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第二章 さっぱり夏豚汁
16.とにかく軽いプロポーズ
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「奏輔さん~……」
「あ、いや。ちゃうねん。そらそれに近いことは言うたかもしれんけど。飲食店の店員に清潔感が大切っていうのは確かやろ?」
「それは確かにそうです。間違ってません。でも……」
そこで言葉を切って私は、はったと奏輔さんを睨みつけた。
「奏輔さんが言ったのは完全にセクハラ、モラハラの域です。会社組織の中だったら社内規違反で懲罰モノですよ!」
びしっと人差し指を突き付けていうと奏輔さんは、「だってさあ……」と不服げに呟いた。
「だっても何もないです。お客さま相手の商売なのに、どうしてそんな敵を増やすような言い方をするんですかっ」
「だってな、悠花ちゃん」
「だってもへちまもないです!」
ぴしゃりと言うと奏輔さんは恨めし気に小塚さんを見た。
「ほらあ、小塚さんがいらんこと言うから」
「人のせいにしない!」
語気を強めて言うと、奏輔さんは両耳を押さえるポーズをして、
「そんな悠花さんまでギャンギャン怒らんとって。その時の女にむちゃくちゃ言われて、俺だってダメージ受けたんやから」
と哀しげな顔をしてみせた。
クールの顔立ちの美男のそんな子犬のような表情は、はっきり言って可愛い。悔しいけれど。
「いったい何を言われたんですか」
「無神経でセクハラ、モラハラ、信じられない。こんなお店頼まれたって働いてなんかやらない、お客としてだって二度と来ない、潰れろ! とか何とかかんとか……」
「それはまた随分な……」
「ほんま今時の若い女は怖いわ」
……奏輔さん。またナチュラルに私を「若い子枠」から除外しましたね。
いや。いいんですけど。
27歳は、東京でならともかくここでは立派な年増なのは知ってますけどね。
でも、二つ年上の奏輔さんに言われたくないというか。
「だから奏ちゃん、この間も言うたやろ。いっそ悠花ちゃんにお嫁に来てもろたらええやん。そうしたらお店も助かるし、奏ちゃんにも奥さん出来るし一石二鳥やわ」
小塚さんが笑いながら言った。
私が否定するより早く奏輔さんが、ひらひらと手のひらを振って言った。
「そやろ? そう思うてさっきプロポーズしたんやけど木っ端みじんにフラれたわー」
「え、もうしたん? しかもさっき?」
小塚さんの目が途端に輝きだす。
「え、なになに。フラれちゃったん? なんで? 悠花ちゃん、何があかんの? やっぱこの口の悪さか?」
私は慌てて首を振った。
「いえ、別にフッたわけじゃ……そもそもプロポーズなんてされてませんし!」
「いや、したやん。さっき。俺んとこお嫁に来てくれる? って」
「い、言われましたけど、あれは別に世間話の一環と言うか……」
「ええー、で断られたん。奏ちゃん」
「あーもう、『誰がおまえなんかのとこ嫁にいったるか、ボケェ!!』ってそらもうえらい剣幕で……」
「ええー!?」
「平気な顔して嘘つかないで下さいっ」
私は、話題を打ち切るためにトレイを手にして立ち上がった。
「さ、片付けようっと。夜の下ごしらえもありますよね」
「あ。誤魔化した」
「別に誤魔化してません。そんなことより小塚さん、そろそろ時間になりますよ」
「あ、ほんまや。幼稚園バスがきてしまうわ」
小塚さんが時計を見て、慌てて立ち上がる。
小塚さんは、二時にお店を閉めたあと、二時半には上がってもらっていた。
仕事をしている娘さんのかわりに週何度かお孫さんのお迎えを引き受けているので、その日は三時には自宅に戻っていたいらしい。
「いやあ、お喋りしとったから片付けもまだで……」
「いいですよ。私がしておきますから上がって下さい。バスに間に合わなかったら大変」
「ありがとう。悠花ちゃんはほんまにええ子やなあ。奏ちゃん、諦めんと何度かアタックするんやで」
「その話はもういいですから」
小塚さんが帰ったあと、私はなんとなく奏輔さんと二人で顔を合わせているのが気まずくてバタバタとテーブルの食器を片付け始めた。
「今日、忙しかったから疲れたやろ。片付けあとでええからちょっと座っといたら? まかない出すし」
「はい。でも、洗い物だけ済ませちゃいます。汚れもその方が落としやすいので」
食器を集めてシンクに運びながらそう言うと、奏輔さんがはあっと大仰に溜息をついた。
「ごめんな。俺またいらんこと言うたな」
「いらんことというか……小塚さんの前であんな話をしたら、このあたりの奥さんに変な風に広まっちゃっても知りませんよ」
小塚さんは悪い人ではないけれど、あの世代の女性の例に漏れずお喋りが大好きだ。
奏輔さんが私にプロポーズをして断られたなんていう話題は、格好の噂のネタとして明日にはこのあたり一帯に広まっていたとしても不思議はない。
奏輔さんに悪気はないのは分かるけど、少しは自分のルックスの持つ影響力というものを考えて欲しい。
