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第三章 悪人たちの狂騒曲
53.王の魂の欠片
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「てめえ、このアマ! 舐めた真似しやがって!」
首領の男が激高し、アマーリアにつかみかかろうとした。
その前に猛然とアドリアンが割って入った。
「やめろ! リアに乱暴するな!」
「ああ!? おまえの目は節穴かよ! 乱暴されたのはどう見たって俺の方だろうが!」
「うるさい。おまえたちが何者かは知らぬが、このアドリアン・クラウス・シュトラウスの名に懸けて彼女には指一本触れさせないぞ!」
「アドリアンさま……」
アマーリアは目をみはった。
「上等じゃねえか!」
首領はますます、いきり立つといきなりアドリアンを殴りつけた。
「アドリアンさま!」
よろめきかけるところにもう一発、容赦のない一撃が襲う。
「やめて! やめなさい!!」
アマーリアが割って入ろうとするのをアドリアンが制した。
「下がって。逃げるんだ。リア! 外に僕の従者のヨナスがいる。そいつにいって馬車を出して貰うんだ」
言った途端に、腹を蹴りあげられてアドリアンはうめき声をたてて蹲った。
「アドリアンさま! 殿下!!」
「お、おい。ちょっと待てよ。ダレル」
男たちの一人が首領に呼び掛けた。
ダレルと呼ばれた首領は、「ああ?」と面倒くさそうにそちらを振り向いた。
「今、その男、シュトラウスって名乗らなかったか……? それって確かこの国の……それに今、殿下って」
「王太子殿下よ!」
蹲ったアドリアンに駆け寄ったアマーリアが涙ぐみながら叫んだ。
「我がエルトリア国王、シュトラウス二世陛下の第一王子にして王太子、アドリアン・クラウス殿下よ! 本来ならば近づくことさえ許されない高貴なお方よ。控えなさい!!」
そうしてアドリアンがベルトにつけていた印章入りのメダルをとって掲げる。
王家の紋章である黄金の鷲獅子。目の部分に嵌め込まれたサファイアの鮮やかな青は王太子を示す色だ。
男たちが怯むのが分かった。
正式にはアドリアンは現在、王太子の身分にはないがそんなことは関係ないとアマーリアは思った。
事情はよく呑み込めないながらも、この人は今、体を張って自分を守ろうとしてくれている。
自分の強さだとか、相手が複数だとかそんなことは何の関係もなく、そうしなければならないという信念からアマーリアを守ろうとしてくれている。
(王の魂だわ……)
かつてアマーリアは父のギルベルトから聞かされたことがあった。
王国を統べる国王となる御方には、神々が常人とは違う強く、気高い魂を授けるのだと。
自分の身よりも、国と民とを優先するには、聡明さと優しさ、そして強さがいる。
それらのすべてを兼ね備えた王の魂を持つものだけが、王位に上ることが出来る。
そして自分たち、公爵家に生まれた者はその気高き魂を持つ君主を命を賭して守らなければならないと。
(アドリアン殿下は、華やかなことが好きで、いつも自分が一番でなくては気がすまなくて、その時の気分で私に冷たくしたり、マリエッタさんの言うことを鵜呑みにして、婚約破棄を言い渡したり、決して欠点のない人ではないけれど……)
でも、この命が危険に晒されるような場面でアドリアンは自分よりもアマーリアを助けようとしてくれた。
それは彼が、選ばれた王の魂を、たとえ欠片でも持っていることの証拠に違いない。
だったら自分は、クレヴィング公爵家に生まれた者として命を賭してでもこの方を守らなけばならない。
それが自分の責務だ。
そう思ったアマーリアは、アドリアンを膝の上に抱き起すと男たちをまっすぐに見上げた。
「私はアマーリア・フロリーナ・クレヴィング。クレヴィング公爵の娘です。
クレヴィング公爵家の名において命じます。
殿下と私を即座に解放し、王都に使いを出しなさい。すぐに医師を呼び殿下のお怪我の手当てをさせるのです。
何故、このようなことを仕出かしたのか。詳しい話はその後で聞きます。
王族たる殿下に害を為したこと、決して許されることではありませんが、事情次第ではご恩情があるでしょう。まずは、すぐに殿下に謝罪して、医師を呼んできなさい!」
