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第一章 和風カフェあじさい堂

5.和カフェ あじさい堂

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 来ていたのは悠花と沙代里の他に三人。

 二人はご近所の奥さんで、もうひとりは祖母とカルチャースクールで知り合ったという母くらいの年代の女性だった。

お点前が終わって皆で私が持参した和菓子を頂いているときに、ピロン、とメッセージアプリの着信を知らせる電子音が響いた。

「あら、いややわ。音切っといたつもりだったんやけど」

 白の椿柄の着物を着た五十代くらいの女性が慌てたように巾着を取り上げた。

「いいんよ。気にせんでも」
「うちもようやるわ」

 そんな声のなかで恐縮したようにスマートフォンを取り出して画面を操作した女性は、
「あらっ、いややわ」
と頓狂な声をあげた。

「どしたん?」
「娘からやわ。なんか急に入院せなならんことになったって言うてきた」

「えっ、真緒ちゃんが?」
「確か今二人目がお腹におるんやろ」

 祖母やお稽古仲間の女性たちが口々に訊ねる。

「そう。予定日はまだ先なんやけど、なんか今日の検診で切迫早産の可能性があって絶対安静にせなあかんて言われたって」

「いやー」
「大変やないの」

「真緒ちゃんのお家って桜井やった?」
「うん。先生、すいませんけど私今からすぐ行ってきますわ。上の孫が保育園に行っとるからお迎えに行かな」

「もちろんや。気いつけてな」
「真緒ちゃん、お大事に」

 あたふたと立っていきかけた女性は、
「あ、あかん」
と言って棒立ちになった。

「何があかんのん?」

「うち、今日、『あじさい堂』の手伝いの日やった。午後から行けるって約束しとったんや」

「沢野さん、あんた、こんな時に何言うとるん。そんなこと言うてる場合やないやろ。すぐに真緒ちゃんとこ行ったり」

 祖母が叱りつけるような口調で言った。

「でも、この間バイトの子やめてしまって今日うちが行かへんと奏ちゃん困ると思うんや」
「また辞めたんか。いったい何人目や」
「今度の子はひと月ももたんかったな」

 おばさんたちが口々に言う。

「あんたがおらんと困るのは真緒ちゃんとお孫さんの方がもっとやろ。いいからはよ行き。あっちにはうちから言うといたるから」

 沢野さんと呼ばれた女性はそれでも躊躇うそぶりをみせていたが、祖母や他の女性たちに追い立てられるようにして、

「ほな、すんませんけどよろしくお願いします。奏ちゃんにもくれぐれも謝っといてください」
と言いおいてせかせかと帰って行った。

 どうやら沢野さんはどこかのお店でパートの仕事をしていて、そこに急に行けなくなってしまったことを気にしていたみたいだった。

 祖母が沢野さんのパート先に事情を説明しに行くというので、その日はそのままお開きとなった。
 皆を見送ったあとで、祖母が悠花を振り返って言った。

「さ、あんたも行くで」
「え?」
「聞いてたやろ。奏ちゃんとこに今日沢野さん来られんようになったって伝えにいかな」
「聞いてたけど何で私まで……」

「いいから。どうせ帰ったってお母ちゃんにあれこれ叱られてばっかりおるんやろ。それよりかマシや。ついといで」

 ───それはその通りなんだけど。

 奈江を母に預けている沙代里は遅くなれないというので先に帰っていった。

 悠花は不承不承、祖母のあとについて家を出た。

「どこまで行くの?」
「すぐそこや。角曲がったらほら、もうそこに見えるやろ」

 祖母が指さす先にそのお店はあった。

 祖母の家の茶舗と同様の町家風の住居を改装したと思われる店舗で、黒い格子のはまった入口の戸の横には綺麗な青紫の布看板に、白い字で「あじさい堂」と染め抜かれてあった。
  
 看板の下の方にはピンクと水色の紫陽花の絵が描かれている。葉の上にちょこんと載っているカタツムリと蛙の絵が可愛い。
近くまで行くと、黒板風の立て看板にメニューが書かれているのが見えた。

「本日のランチ 炙りサーモンとアボカド丼(お椀・サラダ付き)」

「本日のパスタ 揚げナスとベーコンの和風おろし(スープ・サラダ付き)」

「デザート 抹茶のチーズケーキ 和三盆ブリュレ 栗のモンブラン」

 そんな文字が並んでいる。いわゆる「和カフェ」とか「和風ダイニング」というお店だろうか。

 「準備中」の札のかかっているドアを祖母は何の躊躇いもなく開けた。
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