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第三章 悪人たちの狂騒曲
44.仕組まれた再会
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その頃、アドリアンは、侍従のヨナスの手引きで王宮を抜け出して王都郊外へと向かっていた。
そこの今は使われていない貴族の別荘で、アマーリアが待っていると言われたのだ。
「今さらどんな顔をして会えばいいのか、それにやはり僕には君を裏切ることなんて……」
とためらうアドリアンを、マリエッタは、
「ですから何度も申し上げたでしょう! このまま殿下が王籍を剥奪されてしまえば元も子もありませんわ。今はアマーリアさまをお妃に迎えて、もう一度王太子の座に返り咲くことこそ何よりも大切です!!」
と言って、半ば押し込むようにしてアドリアンを馬車に乗せた。
「それにアマーリアさまはすでに別荘でお待ちです。レディに恥をかかせるようなことをしてはいけませんわ。ほら、お早く!!」
自分の気持ちよりアドリアンの将来のことを案じてくれるマリエッタの献身的な愛情を思うと胸がいっぱいになった。
アドリアンに恋するあまり、アマーリアから嫌がらせを受けたと嘘をついたと告白された時には愕然としたが、それはそれだけ彼のことを想う気持ちが強かったということなのだろう。
そして、公衆の面前であのような侮辱を与えてしまったのにも関わらず、ルーカスのアドリアンに対する無礼な発言に対して怒り、彼を庇おうとしてくれたアマーリア。
愛する彼に、婚約破棄を突きつけられたショックのあまり、とっさに別の男との婚約に走ってしまったものの、やはりアドリアンへの想いを断ち切れずに「一目で良いからもう一度だけ殿下にお会いしたいのです」という手紙をことづけてきてくれたアマーリアの気持ちのなんといじらしいことか。
それほどまでに自分を愛する彼女たちならば、アマーリアを正室、マリエッタを側室としたあとも愛するアドリアンのために仲良くやっていってくれるのではないだろうか。
そうして、もし自分が王太子位に返り咲くことが出来たら、それこそ将来はアマーリアを第一王妃、マリエッタを第二王妃とすればいいのだ。
なんだ。最初からそうすれば良かったんだ。
アドリアンは機嫌よく馬車に揺られていった。
途中、ヨナスが差し出した紅茶は変わった味がしたが、飲んでしばらくすると体が温まって良い気持ちになってきた。
馬車の振動に合わせるように、やけに鼓動が騒がしい。
アドリアンはそれを、久しぶりに初恋の少女に会えることへの胸の高鳴りだと思った。
(リア……僕の月の女神。待っててくれ。今会いにいくから)
「まったく世話をかけさせるんだから。この期に及んでごちゃごちゃと」
「まあまあ。あれが、お優しい夢見る王子さまだからこそ、おまえみたいなのがつけ入る隙があったし、今回だってこの計画にあっさり乗ってくれたんだろうが」
ぼやくマリエッタに、セオドールがにやりと笑って言った。
二人は気づかれないように少し離れて、アドリアンの馬車を追っていた。
馬車ではかえって目立つので、馬に二人乗りをしている。
出発直前までアドリアンは、マリエッタを置いてアマーリアに会いに行くことに対して気がとがめるらしく、グズグズと言っていた。
そんな殊勝な気持ちがあるなら、きっぱりと
「僕には君だけだ。今さらアマーリアが何を行って来ようが関係ない」
くらいのことを言ったらどうだと思うのだが、自分の王族としての未来にもそれなりに未練があるらしく、そこまでは言おうとしないのが、どっちつかずでイライラさせられる。
(まあ、今そんなこと言われても困るだけなんだけどね)
ヨナスに命じて、途中アドリアンには紅茶に混ぜて媚薬を飲ませるように言ってある。
程よく薬がまわったアドリアンが別荘について再会するのは、美しい眠れる森の公爵令嬢。
アマーリアの拉致が首尾よくいったことは、エリザベートがひそかに雇った配下の者たちからすでに連絡が来ている。
アドリアンが別荘に入ったら、そこで待機させてある自分の手の者に命じて、二人を寝室で二人きりにさせるように言ってある。
自分を輝く未来へと導いてくれる幸運の女神。
しかも、自分を愛してくれている美しい少女が無防備に眠る姿を目の当たりにして、もともと感情の制御がきく性質ではないうえに、今は媚薬をたっぷりと盛られているアドリアンが自制出来るとは思えない。
「媚薬なんか別にいらなかったんじゃないか。アマーリア嬢みたいな美人と寝室で二人っきりになって我慢できる男がいるとは思えないけどな」
下卑た笑いを浮かべるセオドールをマリエッタは冷ややかに睨みつけた。
「あんたみたいな下種と一緒にしないの。あの殿下は腐っても王子さまよ。いくら私が誘惑しても、『結婚するまでは君を大切にしたい』とか言っちゃって、最後の一線は越えようとしなかったもの。そのへんが、あのルーカスとはちがうところよ。媚薬でも盛らなきゃ、アマーリアが目を覚ますまで、じっと手を握ってその寝顔を見てるわ。そういう男よ」
「はいはい。愛する殿下を俺みたいな下種と一緒にして悪うございました」
「やめてよ。私はあんなお花畑脳の王子なんて大っ嫌い。アマーリア嬢も一緒よ。あんな風に愛だの恋だの浮かれて、お綺麗でいられるのは所詮は身分に守られてるからよ。恋のために地位も身分も捨てるなんて愚の骨頂だわ。ほんと馬鹿みたい。私にとって恋はあくまで、自分がより豊かに生きていくための道具よ」