アマーリアの発する威風に打たれた男の一人が、思わず駆け出しかけて首領のダリルに一喝された。
「馬鹿野郎! 何を真に受けてやがるんだ。こんなものこのアマの嘘に決まってるじゃねえか!」
「で、でもよ」
「マリエッタからは、この男は豪商のボンボン、お嬢ちゃんの方はその婚約者の地方領主の娘だって聞いてるだろうがよ。忘れたのか!」
「いや、でもあの印章……」
「あんなもの、作ろうと思えばいくらでも偽造出来るだろうが!」
「マリ、エッタ……?」
アマーリアの腕のなかでアドリアンが弱々しく呟いた。
「おまえ達、マリエッタを知っているのか。まさか彼女にも何かしたんじゃ……」
「はっ。おめでたい野郎だぜ。マリエッタから聞いてるよ。あんたはマリエッタに入れ込むあまりそのお嬢ちゃんとの婚約を破棄しようとして、豪商のお父ちゃんの怒りをかって勘当されちまったんだろ? マリエッタにしてみたら、金持ちの跡取り息子じゃなくなったおまえに用はない。さっさと別れたいのにおまえはしつこくつきまとってきやがる。
そっちのお嬢ちゃんの実家からも脅しが入るし、めんどくさくなって手っ取り早くおまえらのヨリを戻してやろうって思ったんだとさ」
「何の話だ……何を言っているんだ……」
アドリアンは全身の痛みをこらえながら立ち上がろうとした。
「殿下、動いてはダメです。今、医師を呼んでまいります」
アマーリアが止めようとするのも聞こえないように、アドリアンは男たちを必死に見返した。
ダリルが馬鹿にしたように笑った。
「まだ分からねえのか、この色男。そのお綺麗な頭の中身は空っぽかよ。分からねえなら教えてやるよ。今回のことを仕組んだのは全部、おまえの愛しいマリエッタなんだよ。おまえが今、そんな痛い目に遭ってるのも、そっちのお嬢ちゃんを眠らせて攫ってきたのも、全部、全部、マリエッタが仕組んだことだ」
「嘘だ」
アドリアンが小さく首を振って叫んだ。
「そうよ、マリエッタさんがどうして?」
アマーリアもアドリアンを支えながら同意する。
「知らねえよ。そんなもん。ああ、めんどくせえな」
ダリルは苛立ったように、拳と手のひらを打ち合わせた。
「その計画もどうせムチャクチャだ。王太子だの公爵家だのっていうのは嘘っぱちだとしても、おまえらがそれなりの家のもんだってのは間違いねえんだろう。
このまま帰してやったら俺たちは身の破滅だ。
もうマリエッタの計画なんざどうだっていい。おまえら、この男の方を始末して、女を連れてずらかるぞ!」
ダリルが命令した。
手下たちは怯みながらも、確かにこうなった以上、アマーリアたちを逃したら破滅するのは間違いないと思い直し、手に手に武器をとって二人を取り囲んだ。
「馬鹿なことはやめて。エルトリア王家と、クレヴィング公爵家を敵に回すつもり?」
「うるっせえな。まだ言うか、この口の減らねえアマめ」
ダリルがアマーリアの二の腕をつかみ上げた。
「離して!」
「おっと。もうその手は食わねえよ」
振り上げたもう片手を捕らえて両手を抑える。
「この……っ」
アマーリアが膝で蹴り上げようとするのを素早くかわして背後に回り込み、片腕を胴にまわし、もう片腕で両手首をまとめて押さえ込んで動きを封じた。
「威勢のいいお嬢ちゃんだな。本当に地方領主の娘なのか? まあ嫌いじゃねえがな」
ダリルの声が耳元でして、アマーリアは全身総毛だった。
「離してよ、気持ち悪い!」
「まあそう言うなよ。俺はあんたみたいな気の強い跳ねっかえりは嫌いじゃないぜ。あのマリエッタより色気はねえがな。おとなしくしてれば可愛がって俺の女房にしてやってもいいぞ」
「馬鹿なこと言わないで。ねえ、あなた達。降伏するなら今よ。今、きちんと謝罪して罪を償えば死罪は免ぜられるかもしれないわ」
「お気遣いありがとよ。でも、そんな保証のないご恩情に縋るより俺たちは自分で道を切り開く方を選ぶぜ。おい、おまえら、手始めにその男を殺って、湖にでも放り込んじまいな」
「女の方はどうするんで?」
「こいつは俺たちが国境を出るまでの人質だ。もし追手がかかっても、こいつが自分で言ってる半分でも価値のある身なら、盾にしてやれば少しは時間稼ぎが出来るだろう」
