あやかし屋敷の離れでスムージー屋さん始めました~生きていくにはビタミンが必要です~

橘 ゆず

文字の大きさ
上 下
3 / 7

3.はじめまして 君の夫です

しおりを挟む
(古いとは聞いていたけれど、これじゃほとんどお化け屋敷じゃないの)

 雫は途方に暮れて、門の外から屋敷を眺めた。

 黒い格子戸のついた屋根付きの門は立派だったが、そこに門の脇の巨大な柳の葉が枝垂れかかっているのがなんともおどろおどろしい。

 一緒に屋敷を見る約束をした榊氏はまだ来ていない。

(もうこのまま、帰っちゃおうかな)

 という思いが頭を掠めたが、それであの物腰が柔らかいわりに妙に押しの強かった榊氏が納得してくれるとも思えない。

 雫はなにげなく格子戸に手をかけてみた。

 すると戸がカラカラと開いた。


(え、何? 鍵かけてないの?)

 不用心といえば不用心だが、こんなお化け屋敷みたいな家に好き好んで入ろうとする泥棒もいないか。

(そんな泥棒にも避けられそうな不気味な邸を譲られようとしている私っていったい……)

 せめて祖父の存命中に訪ねることが出来れば、この屋敷の印象もずいぶんと違ったものになっていたと思うのに。

 そんなことを思いながら、門をくぐり中へ入る。

 門から玄関までは、白い玉砂利がしきつめられ、その中に飛び石が風情ありげに配置されていた。

 造りだけみたら、どこかの高級旅館のように立派なのにこの妙に禍々しい雰囲気は何なんだろうか……。


(とりあえず、記念に写真とっておこうっと)

 門の横の柳の方にむかってスマホのカメラを構えた雫は思わず、悲鳴をあげた。

「きゃっ!!」

 柳の下に、白い着物の上に藍色の長い羽織を羽織った男が立っていたからだ。

(え、え、えっ、何? さっきまでは誰もいなかったよね)

 雫は慌ててスマホを下ろした。

 男は、年の頃は雫より少し上……二十代半ばくらいだろうか。
 
 黒髪に白い肌の、ぞくっとするような美青年で、切れ長で黒目がちの目でじっとこちらを見るとちょっと小首を傾げた。

「雫?」
「えっ」

 思いがけず名を呼ばれて雫は固まった。

(どうして私の名前……)

 青年は雫の様子に構わずに、こちらにやって来た。

「雫だろう? 水瀬 雫。伊蔵の孫娘の」

 伊蔵というのが祖父の名前だと思い当たるまでに少し時間がかかった。

 自分と祖父の名を知っているということは、この人は祖父の知り合いなのだろうか。
 たとえば、祖父が雇っているこの屋敷の管理人さんだとか。


 それにしては、いきなり名前を呼び捨ててきたり、祖父のことも呼び捨てだったり違和感が半端ないのだけれど。

 それにこの青年の醸し出す雰囲気はなんだろう。
 側にいるだけで、なんとなくひんやりとするような……ざわざわと肌が粟立つようなこの感覚は。


「あの、あなたは……」
 
 無意識に後ずさりながら尋ねたが、青年はじりじりと雫が下がった距離をあっという間に詰めるとにっこりと微笑んだ。

「ああ。そうだね。自己紹介がまだだった。僕は、ひいらぎ。君の夫だよ」

 そう言っていきなり雫を抱きしめた。

「えっ、ちょっと……っ!!」

 慌てて押し返そうとしながら、雫は真っ青になった。

(夫!? 何言ってるの、この人。っていうか、これってもしかしなくてももの凄くまずい状況なんじゃ……)

 ここは、石段をかなり上った坂の上にあってこの屋敷自体が異様に広いこともあってすぐ近くには他の家もない。

 石段の下には普通の住宅地が広がっていたが、そこまではかなり距離がある。
 ここで雫が悲鳴をあげたところで、誰かが気づいて助けに来てくれる可能性はものすごく低い。


(や、やだ! やっぱりオーナーについてきて貰えば良かったよ……!)

 カフェのオーナーの高木さんはご夫妻そろってもの凄くいい人で、今日も突然降って湧いた、雫の祖父の相続話を心配して、一緒に行こうかと言ってくれていたのだ。

 せっかくの休日に迷惑をかけては申し訳ないと思い、
「ちょっと見てくるだけですから。どちらにしても相続の話とか断るつもりですし」
 と言って一人で来てしまったのだが、まさかこんなことになるなんて。


「ちょっと、離して下さい!」

「どうして? 雫。ずっと会いたかったよ。もう離さない」

(ずっと会いたかったも何も今が初対面じゃないの)

 この真冬に薄手の着物なんかでうろうろしているし、ちょっとおかしい人なのかもしれない。

 刺激したらよけいまずいのかもしれないけど、かといってこのままおとなしく言うなりになるなんて絶対に嫌だ。

 雫は渾身の力で男の腕を振りほどいて逃げ出した。

「あ、待って。雫」

 男の声が追いかけてくる。

(冗談。待てといわれて待つわけないでしょ!)

