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2.突然の遺産相続
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「あの、私ってお祖父ちゃんがいたんですか? そんなの今までまったく一言も聞いたことがないんですけど」
恐る恐る尋ねるとその代理人──名刺には「榊与志治」とあった──榊氏は恭しく頷いた。名前も古めかしいが榊氏はなんと深みのある茄子紺色の着物のアンサンブルを着ていた。
(怪しい……絶対に怪しい)
雫の疑念も知らずに榊氏は淡々と言った。
「はい。伊蔵さまは長らく外つ国にお住まいでこちらのご事情をご存じなかったのです。まさか兵衛さまのお嬢さまがお一人で身寄りもなくお育ちだとはつゆ知らず、申し訳ないことをしたと仰っておいででした」
「兵衛?」
「はい。あなた様のお父君さまのお名前です。それもご存じありませんでしたか?」
「はい。物心ついた時にはもう母と二人だけでしたから」
「左様にございましたか」
榊氏は神妙な顔で頷いて、先ほど差し出した書類をあらためて雫に見るように言った。
それによると祖父は亡くなるにあたって、自分の住んでいた屋敷を雫に譲ると言い残したとのことだった。
その住所を見た雫は目をみはった。
そこはなんと、雫の住んでいる街と同じ県内の、電車で一時間ほどの市だったからだ。
「え!? 何。お祖父ちゃんってこんなに近くに住んでたの?」
水瀬、というからには父方の祖父なのだろうし、その父が雫の幼い頃にはすでにいなかったことを思うと仕方がないことなのかもしれないが、これまで自分は天涯孤独だと信じて生きてきた雫にとって、そんなに近くに肉親がいたということ──そして、会えないままつい最近、亡くなってしまったということは少なからずショックであった。
「いえ。お住まいになっておられたのはずっと外つ国の方でして、こちらのお屋敷はこちらへ来られる際の逗留先と申しますか」
雫は思わず顔を上げた。
「あの、さっきから「外つ国」って仰ってますけどそれって外国っていうことですか? お祖父ちゃんはずっと外国暮らしをしていて、日本には時々しか戻って来ていなかったということですか?」
「え、ええ。まあ、そんなようなものです」
榊氏は曖昧な言い方をした。
「でも、困ります。そんなこと急に言われても。私、お祖父ちゃんにも会ったことないんだし。お屋敷をくれるなんて言われても貰えません」
詳しいことはよく分からないが、そういうのって相続手続きとか、税金とか色々と大変なのではないだろうか。
それにそんな「お屋敷」なんて言われるような家を貰ったところで雫には維持できないし、これから先の固定資産税だって払えない。
こんな代理人を雇って差し向けてくるなんて、祖父は随分と裕福な人だったのかもしれないが、そんな一族と関わり合って変に財産分与の揉め事なんかに巻き込まれたくもない。
そう思って断ろうとする雫に、榊氏はのんびりとした口調で、
「ご心配はいりません。そういった煩雑なことはすべてこちらで処理済ですので、お嬢さまはただ、こちらのお屋敷を譲り受けられてお住まい下されば良いのです」
と言った。
「え、住む? 私がそこに?」
雫は目を丸くした。
「はい。伊蔵さまはこのお屋敷を譲られるのにあたって一つだけ条件をつけられました。雫さまがそちらのお屋敷に住まわれること。そしてお屋敷の管理をして下さること。それだけでございます」
「それだけって言われても、でもそんなわけの分からない話だけでそこへ引っ越すなんて……」
雫はさんざん渋ったのだが、榊氏は穏やかな口調ながら「お断りしたい」という雫の意見にはまったく耳を貸さず、
「とにかく一度、お屋敷を見ていただきたい」
の一点張りだった。
ついにはそのやりとりを聞いていたオーナーご夫妻も、
「雫ちゃん。せっかくだから見るだけ見てきたら。それから断ってもいいんだから」