「なるほど。さすがはダリルだ」
先ほどのアマーリアの台詞に狼狽していた男たちも、気を取り直してその指示に従い始めた。
「やめろ……リアを離せ」
床にうつ伏せながら、懸命にこちらに手を伸ばそうとするアドリアンをダリル以外の男たちが取り囲む。
その手にはそれぞれ、こん棒や斧のような武器が握られていた。
「アドリアンさま! やめて! やめなさい!!」
「おい。暴れるなって。一時は婚約者だった相手だろう。神妙にして冥福を祈ってやんな」
「馬鹿な真似はよして! そんなことしたら死んでも地獄で永遠に冥王の裁きの炎に焼かれるわよ!」
暴れるアマーリアを押さえ込みながら、ダリルが命じた。
「やれ」
男たちがいっせいに武器をふりかぶった。
「やめてーーー!!」
アマーリアが思わず目を閉じて叫んだその時。
「グアアアアッツ」
その場に響き渡ったのは、アドリアンではなく手下の一人の悲鳴だった。
「な、なんだ!?」
「う、うわあっ! セベロ! セベロが……!!」
アマーリアが目を開けると、セベロと呼ばれた手斧を持っていた男の目に矢が突き刺さっていた。
「うわああっ」
セベロは手斧を放り出し、顔を押さえて転げまわった。
他の男たちもいっせいに浮き足だって辺りを見回した。
「だ、誰だ! この矢を放ちやがったのは!」
叫んだダリルは次の瞬間、耳元を掠める風と焼け付くような痛みを感じた。
背後の壁にタンッと矢が突き刺さる音がする。
矢がダリルの耳を掠めてその耳たぶを切り裂いたのだ。
「うぐ……っ!」
思わず片手を耳にやるダリル。
「リア、こっちだ!!」
その声にはっとした時にはアマーリアが腕のなかでもがいて抜け出そうとするところだった。
「させるかよっ!」
咄嗟にその腕をつかんで引き寄せる。
「いやっ! 離して!!」
「うるせえ! 大人しくしろ!!」
怒鳴りつけて顔を上げれば、茶褐色の髪に鋭い切れ長の目をした長身の男が、こちらにむかってまっすぐに弓を構えていた。
銀の縫い取りのある紺色の騎士の制服の胸には先ほどアマーリアが掲げて見せたエルトリアの紋章、黄金の鷲獅子が輝いている。
「ラルフさま!」
アマーリアが叫んだ。
首領の男が激高し、アマーリアにつかみかかろうとした。
その前に猛然とアドリアンが割って入った。
「やめろ! リアに乱暴するな!」
「ああ!? おまえの目は節穴かよ! 乱暴されたのはどう見たって俺の方だろうが!」
「うるさい。おまえたちが何者かは知らぬが、このアドリアン・クラウス・シュトラウスの名に懸けて彼女には指一本触れさせないぞ!」
「アドリアンさま……」
アマーリアは目をみはった。
「上等じゃねえか!」
首領はますます、いきり立つといきなりアドリアンを殴りつけた。
「アドリアンさま!」
よろめきかけるところにもう一発、容赦のない一撃が襲う。
「やめて! やめなさい!!」
アマーリアが割って入ろうとするのをアドリアンが制した。
「下がって。逃げるんだ。リア! 外に僕の従者のヨナスがいる。そいつにいって馬車を出して貰うんだ」
言った途端に、腹を蹴りあげられてアドリアンはうめき声をたてて蹲った。
「アドリアンさま! 殿下!!」
「お、おい。ちょっと待てよ。ダレル」
男たちの一人が首領に呼び掛けた。
ダレルと呼ばれた首領は、「ああ?」と面倒くさそうにそちらを振り向いた。
「今、その男、シュトラウスって名乗らなかったか……? それって確かこの国の……それに今、殿下って」
「王太子殿下よ!」
蹲ったアドリアンに駆け寄ったアマーリアが涙ぐみながら叫んだ。
「我がエルトリア国王、シュトラウス二世陛下の第一王子にして王太子、アドリアン・クラウス殿下よ! 本来ならば近づくことさえ許されない高貴なお方よ。控えなさい!!」
そうしてアドリアンがベルトにつけていた印章入りのメダルをとって掲げる。
王家の紋章である黄金の鷲獅子。目の部分に嵌め込まれたサファイアの鮮やかな青は王太子を示す色だ。
男たちが怯むのが分かった。
正式にはアドリアンは現在、王太子の身分にはないがそんなことは関係ないとアマーリアは思った。
事情はよく呑み込めないながらも、この人は今、体を張って自分を守ろうとしてくれている。
