古都奈良の和風カフェ あじさい堂花暦

橘 ゆず

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第二章 さっぱり夏豚汁

15. 人員補充は前途多難

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     今日のランチは、オクラの豚肉巻き定食に、枝豆とベーコンのクリームパスタ、夏野菜の南蛮丼の三種類から選べるようになっていた。

  ランチタイムはいつもあっという間に過ぎる。

  お客さまを案内してお水を出して、オーダーをとって厨房に通して、出来上がった料理を運び、お会計をして、空いたテーブルを片付ける。

  今日はまだ小塚さんがいてくれるからいい方だけれど、開店してからの四時間あまり、私はずっとてんてこまいだった。

  最後のお客さまを送り出し、入り口の札を「準備中」にひっくり返してドアを閉めた途端、私と小塚さんは顔を見合わせて「はあ~っ」と息をついた。

「お疲れさまです」
「悠花ちゃんこそお疲れさん。いやあ、今日は結構入ったなあ~」
  片付けの前にいったん、手近の椅子に腰を下ろしてパンパンになったふくらはぎをさする。

「やっぱり早く新しいバイトの人に入って貰いましょうよ」
 私が言うと、厨房から出てきて一息ついていた奏輔さんが嫌そうに眉をしかめた。

「悠花さん、そればっかやな。そんなに早くうちを辞めたいんか」

「私がここで働かせて貰えるのはとってもありがたいと思ってるんですけど、それはそれとしてもう一人くらい人手が欲しいなっていう話ですよ。今でもういっぱい、いっぱいなんだから。これでこれから秋の観光シーズンになったらまわりませんよ」
「そらそうや。うちかていつも来られるわけやあらへんからな」
 小塚さんも同意してくれる。

「もうすぐ燈花会やろ。そしたら観光客の人も増えるしこのへんも忙しくなるからなあ」
「燈花会かあ。そういえばそんな時期ですね」
 私は懐かしくなって呟いた。

 燈花会というのは、毎年八月の上旬に奈良公園一帯を中心にしたエリアで行われるイベントで、火を灯したキャンドルに円筒形のカップをかぶせた「燈花」と呼ばれる灯籠が十日間の開催期間に会場内のいたるところに置かれる。

 私が小学校に上がる頃に始まったイベントだけど、燈花の数は年々増えて今では二万個以上になり、県の内外からの来訪者は期間中で述べ九十万人を超える大イベントになっているらしい。

「まあ、うちに来る観光客は昼間のランチと甘いもんがメインで夜はこのへんの常連客ばっかりやからそこまで関係ないんやけどな」

「そうかて、誰も来られん時、奏ちゃんと悠花ちゃんだけじゃ大変やろ」
「まあ出来る範囲でまわすからええわ」

「なに、奏ちゃん。新しい子の面接、この間ので懲りとるの?」
 小塚さんがからかうように言った。

「面接? ああ。なんだ。ちゃんと求人してるんですね」
 私が言うと小塚さんはころころと笑った。

「ううん。悠花ちゃんがここへ来る前の話。前はねえ、求人募集かけるとしょっちゅう面接希望の子が来とったんよ」
「へえ、そうなんですね」

 確かに近鉄の奈良駅からも徒歩圏だし、まわりには大学も少なくないしアルバイトをするには悪くない立地だと思う。

「ほら、奏ちゃんは見ての通り、見た目は男前やろ。それに引かれた女子大生が寄ってくるんやけど」
「小塚さん、もうええから。いらんこと言わんといて」
 奏輔さんが仏頂面で言った。

「ええやん。別に」
 そう言って小塚さんが話してくれたのによれば奏輔さんはせっかく面接に来てくれた女の子をこっぴどく怒らせてしまったらしいのだ。

「それで、その後、飲食店の口コミ投稿サイトにめっちゃ悪口書かれとってんな。『オーナーシェフの性格最悪』って」
「えー、ひどい」

「小塚さん……証拠もないのに人を疑うのはよくないですよ」
「そやかてタイミング的に絶対あの子やろ。帰り際に『こんな店、潰れろ』とまで言うとったやん」

「……奏輔さん、いったい何を言ったんですか」
 私がじとりとした目を向けると、奏輔さんは慌てて手を振った。
「別に俺は何も間違ったことは言ってへんで!」

「間違ってるかどうかはともかくとして、どんな言い方をして相手を怒らせたかっていう話です」
「それは、なあ……」
 口ごもる奏輔さんのかわりに小塚さんが楽しそうに言った。

「一応、採用が決まったあと、『そのバブルの生き残りみたいな派手な化粧は落としてきてな』とか『山姥みたいなおっそろしい爪は切ってきて』だとか、『その天ぷらくった直後みたいなヌラヌラ、ギラギラした唇もやめといて。っていうかそれ、いいと思ってやってるん』とか言いたい放題やったんよ」
「はあ!? 俺、そんなん言ってました?」
「言ってました~」

 私は思わずこめかみを押さえた。

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