 とにかく思いきり走って逃げて、そこで110番してやる!
 祖父の知り合いだろうがなんだろうが構うもんか。

 これはれっきとした痴漢行為、犯罪よ!!

 そう思って門を飛び出し、石段に向かって駆けだした雫は次の瞬間、愕然とした。

(石段が、ない……!!)

 つい、さっき上ってきたはずの石段がきれいさっぱりと消え、あったはずの場所には白い霧のようなものが広がっている。

(どういうこと……!!)

 思ったときにはもう遅く、雫は前のめりに走ってきた勢いのまま、その霧のなかに飛び込んでしまった。
 
 目の前が真っ白になる。

 次の瞬間、雫は自分がすうっと落下しているのを感じた。

(落ちる──!!)

 すうっと背筋が寒くなるような感覚。
 けれど、それに続く衝撃はいつまでも来ない。

 その時、雫はふわっと自分の体が浮かび上がるのを感じた。

(え……?)

 見れば、一面真っ白な視界のなかに青白い炎がちらちらと浮かんでいる。

(何、これ……夢? 私、石段から落ちて気を失ったの?)

 やがて霧のなかから一つの人影が浮かび上がる。

 黒髪に白い着物、藍色の長羽織。

(ひ……っ)

 雫は思わず顔を引きつらせた。

(さ、さっきの変質者……!)

 怯える雫に構わず、彼女の体はふわふわと宙を飛び、やがて青年の真上まで来ると、ふいに浮力を失ったようにすとんと落ちて、彼の腕のなかにおさまった。

「おかえり、雫。危ないだろう。急に走ったりしたら」

 彼はにっこりと笑って雫の顔を覗き込んだ。

「雫は意外とお転婆さんなんだなあ」

 そう言う彼の瞳が青く光っていることに気がついて雫は息を呑んだ。
 さっきまでは確かに髪と同じ、黒い瞳だったはずなのに。

(何なの……お願い。夢ならさめて……!)

 祈るような気持ちで思った瞬間、視界をゆらりと白いものが横切った。

「え?」

 ゆらゆらと揺れるふさふさとした柔らかそうなもの。

 それが目の前の青年の尻尾だということに気が付いた雫は、今度こそ声もなく気を失った。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

その手で、愛して。ー 空飛ぶイルカの恋物語 ー

ユーリ(佐伯瑠璃)
キャラ文芸
T-4ブルーインパルスとして生を受けた#725は専任整備士の青井翼に恋をした。彼の手の温もりが好き、その手が私に愛を教えてくれた。その手の温もりが私を人にした。 機械にだって心がある。引退を迎えて初めて知る青井への想い。 #725が引退した理由は作者の勝手な想像であり、退役後の扱いも全てフィクションです。 その後の二人で整備員を束ねている坂東三佐は、鏡野ゆう様の「今日も青空、イルカ日和」に出ておられます。お名前お借りしました。ご許可いただきありがとうございました。 ※小説化になろうにも投稿しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

此処は讃岐の国の麺処あやかし屋〜幽霊と呼ばれた末娘と牛鬼の倅〜

蓮恭
キャラ文芸
 ――此処はかつての讃岐の国。そこに、古くから信仰の地として人々を見守って来た場所がある。  弘法大師が開いた真言密教の五大色にちなみ、青黄赤白黒の名を冠した五峰の山々。その一つ青峰山の近くでは、牛鬼と呼ばれるあやかしが人や家畜を襲い、村を荒らしていたという。  やがて困り果てた領主が依頼した山田蔵人という弓の名手によって、牛鬼は退治されたのだった。  青峰山にある麺処あやかし屋は、いつも大勢の客で賑わう人気の讃岐うどん店だ。  ただし、客は各地から集まるあやかし達ばかり。  早くに親を失い、あやかし達に育てられた店主の遠夜は、いつの間にやら随分と卑屈な性格となっていた。  それでも、たった一人で店を切り盛りする遠夜を心配したあやかしの常連客達が思い付いたのは、「看板娘を連れて来る事」。  幽霊と呼ばれ虐げられていた心優しい村娘と、自己肯定感低めの牛鬼の倅。あやかし達によって出会った二人の恋の行く末は……?      

30歳、魔法使いになりました。

本見りん
キャラ文芸
30歳の誕生日に魔法に目覚めた鞍馬花凛。 そして世間では『30歳直前の独身』が何者かに襲われる通り魔事件が多発していた。巻き込まれた花凛を助けたのは1人の青年。……彼も『魔法』を使っていた。 そんな時会社での揉め事があり実家に帰った花凛は、鞍馬家本家当主から呼び出され思わぬ事実を知らされる……。 ゆっくり更新です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...