自分の強さだとか、相手が複数だとかそんなことは何の関係もなく、そうしなければならないという信念からアマーリアを守ろうとしてくれている。
(王の魂だわ……)
かつてアマーリアは父のギルベルトから聞かされたことがあった。
王国を統べる国王となる御方には、神々が常人とは違う強く、気高い魂を授けるのだと。
自分の身よりも、国と民とを優先するには、聡明さと優しさ、そして強さがいる。
それらのすべてを兼ね備えた王の魂を持つものだけが、王位に上ることが出来る。
そして自分たち、公爵家に生まれた者はその気高き魂を持つ君主を命を賭して守らなければならないと。
(アドリアン殿下は、華やかなことが好きで、いつも自分が一番でなくては気がすまなくて、その時の気分で私に冷たくしたり、マリエッタさんの言うことを鵜呑みにして、婚約破棄を言い渡したり、決して欠点のない人ではないけれど……)
でも、この命が危険に晒されるような場面でアドリアンは自分よりもアマーリアを助けようとしてくれた。
それは彼が、選ばれた王の魂を、たとえ欠片でも持っていることの証拠に違いない。
だったら自分は、クレヴィング公爵家に生まれた者として命を賭してでもこの方を守らなけばならない。
それが自分の責務だ。
そう思ったアマーリアは、アドリアンを膝の上に抱き起すと男たちをまっすぐに見上げた。
「私はアマーリア・フロリーナ・クレヴィング。クレヴィング公爵の娘です。
クレヴィング公爵家の名において命じます。
殿下と私を即座に解放し、王都に使いを出しなさい。すぐに医師を呼び殿下のお怪我の手当てをさせるのです。
何故、このようなことを仕出かしたのか。詳しい話はその後で聞きます。
王族たる殿下に害を為したこと、決して許されることではありませんが、事情次第ではご恩情があるでしょう。まずは、すぐに殿下に謝罪して、医師を呼んできなさい!」
アマーリアの発する威風に打たれた男の一人が、思わず駆け出しかけて首領のダリルに一喝された。
「馬鹿野郎! 何を真に受けてやがるんだ。こんなものこのアマの嘘に決まってるじゃねえか!」
「で、でもよ」
「マリエッタからは、この男は豪商のボンボン、お嬢ちゃんの方はその婚約者の地方領主の娘だって聞いてるだろうがよ。忘れたのか!」
「いや、でもあの印章……」
「あんなもの、作ろうと思えばいくらでも偽造出来るだろうが!」
「マリ、エッタ……?」
アマーリアの腕のなかでアドリアンが弱々しく呟いた。
「おまえ達、マリエッタを知っているのか。まさか彼女にも何かしたんじゃ……」
「はっ。おめでたい野郎だぜ。マリエッタから聞いてるよ。あんたはマリエッタに入れ込むあまりそのお嬢ちゃんとの婚約を破棄しようとして、豪商のお父ちゃんの怒りをかって勘当されちまったんだろ? マリエッタにしてみたら、金持ちの跡取り息子じゃなくなったおまえに用はない。さっさと別れたいのにおまえはしつこくつきまとってきやがる。
そっちのお嬢ちゃんの実家からも脅しが入るし、めんどくさくなって手っ取り早くおまえらのヨリを戻してやろうって思ったんだとさ」
「何の話だ……何を言っているんだ……」
アドリアンは全身の痛みをこらえながら立ち上がろうとした。
「殿下、動いてはダメです。今、医師を呼んでまいります」
アマーリアが止めようとするのも聞こえないように、アドリアンは男たちを必死に見返した。
ダリルが馬鹿にしたように笑った。
「まだ分からねえのか、この色男。そのお綺麗な頭の中身は空っぽかよ。分からねえなら教えてやるよ。今回のことを仕組んだのは全部、おまえの愛しいマリエッタなんだよ。おまえが今、そんな痛い目に遭ってるのも、そっちのお嬢ちゃんを眠らせて攫ってきたのも、全部、全部、マリエッタが仕組んだことだ」
「嘘だ」
アドリアンが小さく首を振って叫んだ。
「そうよ、マリエッタさんがどうして?」
アマーリアもアドリアンを支えながら同意する。
「知らねえよ。そんなもん。ああ、めんどくせえな」
ダリルは苛立ったように、拳と手のひらを打ち合わせた。
「その計画もどうせムチャクチャだ。王太子だの公爵家だのっていうのは嘘っぱちだとしても、おまえらがそれなりの家のもんだってのは間違いねえんだろう。
