、両親やこの国の事も知らないというアイリは、冒険者ギルドで保護されることに。
実はある事情で記憶を失って転生した幼女だけど、異世界で最強冒険者に溺愛されて、第二の人生楽しんでいきます。
・初のファンタジー物です
・ある程度内容纏まってからの更新になる為、進みは遅めになると思います
・長編予定ですが、最後まで気力が持たない場合は短編になるかもしれません⋯
どうか温かく見守ってください♪
☆感謝☆
HOTランキング1位になりました。偏にご覧下さる皆様のお陰です。この場を借りて、感謝の気持ちを⋯
そしてなんと、人気ランキングの方にもちゃっかり載っておりました。
本当にありがとうございます!
後宮の棘
香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。
☆完結しました☆
スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。
第13回ファンタジー大賞特別賞受賞!
ありがとうございました!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
暖かくて、ホッコリしてて、今後の展開が楽しみです。
メニューの写真や、お店の感じを ドンドン二人でアレンジして、もっと もつ 和カフェが 人気になって、仕事に、恋に、前向きになっていったら、良いのになぁ~。って、思いながら、読ませてもらっです!
次の更新!
お願いします~☺️
感想ありがとうございます!
奏輔さんはちょっとヒーローとしては難ありですが(^^;)
言いたいことをあんまり言えない悠花といいコンビになってくれたらと思っています。
今後とも良かったらよろしくお願いいたします。