一応、少し、いやかなり、ドキドキしちゃったじゃないか。
「あ、いや。ちゃうねん。そらそれに近いことは言うたかもしれんけど。飲食店の店員に清潔感が大切っていうのは確かやろ?」
「それは確かにそうです。間違ってません。でも……」
そこで言葉を切って私は、はったと奏輔さんを睨みつけた。
「奏輔さんが言ったのは完全にセクハラ、モラハラの域です。会社組織の中だったら社内規違反で懲罰モノですよ!」
びしっと人差し指を突き付けていうと奏輔さんは、「だってさあ……」と不服げに呟いた。
「だっても何もないです。お客さま相手の商売なのに、どうしてそんな敵を増やすような言い方をするんですかっ」
「だってな、悠花ちゃん」
「だってもへちまもないです!」
ぴしゃりと言うと奏輔さんは恨めし気に小塚さんを見た。
「ほらあ、小塚さんがいらんこと言うから」
「人のせいにしない!」
語気を強めて言うと、奏輔さんは両耳を押さえるポーズをして、
「そんな悠花さんまでギャンギャン怒らんとって。その時の女にむちゃくちゃ言われて、俺だってダメージ受けたんやから」
と哀しげな顔をしてみせた。
クールの顔立ちの美男のそんな子犬のような表情は、はっきり言って可愛い。悔しいけれど。
「いったい何を言われたんですか」
「無神経でセクハラ、モラハラ、信じられない。こんなお店頼まれたって働いてなんかやらない、お客としてだって二度と来ない、潰れろ! とか何とかかんとか……」
「それはまた随分な……」
「ほんま今時の若い女は怖いわ」
……奏輔さん。またナチュラルに私を「若い子枠」から除外しましたね。
いや。いいんですけど。
27歳は、東京でならともかくここでは立派な年増なのは知ってますけどね。
でも、二つ年上の奏輔さんに言われたくないというか。
「だから奏ちゃん、この間も言うたやろ。いっそ悠花ちゃんにお嫁に来てもろたらええやん。そうしたらお店も助かるし、奏ちゃんにも奥さん出来るし一石二鳥やわ」
小塚さんが笑いながら言った。
私が否定するより早く奏輔さんが、ひらひらと手のひらを振って言った。
「そやろ? そう思うてさっきプロポーズしたんやけど木っ端みじんにフラれたわー」
「え、もうしたん? しかもさっき?」
小塚さんの目が途端に輝きだす。
「え、なになに。フラれちゃったん? なんで? 悠花ちゃん、何があかんの? やっぱこの口の悪さか?」
私は慌てて首を振った。
「いえ、別にフッたわけじゃ……そもそもプロポーズなんてされてませんし!」
「いや、したやん。さっき。俺んとこお嫁に来てくれる? って」
「い、言われましたけど、あれは別に世間話の一環と言うか……」
「ええー、で断られたん。奏ちゃん」
「あーもう、『誰がおまえなんかのとこ嫁にいったるか、ボケェ!!』ってそらもうえらい剣幕で……」
「ええー!?」
「平気な顔して嘘つかないで下さいっ」
私は、話題を打ち切るためにトレイを手にして立ち上がった。
「さ、片付けようっと。夜の下ごしらえもありますよね」
「あ。誤魔化した」
「別に誤魔化してません。そんなことより小塚さん、そろそろ時間になりますよ」
「あ、ほんまや。幼稚園バスがきてしまうわ」
小塚さんが時計を見て、慌てて立ち上がる。
小塚さんは、二時にお店を閉めたあと、二時半には上がってもらっていた。
仕事をしている娘さんのかわりに週何度かお孫さんのお迎えを引き受けているので、その日は三時には自宅に戻っていたいらしい。
「いやあ、お喋りしとったから片付けもまだで……」
「いいですよ。私がしておきますから上がって下さい。バスに間に合わなかったら大変」
「ありがとう。悠花ちゃんはほんまにええ子やなあ。奏ちゃん、諦めんと何度かアタックするんやで」
「その話はもういいですから」
小塚さんが帰ったあと、私はなんとなく奏輔さんと二人で顔を合わせているのが気まずくてバタバタとテーブルの食器を片付け始めた。
「今日、忙しかったから疲れたやろ。片付けあとでええからちょっと座っといたら? まかない出すし」
「はい。でも、洗い物だけ済ませちゃいます。汚れもその方が落としやすいので」
食器を集めてシンクに運びながらそう言うと、奏輔さんがはあっと大仰に溜息をついた。
「ごめんな。俺またいらんこと言うたな」
「いらんことというか……小塚さんの前であんな話をしたら、このあたりの奥さんに変な風に広まっちゃっても知りませんよ」
小塚さんは悪い人ではないけれど、あの世代の女性の例に漏れずお喋りが大好きだ。
奏輔さんが私にプロポーズをして断られたなんていう話題は、格好の噂のネタとして明日にはこのあたり一帯に広まっていたとしても不思議はない。
奏輔さんに悪気はないのは分かるけど、少しは自分のルックスの持つ影響力というものを考えて欲しい。
一応、少し、いやかなり、ドキドキしちゃったじゃないか。
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