「さすがはマリエッタさま。俺なんかが足元にも寄れないくらいの下種っぷりだ」
笑い声をたてるセオドールにマリエッタはふいっと顔を背けた。
そこの今は使われていない貴族の別荘で、アマーリアが待っていると言われたのだ。
「今さらどんな顔をして会えばいいのか、それにやはり僕には君を裏切ることなんて……」
とためらうアドリアンを、マリエッタは、
「ですから何度も申し上げたでしょう! このまま殿下が王籍を剥奪されてしまえば元も子もありませんわ。今はアマーリアさまをお妃に迎えて、もう一度王太子の座に返り咲くことこそ何よりも大切です!!」
と言って、半ば押し込むようにしてアドリアンを馬車に乗せた。
「それにアマーリアさまはすでに別荘でお待ちです。レディに恥をかかせるようなことをしてはいけませんわ。ほら、お早く!!」
自分の気持ちよりアドリアンの将来のことを案じてくれるマリエッタの献身的な愛情を思うと胸がいっぱいになった。
アドリアンに恋するあまり、アマーリアから嫌がらせを受けたと嘘をついたと告白された時には愕然としたが、それはそれだけ彼のことを想う気持ちが強かったということなのだろう。
そして、公衆の面前であのような侮辱を与えてしまったのにも関わらず、ルーカスのアドリアンに対する無礼な発言に対して怒り、彼を庇おうとしてくれたアマーリア。
愛する彼に、婚約破棄を突きつけられたショックのあまり、とっさに別の男との婚約に走ってしまったものの、やはりアドリアンへの想いを断ち切れずに「一目で良いからもう一度だけ殿下にお会いしたいのです」という手紙をことづけてきてくれたアマーリアの気持ちのなんといじらしいことか。
それほどまでに自分を愛する彼女たちならば、アマーリアを正室、マリエッタを側室としたあとも愛するアドリアンのために仲良くやっていってくれるのではないだろうか。
そうして、もし自分が王太子位に返り咲くことが出来たら、それこそ将来はアマーリアを第一王妃、マリエッタを第二王妃とすればいいのだ。
なんだ。最初からそうすれば良かったんだ。
アドリアンは機嫌よく馬車に揺られていった。
途中、ヨナスが差し出した紅茶は変わった味がしたが、飲んでしばらくすると体が温まって良い気持ちになってきた。
馬車の振動に合わせるように、やけに鼓動が騒がしい。
アドリアンはそれを、久しぶりに初恋の少女に会えることへの胸の高鳴りだと思った。
(リア……僕の月の女神。待っててくれ。今会いにいくから)
「まったく世話をかけさせるんだから。この期に及んでごちゃごちゃと」
「まあまあ。あれが、お優しい夢見る王子さまだからこそ、おまえみたいなのがつけ入る隙があったし、今回だってこの計画にあっさり乗ってくれたんだろうが」
ぼやくマリエッタに、セオドールがにやりと笑って言った。
二人は気づかれないように少し離れて、アドリアンの馬車を追っていた。
馬車ではかえって目立つので、馬に二人乗りをしている。
出発直前までアドリアンは、マリエッタを置いてアマーリアに会いに行くことに対して気がとがめるらしく、グズグズと言っていた。
そんな殊勝な気持ちがあるなら、きっぱりと
「僕には君だけだ。今さらアマーリアが何を行って来ようが関係ない」
くらいのことを言ったらどうだと思うのだが、自分の王族としての未来にもそれなりに未練があるらしく、そこまでは言おうとしないのが、どっちつかずでイライラさせられる。
(まあ、今そんなこと言われても困るだけなんだけどね)
ヨナスに命じて、途中アドリアンには紅茶に混ぜて媚薬を飲ませるように言ってある。
程よく薬がまわったアドリアンが別荘について再会するのは、美しい眠れる森の公爵令嬢。
アマーリアの拉致が首尾よくいったことは、エリザベートがひそかに雇った配下の者たちからすでに連絡が来ている。
アドリアンが別荘に入ったら、そこで待機させてある自分の手の者に命じて、二人を寝室で二人きりにさせるように言ってある。
自分を輝く未来へと導いてくれる幸運の女神。
しかも、自分を愛してくれている美しい少女が無防備に眠る姿を目の当たりにして、もともと感情の制御がきく性質ではないうえに、今は媚薬をたっぷりと盛られているアドリアンが自制出来るとは思えない。
「媚薬なんか別にいらなかったんじゃないか。アマーリア嬢みたいな美人と寝室で二人っきりになって我慢できる男がいるとは思えないけどな」
下卑た笑いを浮かべるセオドールをマリエッタは冷ややかに睨みつけた。
「あんたみたいな下種と一緒にしないの。あの殿下は腐っても王子さまよ。いくら私が誘惑しても、『結婚するまでは君を大切にしたい』とか言っちゃって、最後の一線は越えようとしなかったもの。そのへんが、あのルーカスとはちがうところよ。媚薬でも盛らなきゃ、アマーリアが目を覚ますまで、じっと手を握ってその寝顔を見てるわ。そういう男よ」
「はいはい。愛する殿下を俺みたいな下種と一緒にして悪うございました」
「やめてよ。私はあんなお花畑脳の王子なんて大っ嫌い。アマーリア嬢も一緒よ。あんな風に愛だの恋だの浮かれて、お綺麗でいられるのは所詮は身分に守られてるからよ。恋のために地位も身分も捨てるなんて愚の骨頂だわ。ほんと馬鹿みたい。私にとって恋はあくまで、自分がより豊かに生きていくための道具よ」
「さすがはマリエッタさま。俺なんかが足元にも寄れないくらいの下種っぷりだ」
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