このまま帰してやったら俺たちは身の破滅だ。
もうマリエッタの計画なんざどうだっていい。おまえら、この男の方を始末して、女を連れてずらかるぞ!」
ダリルが命令した。
手下たちは怯みながらも、確かにこうなった以上、アマーリアたちを逃したら破滅するのは間違いないと思い直し、手に手に武器をとって二人を取り囲んだ。
「馬鹿なことはやめて。エルトリア王家と、クレヴィング公爵家を敵に回すつもり?」
「うるっせえな。まだ言うか、この口の減らねえアマめ」
ダリルがアマーリアの二の腕をつかみ上げた。
「離して!」
「おっと。もうその手は食わねえよ」
振り上げたもう片手を捕らえて両手を抑える。
「この……っ」
アマーリアが膝で蹴り上げようとするのを素早くかわして背後に回り込み、片腕を胴にまわし、もう片腕で両手首をまとめて押さえ込んで動きを封じた。
「威勢のいいお嬢ちゃんだな。本当に地方領主の娘なのか? まあ嫌いじゃねえがな」
ダリルの声が耳元でして、アマーリアは全身総毛だった。
「離してよ、気持ち悪い!」
「まあそう言うなよ。俺はあんたみたいな気の強い跳ねっかえりは嫌いじゃないぜ。あのマリエッタより色気はねえがな。おとなしくしてれば可愛がって俺の女房にしてやってもいいぞ」
「馬鹿なこと言わないで。ねえ、あなた達。降伏するなら今よ。今、きちんと謝罪して罪を償えば死罪は免ぜられるかもしれないわ」
「お気遣いありがとよ。でも、そんな保証のないご恩情に縋るより俺たちは自分で道を切り開く方を選ぶぜ。おい、おまえら、手始めにその男を殺って、湖にでも放り込んじまいな」
「女の方はどうするんで?」
「こいつは俺たちが国境を出るまでの人質だ。もし追手がかかっても、こいつが自分で言ってる半分でも価値のある身なら、盾にしてやれば少しは時間稼ぎが出来るだろう」
「なるほど。さすがはダリルだ」
先ほどのアマーリアの台詞に狼狽していた男たちも、気を取り直してその指示に従い始めた。
「やめろ……リアを離せ」
床にうつ伏せながら、懸命にこちらに手を伸ばそうとするアドリアンをダリル以外の男たちが取り囲む。
その手にはそれぞれ、こん棒や斧のような武器が握られていた。
「アドリアンさま! やめて! やめなさい!!」
「おい。暴れるなって。一時は婚約者だった相手だろう。神妙にして冥福を祈ってやんな」
「馬鹿な真似はよして! そんなことしたら死んでも地獄で永遠に冥王の裁きの炎に焼かれるわよ!」
暴れるアマーリアを押さえ込みながら、ダリルが命じた。
「やれ」
男たちがいっせいに武器をふりかぶった。
「やめてーーー!!」
アマーリアが思わず目を閉じて叫んだその時。
「グアアアアッツ」
その場に響き渡ったのは、アドリアンではなく手下の一人の悲鳴だった。
「な、なんだ!?」
「う、うわあっ! セベロ! セベロが……!!」
アマーリアが目を開けると、セベロと呼ばれた手斧を持っていた男の目に矢が突き刺さっていた。
「うわああっ」
セベロは手斧を放り出し、顔を押さえて転げまわった。
他の男たちもいっせいに浮き足だって辺りを見回した。
「だ、誰だ! この矢を放ちやがったのは!」
叫んだダリルは次の瞬間、耳元を掠める風と焼け付くような痛みを感じた。
背後の壁にタンッと矢が突き刺さる音がする。
矢がダリルの耳を掠めてその耳たぶを切り裂いたのだ。
「うぐ……っ!」
思わず片手を耳にやるダリル。
「リア、こっちだ!!」
その声にはっとした時にはアマーリアが腕のなかでもがいて抜け出そうとするところだった。
「させるかよっ!」
咄嗟にその腕をつかんで引き寄せる。
「いやっ! 離して!!」
「うるせえ! 大人しくしろ!!」
怒鳴りつけて顔を上げれば、茶褐色の髪に鋭い切れ長の目をした長身の男が、こちらにむかってまっすぐに弓を構えていた。
銀の縫い取りのある紺色の騎士の制服の胸には先ほどアマーリアが掲げて見せたエルトリアの紋章、黄金の鷲獅子が輝いている。
「ラルフさま!」
アマーリアが叫んだ。
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