と口添えしてきたので、これ以上、お店のなかで押し問答を続けるのも申し訳なくなった雫は、仕方なく屋敷を見に行く約束をして、カフェが休みの日の今日、ここへ見に来たというわけなのだった。
恐る恐る尋ねるとその代理人──名刺には「榊与志治」とあった──榊氏は恭しく頷いた。名前も古めかしいが榊氏はなんと深みのある茄子紺色の着物のアンサンブルを着ていた。
(怪しい……絶対に怪しい)
雫の疑念も知らずに榊氏は淡々と言った。
「はい。伊蔵さまは長らく外つ国にお住まいでこちらのご事情をご存じなかったのです。まさか兵衛さまのお嬢さまがお一人で身寄りもなくお育ちだとはつゆ知らず、申し訳ないことをしたと仰っておいででした」
「兵衛?」
「はい。あなた様のお父君さまのお名前です。それもご存じありませんでしたか?」
「はい。物心ついた時にはもう母と二人だけでしたから」
「左様にございましたか」
榊氏は神妙な顔で頷いて、先ほど差し出した書類をあらためて雫に見るように言った。
それによると祖父は亡くなるにあたって、自分の住んでいた屋敷を雫に譲ると言い残したとのことだった。
その住所を見た雫は目をみはった。
そこはなんと、雫の住んでいる街と同じ県内の、電車で一時間ほどの市だったからだ。
「え!? 何。お祖父ちゃんってこんなに近くに住んでたの?」
水瀬、というからには父方の祖父なのだろうし、その父が雫の幼い頃にはすでにいなかったことを思うと仕方がないことなのかもしれないが、これまで自分は天涯孤独だと信じて生きてきた雫にとって、そんなに近くに肉親がいたということ──そして、会えないままつい最近、亡くなってしまったということは少なからずショックであった。
「いえ。お住まいになっておられたのはずっと外つ国の方でして、こちらのお屋敷はこちらへ来られる際の逗留先と申しますか」
雫は思わず顔を上げた。
「あの、さっきから「外つ国」って仰ってますけどそれって外国っていうことですか? お祖父ちゃんはずっと外国暮らしをしていて、日本には時々しか戻って来ていなかったということですか?」
「え、ええ。まあ、そんなようなものです」
榊氏は曖昧な言い方をした。
「でも、困ります。そんなこと急に言われても。私、お祖父ちゃんにも会ったことないんだし。お屋敷をくれるなんて言われても貰えません」
詳しいことはよく分からないが、そういうのって相続手続きとか、税金とか色々と大変なのではないだろうか。
それにそんな「お屋敷」なんて言われるような家を貰ったところで雫には維持できないし、これから先の固定資産税だって払えない。
こんな代理人を雇って差し向けてくるなんて、祖父は随分と裕福な人だったのかもしれないが、そんな一族と関わり合って変に財産分与の揉め事なんかに巻き込まれたくもない。
そう思って断ろうとする雫に、榊氏はのんびりとした口調で、
「ご心配はいりません。そういった煩雑なことはすべてこちらで処理済ですので、お嬢さまはただ、こちらのお屋敷を譲り受けられてお住まい下されば良いのです」
と言った。
「え、住む? 私がそこに?」
雫は目を丸くした。
「はい。伊蔵さまはこのお屋敷を譲られるのにあたって一つだけ条件をつけられました。雫さまがそちらのお屋敷に住まわれること。そしてお屋敷の管理をして下さること。それだけでございます」
「それだけって言われても、でもそんなわけの分からない話だけでそこへ引っ越すなんて……」
雫はさんざん渋ったのだが、榊氏は穏やかな口調ながら「お断りしたい」という雫の意見にはまったく耳を貸さず、
「とにかく一度、お屋敷を見ていただきたい」
の一点張りだった。
ついにはそのやりとりを聞いていたオーナーご夫妻も、
「雫ちゃん。せっかくだから見るだけ見てきたら。それから断ってもいいんだから」
と口添えしてきたので、これ以上、お店のなかで押し問答を続けるのも申し訳なくなった雫は、仕方なく屋敷を見に行く約束をして、カフェが休みの日の今日、ここへ見に来たというわけなのだった。
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